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魔術師の宴  作者: 由城 要
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第1話 故郷に落ちる影

 この物語はシリーズものになっております。


 登場人物/用語紹介を設置しましたが、初めてお読みいただく方には分かりづらい部分が多々あるかと思います。その場合は『過去の預言書(http://ncode.syosetu.com/n1211q/)』をお読みいただければお楽しみいただけるかと思います。

 あの雨の日に、最愛の人を埋葬した。死に顔もはっきりと覚えている。だというのに、今でも私はあの人が戻ってくるのではないかと心のどこかで期待している。

 淡い……淡すぎる夢の中で。この家の門をくぐって、久しぶり、と彼はそう言うのだから。





- 故郷におちる影 -





 朝の光が辺りを白く埋め尽くす。夏に近づくこの時期はいつもそうだ。辺りに遮るものの何もないこの平野は、日照時間が長くなると共に陽の光を嫌というほど浴びせられることになる。

 それでもこの風景は嫌いじゃない。眩しい光の中に浮かび上がる、ぽつりぽつりとした家々。俺は深く息を吐くと、吸っていた煙草の吸い殻を靴の踵ですりつぶした。

 そして半分呆れの入った声で自宅を見上げる。


「……なんだコレ……」


 目の前にあるのは間違いなく自分の家だ。数年前に自宅に帰ってきた時までは、殆ど変わりがなかった。確かそのはずだ。

 門をくぐると、庭に花壇がいくつか増設されていた。そこには青紫の薔薇が並んでいる。

 俺は薔薇の花壇に近づくと、腰を下ろしてそれを眺めた。久々に見る花だ。オフクロの一番気に入っている品種で、この辺では種を蒔かない限り、絶対にこの色の花は咲かない。花だけではなく種も値の張る代物だ。

 立ち上がって再び辺りを見回してみる。薔薇だけじゃない、門にはフウセンカズラが巻き付いて新緑の彩りを見せていた。玄関の近くにはガーデンアーチまで設置されて、黄色や赤の花が揺れている。

 俺の家の庭はいつから庭園になったんだ。

 そんなツッコミを心の中で呟くと、犯人は意外とすぐ顔を出した。ガーデンアーチの脇から人影が顔を出す。茶色の髪の間から覗く大きな瞳。こちらの姿に気づくと驚いたように瞬きし、そして全てを理解したかのように微笑んだ。


「フレイ!お帰りなさい」

「あー、納得した。お前か、アラセリ……」


 俺は額を抑えて深くため息をついた。そうだ、こいつはガーデニングに関しては相当な腕があるんだった。人様の庭まで庭園にした前科まである。

 アラセリ・リンドブルム。天才とか呼ばれたジジイの……妹の孫だったか。ジジイの孫が多いこの里では遠縁にあたる。前のネオ・オリの一件で蛉人サーティとの異常契約から解放された後、里に戻って住み込みでオフクロの助手をすることになったらしい。おそらく庭の管理もオフクロから任されたんだろう。

 それで庭が更に凄いことになってんのか。


「?」

「なんでもねーよ。……ああ、多少は年取ったな」


 近づいてきたアラセリは前にネオ・オリで出会った時より身長が伸びていた。輪郭にも幼さが消えつつある。元から童顔のせいもあって劇的に変化があったわけではないが、少なくとも少女の見た目ではなくなっていた。

 アラセリは俺の言葉に苦笑する。


「フレイとアイルークのおかげよ。……今日はどうしたの?」


 いつも一緒にいる二人は、と聞かれて俺は顔を顰めた。あとで話す、とだけ伝えると、アラセリは困った様に笑ってみせる。どうせ同じ質問をファリーナにも、オフクロにも説明することになるんだ。俺がため息をついてそう言うと、アラセリはふと思い出したように俺のローブを引く。


「あ、ええとね、フレイ。エメリナ様に会う前にちょっと話しておかなきゃいけないことがあって……」


 大きな瞳に僅かに影が差す。よくない話だとそれだけで俺は理解できた。










 バタン、と大きな音で玄関の扉を開いた。洗濯物を運んでいたメイドのファリーナが真っ先にこちらに気づいて駆け寄ってくる。

 あら、坊ちゃまじゃないですか。お帰りなさいませ。いつもならその呼び方は止めろと言う所だが、俺はそれを無視してファリーナに言う。


「オフクロは」


 俺の背中から顔を出したアラセリを見て、ファリーナは大体予想がついたらしかった。二階の自室にいらっしゃいますよ、と少し小さな声でそう言う。

 豪勢になった庭とは対照的に、見慣れた家の中はひっそりとしていた。俺はファリーナに持っていた荷物を押し付け、階段を駆け上がっていく。

 部屋数の多いこの家の中でも、門と庭が見える部屋がオフクロの自室だった。上った階段から振り返り、廊下の端にある扉に目をやる。換気をしているのか、扉は開いたままになっていた。


「……」

「……あら」


 部屋を覗き込むと、オフクロはベッドに座って分厚い本を膝の上に乗せていた。目は見えていないはずなのに、顔はこちらに向けられていた。

 年取ったな。アラセリに向けた言葉とは違う意味で、俺はそう心の中で呟いた。しばらく会わないだけで、そう実感する。


「フレイ。……お帰りなさい」


 いつもと変わりのない表情、声色。俺がガキの頃から変わりのない、出迎えの言葉。ただ1つ違うのは、オフクロの足に仰々しく巻き付けられた包帯だ。

 俺は平静を装って首筋を掻く。


「階段から落ちたらしいな」

「ええ。ちょっと失敗しただけよ。ファリーナもアラセリも心配性だから……」


 俺は巻かれた包帯に目をやる。足は少し安静にすれば治るらしい。医者がそう言っていたとアラセリから聞いた。それよりアラセリ達が心配しているのは、階段から落ちるヘマをしたことだ。

 オフクロは昔から目が見えない。それを補助する為に魔術を覚え、やがて魔術師になった。おかげで今は人並みの生活が出来る。俺自身もほとんどオフクロの盲目について気に留めたことがないくらいだ。

 だが、やはり魔術師といっても衰えはある。特に魔力は老化に比例するものだ。オフクロにとってはヘマであっても、アラセリやファリーナからすれば主人の魔力が徐々に衰えてきていることを意味するからだ。オフクロにとって魔力は生きる術。二人が心配をするのも分かる。

 俺は息をついて、部屋の椅子に腰掛けた。窓からは眩しいほどの光が差し込み、オフクロの影が床に伸びている。


「今日はサーシャさん達はいらっしゃらないのね」

「……ああ。別行動だ」


 しばらくな、と付け加える。

 魔力に衰えがあったとしても、オフクロはオフクロだ。こうゆう微妙なニュアンスでもこちらの心を見透かしてくる。


「あら、それでふて腐れているの?」


 うっせーなっ。

 俺がいつもの調子でそう言い返したとき、廊下からアラセリが顔を覗かせた。どうやらファリーナが茶を用意したらしい。エメリナ様もご一緒にどうですか、と微笑むアラセリに、オフクロは頷いた。


「それじゃあお茶にしましょうか。アラセリ。少し手を貸してもらえる?」

「あ、はい」


 アラセリが慣れた手つきでオフクロに肩を貸す。俺はそれを複雑な気分で見つめていた。

 オフクロはアラセリの付き添いで部屋を出ると、一歩一歩階段を下りていく。辺りを探るような足運びを見つめながら、口をついて出そうになるため息を押し込めた。

 ふ、とオフクロの足が止まる。


「ねぇ、フレイ。少し時間があるのなら……お願いがあるの」


 その横顔は真剣だった。考えていることを見透かされたのかと思ったが、後に続く言葉でそれが思い違いであることを知る。


「アラセリにもお願いしたいことよ。……お茶を飲みながら話しましょう」


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