第17話 人として
エメリナ様へ。また今年もあの花の種が手に入ったので、同封します。あと寄付の件はあまり気になさらないで下さい。私がそうしたいと思ってやっていることですから。
私も愛してみようとそう思うのです。たとえ優勝劣敗の世界でも、そこに居るのは同じ血が通った人間なのですから。
- 人として -
「私には、私には出来ませんっ」
ユーイがそう重ねて叫ぶ。その瞬間、魔力の生起を感じた。目を瞑っていても分かるくらいの膨大な術の展開。普段感じることのない表徴だった。青い色が瞼の裏に焼き付くような、そんな感覚。
自分の鋭感に驚くより先に、空気が肺にダイレクトに入ってきた。急な体の解放に驚いて、転がったまま盛大に咽せる。
「ゲホッ、ゲホ……っ」
空気ってのはこんなに質量あるもんだったか。俺はやっと瞼を開き、事態を把握する。
俺の前に立ったユーイ。その目の前には、硝子のように透明な結界が張られている。ぐるりと辺りを見回すと、結界は俺とユーイを囲っているのが分かった。
これはユーイの結界か?
「……っ」
結界の外にぽつりと浮かんでいた黒い鋼のようなナイフが結界を斬りつけてくる。しかし刃は結界を通らず、すぐに弾き返された。
俺は呆然としてユーイを見る。なんだこりゃあ……こんな精密な結界、作れる奴がいるのか。
ユーイは振り返らずに口を開く。
「おいっ、フレイ!起きたならこの状況どうにかしてくれ!」
この結界なら、どんな攻撃だろうが貫き通すことは出来ない気がする。なのにどうしてコイツは切羽詰まった顔をしてんだ?
俺が思ったままを言うと、ユーイは泣きそうな声をあげた。
「僕は結界以外の魔術はからっきしなんだ!」
「は、ぁああ!?」
「しかもこの城、あっちこっちに時間の経過すらコントロールする多重結界が張り巡らされてて……こっちの融通が利かない!この結界も、30分も保たないぞ!」
一瞬でもお前をスゲー奴かもしれないと思った俺が馬鹿だった!
俺は咄嗟に天井を見上げる。ユーイの結界によって俺自身が空間が切り離されたせいか、ヴァルナは姿を消していた。俺はほっと息を吐く。しかしふつふつと別な感情が浮かんできた。
サリムの言った言葉の1つ1つが俺の脳裏に戻ってくる。あんな……あんな狂った奴のせいで親父は死んだのか。親父はやはり殺されたのか。
昔から温和な人間だったとは聞いていた。争いを好まない、とも。そうゆう性分だったとはいえ、自分が殺されるかもしれない時までそうだったのかよ。馬鹿な奴。その馬鹿をずっと待っていたオフクロの顔が浮かぶ。
親父、アンタやっぱ気に入らねえわ。
「蛉人呼び出してどうにかしろよ!」
俺が八つ当たりも兼ねてそう言うと、ユーイがこちらを振り向いた。
「呼び出してこの状態なんだ!」
「いねーじゃねえか、お前の使役!」
「いるだろう!此処に……」
ユーイがぶんぶんと首を振る。すると、ユーイの髪の毛の先に何かがついていた。首を振るユーイに振り回され、ポロっと地面に落ちる。
俺は落ちたそれをつまみ上げて顔を近づけた。よくよく見ると、それは人差し指くらいの大きさの……
『はわわ、ご主人様~。落とさないでくださいませぇ』
「ちっせぇ!これ、お前の蛉人かよ!」
蛉人だった。指人形より小さな顔が、ブカブカの帽子の中から見え隠れしている。男なのか女なのかよく分からない中性的な外見だ。枝より細い腕をせわしなく動かして、ずり落ちてくる帽子を持ち上げると、俺の顔を見て硬直したようだった。
『ひぇえっ!目つきの悪い不良がっ、不良がいます、ご主人様ぁ!』
「オルディオ、頼むから失神しないでくれっ。結界が解けてしまう!」
蛉人が主人に似るのか、主人がこれだから似たような蛉人が使役になるのか。俺は呆れたため息をついて、失神しかけている蛉人をユーイの頭の上に乗せてやった。
オルディオとかいう蛉人は、ユーイの上から辺りを見回す。小動物が天敵を探すような仕草だ。
『やっぱり駄目です、ご主人様ぁ!このお城、4つも5つも空間が重なっていて……』
「コイツ、結界が何処に張ってあるか分かんのか?」
目を回しているオルディオを見て、俺は首を傾げる。普通、目隠しの効果のある結界内に閉じ込められると、並大抵の魔術師なら外の状態を把握することは出来ない。結界が重なっていても感じ取ることは不可能だ。
ユーイは結界の外側に視線を向けながら言う。
「オルディオなら分かるさ。結界に関しては最上位の蛉人だからな」
「……んじゃ、なんでこの城に来た時に多重結界が張ってあることを言わなかったんだよ」
答えによっちゃ殴るぞ。
俺が睨みつけると、オルディオはユーイの肩に飛び降りると、首筋にすがりつく。
『ひえぇっ!そ、そうは言われましても!名のある魔術師ならば、生活圏内に多重結界が張られていることも多々あることで……。悪意あるものかどうかまでは……そのぉ』
「ポンコツ」
『ううっ』
コイツ誰かに似てると思ったが、怯えてる時のクリフだ。グーパンかましてやりたいところを抑えて俺は結界の外に視線を向ける。
結界を壊そうと躍起になっていたあの黒い刃をしたナイフは消え失せていた。おそらく、こちらの結界が消えるのを待っているのだろう。
俺は目を瞑って、ヴァルナの名を唱える。召喚は二回目だ。体が重く感じる。
「ヴァルナ。……やられてねぇな?」
『その台詞そのままお前に返すことも出来るが?』
落ち着き払ったトーンで、ヴァルナが俺の後ろに現れた。俺はふと、ヴァルナの気配に目を見開く。
蛉人と意識を繋げたり召喚をすることによって、魔術師と蛉人は意思疎通することが出来る。相手の感情はこちらに伝わってくるし、こちらの感情もまた、ダイレクトに相手に響く。
俺はふと、ヴァルナを振り返って口を開いた。
「……なんだ?随分ご立腹じゃねーか」
召喚する刹那、怒りのような心情が伝わってきた。俺も大分イライラしているが、ヴァルナが感情を表すのは珍しい。
ヴァルナは表情だけいつも通りの涼しい顔で言う。
『そんなことよりも、この状況の打開策を探すべきだと思うが』
「そう言うってことは、お前には打開策があるってことだな」
珍しく穴のある回答だ。ヴァルナは大きく息を吐くと、肩を竦めてみせる。
『……つい先ほど、結界の外から蛉人の魔力の気配を感じた』
『なっ、ななな……ありえないのです!何故、結界の最上位の僕を差し置いて、貴方がこの結界内から外の魔力を感知することが出来るのですかぁっ』
オルディオがヴァルナの言葉に反論する。どうやら得意分野に関してはそれなりにプライドがあるらしい。しかしヴァルナに睨みつけられると、オルディオはすぐに小さくなった。
『眷属の魔力ならば、僅かでも感知しやすい』
「お前の眷属って……」
俺は顔を顰めた。ヴァルナの眷属といえば、ただ1人しか思いつかない。
ヴァルナが僅かに目を細めた。




