第3話 黙殺された真実
いつの間にか子供達は大きくなり、やがて多くの人々が彼の存在を忘れていった。ファーレン様も亡くなり、お墓に花を供えるのは私一人。
百年もすれば、彼の名も忘れられるのだろう。それは自然の流れだというのに、私には酷く寂しく感じられた。
-黙殺された真実-
馬車の中は案外快適に作られていた。座席も単なる木の椅子ではなく、綿のクッションが作られていて長時間の旅でも体が痛くならない。足を伸ばせるだけのスペースもあり、乗り心地は文句なしと言うところだ。
が。中の空気は例によって最悪だった。それは勿論、同じ空間にアイルークの野郎がいるからだ。
「それで、この間はエレンシアの西にある川沿いの村に行ったんだ。その時は……」
俺の向かいに腰を下ろしたアラセリの隣を占拠し、出発してから小一時間、喋りっぱなしだ。口説き文句を織り交ぜながら続く話を聞かされ、アラセリの返事も徐々に疲れが見え始めている。
「……ってことがあったんだ。どうだい?笑えるだろう?」
「うーん……」
とうとうアラセリの反応も投げやりになってきた。コイツの話は大半が皮肉で聞いていて飽きる。俺はため息をついて、アラセリの代わりに答えた。
「あーハイハイ、つまんねーつまんねー。もっと飽きねえような話出来ないのかよ、お前は」
「言ってくれるじゃないか。お前こそ、そんな仏頂面どうにかしないと、集会で敵を作るぞ」
アイルークの切り返しに俺は眉間にシワを寄せた。俺が不機嫌なのは主にお前が原因だっ。
睨み合う俺たちの間で、アラセリは深くため息をついた。そして大事そうに膝の上に乗せていた集会の招待状を手にする。
中の手紙に視線を通しながら、アラセリは言った。
「それは置いといて。……私はあまりこの地域の魔術師の名前は知らないけど、2人とも知ってる?」
招待状の最後に、おそらく主催者らしき男のサインがあった。サリム・エーベルト。その更に下には、ベルンシュタインという文字が印字されている。
ベルンシュタインの名前だけは聞いたことがある。昔王国があったという地域で、この大陸のはるか北西に位置する。周辺を山々に囲まれ、今はベルンシュタインの名前を引き継ぐ貴族が土地を収めているらしい。
おそらくそこが今回の集会の会場なのだろう。ということは、このサリムという男はベルンシュタイン家に仕える魔術師か。
俺の考えを聞いていたアイルークは大げさにため息をついた。
「10点」
「は?」
「その口ぶりじゃ、何も分かってないな。……あ、アラセリ嬢は勿論別だよ?」
知らなくても仕方ない、と気取ってみせる。相変わらず俺だけぞんざいに扱う奴だな。
アイルークは首を傾げるアラセリに向かって微笑み、俺には一瞥くれて説明を始めた。
「さっきのフレイの想像は間違ってはいない。ただ、ベルンシュタイン家というのはジイさんにとっての鬼門だ」
「ファーレン様にとって?」
「そう。何故ならそこは、伯父さん……フォルカー・リーシェンの仕えた家だからさ」
「!」
フォルカー。ここ最近殆ど聞かなくなっていた名前に、一瞬思考が停止した。それは間違いなく、俺の……死に顔すらぼんやりとしか覚えていない、俺の父親の名前だった。
頭が正常に働き始めるまで、アイルークの説明は続く。
「フォルカー様が早くに亡くなったのはアラセリも知っているだろう?」
「ええと……たしか雨の日に葬列を作っていたような……」
「そう。……俺はよく覚えてるよ」
アイルークはそう言って視線を窓の外に向けた。ジリジリと照りつける日差しで、草原の向こうに陽炎が踊る。あれは今とは真逆の、寒い雨の日だった。
「あの日、遺体は馬車で運ばれてきた。あの馬車もベルンシュタイン家が手配したものさ。……アラセリはフォルカー様の死因を知っているかい?」
俺はアラセリの回答を待たずに口を開く。
「過労、だろ?」
「正解。……でも本当にそうだと思うか?」
声を落として、アイルークは呟く。アラセリもまた、暗い表情で視線を彷徨わせた。俺は眉根を寄せる。そうだと思うか、ってどうゆうことだよ。
アラセリは招待状を封筒にしまうと、こちらを見た。
「ええとね、フレイ。貴族や王族に仕える魔術師は、数多くいるの。1つの家に30人くらいの魔術師が仕えていることもある」
「……それで?」
「フレイは前に言ったでしょう?魔術師は、協調性がない。だから、集まれば大体良くないことが起こる」
良くないこと。アラセリが言葉を選んで口にしていることがよく分かった。誰の為に言葉を選んでいるのかは分かる。実際にそうゆう場所で過ごしてきた隣の野郎のためだ。
アイルークは静かに口を開く。
「単なる小競り合いから始まって、賄賂、ごますり、告げ口……それがやがて恨み妬みになり、人を殺すこともある。『過労』っていうのは、そうゆう面倒ごとに巻き込まれて死んだ魔術師の、本当の死因を隠す為の言葉だ」
「なっ……」
「今の状況が分かったか、フレイ。お前が今から行くところは単なる集会じゃない」
アイルークの言葉には重みがあった。同じ様にいざこざに巻き込まれ、死を覚悟したこともあるアイルークにとっては、よく知る言葉なんだろう。
親父の死は単なる過労ではない。あの雨の日から、誰1人そんなことを教えてはくれなかった。疑問にも思わず、今まで過ごしてきた。
俺はただ呆然とするしかなかった。
「それは……つまり親父は殺されたってことか?」
「誰かが手を下した可能性もあるし、死ぬしかない状況に追い込まれて自殺を図ることも少なくない。……真実は俺にも分からないさ。おそらくジイさんにも」
ジジイにも。俺はその言葉で頭が冷えていくのを感じた。ジジイは当時相当な発言力を持った魔術師だった。息子が殺されて文句の1つも言わなかったのか。いや、言えなかったのか。2人曰く、『過労死』は第3者が見て誰の犯行によるものか全く見当がつかないらしい。稀代の魔術師と呼ばれたジジイすら見抜けない何かがそこにあったのか。
そこまで考え、ふと俺は気づく。
「……じゃあ、なんでそんな奴らから集会の招待状が届くんだ?」
オフクロは言っていた。以前から熱心に招待状が送られてきていた、と。里の魔術師を1人『過労死』させた上で、集会に招待したいってのはいくらなんでも虫が良すぎる。それにオフクロはどちらかと言えば集会に参加したいと言っているようだった。
「……遺品が残っているらしい。今も」
アイルークは頬杖をつきながら、窓の流れる景色に視線を向けた。
遺品。それはもちろん親父のもの。二十数年も経って、未だにそんなものが残っているのか?明らかにオフクロを集会に連れ出す為の罠としか思えない。
アラセリがアイルークの顔を見る。
「でも、それって」
「そう。明らかに怪しい。それでも遺品という言葉は見逃せなかったんだろう。伯父さんの遺品は殆どなかったと聞いているし……」
「……」
もし何かあったら、貴方が全てを決めなさい。ここからは貴方が『族長』よ。
オフクロに言われた言葉が頭の中を回る。考えれば、今まで一度もオフクロにそんなことを言われたことがなかった。
思い返せば、俺はいつもその言葉がいやだった。『族長』は貴族や王族の僕にすらなれない、出来損ないの役目。俺はその現実を直視出来ず、勝手に外に出てその日暮らしの生活を始めた。
それは逃げでしかないと理解しながら。
「エメリナ様は全て理解した上で俺たちをベルンシュタイン家に送ったんだ。……それだけは覚えておけよ、フレイ」
アイルークの言葉に俺は俯く。
一体、いつまで逃げるつもりなんだ。誰も言わないその一言が、何故か俺の声で聞こえた。