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マイズ山のものぐさ賢者  作者: 流堂志良
第八章 カデル・ツヴァイト・ドゥンケル
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対峙

 闇の神殿の中に天使の少女が舞い降りた。

 異様な雰囲気にひるむこともなく、少女は黙々と奥へと進む。

 やがて辿りついた祭壇の前には、竜の巨体と、呆然と座り込んだままのローレンスがいた。

「……まだこっちは戻っていないのですね……」

 つまらなさそうに少女は呟いて、ローレンスに視線を移した。

「ねぇ。貴方は私と一緒に来てくれるかしら?」

 屈みこんで、ローレンスのぼんやりした瞳を覗き込む。

「……あら、竜の魔法の影響が強すぎるのかしらね。私の声が聞こえるでしょう? 何か答えてくれませんか?」

 口元に笑みを浮かべる少女は、根気よく少年に話しかける。

「無駄だ。今のそいつに俺の言葉以外聞こえない。お前らに契約者を持って行かれたら、敵わないからな」

 少女が振り返ると、祭壇の間の入り口にカデルが一人立っていた。

「あら、私が何か?」

「お前が欲しいのはそっちの竜の方だっただろう。せっかく手に入れた契約者を奪われてたまるか」

「アンジェブランシェは貴重なんです。契約者は捕まえてきた坊やでいいんじゃないですか?」

 カデルの突き刺さるような言葉にも、少女はにこやかに返す。

 ただし、目は笑ってなどいない。

「それはお前の意見ではないだろう。あのルーチェの言葉か」

「はい、私に意見などと言うものはありません。私はルーチェ様の代理人。それ以上でもそれ以下でもありません」

 さらりと少女は言う。

 自分に意志などないのだと、そうきっぱりと告げた。

「だが、その竜を欲するのは同類だからだろう? 記憶も意志もない、力の塊。残念だったな、俺が直接会った限りでは、アレはもう意志を持っている」

「さあ、どうでしょう? それより、彼らが来たんじゃないですか?」

 腰に吊るした剣を抜いて少女は歩き出す。

 闇をそっくり写したような、黒い刀身だった。

「私はここに来る人を限定するために、出ます。賢者だけを通せばいいのでしょう?」

「――ああ、それが俺の目的だ」

「ところで、人質はもういらないですよね? どうしました?」

 入り口で、カデルとすれ違う時に思い出したかのように少女が振り返る。

 カデルは冷たく返す。

「もう、いないさ」

 少しした後には祭壇の間に、ローレンスとカデルしかいなくなる。

 カデルはローレンスに近づき、竜の巨体を見上げた。

「結局時間までにここに直接は戻ってこなかったな。そうすれば、お前に掛けた支配も解けたのに」

「……クロムには何もない。だから、ここに戻っても来ない」

 返事がないと思って掛けた言葉に返事が返る。

 それに驚いてカデルは目を剥いた。

「いつから支配が解けた」

「全然解けてない。口しか回らない。それより、あの話は本当なの? あれがクロムだって」

 ローレンスの質問にカデルは頷く。

「そうだ。怖くなったか? 自分が何を呼び出したのか知って」

 カデルが視線を合わせるようにしゃがんで問うと、ローレンスは否定する。

「違う。納得した。……父さんが僕に残した呪文の意味が分かったんだ」

「ほう? あれを呼び出した呪文か?」

「そう。『闇の彼方で眠る仔よ、我が呼び声に応えよ』あの呪文はそれから始まってた。その意味が分かった」

 初めから呪文は、闇竜をランダムで呼び出す物ではなかったのだと、宝玉から造られた闇竜を呼び出すものだったのだと、カデルも気付いた。

「……そうか。それだけわかればもう十分だ。覚悟は決まった」

 ローレンスの目をカデルの手が覆う。

 闇竜の圧倒的な魔力が、ローレンスに流れていく。

「悪いがしばらく、俺に操られてもらおう。運が良ければ目が覚めるだろう」

 カデルが手を離すと、ローレンスの瞼が完全に落ちる。

 再び祭壇の前は静寂に沈んだのだった。




 闇の中を三人が駆ける。

 しかし、途中からクロムの様子がおかしくなった。

「何だ、これは」

 クロムの身体自体が揺らいでいる。

 腕が透けたかと思うと、すぐに質感を取り戻す。

 おまけに髪がざわざわと揺れていた。

「どうも、不安定なようだ。結界のせいかもしれん。また影にお邪魔させてもらおう」

 クロムはそう言うと、浮かべた明かりによってできたライリアルの影に溶けるように消えた。

「いやはや、便利な能力だな」

「お前の能力も似たようなものだろう」

「うるせぇ! 使用制限があるんだよ!」

 アーノルドがクロムの影に隠れる力を見て感心したのだが、ライリアルからするとどっちもどっちだ。

「まあ、悠長に話してる時間もなくなったな。誰か来たみたいだ」

 金色に光る瞳をアーノルドは闇の奥に向けた。

「あら、見つかったしまいました」

 気づかれた事に動揺もしていない声だった。

 ややあって、二人の前に現れたのは黒い翼の天使の少女だ。

 その手に握られた黒い刀身の剣を見て、アーノルドははっきりと顔色を変えた。

「闇の、剣……だと!?」

 アーノルドはすぐにライリアルを振り返る。

「ライリアル。俺はいいから先に行け!」

 珍しく緊迫したセリフだった。

 それも、愛称を使わずにライリアルを呼ぶ。

「あら、自分から私の相手になってくれるなんて、手間が省けました。探し人はこの先の神殿の中です」

「初めからライルは行かせる気だったってわけか」

 天使にアーノルドが問うと、天使はうっすらと微笑する。

 ライリアルは迷いを見せたが、すぐに走り去り、背中と明かりが遠ざかった。

 これで暗闇の中に天使と二人きりだ。

 アーノルドは代わりの明かりを出現させる。

「光の竜と闇の竜。その二人がぶつかるように仕組んだルーチェ様の舞台です。邪魔者は不要でしょう?」

 黒い剣を構えて天使の少女は言う。

「我は世界を守る楔なり。我は今破滅を見出した。汝との約定の下に全能力を解放す――!」

 アーノルドは全能力を解放状態にした。

 ローブが鎧に変わり、手には剣が現れる。

 あの天使の皇帝が関わっているならば、能力を制限している場合ではないと判断したのだ。

 特に彼女の持っている闇の剣が問題だった。

 あれは使い手が限定される、強大な力を秘めた剣だ。

 使い手でない者は触る事さえできないという。

「変な魔法を使うんですね。よく見れば竜、ですか」

 少女は小首を傾げてみせる。

 普通なら可愛らしい仕草に見えるだろうが、使い手の限られる物騒な剣を構えての事だ。

「悪いが、どんな手段を使ってでもお前を排除する!」

 アーノルドは自らの剣を手に握り、彼女との間合いを図った。




 ライリアルは、力を使って闇の中を飛びぬける。

 そこはかつて草木の生い茂る場所だったのかもしれないが、今は荒れた大地があるだけだ。

 あちこちに竜の気配を感じる。

 巨体が地面に蹲るようにして、存在していることもあるがライリアルには干渉してこない。

 理由はわからないが今のライリアルにはありがたい事だった。

 やがて、神殿らしきものが見えた。

 神殿だとわかったのは、朽ちつつあるがこの闇の中に存在する唯一の建物であったからだ。

 それに、中から異様な闇の圧迫感を感じる。

 これが目的地でないなら、何が目的地だというのだろうか。

 ライリアルは迷いなく、地面に足を下ろし神殿の中へと入った。

 神殿というものは、どこも似ているのだろうか。

 佇まいは似ていないのに、どこか炎の竜の神殿と共通する何かがある。

 それは祭壇に宝玉を捧げているからかもしれない。

 前に見た炎の竜の宝玉を思い出しながら、奥へと進むと予想通り祭壇の間があった。

「ようこそ、我が竜の祭壇へ」

 芝居がかった仕草でカデルが手を広げる。

 祭壇の前に立つカデルの背後には竜の巨体。

 隣には、目を伏せ気味に黙って立つローレンスの姿があった。

「ローレンス!」

「無駄だ。今は俺の支配下にある」

 カデルが告げた瞬間だった。

 ライリアルの隣に、影からクロムが現れる。

 激しい憤怒を表情に表し、己を睨むクロムにカデルは微笑で応えた。

「戻ってこないと思ったら、まだそんな仮の器にしがみついていたのか。お前の身体はこれだというのに」

 背後の竜の身体を指して、カデルは言う。

 だがクロムはそんな彼の言葉など聞いてはいなかったのだ。

「ローレンスに何をした!」

「特に何も。俺の魔力を流し込んだだけだ。個人名を認識するようになったとは、厄介な話だ」

 ライリアルは自らの怒りを抑えるかのように、声を殺してカデルに聞いた。

「お前が攫った少年がいるはずだ。あの子はどこだ!」

「さあ? どこだと思う?」

 小さく笑い声を立てて言ったカデルは、その笑みを隣のローレンスに向ける。

「――行け」

 ローレンスがその言葉に従って前に出る。

 表情も意志も消えた虚ろな顔が、ふらりとライリアルたちに向けられた。

「ローレンスは私が相手をする。クロムは同じ竜だ。そっちを頼む」

 ライリアルは言うが早いか、ローレンスへと突進した。

 クロムも激しい怒りを抱いたまま、カデルに向き合う。

「俺の主を、ローレンスを返してもらおう」

 クロムの手が鱗のある竜の手に変化した。

 手の甲はびっしりと黒い鱗に固められ、爪も頑丈で鋭く伸びる。

 カデルはただ、手の中に闇を固めたような魔力の塊を出現させる。

「なら、俺はお前にあるべき場に戻ってもらおうか」

 クロムはじりじりと間合いを読むが、そもそもが実戦を経験したことがない。

 自分の魔力を軽く振るっただけで、たいがいの事は片付いたからだ。

 この間、赤い天使と戦うまでは。

「経験も何もないのに、俺と戦って勝てると思ってるのか?」

 カデルは冷たく笑って、手の中の闇に息を吹きかける。

 霧のように広がった闇が、クロムに襲いかかった。

「くっ!」

 爪に魔力を纏わせて、クロムはそれを切り裂く。

 しかし第二波として、伸びた闇の蔓がクロムの両腕に撒きついて拘束する。

「……っ!」

「やはりな。お前は力の扱いに慣れていない。大人しくその身体を放棄しろ」

 カデルは闇の蔓を、クロムごと自分の背後の竜の巨体に叩きつける。

「がぁっ……!」

 苦痛の声をクロムが上げたのは、叩きつけられた衝撃だけが原因ではなかった。

 クロムの身体が、揺らいで消えそうになる。

 髪が闇に溶け、竜の手に変じた手は薄れては、また現れた。

 明らかに異常だ。

「やはり、中身は元の身体に惹かれるようだな」

 カデルの笑い声も、今のクロムには届かない。

 自分の存在丸ごとが、どこかに吸い取られそうだった。

 それに必死に抵抗しながら、クロムは自分を呼び出したローレンスの事を強く思った。

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