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マイズ山のものぐさ賢者  作者: 流堂志良
第六章 風の竜
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懐かしき人との再会

 ライリアルたちは国境に沿って旅をする。

 元々旅の目的は国境の視察だったからだ。

 王位継承者のトーマスがいるためだいぶ警戒してはいるのだが、当の本人は呑気なものだ。

「国境沿いの村はだいぶ王都の方とは雰囲気違うんですねぇ」

 そういう風に感想を述べたのはトーマスだった。

 勉強の為についてきたはずだが物見遊山のような気楽な発言だ。

「二世。無断で街に降りたのか?」

 ライリアルが口出しすると、トーマスはしまったと肩をすくめた。

「お忍びで行ってるだけだから、そう怒らないでください」

「そうだぞ。少しぐらい若い時にハメを外しとくもんだぞ」

 何故かアーノルドがトーマスの擁護に回り、キャロルが首を傾げる。

「そういうもの……でしょうか?」

「だってさぁ、俺この国の王になることはわかってるのに、実際暮らしてる人たちの生活知らないんだよ。それはちょっとまずいと思うんだ」

 キャロルの不思議そうな質問に、言い訳口調でトーマスが答える。

「二世はもう少し、自分の立場と言うものを考えるんだ。身を守る最低限の魔法を覚えてから」

 ライリアルの言うことももっともだが、トーマスの気持ちとしては少しぐらい自由が欲しいというものだ。

 自分の身一つでさえ、自由に動かすことが出来ない。

 それは将来が確約されているからこその事だろう。

 せめてトーマスに兄弟がいればもう少しマシであったかもしれない。

「ライリアル様、こんなところでお説教はマズイと思うのですが……」

 ライリアルたちが立ち止まって話をしていたのは国境沿いのとある村の入口であった。

 この村は国境近くにあるせいか、村の境界に木の柵を作ってあり、マイズ村のようにリトミアの木を中心に、四方には見張り台があった。

「……話を戻すんですけど、先生の昔いた村ってこんな感じだったんですか?」

 歩きながらトーマスが話すと、ライリアルは頷く。

「だいたいこんな感じだ。私たちの頃と違うのは村々が連携していることだな。昔はそれぞれの村が孤立していた。交流もなく、人の流動も少ない。その村だけで生計を立てなければならなかった」

 師匠ジョシュアと出会う前の事を話す時、ライリアルは慎重に言葉を選んでいる。

 何せ1000年も昔の事だ。説明をするのに現在の魔法使いであるトーマスたちにわかりやすくしているのかもしれないし、別の理由があるのかもしれない。

「この村に限って言うなら、確か風の竜の守る領域も近い。結構交流もあるんじゃないか?」

 ライリアルの推測にトーマスが目を輝かせる。

「会えたらいいですね、先生」

「そうだな。今この国で会えるのはレイムを除けば風の竜ぐらい――あっと、もう一人いたな」

 ライリアルが小さく呟いたのを、トーマスは聞いてはいなかった。

「レイムさんはとってもいい人でしたよね。風の竜たちもいい人だといいなぁ……」

 そうして四人が話しながら、この村唯一の宿へとたどり着くころには空が茜色に変化していた。

「ああ、もう夕暮れなのか。早いもんだ」

「お腹すきましたね、先生」

 宿の入り口をくぐると、先客がいたようでカウンターで手続きをしている。

 その後ろ姿を見てライリアルは立ち尽くす。

「まさか……まさかな」

 ライリアルの呟きをトーマスは今度は聞き逃さなかった。

 どうしたのかとトーマスがライリアルを振り返るが、ライリアルは何も言わない。

 少し難しそうな顔をして、先客の後姿を見ていた。

「どうも~」

 手続きが終わったのか、先客は部屋の鍵を受け取り振り返る。

 金色の目が後から来た客であるライリアルたちを見て丸くなった。

「ありゃ、ライル!?」

「やっぱりリカルか!」

 どうやらこの先客はライリアルの知り合いらしい。

 お互いに絶句して見つめあっている。

 リカルと呼ばれた男の外見年齢はライリアルと同じくらい。

 黒い髪をうなじで一束に結び、金色の目をしていた。

 レイムと同じ色であることに気づいたキャロルがアーノルドを振り返る。

「あの方、竜なのでしょうか?」

「その割に耳、尖ってないよな」

 キャロルたちの知り合いでもある竜レイムは人間の姿をしている時、尖った耳を隠せないでいる。

 金の目とこの耳は隠しようがないのだと彼は言っていたが、目の前の金目の男の耳は普通だ。

「……詳しい話は後でしよう。リカル」

「……ああ、そうだな。お前にゃ聞きたいこともたくさんあるしな」

 とりあえずライリアルは知り合いらしき人と、話をする前に宿の手続きを優先したようだった。

 その隙にトーマスがその人に話しかける。

「こんにちは、先生の知り合いですか?」

「先生……? 先生? ライルが?」

 笑いをこらえきれずにその男は爆笑する。

「俺の知らない間に、お前が先生とはな……!」

「そこ、うるさい」

 ライリアルの口出しを無視して男は笑いすぎて涙が滲んだ目を払う。

「いやー、悪い悪い。お前が先生だなんて思いもしなくてな。こいつらお前の知り合い?」

「金髪のを除いてはほぼ」

「おい……」

 男の質問にライリアルが冷たく答えたので、アーノルドが思わず声を上げる。

 このメンバーで金髪と言えるのはアーノルドだけだった。

「あー、悪い悪い。まだ自己紹介もしてなかったな。俺はリカル。よろしくな。ところで、こっちの子がお前の生徒だとして女の子の方は?」

「……弟子だ」

「ほー、弟子……ねぇ」

「何が言いたい」

 手続きを終えたライリアルが振り返る。

 少し不機嫌なライリアルの表情を見て、リカルは気まずそうに視線を逸らした。

「……いや、何でもない。それよりすまなかった。あの時村を飛び出して、お前に重荷を押し付けちまった」

 リカルの突然の謝罪にライリアルは怯み、苦々しく吐き捨てた。

「いいんだ。結局私も村を捨ててしまった……」

 気まずい沈黙の中、きゅるきゅると可愛らしい音がよく響く。

「……ごめんなさい、ライリアル様……」

 顔を真っ赤にしたキャロルがうつむく。

「俺もお腹すきました先生。細かい話はご飯の時にしましょうよ」

「あ、ああ……そうだな」

 恥ずかしそうなキャロルにはできるだけ触れないようにして、それぞれは一旦部屋に荷物を置いて行くことにした。




「ああああああ!!」

 絶叫が、夕闇の迫る大地に響く。

 地に伏した身体が痙攣する。

「……何故だ……何故……」

 クロムは全身を走る痛みにのたうちながら呻いた。

 その姿を見下ろすのは、クロムと同じ黒髪に赤いを瞳をした男であった。

「契約を無理矢理断ち切った。禁呪だがな。こうでもしなければお前は止まらないだろう」

 その男は吐き捨てて、離れた所で呆然としているクロムの契約者を振り返る。

「さて……お前がこの竜の契約者か」

「ま……待て……」

 クロムが痛む腕を伸ばして男を止めようとするが、届かない。

 空を切った手が、シュウシュウと煙を上げながら力なく落ちる。

「ぁ……く、クロム……」

 ローレンスの声は弱々しく震えている。

 よくわからない衝動がクロムを突き動かす。

 這ってでも、あの男を止めねばならない。

 そうでなければローレンスは――。

「……俺の目を見ろ、魔法使リトカいよ。お前には俺と契約する資格がある」

 男がローレンスの顔を覗き込もうと屈んだのがわかった。

 あの男が、自分の同族だという実感はない。

 クロムにはローレンスと出会う前の記憶はなく、自分の種族が何なのかわかっていなかった。

 だが、自分と似た容姿をして契約することを欲してるなら間違いない。

 あの男は闇の中にしか生きられぬ、闇の竜。

 自分の身体が焼けつくほど痛むのは、契約を切られたからだ。

 ならば、男も同じ痛みを感じているはずなのに、平然としている。

「さあ、契約のことばを」

 男の言葉に対して、ローレンスは無言。

 だが、やがて震える声で言葉を紡ぎだす。

 クロムも知らない呪文を。

「そうだ、それでいい」

 その男がローレンスに何をしたかなど、クロムにはわからない。

 だが、ローレンスの熱に浮かされたような声に、彼が正気ではないことを悟った。

 低く、もう一つの声が呪文に加わる。

 恐らく、ローレンスの前にいる同族の男だ。

 自分が戦っていた天使の男はただ冷めた目でクロムを見ている。

 日が沈み、辺りが一気に暗くなるのと同時に、動けなくなったクロムの意識が遠のいていく。

 意識が途切れる最後に聞こえたのは、男とローレンスの唱和する呪文の最後だった。

 何を言っているのかわからないが、二人とも、唱える言葉の意味は同じだった。


『――××××(ともに いきよう)

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