リトミア
ライリアルもレイムも頭上の異変に気がついたのか顔を上げた。
「これは……リトミアが……?」
「目覚めるのか……とうとう……」
レイムが深刻な今の状況を忘れたかのようにつぶやく。
竜と魔法使いに見守られながら、ほんのり青白い光を蕾の内側から放ち、ゆっくりと花弁が開いていく。
ティアレスはその瞬間、確かに目の前の木から非常に強い魔力が放射されたのを感じた。
開いた花から木全体へ灯った光がティアレス達の目を灼く。
眩しさに目を閉じたティアレスの横を走り抜けていく気配と笑い声。
それは幼い頃から共にいた友人と自分の声だった。
「!?」
ティアレスは眩しさに目を細く開けて振り返る。
走り去る小さな影は幼い頃の自分と友人の姿だった。
そしてその影が小さくなり消えた頃、急激に光も薄らいだ。
「長かった。ずっとこの時を待っていたのよ」
この場に女性はティアレスしかいないのに、響いた成熟した女性の声に驚いてティアレスは振り返った。
その場にいた誰もがリトミアの開花に茫然自失し、目の前にいつその女性が現れたのかわからない。
本当にいつの間にか彼女はリトミアの前に立っていた。
新緑のような長い髪を揺らし女性は笑う。驚くほど白い肌と緑の髪と相まってまるでおとぎ話の妖精のようだった。
「本当に目覚めたのか。お前がここに留まってもう長い時間が経っている」
レイムはその女性が誰であるか知っているかのように、一歩二歩と彼女に近寄る。
「あら、レイム。あんたまだこっちにいたの?」
「まだ俺が向こうに行くのは無理なんだ。務めがある」
「それで? やたら物騒な気配がするんだけど。私にまた火傷を負わせて眠らせる気?」
形のよい眉をひそめて女性はレイムに文句をつける。
「すまない。今の俺には抑えるだけで精一杯なんだ。……お前なら俺の契約者になってくれないだろうか」
レイムは女性に頭を下げたが、女性は首を縦には振らない。
「駄目。私はかつて炎の魔法で瀕死になった。相性が悪くて炎の竜とは組めないわ」
「……やはりそうか」
成り行きを眺めていた二人の魔法使いと一人の魔法使い見習いを、女性が順に眺める。
「そこの黒髪」
ライリアルを指さして女性は彼を呼んだ。
「黒髪、ではなく名前を聞いて欲しかったな。私はライリアル。はじめまして、リトミアの人」
「そちらも名前を聞かなかったじゃない。私はフォーレシアよ。ライリアル、先ほどの目覚めの一瞬であんたの思い出を見たのよ」
フォーレシアの唇が紡いだ言葉に、ライリアルは露骨に顔色を変えた。
アーノルドが顔をしかめてライリアルを振り返る。
「竜の宝玉の暴走。あんたなら止めれるんじゃない? レイムも気づかなかったの? 彼が譲られた竜の力。それが光の竜王の物だってことに」
弾かれたようにレイムは黒髪の賢者を見た。ライリアルは先ほどより厳しく口を引き結んでいる。
「どこまで私の記憶を見た?」
誰にだって知られたくない過去の一つや二つはある。きっとライリアルもそうなのだろう。厳しい表情のライリアルにフォーレシアは首を振った。
「あの一瞬で見えたのはここにいる人の小さいころぐらいなものよ。だから私はあんたに魔力を分けた光の竜王しか見ていないのよ。彼が何故そうしたのかとかね」
その言葉がどこまで本当なのか、知るのは彼女ただ一人。だがライリアルはふうっと表情を緩めた。
「その言葉を信じよう。それで、私ならば止められるというのか。暴発するかもしれない宝玉を」
「可能性が一番高いっていうだけよ。あの宝玉を作ったのは炎の竜王。属性が違うけれど竜王の魔力ならその属性の差は埋められるかもしれないわ」
ティアレスには彼女の言っている意味が理解できなかったが、ライリアルたちには伝わったのだろう。
ライリアルが頷いてレイムに向き直る。
「宝玉の操作の仕方を教えてくれないか」
ライリアルは自分で止めれるのならばと、神殿の中に赴くつもりのようだ。
レイムが頷いて二人でまた話し込み始めた。
どこか心配そうなアーノルドにティアレスは声をかける。
「あの……状況がよくわからないんですけれど……」
不安そうなティアレスに応えたのはアーノルドではなかった。
「あら、可愛らしいお嬢さんね。私はフォーレシア・リトカ・リトミアよ」
「リトカ……私たち魔法使いの先祖……なんですよね?」
ティアレスは自ら名乗るのも忘れて呆然と呟く。
「こちらに来たリトカは安住の地を手に入れたのね。私はこの南大陸へ渡った彼らとは違って、部族に属しているの。優しき森の部族リトミア、それが部族名」
ティアレスは彼女の言葉に口を挟まず話を聞き続けた。
「ここに渡ったリトカ達は部族に属する前に、争いが起きて逃げてきたのよ。それぞれ部族で何人か主導してね。それで、お嬢さん。お名前は?」
フォーレシアに問われ、慌ててティアレスは自分の名を彼女に告げた。
「ごめんなさい。ちょっと起きてる事に混乱しちゃって」
そんなティアレスにフォーレシアは微笑んで、顔を上げた。
そして不可解な視線をアーノルドに向けた。
「ところで思い出が全く見えなかったあんたはどこのどちらさま?」
アーノルドはそれには直接答えずに肩をすくめた。
「俺の記憶が見れなかったのは良かったな。こっちも子どもの頃の思い出だって見られたくはないからな」
アーノルドを警戒しているフォーレシアのところに、話を終えたレイムが声をかける。
「こっちの準備は終わったぞ。俺が案内をして彼を神殿の最奥まで届ける」
「あらそう?」
「お前はここでお嬢さんに危険が及びそうなら逃げてくれ」
「思い出も見えない怪しい男と一緒に? 嫌よ」
フォーレシアが拒絶を見せるのを、レイムは首を傾げる。
「よくわからんが、お前は俺の思い出も見れないだろう。そいつは俺も知らない種類の竜と契約しているしそのせいじゃないのか?」
「それはあんたが竜だからよ。竜と契約してるからってこんなこと……」
嫌そうなフォーレシアにやれやれとレイムは肩をすくめる。
「ならば村の方に逃げておくか? 状況がわからないとお前も困るだろうから言ってるんだ」
レイムがそう告げると、渋々フォーレシアは頷いた。
「仕方ないわね」
レイム、ライリアルは残りの者を置いて、先ほど出てきた神殿の内部へ足を踏み入れる。
アーノルドはその背中を見送って苦笑した。
「まさか俺の正体バレかけるなんてな。危ない危ない」
その呟きは誰にも届かなかったが、フォーレシアはじっと警戒するようにアーノルドを睨みつけていた。