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リノベーション・サガ   作者: 悪役
1/6

そして鐘はいとも簡単に鳴り響き

病的な程に白い医務室で目覚める自分を知覚すると同時に脳の働きを無視して、体が起き上がる。

無意識がそこは見ない方がいいと警告しているのに、視線は素直に反抗する。

視線の先は下半身。

今も布団に包まれている体は、しかし太腿から下にはあるはずの盛り上がりがないという結果をそこに見せることによって無意識は溜息を吐くという行動に移した。

鬱屈になりそうな精神テンションをせめて普通より下くらいに無理矢理上げる。

そういった下らない技能レベルを上げておかないと危うく喉を掻いて自殺に走ってしまう事を止めるのに苦労するからだ。

ネガティブの地獄に嵌りそうになる自分を必死に取り戻す。

その度に、わざわざ苦しむ選択をする必要があるんだと冷めた感情がネチネチと五月蠅く吠える。

気合で無視して……ベッドの傍にある車椅子に手を伸ばす。

両足が消えてから時間をわざと数えないようにしたが、慣れてきたのか慣れてきてないのか。

ナースコールのスイッチが傍に置いてあるのは確認したが意味がない───どうせ呼んでも手伝うような事なんてしない生物だ。


「……」


諦めの境地に入ってから、この人生に潤いなど微かしかない。

あったとすれば、馬鹿らしいくらいに馬鹿な悪友が隣で戦っていた時だがその悪友ももう隣にはいない。

その度に、あの阿呆に対しての怒りが湧くが、それも意味がない。

どうせ地獄で愉快にしている事だろう。


「この調子だと自分もそう遠くはないだろうしな」


独り言なのだから返事がないのは当然なのだが、それを含めても冷たい。

この病室はいけない。

余りにも白過ぎて清浄を通り越して吐き気がする。

するとトントンと病室のドアを叩く音がして、こちらの返事も待たずに入ってくる看護師。

女性の看護師だが、その表情は凍り付いている。

いや、凍り付いているでは不適切か、とどうでもいい事を思考して無意味を味わう。この方が精神が安定すると長年の経験で理解しているからだ。

凍り付いているのではなく、単にそれ以外の機能がないだけ。

無表情の権化の看護師がまるでゲームのNPCのように決められた台詞をこちらに投げる。


「加山様───退院のお時間です」


ああ、そういえば───自分の名前はそんなものだったか、と今更、加山竜司、年齢19歳は思い出した。







慣れない車椅子に乗って、加山は病院から退院した。

退院手続きも非常にスムーズ。

一秒だって無駄にしない効率機械の名の元に何一つも余計な事をせずに、病院から退院。

何ともめでたい事に退院おめでとうという祝福の一つも貰えないサーヴィスの徹底さ。

有難くて、つい無表情(えがお)で応対した。

そしたら、あちらも同じ表情で応対してきたから、結論として心底どうでもいい。

それにしても車椅子というのはしんどい。

病院でリハビリと同時に車椅子の練習も習ったが、やはりキツイものはキツイ。

"元軍人"だから体力や身体については多少の能力はあるのだが、やはり19年培ってきた方法を捨てての動き方はまだ体に馴染んでいない。

既に汗が流れ始めている。

段差などがあった時は疲労と暑さ以外の汗が流れ、どうするかと思い、つい無駄にテンションを上げ


「怪力乱心!」


などと叫んで段差を上手く飛べたが着地に失敗して転んだ。

道の真ん中故に邪魔だからだろう。助けるというよりどけるという風にこちらを車椅子に押し付けて、そのまま歩き去っていく。


「……」


溜息すらも憂鬱になる人の光景を見つつ、俺はそのまま視点を近くではなく遠くに置いた。

街の外縁は非常に物々しく、最新の城塞という感じにメカメカしく作られており、もしも過去の人がこの時代にタイムスリップしたらまるで戦争中なのかと察するかもしれない。

事実、この"世界"は戦争中である。もしくは"全世界"と言うべきかもしれない。

戦争は戦争でも生存競争という名の戦争だが。

そして、そんな物々しい城塞の外には今の時代なら誰もが知っているものがある。

こればかりは周りの仮面舞踏会集団ですら苦々しく、恐怖しているもの。

そこにあるのは異形の扉だ。

何がどう異形なのかを説明するべきか。

大体、扉といってもドアの形状をしているわけでもないのだ。

まぁ、別に扉の形状は詳しく語る必要性はない。問題は扉と名付けられるなら、その役割はという事だ。

そしてそこまで考えて、その考えを頭から振り払った。

今となってはどうでもいい事である。

この両足では何をしても足手纏いにしかならない。いや、足は無いのだが。

それに、そもそも───怪我を押してまで戦う動機がない。

両足があった時から思っていた自分の欠点であった。

戦う理由がない。

確実な欠点である事も理解していたし、確固たる理由がない自分では何れ命を落とすという事も理解はしていた。

だが、しかし見つからないものは見つからないのだ。

一度、悪友にも聞いてみたが


「あーー? 俺も、んな七面倒なもんは持ってねえよ」


「じゃあ、貴様は何故戦っているんだ」


「ハッ、理由がないからって言って黙って殺されるようなアホな理由で死ねるわけねーだろうが。ま、それでも敢えて言うならおもしれぇからだ」


「面白い? 何時死ぬかわからず、周りもこんな掃溜めみたいな集団の中でか」


「おうよ。周りは俺様には関係ねえから元から問題ねぇが、何時死ぬか状況っていう事は俺のセンス次第で変わるって事だろ? つまりは俺の力を如何なく試せるって事だ。そういう意味じゃあ幸福だと思うぜ? 自分の力を試せる場にいるって事はよ」


成程。確かにそういう意味で言うなら戦場という限定的な状況で発揮できる力というものを使える達成感というものがあるのだろう。

間違いなく少数派の意見だとは思うが、言いえて妙程度な意見ではあった。

そう言った本人は恐らく、地の底に落ちただろうが。

だが、自分はそんな柔軟な思考をするには頭が固かったという事なのだろう。

その意見を聞いても、それでいいとは思えなかった。

あの馬鹿みたいに突き抜けていない自分には芯みたいな物が必要なのだろう。

家族か? 既に死んでいるものをどうしろと。

友か? これまた死んでいるし、それ以外は守る気にもなれない。

恋人か? いるはずがない。

この世界の為か? 愛着すら湧かないのに?


「……再起不能の人間がよく言う」


もう二度と戦う事が出来ない人間が何をほざくのやら。

思考が迷走しているという自覚はある。

自分で言うのも何だが、やはり両足を消失してショック状態というものなのだろう。

一度、家に帰って休むべきだ。

何もない家だが、それでもこの場所で無気力に苛まれるよりもマシなはずだ。

きっと。

ここにいるとただ存在するだけで自分が間違っているという思い込みをするだけなのだから。

だから、帰ろうと思い、思考の海から戻り、車椅子のタイヤを手で回そうと思ったら


「……?」


前に出なかった。

いや、前に出なかったわけではない。

正確に言えば、前に行こうとした自分の車椅子を誰かの手によって引き留められたのだ。


「───」


一瞬、誰に? という考えが過ぎるが、考え直す。

どうせ、また通行の邪魔という事でこちらを排除をしようとする相手だろう。

こういった紛らわしい行為に何度も期待を抱かされた事があるから、諦める事など簡単であった。

しかし、諦める事と煩わしさを感じる事は別だったので、そのまま振り返って手を振り払おうと思い


「あの……大丈夫ですか?」


振り返る動作で停止した。

停止した理由は後ろの少女が凄い美少女───だったからではない。

確かに、目も見張る美少女であった事は認める。

整った顔立ちに、スタイル、髪も澄んでいるかのような黒髪が美しい。肌も白いので芸術点込みで軽く百点は上げてもいいだろう。

だが、そんな事よりも(・・・・・・・)

その黒い瞳に映った感情(イロ)を知らない。

いや、知ってはいる。

ただ、それは遥か昔の御伽噺のようにまるで期間限定の夢のようなものであり、それを分け与えてくれた人は親という役割であった。

ずっと探していて、ずっと諦めていて、ずっと諦めきれなかったモノであった。

だから、こちらを見てくれている少女に何か言葉を出さなくてはいけないと思い、悪友から教わった方法を思い出し


「すまない、君。少し胸を揉ませて貰えないか?」


ピタリと少女の笑顔は氷の様に見事に固まり、数秒後で涙として溶け落ち、そして


「あ! 君! ちょっと待ってくれ! そんな涙目プルプルで逃げていくなんて何とも可愛けしからん! それにしても中々、見事な脚力だが誤解がないように聞いてほしいのだが俺の好みは君のようなタイプだから何も問題ないとも!」


ひああああああ! と今度は悲鳴付きで逃げられてしまった。

人生で初めて、この合理の世界に感謝したかもしれない。

出なければ、捕まっていたかもしれない。







流石にコミュニケーションが性急過ぎた事は認めているので、とりあえず誠心誠意謝り、お茶を奢る事で逃走→警戒のランクまで落としてもらった。

あのクソチンピラめ。

ああ言って反応する女ならコミュニケーションとれるぜ? 正し、お前次第とか言ってた癖に、この仕打ちとは。

さっきまで手助けしようとしてくれた少女はコップを両手に持ってこちらへの警戒に熱中だ。


「自分でも間違いなく不審に思われても仕方がないとは思うのだが、飲み物には罪がないとは思うのでそう睨むのは勘弁してくれたまえ。マスター。何か甘い物を。出来れば和菓子がいい……何? 和菓子はないだと? ここは普通の洋物喫茶だから冷やかしは帰れとな? これだから冗句を知らない相手はつまらん……」


「……あの」


「おや? 何かね? 欲しいものでもあるのか? 別にこの店程度なら少しくらい高いものを望んでも払いきれるから問題ないとも」


「い、いえっ、そういう事じゃなくて……その……何だか楽し……いえ、嬉しそうですね?」


嬉しそう。

そう言われて、飲もうとしていた紅茶を思わず止めてしまう。

嬉しそう。嬉しそうか。

確かにそうなんだろうとは思う。

その証拠に、さっきから自分のテンションがハイだ。

ここまでハイテンションになったのは……それこそあのクソ馬鹿との初会合の時だろうか。

その時はその時で、今とは全く違うテンションだったが。

何せ軍学校の訓練所で、いきなり笑顔でこちらに銃撃してくるからこっちも笑顔で股間潰しを放ったのが最初の遭遇であったのだから。

あの頃は若かったな、と思い、そういえばまだ彼女の名を聞いてない事に気付く。


「失礼。出来れば君の名前を教えて貰いたいのだが?」


「───え?」


そんなに意外な事を聞いたのだろうか。

彼女は一瞬、凝固したかのように動きを止め、動き始めたと思ったらあたふたし始めた。

感情表現が多彩な少女だ。

そして出した結論は


「ひ、秘密……というのはどうでしょうか?」


そんな上目使いで言われるとぞくぞくするではないか。


「ふむ。まぁ、秘密というなら明かされる瞬間があるという事だな? 了解した。だが、俺は遠慮なく答えよう。俺の名は加山竜司。好きに読んでくれて構わない」


「……リュージ?」


「ああ。竜を司ると書いてな。どうやら父のネーミングセンスらしいが……どうしたのかね?」


何故か、急に笑いを堪える様に瞳を細めたのが不思議であった。

そこまで、自分の名はツボに嵌る様な名前であっただろうか。


「あ、ごめんなさい……他人の名前を笑って……ただ、その、ちょっとゆ、友人と同じ名前でして」


「別に不機嫌になってないから安心したまえ。それに俺と同じ名前ならばその者は俺に似て恐らく心が綺麗で素直な人間なのだろう」


「う……」


何か色んな意味で傷ついたという表情をしている気がするが気のせいだろうと思い、無視した。

きっと触れて貰いたくない心の傷というものがあるのだろう。

うんうん、それは誰にでもあるものだから仕方がない。

だから、つい癖で足を組もうとしたのだが、組む前にその足がない事に気付き、不覚にも少し体を停止してしまった。

身に付いていた習性なだけに誤魔化すのが遅れて、彼女も察してしまったらしい。

視線が両足の方に向いている。

不謹慎かもしれないが、やはりその視線に宿っているものを見れて、表情が緩みそうになる。

いかんいかん、と自粛して苦笑を浮かべるに留める。


「何、気にしなくていい。名誉の負傷……なんて気障なものではないが、戦場に参加しておいて、希望は見ても必ず大丈夫と妄想は抱いていなかったからね。起こり得る結果だよ」


「軍人さん……なんですか?」


「見ての通り。今ではただの再起不能の一般市民だ」


困った顔をさせてしまう。

さっきから態度を見ていると、そういう人なのだろう。

しかし、確かに彼女に言った事は全部事実だ。

あの"扉"の向こう。

それが人間……というよりこの世界の敵対存在であり、死活問題。

ロマンを求めて言うのなら異世界人とでも言うのだろう。

まぁ、確かに間違ってはいない表現ではあるし、ファンタジーらしい相手ではあるのだが。

我々、人族。

次に、獣族。

次が、機族。

そして魔族。

……本当ならもう一種族いるのだが、既にその種族は滅んでいる。

滅んだ種族についてとやかく言っても無駄なので何も言わないが……もしかしたら彼女が笑ったのはその辺なのかもしれない。

ともかく、今はそれら全てと戦争状態だ。


……中でも一番嫌われているのは人族だと思うが。


いやらしいでもなく恐れられているのでもなく、嫌われているというのがポイントだ。

そして、それは全く否定できない。

周りを見れば見るほど。


「───戦争は嫌いかね?」


思わずといった調子で、つい口から出た言葉はそれであった。

馬鹿らしい言葉だとは思うが、少女ははっ、とした顔になって


「……嫌いです。だって何もかもを奪います」


嫌な言葉だ。

嫌な言葉を引き出させてしまった事を自覚して、とりあえず空気を明るくする何かをした方がいいのではないかと思う。

方法なら一つある。

以前、馬鹿と競い合うようにしてどちらがより愉快な事を出来るかというテーマで放った必殺技だ。

それは、突然、街中で上半身の服を耽美に脱ぐというものであった。

それに対して流石の悪友もやってくれるぜ、という顔になって勝ち誇ったものだ。

後日、流石に性犯罪として処理されかけたのもいい思い出である。罪は馬鹿になるように隠蔽工作もしたので、結果として鉛玉が飛んで来たので応戦したが。

その一撃必殺故に一度しか発動できない奥義をここで使うべきだろうか、と真剣に悩み


「あの……私からも一つ、いいですか?」


と、切り替えをあちらが望んでくれたので喜んでその申し出を受け入れた。


「何だ? こちらの強引な誘いに乗ってくれた例として出来る限り礼を尽くそう。スリーサイズでも何でも聞くといい」


「い、いえ……興味ないので……」


断言されるとそれはそれで悲しいものだね?

まぁ、こっちも別に言いたいわけではないので、先の質問の咲を促す。

すると、彼女は少し迷ったように、否、本当に迷って、どうしようかと思いつつ、それでも彼女は口を開けた。


「どうして、貴方は戦ったんですか?」


「───」


思わず、彼女の瞳を見る。

彼女の瞳が捉えているのはこちらも含めた、周りであった。

それは、つまりこの喫茶店の近くにあるものを含めているという事であり


つまり、彼女は解ってこちらに聞いている。


さっきまでおどおどした表情であったのに、今はその瞳が鮮やかに光っているような錯覚を覚えてしまう。

その意志の光に茶化すのは失礼だな、と思い、だが、逆にそこで思う。



さて。自分には誰かに語って聞かせれるような"理由"など存在しただろうか?



それこそ、自衛というもの以外に自分には彼女の意思に応えれる答えがない。

加山・竜司というこれまでの人生における戦ってきた理由はそれしかなく、だからこそ、それを欠点と思い、今まで悩んでいたのだ。

そして、今、それを問われている。

だが、やはり自分には何の理由もなく、敢えて言うならば死にたくなかったからとしか言いようがない。

だから、彼女にはそれを正直に答えた。

最初から最後まで、全てを話した。

ここまで、話した人間は初めてかもしれない───が、それでも彼女はまるで納得が出来ていないというように首を傾げる。


「? 何か納得が出来ない部分でもあったかね?」


「……とても大事な部分が?」


自分でも疑問形を使っている部分が妙に愛らしく聞こえるなと思いつつ


「どの部分が?」


「はい───じゃあ、結局……何故、貴方は戦う事を選んだのですか?」


「いや、だから……」


戦うのを選んだのは生きる為であって。


「───生きる為だけならば別に戦わなくてもいいですよね?」


全くもってその通りの矛盾を、今の今まで気づかなかった自分の愚鈍さにようやく気付いたのであった。







目の前の人が本当に何も言い返せないという風に黙った光景を私は初対面の人に対して無礼かとは思うが、ある意味で呆れたような感情を抱いた。

この人のこの反応が真実であるならば、彼はつまり、戦う必要性もないのに戦っていたという事になる。

もしくは


……戦う理由を忘却してしまったのどちらかですね。


終わりの見えない戦争。

周りは合理こそ全てとして人の集団であり、それ以外は全てが自分の命を失わす存在だ。

自分の始まりを忘却するなんて余りにも当たり前過ぎる。

むしろ、この人はよくここまで我慢出来たのかと思った。

私なら絶望でどうにかなってしまいそうである。

ただでさえ、まだ自分の心の整理が出来ていない自分である。

それではいけないとは思っているが、それが周りに甘えているという事は自覚している。

そう考えると逆に最低な自分が浮き上がってしまう。

何が貴方はどうして戦ったんですか? だ。

そんな事を問う資格も権利もない自分がよくもぬけぬけと言えたものである。

恥知らずというのはこの事だ。

だから、思わず前言を撤回したいと思うのだが


「……」


当の本人がこちらを無視する勢いで自己に埋没している。

失礼を働いてしまった、とこっちは悔やんでいるのから、逆に申し訳ない。

小娘の戯言と思ってくれたら良かったのだが、彼はそうは思ってくれなかったらしい。

どうしよう? と本気で悩む。

ただでさえ、初対面の人に対して無礼な事を聞いてしまったのにそれを真剣で悩んでいる彼に対してこちらは答えなんてないのだ。

大体、自分も自分で何をしているのだろう。

確かに車椅子に慣れておらず、四苦八苦する彼を手伝おうとした最初の行いに関しては反省はしても後悔はしていないし、その後のいきなりのセクハラ発言に関しては気が動転したという事にしておいた。

それで奢って貰っている時点で厚かましいのに、その上、こんな無礼を。

いや、そもそも何時もなら無気力に散歩するだけの日課だったのに何故、彼に対して自分は歩み寄ろうとしたのだろうか。

人見知りを超越して、関わらない様にした自分が今更人間と関わろうだなんて───


「───どうしたんだ、君?」


「……え?」


外部からかけられた声によって、ようやく自己に埋没していたのは自分に変わっていた事に気付いた。

慌てて頭を振って、相手を見ると彼は苦笑して紅茶を飲んでいる所であった。

思わず、ほっとすると彼の笑みが深くなるので少し顔が赤くなるのを自覚する。

こうして、自分の仕草を笑われるのは一体、何年振りだろうか。


「いや、済まない……君みたいなタイプと出会うのは初めてでね」


「……今までは一人で?」


発言の裏も読み取ってくれたのか。

またもや無礼な質問だったと後から気付いてしまったのだが、彼は気にせずに自然体で答えてくれた。


「いや。一人、チンピラの悪友がいた。かなり原始人に近い阿呆ではあったが、それでも周りよりかは小数点五ケタくらいマシな野郎がいたね」


思わず、良かったと呟きそうになって気付いた。

彼の発言が全て過去形である事に。


「……」


また墓穴を掘ってしまった事に何も考えられなくなる。

もしかしたら、彼に対する発言は全て墓穴になるのではないかと思うとどうしようもない気がする。

だから、何も言えなくなってしまう。

そうしていると彼の苦笑はそのままに


「君は真面目な人だな」


と、告げられた。

それは何故か、私にとって酷く衝撃的なモノに聞こえて、思わず彼をじっと見つめてしまう。

彼は苦笑を目を閉じた微笑に変え、紅茶を飲んでいる。

本当ならそれを邪魔する必要なんてないのだが、何故か今の自分はさっきの答えを聞きたくて、だから失礼を承知して


「私は……そんな真面目な……」


存在ではない、と暗に告げる。

真面目なら、今頃、こんな風に何もしないままでいる筈がない。

もう時間が無いのだ(・・・・・・・)

だから、やる(・・)と決めなければいけないのだ。

決めて行動しなければいけないのだ。

でも、それがどうしても出来ない。

人に理由を聞いておいて何だそれは? と言われるような状態なのだ。

そんな自分が真面目だとは思えない。

なのに


「そんな事はない」


彼はそれを真っ向から否定した。

余りにも真っ向過ぎて、反論の思考が起き上がらなかった。

その間に彼は更に論を詰めた。


「君はさっきから俺に対して気を使っている。つい、数分前に出会った赤の他人に対して君はさっきから慌てっ放しだ。君の言った言葉は全て、俺の内側の問題であり、君には全く関係ない事だというのに」


呆れを込めたため息を吐きながら、そこに失望の色は見えない。

むしろ、そこには


羨……望……?


いや、羨ましいというよりも───素晴らしいとこちらを見ている気がする。

口よりも雄弁な瞳はこちらをまるで心底凄い人だ、と見ているみたいで。

思わず、違う、と反射的に叫ぼうかと思った。

自分はそんな尊敬されるような人物ではないのだと。

私は勇気もやる気も意思もない惰弱な小娘なのだと。

それなのに



そんな事はないと否定の言葉を貰った事に安堵すら感じる莫大な喜びが胸中を占める事を止めれなかった。







目の前の異変に対応出来なかった自分は不甲斐なかったのか。

目の前の彼女は停止したと思うと


「……っ!」


ポロポロと泣き出した。


「何……!」


突然の奇襲に加山は反応する事が出来ない。

ただでさえ、かなりの美少女なので効果は間違いなく抜群クラスだろう。

流石の自分も慌てて、立ち上がろうとするが両足が無い事に気付き、バランスを崩しかけ、危うく倒れそうになる。

この年齢に至るまでに喜劇や悲劇は幾らでも見ていたが、こういう涙は本当に初めて遭遇した。

誤解の無い様に言うが、こんな合理を重んじる世界の癖にと思われるかもしれないが、この世界にも涙自体は存在する。

誕生の時は勿論だが、怪我などの痛みによる我慢が効かないものによる涙は存在する。

不思議な事だとは思うが、あるのだからそういうものだと思うしかない。

だが、しかし。

出生や痛覚によるものはあれど俺でもどういう風に見ればいいか解らない涙というのは流石にこの世界には存在しなかった。

解るのは自分の言葉が彼女の内側の何かに触れて、感情のブレが理性で収まる所で止まれなかったという事だけだ。

しかし、そんな事だけを理解できても、今、この場において自分が何をどうすればいいのかという選択肢を決める手伝いにはなってくれないのだ。

とりあえず、ハンカチを懐から取り出したが……ここで彼女の涙を拭うだけで良いのだろうか?

解らない。

解らないのだ。

そういった人間と出会った事がなかったから解らないのだ。

そう思い、何も出来ないと自分に失望しようとした所で


……む。


いや、そういえば似たような経験はあった。

しかし、この場合、自分は彼女の立場であり、しかも子供の時だ。

情けない頃の自分の記憶なので、参考にするべきか、かなり悩む所なのだが、確かに自分はその行為に安堵を得た事を恥じながらも認め



自身を支える両の足が無い事に気づいた。



何も出来ない自分というのを、初めて思い知らされたようなショックを受け、自分も硬直してしまい



無粋な、しかし確かに人々を不安にさせるようなブザーが響いた。








初めてのオリジナル小説で胸がドキドキです。

出来る限り続きを続いて書きたいと願って書き続けるつもりなのでどうかよろしくお願いします。

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