第4話 マナーと暗黙の了解
人が集まれば、その場にマナーが出来上がる。模範的な人間の群れでは正しい規律が出来、異質な人間の群れでは曲がった規律が現れる。
そして何かを計るものさしが出来れば、それに苦しむ人間も存在することになる。
-マナーと暗黙の了解-
途中、街での休憩を挟み、馬車は走り続けた。流石に馬車の旅もこれだけ長くなると疲れが出てくる。俺は座席に横になりながら、暮れ始めた空に昇る月を見上げた。
そろそろベルンシュタイン家の領地に入る。俺は深いため息をついた。出発時より気が重いのは疲れのせいだけじゃなさそうだ。
馬車は山間の道を通り、坂道を上っていく。どうやら会場はベルンシュタイン家の別荘がある場所らしい。
「さて、と。いよいよかな」
アイルークは髪を整えながらそう呟いた。お前よくこの状況でニヤついてられんな。隣のアラセリなんか緊張で顔が白くなってるぞ。
俺は起き上がってアラセリを見る。
「経験者でも緊張するモンなのか?」
肩に力が入っているアラセリの隣で、アイルークが笑う。
「それもそうだ。フォルカー様のことを抜きにしても、ここからはサバイバルだからね」
「サバイバル、ってお前」
「あながち間違ってはいないさ。フレイ、お前は魔術師が交流を深めるのは何の為か知ってるか?」
何の為って、取引とかそうゆうものの為だろ。詳しくは知らねーけど……。
俺の返答にアラセリがアイルークを見る。お前ら目でやり取りするの止めろよっ!そして俺が世間知らずみたいな顔すんなっ!
アイルークは明らかに俺を見下した顔でニヤついてみせる。
「これだから『坊ちゃま』は困るな~。さっきも言っただろ?魔術師が集まるとロクなことがないって」
「ええとね、フレイ。もちろん取引とか、目上に顔を売るのが一番の目的なんだけど……それ以外を目的にしてる人もいて……」
アラセリが遠回しに説明するが、イマイチよく分からない。するとアイルークがしゃしゃり出てきて単刀直入に言った。
「要はどれだけ良いトコの魔術師をベッドに連れていけるかってことだ」
「はあ?」
俺の言葉に、アラセリが額を抑えながら説明する。
「えっと、つまりその……魔術師にとっては、自分が位の高い人間に仕えることも重要なんだけど、自分の血筋を残す為に、優秀なパートナーを探すっていう目的もあって」
「つまり、結婚相手を探してる奴もいるってことか?」
アイルークは嬉々として喋り続ける。
「そんな清い奴が大半ならいいんだけどな。女が男相手に既成事実作ったり……ああ、男色の奴も結構いるから気をつけろよ」
「げっ、マジかよ」
アラセリに視線を向けると、困ったような顔をしつつも頷いていた。マジか!本当に魔術師ってロクなやついねえじゃねーか!俺は顔を顰める。そんな奴らの集まりで、一体どうコミュニケーションとりゃいいんだ。
俺の不安を悟ってか、アラセリが咳払い1つして顔をあげる。
「でも大丈夫。そこは私とアイルークでフォローするから」
「本当ならお前のフォローなんかしたくもないが、エメリナ様の依頼だからな。お前はせいぜい愛想良く笑ってればいい」
出来ればな、と付け加えるアイルークを俺は睨みつけた。こいつの余計な一言のせいで猫を被ってもすぐに剥がれてしまいそうだ。アラセリは言い合いを始める俺たちを見て、呆れた表情で口を開く。
「もう……『執事』さん、もうすぐ会場に着くから『ご主人様』をからかうのはやめて」
「了解」
アイルークはそう言うと、服の襟を整えた。俺も首元のボタンを留める。
馬車はゆっくりと坂道を上り、やがて丘の上に出た。一本道がまっすぐに巨大な庭園に入る。夕霧で視界が悪くなっているが、相当な広さの庭園だった。中央には円の形に整備された池があり、魚影が見える。
馬車が池に沿う様に弧を描いて走っていく。反対側には、他の招待客を乗せてきたらしい空の馬車が逆方向へと向かうのが見えた。
「……?」
ふとアラセリが窓から外に視線を向ける。
「どうかしたか?」
「え?あ……ううん。なんでもない」
アラセリが首を横に振ってそう言った時、馬車がスピードを落とした。俺たちは進行方向に視線を向ける。
視界に入ってきたのは、別荘というより城のような建物だった。闇夜に浮かび上がる城はまるで月に届くかのように高い。
馬車が停車したのを確認し、俺たちは馬車を下りる。アイルークが先に下りて扉を押さえ、俺とアラセリが続いた。
「わあ……」
「げ……」
アラセリは感嘆の声を漏らし、そして俺は顔を顰める。ここは馬車の発着所なのか、辺りには数えきれないほどの魔術師達の姿があった。やはり殆どの奴が俺たちと同じ様に複数で行動しているらしい。
こんなに人がいるとすぐにはぐれてしまいそうだ。俺は自分より小さいアラセリが目の前にいるのをしっかり確認する。
どうやら魔術師達は順番に城の中へと通されているようだった。召使い達が名前と出身を確認している。俺たちもそこへ行こうと歩き出した時、やけに気取った野郎の声が聞こえた。
「やあ、これはこれは……我が故郷、アンブロシアのご一行じゃないか!」