襲撃
旅の道連れが増えて、一層道中は賑やかになった。
とはいえ、女性はキャロル一人なので、華やかさは全くと言っていいほど増していない。
「そういえばライルよ。何で徒歩なんだ? お前、飛んだ方が早いだろう」
リカルが道中、ふと気になったという風に尋ねて来た。
そういえば、天使との戦いでライリアルが飛んでいたとトーマスたちは思い出す。
「私と、もう一人ぐらいなら運べるんだが、それ以上になるとやったことがない。飛ぶのは風の竜が得意だろう。お前はどうなんだ、リカル」
「自分一人しか運んだことがないからわからん」
お互いに力はあるのに試したことがないのがおかしくて、キャロルは小さく笑った。
そんな感じでゆっくりとしたペースで五人は北西の砦を目指していたわけだが、ふと不穏な空気を感じ取りライリアルが足を止める。
「ライリアル様?」
キャロルの問いかけに代わりに応えたのはリカルの方だった。
「待って。何かいる」
「なにか……?」
キャロルはトーマスと顔を合わせて首を傾げる。
ライリアルはリカルの方を窺うと、リカルが頷くしぐさを見せた。
「キャロルたちはそこを動くな」
ライリアルの指示と同時に、動いたのはリカルだった。
風の刃が草原を切り裂く。
何もいないと思っていたのに、ゆらりと空間が揺らめき、北の砦の近くで遭遇した赤い天使が姿を現した。
「げっ……ここで見つかるとは俺もツキがないなぁ……」
焦ったように天使は炎を呼び出すが、天使の方へ飛び込んだリカルが腕に風を纏わせて炎を薙ぎ払う。
「相変わらず、リカルは身体を張った無茶をする」
ライリアルが呟き、大地を蹴って前方へと飛び出した。
リカルの風は自らの腕も切り裂き、ズタズタにしている。
血が吹き出しポタポタ落ちるのを見て、赤い天使は顔をしかめた。
「お前、おかしいんじゃねぇの?」
片腕をだらんと垂らしたまま、リカルは無事な方の腕に風を纏わせる。
「あいにく、これは俺たちの得意技でな。ライル!」
リカルが叫ぶと、ライリアルを中心に光の陣が現れる。
光に触れたリカルの腕の傷が見る見るうちに回復する。
身体は治るが、当然ながら裂けた袖は直らない。
「ここはアゾードだ。ガンスの天使が何をしていた?」
天使は国外に向けて移動をしていた。
前に出会った時から何日か経過しているが、その間に何かよからぬことをしていたに違いない。
「二対一とは、卑怯なもんだな。俺はしがない一戦闘員だっていうのにさ」
「……一戦闘員って、お前四大天使だろ」
ライリアルが嫌そうにそう指摘すると、赤い天使も同じように顔をしかめた。
「好きでそう呼ばれてるわけじゃないんだよ!」
炎が赤い天使の腕にまとわりつくように生まれた。
リカルが風の力を使って起こした現象と同じだ。
赤い天使はふとライリアルたちの背後に視線をやって絶句する。
「……あれ? まさか……」
固まった隙にライリアルは天使に飛びかかり、その腕を押さえつける。
人体が焦げる嫌な臭いがするが、ライリアルは自前の回復力ですぐに火傷さえ治ってしまう。
「何だ、知り合いでもいたのか?」
心当たりがあるとすれば、天使によりおぞましい姿に変えられていたキャロルぐらいなものだが、天使の魔法使いに対する感情としては敵対心か、便利な道具だみたいな感想だろう。
だが、この天使の動揺からするとその線も薄い。
と、思っていたのだが赤い天使が次に叫んだことは、ライリアルたちの予想を裏切った物だった。
「そこで何してんだキャロル! 早く逃げるんだ!」
ライリアルは思わずリカルと顔を見合わせたが、その隙が致命的だった。
トーマスの足元の影が不気味に広がる。
「うわっ……! 何だこれ!」
影から生えた腕がトーマスの足を握りこんでいた。
次の瞬間に影が爆発的に広がって、そこに一つの人間の形を作る。
赤い瞳、黒い髪。キャロルやアーノルドも知っている闇の竜の姿だ。
しかし、見たことのあるクロムではない。
短い髪の男だった。
小脇にぐったりとした小さな影を抱き、もう片手でトーマスの足を掴んで逆さ釣りにしていた。
「ローレンス、トーマス!」
小脇に抱えられているのは、ライリアルの弟ローレンスだった。
ライリアルの気が逸れたのを幸いに、赤い天使はライリアルの腕を跳ねのけて走る。
「え? ええ?」
色々なことが起きすぎて混乱するキャロルへ肉薄し、赤い天使はその手を取って大地を蹴って空を飛んだ。
「キャロルちゃん!」
飛び去る天使を追いかけてアーノルドが走り出す。
ライリアルは凄まじい魔力を膨れ上がらせ、闇の竜と対峙する。
「ローレンスとトーマスを離せ、闇の竜。お前の契約者はどこだ?」
「俺の契約者? ここにいるぞ。全く、1000年前に俺を呼び出してくれればこんな手間を掛けずに済んだというものを」
前に会ったクロムは人形のような印象が強かったが、この竜は違う。
強い意志の力を感じる瞳だ。
「クロムはどうした……!」
ライリアルの膨れ上がった魔力の余波が、ライリアルの立つ地面を削った。
「さぁ? 早急にあの地へ戻らなければ焼けて消えてしまってるかもしれないな。まあ、俺にはどうでもいいことだ。俺に必要なのは契約者と、あと一つ」
竜の男はじたばたともがくトーマスを物ともせず、自らの影に沈み込む。
「待て! 二人を離せ!」
感情のままにライリアルが魔法を放つ。
「おい、ライル」
リカルが止める暇もなかった。
ライリアルの放った光が、大地を抉りながら竜へと突き進む。
しかし影から闇が立ち上り、壁となり光を吸収した。
そしてその壁が消えた後、そこには誰も残らなかった。
「……くそっ! 私が警戒していれば……!」
天使に集中していなければよかったのだ。
そうすれば、キャロルもトーマスも攫われることはなかった。
ライリアルは行き場のない自分への怒りを感じている。
「落ち着け。落ち着けよライル」
リカルは自分の能力をフルに使い、ライリアルの周りに風の結界を敷いた。
彼の力で、ライリアルの力を抑え込むつもりだ。
そうでなければ、きっとライリアルは後で力を制御できなかったことを悔やむだろうから。
そのうちに、くたびれた様子でアーノルドが戻ってきた。
「……逃げられた」
座り込んでアーノルドは息を整える。
アーノルドも、ライリアルの異常な様子に気がついたのか、顔を上げてライリアルを窺う。
「ライル……」
「……何だ」
「落ち着けよ。どっちを先に追うか考えないと駄目だろ」
「わかってる。そんなことはわかってるんだ!」
ライリアルの怒号と共に、魔力が膨れ上がるがリカルが冷や汗を拭いながらそれを収める。
「……ライル、先に天使を追った方がいい。何であの天使があの子を連れて行ったかは知らないが、竜の方は魔法使いを殺すようなことはしないだろ」
リカルがなだめるように言うが、ライリアルは答えない。
そんなことは理解できている。
キャロルを攫ったのは天使で、闇の竜がトーマスを攫ったのだから、天使に捕まったキャロルを先に助けるのがいいことはわかっている。
契約者を必要としている。彼はそう言った。
トーマスは恐らく闇の竜の領域に連れ去られたのだと、推測も経つ。
一方天使は魔法使いを道具としか認識していないはずだ。
動けないのは、自分の感情を制御する自信がないからだった。
ライリアルにとってこんなに取り乱したことはマイズ山に籠って以来初めてだ。
彼が動こうとしないのを見て取ったアーノルドは立ち上がる。
「ライル、この際だから言っておくが、お前の師匠からお前の暴走を止めるように言われている。また、俺にはその力がある。まさか、ここで明かす事になろうとは思わなかったが」
アーノルドはダンっと地面を一回蹴った。
すると、ありとあらゆる音が周囲から消え去った。
風の音も、草の音も何もかもが。
ライリアルは唖然とアーノルドを見ている。
正確にはリカルと同じ色に変じた瞳と、尖った耳を。
「悪いな。実は俺、竜なんだわ」
「なっ……な、な……!」
あっけらかんと自分の正体を明かしたアーノルドを見て、ライリアルが言葉を発しようとするが失敗して代わりに魔力の暴発が起きる。
結界を突破されるかとリカルは身構えたが、衝撃も何も感じない。
「いくらでも気が済むまで荒れ狂えよ。今、ここはお前の為だけに空間を切り離したんだ。俺は時間と空間を操る竜。能力は条件付きでしか使用できないし、時間の干渉は『基本的に』ご法度だけど、いくらでもお前の暴走に付き合ってやる」
「――何だ、それは!!」
「はいはい、我慢せずに魔法使っちゃいなって。俺の竜としての魔法はキャロルちゃん助けるのには使えないんだから、お前がしっかりしてくれないと」
飄々とライリアルの魔力を抑えながらアーノルドが声を掛ける。
ライリアルと同じように唖然としていたリカルは、我に返ると同じ目をした男に聞く。
「時間と空間を司る竜って、そんなの聞いたことないぞ」
「そりゃそうだ。俺はこの世界の外から来たんだ」
笑いながら、アーノルドは言う。
「この世界の未来を創るため……ってのも変か。何年先かわからんが、世界の破滅が来る。それを打破するために俺はここにいるってわけだ。お前の暴走を止めるのも俺の任務。任務の為だけにしか直接能力を使えないってのもなぁ」
アーノルドはぼやきながら、リカルを振り返る。
「ってことだ。これは切り札みたいなもんだし、逃げた天使の居場所と、闇の竜の向かった先ぐらいは教えてやれるんだけどな」
納得したか、と言わんばかりのアーノルドの言葉にリカルは頷くしかできない。
この世界の竜は六種。光、闇、風、地、火、水のいずれかだけ。
それを外れる能力のアーノルドは確かに世界の外から来たのだろう。
味方だという事も信じられる。
だけど、力を制御できないライリアルの暴発する魔力をあっさり抑えきれるこの男を、いまいち信用しきれない。
「……じゃあ、逃げた天使は?」
「ガンスとの国境越えた少し向こう。しばらく動きそうもないな。キャロルちゃんの知り合いなのかどうなのか……。闇の竜は自分の領地に引き上げたようだ。真っ直ぐ南に向かってる」
淀みなく、アーノルドは答えた。
まるで今、その動向を観察でもしてるかのような迷いのなさだ。
「さて、ライルもそろそろ静かになったし、早速出発するか」
リカルがライリアルを振り返ると、感情を魔力に乗せて吐き出し終えたのか、むっすりした顔でアーノルドを睨んでいた。




