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マイズ山のものぐさ賢者  作者: 流堂志良
第八章 カデル・ツヴァイト・ドゥンケル
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決着

 その呪文はライリアルの背後から聞こえてきた。

『闇の彼方で眠る仔よ、我が呼び声に応えよ』

 いにしえの言葉でローレンスが呪を紡ぐ。

 竜の巨体に呑まれそうだった、クロムの身体が反応した。

 溶けかけた手足が質感を取り戻す。

 カデルは焦って力を放つが、その攻撃は精彩を欠き、ライリアルの結界に弾かれた。

 次々に降り注ぐ力に、ライリアルは痛む身体でも、この場を引くつもりは全くない。

 ローレンスの呪文は続く。

『我はそなたと共に歩む者』

 それに被せるように、クロムも違う言葉で何かを呟いていた。

「止めろ!」

 カデルはクロムにも闇の蔓を放つ。

 だが、クロムはそれを手でそれを掴みとった。

 ローレンスの紡ぐ呪文と同じ意味の内容を違う言葉で唱えたまま。

 クロムの赤い瞳がカデルを睨む。

 クロムが腕を引くと蔓は千切れて消える。

 身体を起こして、クロムは跳んだ。

 ただの跳躍で、ローレンスの傍へ。

『ならば我はそなたに誓わん』

 カデルを睨んでいた瞳の光が緩み、ローレンスを見下ろす。

『――共に生きよう(アゾード)

 クロムが最後まで呪文を言い切った時だった。

 足元から溢れた闇が、ローレンスとクロムを包み込む。

 強制的に契約が上書きされる。

 ローレンスと契約している竜は、カデルからクロムへと。

 クロムとローレンスが纏った闇が弾けるように消えると、カデルは大きくのけぞった。

 カデルは魔力の繋がりが絶たれた衝撃で、地面に膝をついた。

「思わぬところで形勢が逆転したな……。トーマスはどこだ?」

 身体が竜に変化する激痛に耐えながら、立ち上がりふらつきながらカデルへ問う。

 素直に答えれば、トーマスさえ戻ればこのまま引き下がるつもりだった。

 何よりも、竜の力をこれ以上使うのはしんどいのだ。

「素直に俺が返すと、思うか? けいやく、を……失った俺に残った、契約できる……人間だ」

 こんな状況にあっても、カデルの瞳は敵意を燃やしている。

 どうあってもトーマスを出さないつもりか、とライリアルはすっと目を細めて腕を上げた。

 もうさすがに今度力を使うと意識を手放すことになる。

 それがわかっていても、ライリアルは止まらない。

 水平に腕をカデルへ伸ばし、魔力を手のひらへと引き出す。

「兄さん……」

 心配そうなローレンスの声には応えず、ライリアルは力を解き放とうとした。

 しかし、放つ前にカデルの影から人影が飛び出した。

「先生、待った待った。俺はここです!」

「トーマス!」

 慌てて、ライリアルは魔力を散らすがトーマスの姿に違和感を覚えた。

 目が赤く光ってる。

「……本当にトーマスか?」

 疑われても、彼は困ったように頬を掻いただけだ。

「何で疑うんですか……って、『月の眼』だからか。先生、この瞳は『月の眼』が発動してるからです! 本物の俺です!」

 慌てたように身振り手振りで説明しようとするトーマスに呆れて、ライリアルはその場に座り込んだ。

 もうこれ以上立っていることが難しかったのだ。

「それより、先生の方が本物かどうか疑わしい姿してるじゃないですか」

「これは竜の力を使いすぎたんだ……」

 トーマスが今度は疑わしげな口ぶりで文句を言う。

 だが声は笑っている。

 応える元気もなく、ライリアルが息をついていると、トーマスが今度は膝をついたまま動かないカデルに向き直った。

「だから、光に貫かれるって言ったのに」

「……あれは正しく、『予言』だった……のか」

 荒く息をついて、カデルが小さく呟く。

 トーマスは苦しそうなカデルを見て、心配そうに声を掛ける。

「大丈夫? この際だし俺と契約する?」

「何を……俺はお前を害した、竜だぞ……」

「何て言ったらいいか……。俺には酷い事なんてしなかったじゃん。せいぜい捕まって、閉じ込められたぐらいで」

 それを普通は危害を加えたというのだが、トーマスはそれを全然感じていなかったようだ。

「俺としては、知らなかった世界を見せてくれて嬉しかった。そのせめてものお礼として」

「ははは……もっと、はやく……お前と出会って、いれば……こんなことには、ならかった、かもな」

 カデルの声から力が抜けていく。

 息も深く長いものへと変わった。

「だが……もう……おれには……」

 それがカデルの発した最後の言葉だった。

 闇の中に溶け込むように、その姿は消え失せた。




 それは別の場所で戦っていたアーノルドにも感知できた。

 大きな力が膨れ上がり、弾けるように消える。

 少なくともライリアルの魔力ではなかったので、アーノルドは安堵した。

 この前にライリアルが能力を使うのを感じたので、竜の力を使いすぎるのではないかと心配していた。

「何だ……決着がついたんだ……」

 リカルを抑え込んで、首筋に手刀を向けていた少年皇帝がつまらなさそうに言った。

「ルーチェ様、どうしましょう?」

 天使の少女は腫れた自分の利き手の手首を押さえ、自分の主に聞いた。

 それがアーノルドとの戦闘で唯一負った彼女の傷だ。

 対する彼は傷だらけで、肩から血が滲み、足を引きずっている。

「そうだね、これ以上はつまらないかな。次の計画に行こうか」

「はい。わかりました」

 仲良く天使が去る。

 負った傷はこちらの方が多い。

 実質、天使の勝ち逃げである。

「あーあ……つら……ライルに大口叩いて、俺たちボロボロだな……」

 緊張感から解放されたアーノルドがその場に座り込んでぼやいた。

「何か、あの天使……強さのレベルが違う……」

 悔しそうに言うリカルの腕は、度重なるつむじ風の行使で傷ついて肘から先が真っ赤に染まっている。

 腕を動かせないでいるリカルの腕の時間を巻き戻し、アーノルドは癒した。

「何だこれ。お前、治癒魔法使えるのか?」

 驚いたリカルに、アーノルドは自分の身体の傷を治し、魔法使いの姿に戻って言った。

「俺は竜の力を完全解放してる間は時間が巻き戻せるんだ」

 身体を元に戻した後で、疲れたようにぐったりとアーノルドは項垂れる。

 今回の事で何よりも疲れたのは、精神だ。

 ライリアルが暴走するのではないかと冷や冷やしたのだ。

「あー……ライルが暴走なんてしなくてよかった……」

 トーマスを攫った奴がどうなったかなど、アーノルドには関係ない。

 ライリアルの魔力が暴走を起こさなかったことが何よりも肝心だった。

「そんな便利な能力あるなら、もっと早く使えばよかったんじゃないのか」

 リカルは不機嫌そうにそんなことを言う。

 腕を時間巻き戻して癒したのを見た後ではそんな感想になるのは仕方がない。

 アーノルドは皮肉気に笑って答えた。

「時間への干渉は後が面倒くさいんだ。尻拭いも自分でやらないといけないことだしな……」

 遠くを見つめてアーノルドはぼやく。

「へぇ……たとえば?」

「以前人ひとり消したことがある。一人欠けるだけでも、時間には欠落が出来るんだ。その穴埋めと修正ってな……」

 アーノルドはそれ以上説明するのが面倒くさかった。

「ふぅん……よくわからんが、大変そうだ。俺も、もっと広い世界を見てみるか。ちゃんと竜の力を使う方法とか身に着けた方がいいな。今の俺は人間としても竜としても半端すぎる」

 リカルが決意に拳を震わせていると、ふらふらとトーマスに支えられながら、ライリアルが戻ってきた。

 一緒にいるのはクロムとローレンス。

 それに気づくと、リカルは起き上がり、ローレンスにつかつかと近づいた。

「……リカルさん……」

 リカルにとって、ローレンスは第二の故郷を滅ぼした仇だ。

 緊張感がその場に走ったが、リカルはただ一発ローレンスを殴るに止めた。

「これで許す……とまではいかないが、この一発を覚えておけよ」

 リカルは恨みの憎しみも浮かんでいない、静かな瞳でローレンスを見下ろした後、踵を返す。

「どこに、行くんだ?」

 疲れた声でライリアルが問う。

 リカルは振り返らずに答えた。

「当初の予定通り、母さんの所に行く。ライルは疲れてるだろ。どう見てもボロボロだしな。また母さんのところまで来たら会おうぜ」

 リカルはそう言ってひらひらと手を振り去っていく。

 残ったアーノルドはこんなにふらふらなライリアルの姿は初めて見たので、困ったように頭を掻いた。

 もう、時間を巻き戻して癒すことはできない。

「とりあえず、ライルは絶対安静だな」

 トーマスとライリアルを支える役を交代して、アーノルドは告げる。

 しばらく魔法を使わなければ、嫌でも元の人間の属性に戻る。

 そのことをアーノルドは知っていた。

「トーマスはどうする? 一旦城戻るか? ってかその目どうした?」

「俺は先生が回復するまで一緒に居ます。まだ視察終わってないし。目は俺の体質なんでそのうち戻りますよ、多分」

「こんな目に合ったってのに逞しいもんだなぁ。そっちの二人は?」

 トーマスの熱意にアーノルドは感心し、今度はローレンスたちに聞いた。

「僕らは旅を続けるよ。兄さん、またいつか会いに行くよ。僕は今、やっとスタート地点に立てたんだから」

 ローレンスはどこかすっきりした顔で兄に告げて、歩き出す。

「ラリー……。無理はするな。力を使いすぎると、こうなるからな」

 ライリアルの忠告にローレンスは頷いて微笑した。

「元気でね、兄さん」

「ああ、ラリーも」

 短い挨拶をして、ライリアルとローレンスは別れた。

「じゃあ、とりあえず俺たちも帰るとするか。ライルを休ませないと外にも出歩けないぞ」

「俺は先生の家に泊まろうと思います。ベッドがなければ長椅子でもいいんで!」

「……お前らが元気で、私は複雑な気分だ……」

 アーノルドに身体を支えられたまま、ライリアルは恨めしそうに呟いた。

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