暴走寸前
レイムはライリアルと二人、再び神殿に入り込んだ。
目的はただ一つ、宝玉との接触である。
ライリアルが本当に光の竜王の力を受け継いでいるのか半信半疑ではある。
しかしフォーレシアは人間の思い出を見るときは間違えない。
それが相手にとって印象的な記憶であればあるほど、鮮明に彼女は見ることができた。
ならば、光の竜王に彼が魔力を譲ったのはほぼ間違いないだろう。
隣を歩くライリアルを横目で見ながら、レイムは光の竜王について思い出す。
眩しい銀髪を肩で切り揃えた、とても優しい人だった。まだ少年の時に、北大陸へ旅立つ竜達の背を見送った。
しかし彼はレイムの知らない間に一度南大陸へと戻り、ライリアルに魔力を渡している。
ライリアルは命を救われたと言っていたが、何故竜王が魔力を渡したのかは全くもってわからない。
ライリアルに訪ねたところで答えが出るのかさえ、レイムにはわからなかった。
「ところで……一つ聞きたいんだが」
歩みを止めずにライリアルはレイムに問いかける。
「あのフォーレシアという女性は第一世代……なのか?」
「……そう。天使達との派手な争いを生き残ったリトミアだ。この地へ生き残ったリトカ達を導き、守りこの地で重傷を負った」
あの時この地にやってきた部族に属するリトカは二人だったことを記憶の底からすくい上げる。
この場に木と化し留まったフォーレシアと違い、もう一人のリトカはレイム達の王、炎の竜王と誓約を交わしてこの地はリトカ達の住む地になった。
そのことをライリアルに告げて、レイムは前を向く。
竜の種族ごとに南大陸には縄張りがあった。他の種族のことは知らないが、恐らく他の地域でもこうした事は行われたのだろう。
「フォーレシアは2000年近くこの地で眠り続けていた。もし、無事に宝玉の暴走を止められたら彼女には今の南大陸を教えてやってくれ。俺はあまり世間の事は知らないんでね」
「……面倒くさいが、それぐらいはいいかな」
「まあきっと彼女の事だからすぐに慣れてくれると思うが」
と、レイムは答えながらも何だかライリアルの発言に引っかかるようなものを感じた。
それが何か考える前に、レイムにはやらなくてはならないことがあった。
「ここで止まってくれ。恐らくこの先は宝玉のせいでどこまで暑く、熱くなっているかわからないから。俺が障壁を張る」
ここまで歩いていく中でも、徐々に感じる温度は上がっていっている。
元々が炎属性のレイムには問題はないが、竜の魔力を持っているとはいえ人間のライリアルには辛いだろうと思い、提案したがライリアルの表情を見る限り汗一筋さえ浮かんでもいなかった。
「お気遣いなく。私の周りには常に魔力の障壁がある。制御しきれない一部が常に漏れているようなものだ」
「その障壁はどこまで耐えられる?」
「試したことはないが、この障壁を破れたのは二人しか知らない。竜とはあの人以外に会ったことがないからわからないな」
「……リスクが高すぎる。やはり俺が障壁を張ろう」
「障壁はいい。たぶん大丈夫だ。それより魔力は温存しておいた方がいい」
ライリアルの言葉にレイムは思案する。
確かにこれ以上余計なことに力を割くと宝玉を抑えれなくなるかもしれない。
ライリアルの力が未知数な以上、宝玉が放つ熱にライリアルが耐えられるのか気になるところだ。
しかし、今は彼に頼るしかなかった。
「わかった。障壁はなしで進む。無理なら言ってくれ。背に腹は代えられないからな」
そのまま奥へと進むと予想したとおりに、熱がじりじりと壁も床も天井も焼いているのがわかる。
先ほど天使と交戦した場所にまで辿りつくと、奥から赤い光が薄暗い中を照らしていた。
「あの光の元が宝玉……。流石に俺もきつくなってきたな。ライリアルはどうだ?」
「少し暑いかな」
眉をほんのりひそめてライリアルは呟いた。
「それよりも、奥に誰かいるな。天使に利用された奴か?」
「何……?」
この熱量の中、それも宝玉に最も近づいただろう人間が無事でいられるわけがない。
警戒を強めながら、二人は宝玉がある神殿の最奥の間に足を踏み入れた。
視界が全て赤に染まったとさえ錯覚する光の中で、熱を背に受けながら立つ異形の影が二つ。
彼らは竜でも魔法使いでもない異端の存在だった。
「うそだろう……? あいつら、こんなことまで……」
一人はシルエットだけは人間に近いが、頭の両側からねじくれた角が生え、全身を漆黒の毛で覆われていた。
横に裂けた口から牙をむいて何かを叫びながらその生き物はレイムに飛びかかる。
レイムが何かをする前にライリアルが割り込み、獣人のような異形の振り下ろした爪を腕で弾いた。
鮮血が散った、と思った次の瞬間にはライリアルの傷が見る見るうちに塞がっていく。
「ライリアル! これは!?」
「……恐らくだけど、天使によって獣か何かと合成された魔法使いのようだ」
レイムの鋭い問いかけにライリアルは固い声で推測を述べる。
今ライリアルを傷つけた奴の後ろにもう一体別の異形がいた。
それは人間とはかけ離れた、肉塊から手足が生えている姿で、肉に埋もれかけ、かろうじて確認できる目は普通の人間のものだ。
ライリアルが対峙する毛むくじゃらが飢えた獣のような光を瞳に宿しているのに対し、もう一人は絶望に彩られた人間の瞳だった。
獣の異形が低く唸りを上げて、ライリアルに肉薄する。
掬い上げるように長い爪を凪いだ攻撃をライリアルは避けずに受け止める。
今度は血しぶきさえ上がらない。
ライリアルは手のひらで攻撃を受け止めていた。
正確には、手のひらから生まれた光の塊、ライリアルの魔力の光だ。
「私にはお前たちを元に戻すことはできない……」
ライリアルが呻いたのは、彼の攻撃を受け止めるのが苦しいからではない。
正気を保つもう一人が目だけで訴えていたからだった。
殺してほしい、と。
レイムにもそれは感じ取れた。
だが、竜である彼もキメラと化した彼らを元に戻すことなどできない。
「すまない。本当に……」
ライリアルの手のひらの光が強くなる。
彼の身体の内側から沸き上がる途方もない魔力をレイムは感じた。
一体どこにそんな魔力が収まっていたのかわからない。
その魔力が全て手に集中し、解き放たれる。
魔力が爆発的に空間を埋め尽くす、その一瞬手前にレイムはこの空間の空気が変わったことに気づいた。
熱いはずなのに冷えている。奇妙な感覚。
時間が止まっているような気さえする視界の中にもう一人、新たな人影が現れていた。
長い金髪が解けて揺れる。
赤く光を放つ宝玉の前に突然出現したその人が宝玉に手をかざすと、光が消えていく。それも時間を巻き戻したかのような奇妙な消え方だった。
次の瞬間にライリアルを中心に強い光が放たれ、視界が皆等しくゼロになる。
満ちる光の中、レイムは聞き覚えのある声が何かを呟くのを聞いた気がした。