アーノルドとティアレス
ティアレスはアーノルドに遺跡まで連れていってもらったが、アーノルドもティアレスも奥に進む気はなかった。
ティアレスは奥から強い魔力を感じたから入りたくなかったのだが、遺跡の場所を知りたがったアーノルドでさえ、何故か入ろうとしない。
「えっと……アーノルドさん。入らないんですか?」
「まっさか遺跡が洞窟とは知らなかったからなぁ。入りたくねぇ」
「どうしてですか?」
不思議に思って訪ねたティアレスにアーノルドは肩をすくめて答える。
「だって、ライリアルの奴が中で魔法でもぶっ放したら俺まで巻き添え食らうじゃん。最悪洞窟と一緒にぺしゃんこだ」
「それだとライリアルさんもぺしゃんこになりませんか?」
「いいや、あいつはぺしゃんこにならねぇ。魔力の強さハンパねぇもん」
アーノルドは顔を大仰にしかめて首を振った。
「そう……なんですね……」
ティアレスはアーノルドの言葉がいまいち信じれずに、そう相づちを打つしかない。
そのとき遺跡の奥からまた別の力を感じてティアレスは押し黙る。最初に感じた力とは違っていやな感じがした。
「ねえ、アーノルドさん。とても嫌な感じがします」
「嫌な感じ……? それを聞くと俺も嫌な感じがするなぁ……」
アーノルドは困ったように頬を掻くと洞窟の中からは見えない位置にティアレスを誘導する。
「ティアレスちゃん。とりあえずこっちで待ってようぜ。俺の予感が正しければやっかいな奴が出てくるはずだ」
「やっかいな……?」
「そう、魔法使いの天敵ってやつ」
アーノルドに従い、近くの大木の陰に身を寄せたティアレスにアーノルドは囁く。
「お前本当に感知能力すげぇ高いな。俺は中で魔力は感じても種類が違うなんてわかんねぇもん」
「そうですか? でも感知能力だけ高くてもあまり将来の役には立ちそうもないですね」
ティアレスは小首を傾げてそうつぶやく。せめて魔法の品を作る仕事や、鑑定をする仕事が家業なら役に立ちそうな能力だとティアレスは思った。
「ティアレスちゃん、将来は何の仕事すんの?」
「私ですか? 将来は薬草の加工の仕事をするんです」
「そっか、それじゃあ感知能力いらねぇなぁ」
アーノルドは軽い口調でティアレスとの会話に応じながらも警戒を崩していない。器用な人だなぁとティアレスは思いながら、他にすることもないので会話を続ける。
「ところでアーノルドさん、思ったんですけどこの木ってリトミアですよね……」
ティアレスは自分たちが身を潜める木陰を作った木について訪ねる。この木は村にあるものより大きく、幹もアーノルドとティアレスが隠れてもまだ余裕があるほど太い。
「……そういえば、そうだな。この木はよほど古いみたいだ」
「古い……ですか?」
「そうだ。マイズ村にあるリトミアは多分この国の建国と共に植えられたんじゃねぇかな。他の村や町でも見た。だが、この木はそのどれよりも前の年代に植えられた木だ」
アーノルドは木の幹を撫でて頷く。
「ライリアルがいればだいたいいつ頃の木なのかわかったかもしれねぇけど……」
アーノルドは言葉をそこで止めて洞窟の入り口を伺う。ティアレスはその時に初めて嫌な魔力が消えていることに気づいた。
「あ……嫌な感じ消えました」
「じゃあそいつがライリアルと接触したのかもな」
「ライリアルさん、大丈夫でしょうか」
ティアレスがそっとアーノルドに囁いたときだった。洞窟の入り口から何者かがすごい勢いで飛び出してくるのが見えた。すぐに飛び去ったその姿が一瞬だけティアレスの瞳に焼き付く。紫に輝く銀髪をたなびかせ、白い翼を持っている姿が。
「今のは……」
「やはり天使か。ティアレスちゃん、あいつが元凶ならもう大丈夫だからそこでライリアル待とうぜ」
「えっ……でもまだ奥の魔力消えてないですよ」
ティアレスは疑問を持ったがアーノルドは木陰から出て、洞窟の入り口のすぐ見えるところで中からライリアルが出てくるのを待つ姿勢だった。
ティアレスも彼に習い、待っていると二人の人影が姿を現す。
一人はライリアルで、もう一人は赤毛に金色の瞳を持った男だった。
「アーノルド、女の子をこんな危ないところに連れてくるなんてどういうつもりだ」
「まあまあ、何もなかったし置いてけぼりってのも可哀想だろ。それで事態は収拾したのか?」
ライリアルはティアレスがこの場にいることについてアーノルドを責めるがアーノルドはどこ吹く風だ。
「事態はちょっと悪いかも。この遺跡……竜の神殿なんだが納められている宝玉が暴走しかけているらしい」
ライリアルが言うと、隣の金目の男が進み出る。
「どうにか抑えれるだけ抑えてみるが、正直なところ今暴発させないようにするのが精一杯だ」
「彼はどうやら、この神殿の宝玉を守る役目を持った竜らしい」
「竜……? この人が?」
ティアレスは不思議そうに聞き返したが、アーノルドは納得したように頷いていた。
「ティアレスちゃん。竜は人間の姿を取ることがあってね。その時の姿は目が金色で耳が尖ってるんだ」
「初めまして、リトカのお嬢さん。俺は炎の竜のレイムと言う」
「あ、はい。はじめまして。私はティアレスです。……リトカって……?」
ティアレスはレイムが口にした言葉が気になり、おうむ返しに呟く。
すかさずアーノルドが解説を入れた。
「魔法使いのことだ」
「そう、北大陸から南大陸へ逃れてきた魔法使いたちの先祖はリトカという一族名を持っていたんだ。この国の王もリトカ・アゾードとなっているだろう?」
ティアレスは学校の授業で習ったことを思い出す。
魔法王国アゾード。その建国王の名はトーマス・リトカ・アゾードだった。
そして歴史に名を残した王達も全てリトカ・アゾードだ。
「あ、はい。思い出しました」
「リトカの名はお嬢さんには受け継がれていないのか」
どこかがっかりしたように竜の男は呟く。
レイムは気を改めるようにライリアルに向かった。
「リトカの青年よ。暴走する宝玉を抑えるために俺と契約してはくれないか」
「残念だが、私は竜と契約することはできないんだ」
ライリアルは困ったように笑って言った。
「私の魔力は竜に譲り受けたものだからな」