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魔術師の宴  作者: 由城 要
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第2話 逆らえない人


 夢に微睡みながら時々ふと昔を思い出す。勿論今に満足していないわけじゃないわ。でも縋りたくなる時もある。

 右も左も分からず、ただただ毎日無我夢中で生きていた。あの若く、青い日の私達に。





 - 逆らえない人 -





 一階のリビングは既に茶の香りに満ちていた。オフクロを椅子に座らせるとアラセリはファリーナを手伝おうとキッチンへ向かって歩いていく。

 俺はそれを目で追いながら、向かいの椅子に腰掛けた。オフクロは口元を緩めて笑う。


「ふふ、アラセリは働き者ね」

「あ、いえ……」


 アラセリは苦笑する。ファリーナから渡された茶菓子をテーブルに置くと、俺の隣に腰を下ろした。

 俺は茶を飲みながらオフクロに視線を向ける。


「それで、さっきの話の続きは?」


 ぶっきらぼうにそう言うと、オフクロは椅子の後ろにある棚の上から、1つの封筒を手に取った。ただの連絡用の封筒ではない。品質の良い紙で印もされている。封筒に描かれた装飾から、かなり地位のある人間からのものだと理解できた。

 オフクロは便箋を取り出すと、俺たちに差し出した。覗き込んだアラセリが口を開く。


「集会の招待状、ですか?」

「そう。こちらの主催者の方はとても熱心で……定期的に集会を行っているのよ」

「集会……?」


 説明を求めて隣を見る。魔術師の中でも、地位のある人間が集うのだとアラセリは言った。どうやら社交パーティのようなものらしく、情報交換やお互いの結びつきを深める場らしい。

 魔術師にもそんなもんがあるのか。というか、協調に関してはゼロに等しい魔術師達が集まって互いの親睦を深めるとか、明らかに胡散臭いぞ。

 俺の言葉にアラセリが困った顔をして笑った。


「まぁ、9割くらいフレイの言った通りなんだけど……」

「お前は行ったことあるのか?」

「うん。参加したのは4、5回くらい。といっても、ご主人様も一緒だったし……」


 アラセリは頬をかく。どうやら自分が招待されたわけではなく、仕えていた主人の補佐としてしか参加したことがないらしい。とはいえ、そんな集会の存在を全く知らなかった俺よりは中身を知っていそうだ。

 俺は再びオフクロに問いかける。


「それで、この招待状がどうしたんだ?」

「貴方たちに、この集会に参加してもらいたいの」


 オフクロは静かにそう言った。俺もアラセリも一瞬言葉を失う。なんとなく封筒を見た時から嫌な予感はしていたが、まさか本当にそう言うとは思わなかった。アラセリも俺と同じ心境らしく、目を白黒させている。

 更にトドメの一言が俺にのしかかってくる。


「特にフレイには、私の代わり……族長代理として出席してもらうことになるわ」


 族長、代理。……はあぁっ!?族長代理っ!?

 サーシャがいればおそらく五月蝿いと一蹴されるくらいの声量で俺は叫んだ。代理ってことはオフクロは参加しないってことか!?つまりアラセリと俺だけで行くのか?この明らかに胡散臭い集会に?

 オフクロは俺の反応を無視して話を進める。


「アラセリは助手としての参加になるわ。フレイをサポートして頂戴ね」

「えっ、あの、待って下さい!私さっきも言った様に、ご主人様にくっついて行っただけなんです。正直フレイのフォローが出来るか自信が……」


 アラセリも唐突な頼み事に慌てているようだった。それもそうだ、俺がアラセリの立場でも俺みたいな敬語すら出来ない奴のフォローは願い下げだ。つーか自分で何を言ってるんだ俺はっ。

 無理無理と連呼する俺たちに、オフクロは苦笑して口元を押さえる。


「あら……大丈夫よ。その点はちゃんと考えてあるわ」


 安心して、と微笑みながらそう言われて、アラセリは観念した様に深く息を吐く。

 オイ、負けるな。下手したら今日からみっちり礼儀作法やら敬語やら叩き込まれることになるかもしれないんだぞ!?特に俺が!主に俺が!

 まだ混乱中の頭に、オフクロの言葉が降り掛かる。


「でも、フレイが帰ってきてくれて良かったわ。……本当はお断りしようと思っていたのよ。怪我もしてしまったし」

「うっ……」

「先方は前から熱心に声をかけてくれていたの。少し遠い所だから、今まで不参加だったのだけれど……貴方が行ってくれるなら助かるわ」


 くそ、オフクロの奴どんどん俺を追い込んできやがる。俺はテーブルの下に隠した拳を握りしめた。


「わーったよ、行きゃいいんだろ!」


 今に分かったことじゃないが、やっぱ俺はオフクロにも勝てそうにない。









 オフクロの『頼み』を受けてから数日が経った日の朝。家の前には先方が手配したらしい馬車が停まっていた。

 今の時代、馬車は金持ちの象徴だ。俺は普段ほとんど気にも留めない馬車をまじまじと見ていた。旅の途中で馬車の護衛をすることもあるが、まさか自分が乗ることになるとは思ってもみなかった。

 よく分からない感慨に浸りながら窮屈な首のボタンを1つあける。


「暑い……」


 今日は朝早くから叩き起こされ、普段絶対に着ないような、小綺麗な正装を着せられた。シャツなんか着るのはガキの頃以来だ。その代わりに魔術師の証であるローブは腕に掛けている状態。

 つーか、こんな服を着るためにローブは脱ぐとか、なんか矛盾を感じるんだが気のせいか?

 馬車の馬が草を食むのを見ていると、家の扉が開いてアラセリとオフクロが出てきた。アラセリは助手という立場上、そこまで着飾っているわけではない。ローブの下は、裾に柄の入ったワンピース。昨日ファリーナが嬉々として引っ張りだしてきた卸したてのものだ。


「もう少し待っていて頂戴。もうすぐ準備が終わるわ」


 オフクロはそう言うと、馬の鼻先を撫でる。既に疲れた顔をしている俺に、アラセリが苦笑した。


「大丈夫?」

「大丈夫なわけないだろ……こんなことになるなら最初から帰ってくんじゃなかった……」


 百歩、いや千歩譲って族長代理の件は引き受けたとする。……が、俺にとって一番の問題はそこじゃなかった。

 勢い良く家の扉を開け放ち、ファリーナが顔を出す。準備できましたよ、とオフクロに向かって声をかけると、家の中からもう1つ人影が現れた。

 オフクロはそれを見て微笑む。


「あら。……良く似合っているわ、アイルーク」

「ありがとうございます。美しい人にそう言っていただけると嬉しいですよ」


 格好つけて頭を下げるアイルーク。魔術師のローブは何処へやら、コイツもファリーナが引っ張りだしてきた服を着せられていた。しかも何故か執事服。髪型も分け目を変え、右から左に髪を流している。

 俺はドン引きした顔でファリーナを見た。


「……ファリーナ……これは何だ?お前の趣味か?」

「違いますよっ。勿論、髪型は多少私が考えましたけど……執事服は、アラセリ様の服を探していたときに倉庫で見つけたものです」


 執事って……ウチに執事なんていたか?俺の記憶では、ファリーナの婆さんが召使いとして雇われていたのしか記憶にねーぞ。

 俺の疑問をよそに、アラセリはアイルークを見ながらしきりに頷く。


「でも、ファリーナはやっぱり凄いです。これなら集会に行っても、誰もアイルークだって分からない」


 心底感動しているらしいアラセリ。いや、それはねーだろ。大体顔がしっかり目立ってんじゃねーか。俺のぼやきにアイルークが皮肉った表情で振り返る。


「分かってないな、フレイ。魔術師っていうのは目上の人間や取引相手の顔しか覚えない。数年前に噂で聞いた程度の俺の顔なんか知るわけないだろう?」

「ちげーよ!お前の顔を知ってる奴に会う可能性はねーのかって言ってんだよっ」


 俺がそう怒鳴ると、アイルークは肩をすくめて首を横に振った。


「そこはどうにかするんだよ、臨機応変に。分かりませんかねぇ、『お坊ちゃま』は?」


 こちらを小馬鹿にする態度に、俺はアイルークに向かって拳を突き出した。しかしこちらの行動を読んだのか、アルークはこちらの拳をひょいひょい避けていく。本気でぶん殴ろうと襟首を掴むと、服が汚れるから止めて下さい、と後ろにいたファリーナに一喝された。

 ニヤニヤしながらアイルークが笑う。


「いやぁ、お坊ちゃまは暴力が多くて困るなぁ」

「ふざけんなよっ!お前みたいな色ぼけ執事、今すぐクビだ、クビ!」


 オフクロは俺とアイルークのやりとりを眺め、アラセリに視線を移す。


「集会でのサポートはアイルークがやってくれるわ。でも見ての通り、フレイとアイルークが揃うとああなるから……そこはアラセリにお願いするわね」

「はい、分かりました」


 アラセリは頷くと、ファリーナから荷物を預かり馬車へと乗せていく。喧嘩を売ってきていたアイルークはそれに気づくとすぐにそちらを手伝い始めた。相変わらず、女からの好感を得ることしか考えない野郎だ。放置された俺は苛立ったため息をつく。


「フレイ」


 準備を進める3人を見ていたオフクロが俺の方を見た。盲目の瞳にも関わらず、その目はいつも何かを見ているような、そんな色をしている。


「フォローはあの2人にお願いしてあるけれど、もし、何かあったら……貴方が全てを決めなさい」

「……は?」


 全てっつーのはどうゆうことだ。何かって言うのはアレか?アイルークの素性がバレた時のことか?首を傾げる俺に、なんでもないわ、とオフクロは首を横に振る。

 朝の真っ白い光が空から地上を照らす。オフクロは顔に影を作りながら、静かに苦笑した。


「ここからは、貴方が族長よ。……いってらっしゃい、気をつけて」


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