昼下がりのひと時
昼下がり、村の中心に自生する木の下は心地よい風が吹いていた。
ふと、我に返りティアレスは自問する。
自分は一体何をやっているのだろう。
古書店から出てきたライリアルはすっきり小さくなった包みだけを持っていた。
そしてお互いに自己紹介をしてから、調味料などを扱う商店に案内した。
そこまではよかった。そしてライリアルとアーノルドに礼として砂糖をまぶした揚げパンを買ってもらったのだ。
その二人はというと、ティアレスと同じように木の下に座って揚げパンを食べている。
「どうしてこうなったんだろ……」
てっきりこのまま二人ともティアレスと分かれて村の外なりどこかに行くと思っていたのに。
「久々に食うと懐かしい気分になるなぁ」
アーノルドはそう楽しそうに笑いながら、傍らの連れに声をかける。
声をかけられたライリアル当人は迷惑そうに顔をしかめて返す。
「残念だが、私の子どもにはこういったものは食べなかったからわからない」
どこか冷たく返すライリアルと、そんな彼に気軽に絡むアーノルドは友人にしては二人の距離は遠いような気がする。
幼なじみの腐れ縁にしても違和感を感じた。
「……ところで、お二人は旅の仲間か何かなんですか?」
「この男の仲間になった覚えなどない」
問いかけに真っ先に答えたのはライリアルだ。
ティアレスには優しい表情ばかり見せていたのに、アーノルドに関することではすぐに冷たくそっけなくなる。
「まあまあ、そんな顔するなって。お嬢ちゃんが怖がるじゃねぇか」
笑ってアーノルドがライリアルをなだめるけれども、ライリアルは彼を鋭くにらみつけた。
彼らの頭上の枝より、一枚葉が落ちる。
その葉がライリアルの髪にふわりと落ちて、彼はハッと頭上を見上げた。
「ああ……そうだな。すまない」
髪から葉を取り、ライリアルが小さく呟く。
「……?」
ティアレスにはライリアルが何故そう呟いたのかわからなかった。
「あの……」
ティアレスが声をかけようと口を開くと、ライリアルは先ほどとは違う穏やかな表情でティアレスを振り返る。
「君はこの木が何なのか知っているかい?」
ティアレスはその質問に黙って首を振る。
彼女が知っているのは村の中心にあるこの木は大切なものなので、傷つけたりしてはいけないということだけだった。
噂によると村ができた何百年も昔に植えられたらしいのだが、あまり幹周りも太くないので彼女はその噂は嘘だと思っている。
「この木の名前はリトミア。遙か北、君たちの先祖がやってきた同じところからきたんだ」
「北っておとぎ話で聞いた竜の去った先ですか?」
「そう。そしてリトミアは木ではあるけれど人でもある」
ライリアルの言葉に驚いて、ティアレスは振り返ってリトミアを見上げる。
「人……? この木が……?」
「リトミアは元は人だったんだけれども、深く傷ついたときに木に姿を変えるんだそうだ。その傷を癒すために彼らは他の人の『優しい思い出』が必要なんだ」
「思い出……?」
「そのため、この木の近くにいると昔の楽しかった記憶を思い出しやすい」
この木が元は人だというのは信じがたい。しかし確かにこの木のそばにいるときはなんだか心が温かくなるような、気がした。
「木に変わった人が元気になったらこの木は消えるんですか?」
「いや、消えないよ。彼らは木から離れてどこかへ行くが、木は残る。残った木の葉は精神的に傷ついた人を癒す薬になる」
ライリアルは木をもう一度見上げて微笑する。
「この木はまだ回復途中だ。いつかこの木の花が咲くとき、完全に回復するだろう」
ライリアルがそう教えてくれた直後だった。
どこからか激しい爆発音が響き、同時に大地が激しく揺れた。
「きゃっ……!」
ティアレスは強い魔法の力を感じた。それは遺跡のある方角だ。
ティアレスが何かを叫ぶより先に、揺れる大地をしっかりと踏みしめてライリアルが立ち上がる。
「これは……竜の……!」
激しい揺れにもふらつくことなく立ったライリアルは遺跡の方へと駆け出す。
おそらくは地面に足を着けているわけではないのだろうとティアレスは反射的に思った。
遠ざかる彼の身体を濃い魔力が取り巻いているのを感じたからだ。
「ティアレスちゃん、感知能力鋭いね」
治まることのない揺れの中で、やはりアーノルドは全く動じていない。
ティアレスには答える余裕すらなかったが、ダンっと背後で音がした瞬間に揺れが止まった。
「さて、大丈夫かい?」
ようやく振り返ると、アーノルドが手を差し伸ばしている。
それをやんわりと断りながら、ティアレスは服に付いた砂を払って立ち上がった。
「今のは……」
不安なティアレスの脳裏には学校を終えた直後に見かけた見慣れない男たちの姿が浮かんでいた。
「ティアレスちゃん、遺跡の方で魔力を感じただろ? それが原因だよ」
「ライリアルさんはその原因をわかってて行ったんですか?」
「あいつがここの何を知ってるかは俺もわかんねぇんだよ。ティアレスちゃんは遺跡について何か知ってる?」
「いえ、竜の遺跡で立ち入り禁止としか……。ただ、昼前に見慣れない人たちが遺跡の方に行くのは見ましたけれど」
ティアレスの話の後半を聞いていると、アーノルドの表情が険しく変わっていく。
「ティアレスちゃん、遺跡まで案内を頼む。俺はだいたいの方角しかわからねぇんだわ」
「えっ? ええ……わかりました」
走りだそうとしたティアレスを、アーノルドがやんわりと止めると彼女の肩に手をおいて、やや目を伏せた。
「急ぐから、正確な方角だけ頼む。曲がるときは指示もな」
アーノルドの身体から吹き出した魔力が二人の身体を包む。
ふわりと二人が大地から浮き上がった。
「わわっ……」
「方角!」
「ま、まず南ですっ……!」
自分が宙に浮いていることに対して驚いている間もなく、指示を求められてティアレスは反射的に答える。
アーノルドはその指示に従い、走るより早く南の方向へ彼女を連れて飛んだ。