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マイズ山のものぐさ賢者  作者: 流堂志良
第五章 白き月の人
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『月の眼』

 キャロルはそわそわと落ち着かない気分だった。

 その日はマリアと同じ部屋で休むという事になっていたのだが、マリアの寝室にはベッドが一つしかなく、マリアは当然のようにベッドをキャロルに譲ると言う。

「今日はお客さんなんだから、遠慮せず」

「いえっ……私が寝椅子で寝ますので、どうかマリア様は……」

 キャロルがおろおろと断るのを、マリアは笑って退けた。

「実は私、ベッドで眠るの落ち着かないのよね。だから、あなたがベッド使ってね。余っちゃうもの」

 そう言われてしまうと、キャロルも押して寝椅子での就寝を主張できない。

「そうでしたら……」

 キャロルが引き下がるとマリアはニコニコとベッドを整えて、キャロルに明け渡す。

 恐る恐る、キャロルはそのベッドに腰掛けた。

「さて、寝る場所も決まったことだし、ちょっとお話しましょ。賢者殿が女の子を傍に置いてるなんて本当に珍しいもの」

 途端にマリアは身を乗り出して、好奇心丸出しで質問攻めにする体勢だ。

 長年生きているようで、彼女のこういう好奇心旺盛なところが、満ち溢れる存在感の秘密なのかもしれないとキャロルは思った。

「私も何故ライリアル様が、弟子にしてくださったのかわかりませんの。記憶を失った私をライリアル様が保護してくださったそうなのですが……」

「あら、そうなの? てっきりあの朴念仁の男やもめ……あ、これは忘れてちょうだい。堅物賢者殿があなたを見初めて弟子にしてゆくゆくは……と思ったんだけど、違うの?」

「どこをどう見たらそういう話になるんですの! それに、男やもめってライリアル様の結婚の事をご存知ですの?」

 キャロルは思いきり見当違いな推測に全力でキャロルは突っ込み、気になる言葉に対して疑問を投げかけた。

「あ、結婚の事を知ってたの? 情報解禁されたの……?」

「王都を出発する前に、ライリアル様がレイリィ様と対面されましたけれど……」

 キャロルがそう説明すると、マリアは納得したように頷いた。

「あら、そう。じゃあ隠さずに話しておくわね。賢者殿が女性をあの家に置いたのが、あなたで二人目だったからよ。だからてっきり春がきたのかなぁって」

 それでわかった。最初にあの家に住んだ女性はライリアルの妻となった王家の女性だろう。

 でも、こんな勘違いをされるなんておかしなものだとキャロルは小さくクスリと笑った。

「私は、天使に襲撃されるかなにかして記憶を失ったのだ、とライリアル様は私に教えてくださいました。それより前の記憶は何一つ覚えていませんわ」

「そうなの……ふぅん……天使にね……」

「あの……何か?」

 笑っていたマリアが急に難しい表情で考え込んだ。

 それを不思議に思い、キャロルが声を掛けるとハッと彼女は我に返る。

「ああ、ごめんなさいね。――今日は昔の賢者殿の話をして盛り上がりましょ」

 その夜遅くまでマリアとキャロルは女同士の話で盛り上がった。




 ズキリと頭に痛みが走る。

「っ……!」

 トーマスは微睡んでいた意識を急速に覚醒させた。

 目を開くと月の光が部屋の中を照らしている。

 起き上がると頭が痛む。心臓の音と同じリズムで痛みが強くなった。

 これはまずいな、とトーマスは思う。

 頭痛はトーマスの持つ特殊体質『月の眼』の発作の始まりだった。

 この時の為にキャロルに鎮静の魔法を覚えてもらったのだが、キャロルはマリアの部屋で眠っているだろう。

 眠っているキャロルを起こすのは忍びない。その上、女性の部屋に忍び込むなんて無作法な事をトーマスはしたくなかった。

「どうする……どうする、俺……」

 ぐるぐると廻る思考は、昼間見た赤い瞳を持つ男の姿を脳裏に浮上させる。

 マリアが言った『月の眼』のオリジナルかもしれない男。

 夜活動しているという。

 もしかしたら、どこかにいるかもしれない。

 この発作を軽減させる方法を彼なら知っているのかも。

 トーマスはそれだけを心の支えにして部屋を抜け出す。

 廊下は明かりを落として暗いはずなのだが、トーマスははっきりと闇の中でも廊下が見えることにがっくりとうなだれた。

 彼の言う『月の眼』の発動は、まず夜なのに昼と同じように暗闇でも見えることで気づく。

 まだまだだと思っていたが、いつの間にか発動していたらしい。

 早く行かなければ、とんでもない所で醜態を見せることになってしまう。

 トーマスはとりあえず、上へ上へと昇って行くことにした。

 勘――何となくなのだがこういう時の『何となく』は信じた方がいい、とトーマスは経験で知っていた。

 痛む頭を押さえながら、昇った先で辿りついたのは屋上だった。

 夜の見張り当番か、誰かいると思ったのだが意外なことに兵はいない。

 ただ単に上からではなく、地上のどこかで警戒に当たっているのかもしれないが。

 トーマスはふらふらとしゃがみこむ。

 もう頭の痛みが限界に近かった。

 目がチカチカとする。

「うっ……ううっ……」

 パッと目の前に何かの風景がちらつく。

 見てはいけない。それを見てはいけないとトーマスは知っている。

 知っているのに見てしまう。


 それは、恐らく戦場だ。何人も武装した兵がいる。

 その中心にいるのは、王家の紋章が胸に刺繍された戦装束を着た男。恐らくは成長した自分だとトーマスは思った。

 彼は手で上からの攻撃を防いでいる。

 空から天使が剣を振り下ろそうとしていた。

 そして足元からは影が闇の膜となって、自分を包み込もうとする、そんな光景だった。


「なるほど、『月の眼』か」

 トーマスにはその光景しか見えないのに、声が、声だけが届く。

「だ、だれ……」

「能力を上手く扱えていないのだな。さあ、力を抜いて、一度目を閉じなさい」

 誰かがトーマスの目を手のひらで覆い隠す。

 そんなことをしても、目の前の光景は消えないと言いかけたが、真っ暗な闇が現れて、トーマスは息を呑んだ。

 頭痛が嘘のように楽になっている。

「……ふむ。こんなところだね。さあ、目を開いて」

 柔らかく細い手が、トーマスから離れる。

 ようやく元に戻った視界にほっとする間もなく、銀の髪に縁どられた美しい顔がトーマスの顔を覗き込んだ。

「……私のように生体機能としての力ではないから負担がかかるのか。楽になったようだね」

 昼間、動かずに視線だけをこちらに送った姿とは印象が違いすぎて一瞬気づかなかった。

 だが、この人はあのイノスなのだとトーマスは呑み込んで、彼に礼を言う。

「ありがとう、ございます……」

「何、『月の眼』を観察できたから気にするな」

 イノスは指を顎に当てて、しげしげと興味深げにトーマスの顔を見る。

 赤い瞳がわずかに光を放ち、何かを見透かそうとしていた。

「――あの、聞きたいことがあるんです」

 トーマスは、思わず口にしていた。

 赤い瞳を見た時から、マリアが彼を『月の眼』のオリジナルだと言った時から聞きたかったことだ。

「俺の、俺たちの『月の眼』は……何なんですか? 貴方のもそうですが……」

「ふむ……『俺たち』、という事は複数人いるようだね。血縁か何かか? それとも赤の他人かね?」

 子どもだからはぐらかされると思ったが、意外にもイノスは真面目に受け答えをするつもりがあるようだ。

「血縁、です」

「なるほど。血縁のないリトカなら部族に迎え入れられる印、と思ったのだが血縁となると話は違う。君は恐らくだが、私の血を引いているのだろう」

「何ですって?」

 イノスの回答が信じられずにトーマスは聞き返す。

「そして、質問の答えだが。私の血縁という事ならば先祖返りの一種というものだ。私の能力はあやふやなものを見通す力。未来を、時に暗闇の中をも見通す能力。と言っても確実なのは見た光景だけだ。そこに至る道も、更にその先の未来も無限にある」

 自分の片目を手で覆い、イノスは続ける。

「この身体はその能力に特化している。だから、特化せぬ身体では負担が重いのだろう。だが、負担を軽くする方法があるには、ある。安定させる方法がな」

 イノスの言葉に聞き入り、トーマスはその方法を期待して次の言葉を待った。

「……例えば闇の属性に関係する魔法とは相性がいい。この国の南から引きこもって出て来ない闇の竜と契約する、とかだな。それまでは、発動したら抗わぬことだ。無理に抑えようとすると負担が余分にかかる」

 前言は当てにならない解決法だったが、言葉の後半はトーマスの為になるアドバイスだった。

「はい。色々と、ありがとうございました」

 トーマスが立ち上がり、イノスに礼を言う。

 もう頭の痛みも何もない。

「部屋に戻るのか。ならば、送って行こう。もう暗闇を歩くことはできないだろう」

 親切にもイノスがそう申し出、イノスに連れられてトーマスは部屋に戻った。

 確かにもう、暗闇の奥を見通すことはできない。

「私が君にしてやれることは、ここまでだ。近いうちに、君は闇に出会うだろう。直感を信じて行動することだな」

 最後にイノスはトーマスにそう囁いて、衣擦れと共に去っていった。

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