竜と契約
ライリアルは古い魔法使いだ。魔法王国の建国よりもずっと昔、1000年近く生きている。
彼が子どもの頃は魔法使いに庇護などなかった。
南大陸の各地へと散り散りとなり、隠れ里を設けて天使たちの襲撃を逃れていた。
天使たちは魔法使いの集落を発見次第、そこを襲撃して滅ぼした。そのほとんどは魔法使いの魔力自体を蝕む毒の使用によってなされた。
ライリアルの育った集落は、彼が幼い頃に天使に襲われたがその時には竜が客として滞在していたために彼らを撃退することができた。
しかしライリアルは毒を受けてしまい、その毒から救うために客であった竜がライリアルに魔力を分けたのだ。
そのためライリアルは通常の魔法使いよりずば抜けて高い魔力を持っている。
それをライリアルはレイムと契約できない理由として語り、口を閉ざした。
「では、そこの金髪のリトカはどうだ」
「俺か。悪い。先約がある」
アーノルドは袖に隠れていた手の甲をひらひらと彼らの目の前に晒す。
そこには鋭い爪を象ったような白い文様が浮かんでいた。
「なんだ。契約者だったのか。どうりでやけに長生きだ」
意外そうなライリアルの言葉にアーノルドは噛みつく。
「うるせぇ。俺はお前と違って後の方の世代なんだ。先祖がえりでもねぇ限り200年もお前に挑むかよ!」
「……それもそうだな」
ライリアルはアーノルドの言葉に頷いて、レイムへと向き直った。
「……だそうだ。私たちでは役に立てそうもないな」
「お前の契約した竜は何の竜だ?」
レイムは再度アーノルドに問いかける。
「それは俺も知りたいぜ」
アーノルドは両手を肩の上に広げて答えた。
「契約したはいいけど、契約した途端どっか行っちまったからな」
「鱗の色、もしくは髪の色は?」
「金色」
「……今までそんな竜は聞いたことがないな」
レイムは困った表情で考え込んだ。
「まずい。打つ手がないぞ」
「宝玉の暴走は自然とは収まらないのか?」
「残念ながら天使に何か小細工をされたようで、未契約の俺では暴走を外から自分の力で抑える事しかできない。万全の時ならそれでいいんだが……」
ライリアルとレイムがお互いに深刻な顔で何やら相談しているのを横目に、アーノルドにそっと問いかけた。
「あの……竜と契約するとどうなるんですか?」
「ああ。えーっとな。普段の竜は俺たち魔法使いと契約してない状態だと限られた力しか使えねぇんだ。それでも俺たちよりは強いけどな」
アーノルドは状況を打破するために話し合う二人をよそに、少女に説明を開始する。
魔法使いの先祖がこの大陸にやってきたのと入れ替わるように、竜は北大陸へと去った。
だが、全ての竜が北大陸へ向かったわけではない。
彼ら竜たちの王からの命で残った竜や、慣れ親しんだ土地から離れることを拒んだ竜はこの大陸へと残った。
残った竜たちにはそれぞれ能力の枷を填められている。
竜が持つ魔力は未契約の状態では防御以外に使うことはできないし、攻撃自体も自分の爪や牙を使って直接人間を傷つけるようなことはできない。
「で、契約するとそれを使うことができるってわけ。その代わり一蓮托生で片方が死ぬともう一方も死んじまうんだな。寿命は竜と同じになるから心配ねぇけど」
「……そうなんですね」
「多分、あの竜も契約さえすれば直接宝玉とやらを止めれるんだろう。でも、俺もライリアルもあてにできねぇし。他の方法で止めるしかねぇんだろう」
ティアレスは不思議そうに小首を傾げた。
ライリアルもアーノルドも竜との契約はできない。
それはわかるがここにはもう一人契約可能な人間がいる。
そのことをアーノルドに指摘しようとしたティアレスだが、アーノルドは唇の前に一本指を立てた。
「ティアレスちゃんが契約の犠牲になるのはよくないな。ティアレスちゃんはまだ若いんだから、そんなことをしたら後が辛くなる」
「どうしてですか?」
アーノルドが止める理由がわからず、ティアレスは首を傾げる。
このまま放っておけば宝玉が暴走して村がなくなってしまうかもしれないと言うのに。
「ティアレスちゃん。竜と契約をすると寿命が竜と同じになる。それはティアレスちゃんがこの村で友達と一緒に年を取って生きていくことができなくなるんだよ」
アーノルドの言葉に、ティアレスは声を上げた。
それは困る。ティアレスはずっとこの村で生きていくつもりなのだから。
「だからリトカはいないのかって竜は聞いたのさ。リトカの名を持つ者は元が長生きの可能性が高いしな。もっとも、この場にはリトカがもう一人いるけどな」
アーノルドは側にある大木を見上げる。
見上げた先の枝の先にいくつもの大きな蕾がついていた。
「もう一人……あ……この木ですね。花が開いたら復活する……んでしたよね」
「ティアレスちゃんよく覚えてたな。ライリアルの奴があの木の下で言ってたこと」
「リトミア……でしたっけ。このまま起きるのでしょうか?」
「さてな、俺もリトミアが目覚めるのを見たことがないからどうなるかは知らん」
二人が見上げた先の蕾はゆっくりと開こうとしていた。