第5話 飛んで火に入る
子供の頃はとにかく誰が一番有能になるかの競争だった。とはいえ、いつもアイルークは頭1つ抜きん出ていて、誰がそれに続くか、つまりは2番手争いだ。
底辺争いの俺には関係のない話だったが、2番を巡る戦いもそれなりに壮絶だったのを覚えている。
-飛んで火に入る-
魔術師の群れの中から、声が聞こえた。俺は嫌な予感を覚えて足を止める。俺の後ろを歩いていたアラセリは、唐突に歩みを止めた俺の背中にぶつかった。
やがて向こうから、俺と同じ様に正装に身を包んだ人物が小走りで駆け寄ってくる。うげっ、早速かよ。俺があからさまに顔を顰めた時、背後から顔を出したアラセリが俺の腕を突いて小声で言った。
「ユーイよ、フレイ。ユーイ・シャーウッド」
アラセリの言葉で俺は思い出した。この気取った喋り方と、ウェーブのかかった癖毛。面影はガキの頃から変わらない。茶髪を肩まで伸ばし、いつもアイルークの取り巻きの中にいたユーイだ。俺はアイルークとは違う意味でコイツは好きじゃなかった。
ユーイは俺たちの所まで来ると、嬉々として辺りを見回した。
「ん?……エメリナ様はいらっしゃらないのか?」
「悪かったな。今日は俺が代理だ」
俺は投げやりにそう答える。ユーイは俺の顔を見ると、口元を抑えて笑った。
「フレイ、お前がか?とうとうエメリナ様の後を継ぐ気になったのか……プププ」
憎たらしい顔で笑うユーイに俺は歯を食いしばった。今すぐ殴ってやりたいところだが、まだ城に入らないうちに問題を起こすわけにはいかない。しかもコイツを殴ると後が面倒だ。
俺の苛立ちを知ってか知らずか、アラセリが前に出た。
「こんばんは、久しぶりね」
「おや、アラセリじゃないか!キミは昔から変わらないな。子供の頃を思い出すよ」
ユーイはアラセリの存在に気づくと、パッと表情を変えた。懐かしい、とか何とか話しているが、アラセリの外見はまだ完全に25になってないんだから当然だ。
簡単な挨拶を終えるとユーイはまた辺りを見回し、首を傾げた。
「なんだ、アラセリとフレイの2人だけか?」
「え?……えっと」
「さっき遠目に見たときは三人いたようだったんだけ、どっ」
ユーイがそう言った時、背後からその首に腕が回された。そしてニヤついた顔が現れる。俺は肩をすくめ、そしてアラセリも困り顔で苦笑した。
「おや~?見覚えがある癖毛だと思ったら、ヘタレのユーイじゃないか。久しぶり」
「っ!」
来た、コイツ本当に野郎相手だと態度違うな。しかも完全にいじめっ子の面してやがる。
ユーイはアイルークの顔を指差して口をパクパクさせている。しかしすぐにノドを抑え、また魚のように声のでない口を動かした。
臨機応変ってこうゆうことか。おそらくアイルークはユーイの首に腕を回した一瞬で、以前クリフに掛けたものと同じ魔法をかけたらしい。
悪い顔をしたアイルークは、ユーイの耳元で脅し文句を囁く。
「おっと、暴れるなよ。俺の正体を口にしようとしても、声が出ないからな。……あんまり抵抗するようだと、喉から火が出て焼け死ぬかもしれないぞ?」
「ひぃっ」
小声で交わされるやり取りを見つめながら俺はため息をついた。
この男……ユーイ・シャーウッドは、アンブロシアの子供達の中でも優秀な方に入る魔術師だ。アイルークをトップとするなら、3番か4番目に入るくらいの実力がある。周りからの評価はそれなりに高かったが、その代わり中身がヘタレで、優秀なグループの中ではいつもからかいの的だった。
その欠点はどうやら今でも治っていないらしい。アイルークのハッタリにビビリながら、ユーイは言う。
「な、なんで…………がっ、此処にいるんだっ。それにエメリナ様はっ」
おそらくアイルークの名前は発音出来ないように制限されているらしい。俺は首をかきながら言う。
「オフクロは怪我して遠出出来ないんだよ。だから俺がオフクロの代わりで、コイツらが俺のサポート役になった。それだけだ」
「エメリナ様がお怪我を!?大丈夫なのか!?」
「ちょっと足を怪我されただけで、命に別状はないわ。大丈夫」
アラセリの言葉に、ユーイは胸を撫で下ろす。俺は首を傾げた。コイツ、そんなにオフクロと親しかったか?
少し落ち着いた様子のユーイに向かって、アラセリは両手を合わせて申し訳なさそうな顔をする。
「ユーイ、ごめんなさい。私達も色々事情があって、その魔法はすぐには解けないの。集会が終わる時に解いてもらうから……」
「ううっ、分かった……言う通りにしよう」
別にコイツの名前なんか言えなくても、支障はなさそうだけどな。俺はそう独り言を言いながら視線を先へと向ける。あれだけいた魔術師の数が減っている。城へと続く道にぞろぞろと列が出来ていた。
アイルークは召使いに招待状を見せると、説明を受けて城へと歩き出す。俺は暗闇に浮かび上がる城を見上げた。
此処が親父の仕えた場所。これが二十数年前に親父が見ていた風景だと思うと、なんだか奇妙な感覚だった。