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マイズ山のものぐさ賢者  作者: 流堂志良
第七章 帝国ガンスの天使
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次の戦いへ

 クロムが影の外に恐る恐る手を伸ばす。

 じゅっと音がして、クロムは手を引っ込めた。

「……主を助けたいのに、ここから動けないとは不覚」

 光の当たった部分が黒く変色している。

 契約者のいない闇の竜は光の下では動けない。

 前にそう聞いていたライリアルは難しい顔を黙り込む。

 リカルには闇の竜と接する機会がなかったために、初耳の事だった。

「何か、前に俺と会った時とは雰囲気が違うな」

 若干棘のある口調になるのは、クロムがリカルたちの住んでいた村を消し飛ばした張本人であるからだ。

 その時は生きている者の気配が全くしなかった。

 本当に同じ竜なのかと疑っていると、ライリアルがクロムに聞く。

「思ったんだがな。私の影に入り込んで移動するのはできるだろうか。確か前に会った時はほとんどローレンスの影の中にいたな」

「……できる、と思う。最近はずっとローレンスの隣にいたから、忘れていた」

「おい、ライル。本当に連れて行くつもりか? 俺はごめんだな。村を消した奴を連れて行くなんて」

 怒りの籠った声のリカルにライリアルは振り返る。

「お前の言う事ももっともだと思う。だけど、私はお前の知らないことも知っている。彼はローレンスと出会うまでの記憶がない。善悪の区別もなく、自我も希薄だった。彼は今何よりも大切な契約者を失った。まだ何もかも、彼は会得途中だ」

 失うことも得ることもわからなかった男が、大切な物を失った。

 ならばここから『失う』ことがどのようなことか感じたはずだ。

 それを完全に理解した時から、恐らくクロムの償いが始まるのだとライリアルは思った。

「全部終わった後に、殴るなり何なりすればいい。気が済むまで。主を取り戻す為なら、俺は――」

 今のクロムには意志がある。

 善悪の区別については知らないが、大切なものを取り戻したいという決意がある。

 それは十分にリカルにもわかることで。

「わかった。わかったよ。俺の負けだ。そいつも連れて行く。だけど、全部終わったらローレンスもお前も覚悟してろ」

 吐き捨てて背を向けるリカルに対して、クロムは何も言わずに身体を影に沈み込ませた。




 トーマスは自分の頭の痛みが増してきたことに顔をしかめた。

「おにいちゃん、どうしたの?」

 一緒に遊んでいた子どもが心配そうに言う。

「やっぱり、人間にはこの闇の中ってきついのかな?」

「カデル様の力の影響かな?」

 傍にいた他の子どももわらわらと寄ってきて、トーマスの顔を覗き込んだ。

「ねえ、目が赤くなってるよ。どうしたの? 何か俺たちみたい」

 闇の中でもはっきりとわかる。

 この子どもたちの目は揃ったように赤い。

「でも、あたしたちとはちょっと違うよ」

「ねえ、なんで? どうしたの? 病気?」

 子どもたちの疑問に首を振る。

「俺はねぇ、こうして目が赤くなると頭が痛くなるんだ」

 トーマスが座り込むと、周りに竜の子どもたちが集って一緒になって座り込む。

 周りにいる、トーマスの監視役らしい大人たちは口は出さないがずっとトーマスの挙動を監視している。

「ねえねえ。じゃあお話ししようよ」

「何の話がいい?」

「外のお話がいい」

 好奇心に目をきらめかせてある子どもが言うと、大人たちの方がざわめく。

「ママは怖い所だって言うけど、おにいちゃんは外から来たんでしょ? あたしたち、外は知らないから」

 トーマスは返す言葉がなかった。

 多分この子たちはこの闇の中だけで育ったのだろう。

「……どうだろう。俺も外の全てを知ってるわけじゃないから。先生と旅に出るまで限られた場所しか知らなかった」

 ズキリと頭の痛みが一段と酷くなった。

「……悪い。今すっごく頭が痛いんだ。話は後でもいいかな?」

 目の前に人影がちらつく。抑えてはいけないとわかっているが、その先は見たくなかった。

 嫌な未来を見せられることはわかっているのだから。

「ほらほら、もうすぐカデル様が人間の様子を見に帰って来るんだから。あっちで遊びましょうよ」

 大人の声に不満を漏らしながら、子どもたちは去っていく。

 その声を聞きながら、トーマスはある光景を見ていた。


 光の下を飛ぶ黒き竜の群れ。

 それが向かっていくのは、天使と対峙するアゾードの軍だった。


「ううっ……」

 多分これは前に見た、自分の終わりと同じ時だろう。

 そんなに天使と戦争を行うことが早々あるとは思えなかった。

「ずいぶんと調子が悪そうだな」

 姿は見えないのに声がした。トーマスをここに連れてきた男の声だった。

「……俺の『目』の状態見えるでしょ。こうなると、頭が痛くなるんだ」

 言い訳がましくトーマスが言うと、衣擦れの音がして額に手のひらが当てられた。

「制御が効かないのか」

「制御できたら苦労はしない……よ。もう、目の前も見えやしない」

 すぐ前にカデルがいるはずなのに、トーマスには『見えない』のだ。

 時間を飛ばして見ているので、『今』、『ここ』にあるものには焦点が合わない。

「それにさ、俺を攫ったりするからだよ。キャロルさんがいたら対処できたのに。もう……それに、何が『闇の属性の魔法とは相性がいい』だよ……これ絶対闇の竜と契約すると暴走するパターンだよね」

 ぶちぶちと文句を呟くと、額に置かれた手が震えるのがわかった。

「お前は……いや、お前が子どもたちと遊んでたのは契約相手を探していたからなのか?」

 慎重な口調で尋ねるカデルに、トーマスは否定の言葉を投げ返す。

「そんなわけないじゃん。ただ、俺もああして子どもと遊ぶことってなかったもんだから、新鮮で」

 落ち着いてきたのか、トーマスの視界が徐々に元に戻る。

 未来の風景は消え失せて、自分を攫った男と二人きりの世界に変わった。




「――北大陸にはあんまり行きたくないんだ」

 天使は言う。

「それは聖都グローリアを失ったからなのか?」

 アーノルドの問いに赤い天使は首を振る。

「違う。聖都を失った時の記憶は正直あんまりない。ただ、大切な人を失った。まあ、そんなことは置いといて、だな。父がいるんだ。もう何千年と顔を合わせてないが、まだいるんだろう」

「父親……ってお前天使だろ? 父親が生きてる世代なもんか」

 アーノルドは疑わしげに言う。

 何千年も昔の事だと言うが、ミケーレは改造された天使だから長生きだとしても、流石にその父親まで生きているとは信じがたい。

「それがな。生きてるのは確実だ。かつて敵同士として争ったこともある。……俺のせいで母親が死んだのが大きいんだけどな。色々な意味で、折り合いが悪い」

「お前の父親は激情家なのか?」

「近いな。あの人が一たび怒ると噴火を警戒しないといけないぐらいには」

 敵同士として出会ったというのに、すっかり雰囲気は人生相談になってしまっている。

「そんな親でも、あんな危ない奴と一緒にいるよりはマシだろ。大事な物ができたら奪われるっつーサイクルでいいのかよ」

「――いいわけないが、俺の行き場はない……と思っていた。でもよく考えたらどこにでも行けるってことだよな」

 空を見上げてミケーレは呟く。

「と、まあ。俺も色々と考えてみる。仕掛けた俺が言うのもなんだが、悪かったな。キャロルがお前らに捕まって洗脳されたと思ったんだ」

「そういう猪突猛進なところ、実は父親そっくりなんじゃないのか?」

 アーノルドはそう言って、少し歩いたところに落ちている枝の残骸を拾う。

「これ、焼いたのお前だろ」

「……そうだな。感情の制御ができなかった」

 ライリアルの魔力の暴走の時のようなセリフを吐いて、ミケーレはアーノルドに近寄る。

「リトミアの枝……か……。悪い、俺のせいで焼けてしまったな」

「俺とお前は和解した。まあ、それならこれが焼けたことも『なかった』事にできる」

 アーノルドが呟いて黒焦げの枝を撫でると、たちまち元の瑞々しい枝に戻った。

「何だその力。反則じゃないのか?」

「言うな。反則だけど使用制限きついんだ。特に生き物については『よほどのこと』がなけりゃあ使用禁止だ。危なくて仕方がない」

 アーノルドは首を振って天使に背を向ける。

「俺たちはもう国に戻るわ。ライルの奴が心配だし。――ところで、お前とあっちでバトった時に出てきた闇の竜って誰だ? お前知ってるんだろ」

 最後にとアーノルドが聞くと、ミケーレはあっさりと答えた。

「あれはカデル、カデル・ツヴァイト・ドゥンケル。闇竜の序列第二位。実質的な闇竜のリーダーだな」

 それを聞いて驚いたのがレイムだった。

「カデル? あれがカデルだと? 馬鹿な……リトカを害するような男ではなかったというのに」

 レイムの動揺ぶりにアーノルドがレイムを見やる。

 魔力を使い切り座り込んでいたレイムが立ち上がり、厳しい表情をしている。

「確かにカデルだ。ルーチェ様が関わると誰かしらおかしくなる。何をしたのかは俺もわからない。あの方が何を考えているのかも」

 ミケーレは最後に言い残して、去っていく。

 それを見送ったアーノルドはレイムも含めた三人を伴い、転移する。

 彼らの出発地マイズ村へと。

「さて。ここはひとまず安全だからキャロルちゃんはティアレスちゃんの世話になって、身体をゆっくり休めるように」

 魔力切れでへろへろのキャロルに修復したリトミアの枝を渡して、アーノルドは言い含める。

「ってことで、ティアレスちゃん。キャロルちゃんをよろしく」

「アーノルド様は? それにライリアル様は今どこに?」

「ライルの奴は王子様を助けに行ってるから、俺もその加勢だな。ちょっとやっかいな奴かもしれないし、俺一人で行くわ」

 アーノルドが手をひらひらさせて行こうとするのをレイムが引き留める。

「待て。俺も行く。カデルの真意を問いただしてやる」

「魔力切れてる奴が無理すんなってーの」

 魔力切れの事を言われると、レイムは黙るしかない。

 今の彼は防御さえできない。足手まといにもほどがある。

「お前が気にしてるなら、何でそいつがこんなことをしたのか問いただしてくるから、お前も大人しく休んでろよ」

 アーノルドはさっさとその場を仕切って旅立とうとする。

「待てよ。お前が行くのはいいけど、それよりずっと気になっていたんだ。お前は何だ?」

 竜の姿を巧妙にごまかして、魔法使いとしてライリアルの傍にいた理由をレイムは問う。

 これまで緊迫した状況だったから、聞かずにいたことだった。

 しかしアーノルドは問いには答えない。

「悪いな。時間がないから、帰ったら教える。ただ信じてほしい。俺はライルの味方だ」

「……その言葉に嘘はないんだろうけどなぁ」

「本当に悪いな。時間がないかもしれないんで、な」

 すまなさそうにアーノルドは謝って、再び転移する。

 目標は移動中のライリアル。

 キャロルと違って彼の魔力はわかりやすかった。

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