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マイズ山のものぐさ賢者  作者: 流堂志良
第四章 魔法王国アゾード
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旅立ちの時

 ライリアルとアーノルドがリーフと共に一旦マイズ山へと戻り、キャロルは困ったようにトーマスとレイリィの前にいた。

「あの、私に用ってなんですの?」

 レイリィは初対面の時の無愛想ぶりがまるで嘘のように、柔らかな表情だった。

 やはり親との初対面で緊張していたのだろう。

「んーっとね。キャロルさんにちょっとした魔法を教えておきたいんだ」

「魔法ですか……?」

 キャロルは魔法使いの卵として、ライリアルから色々と魔法を教えてもらっているが実践で使ったことはない。

 全てライリアルのお手伝いみたいな補助的な魔法だった。

「でも私はまだ未熟でライリアル様の補助じかできませんが……」

「大丈夫。魔法って言っても、補助的に魔力使うだけだから。それに練習も特にいらないよ」

 トーマスが説明している間、レイリィが魔法書を開いてキャロルに差し出す。

「この本、読める?」

 差し出された本のページには何かの木の枝の絵と、細かい説明が書いてあった。

「これ、リトミアの枝でね。枝を使って魔法を使うんだ」

「リトミアの枝、ですか? 何に使うんですの?」

 リトミアの木と言えば記憶に関係した魔法を扱うリトカの仮の姿だとライリアルからは聞いている。

 酷い怪我や衝撃を受けたリトミアは木の姿に変わり、そこで傷を癒すのだという。

 その木自体傍にいるとほんのり幸せな気分になる性質であることを、キャロルは知っていた。

「この魔法はね、俺か先生が我を忘れて暴走しかけた時に使って」

「トーマス様とライリアル様に……?」

 ライリアルの暴走については、以前ライリアル本人からも我を忘れて町を一つ消し飛ばしたと言っていたのを聞いている。

 だが、トーマスについてはごく平均的な魔法使いだろうと思っていたのだ。

 ちなみに、キャロルの思う平均的な魔法使いというのはマイズ村の人々であったりするのだが。

「俺はねぇ、王家の血筋で『月の眼』って言われる魔法が勝手に発動することがあるんだ」

 その月の眼は恐らく先祖の誰かの特異体質で、一旦発動すると目が赤く光るのだとトーマスは説明する。

 月の眼状態の人は未来を見てしまうことがあり、ちょっとした錯乱状態になることも。

「その未来に対しての対抗策が、リトミアの魔法で鎮静化させようってことなんだよね。月の眼って言われてるのは月が出てる間に発動することが多いからなんだけど」

 それならばリーフがついて来ればいいのではないかとキャロルは不思議に思ったが、レイリィの事を思い出して納得した。

 先祖の誰かがその特異体質だったという事はレイリィもそうなのだろう。

「それで、私が使うんですの?」

「そう。魔力を通せば発動するように加工した枝があるからさ、お願いしたいんだ」

「……わかりました」

 本当はアーノルドの方がいいのではないかと思ったが、アーノルドはライリアルと共に不在なので仕方ない。

 少し不安だが、魔法の使い方を教えてもらった。

「不安なら、毎晩練習に付き合ってあげるよ。発動する魔法もリトミアの木の傍にいるのと同じ効果なだけだし」

「そうなんですか?」

「だから、魔法が暴走する心配もしなくていいよ。暴走したところでせいぜい一晩中いい夢を見たなぁって思うぐらい」

 キャロルは具体的な魔法の暴走の内容を聞いてくすりと笑った。

「暴走した事あるんですのね」

「ちょっと一回ね。あの時は皆で一晩ちょっといい夢見たなぁって。使う人の魔力が多いと数日は魔法解けないかもしれないんだってさ」

「まあ……」

 幸せな気分のまま数日を過ごすのはいいが、何だか緊張感がなくなりそうな話ではある。

 そしてキャロルが教えてもらった魔法の使い方は、本当に簡単な物だった。

 渡された小さな枝に魔力を通すだけ。

 それで、ほわんっと周りの空気が暖かくなったように感じた。

「これだけですの?」

「うん、これだけ」

 強い効果を得たいときはリトミアの木の幹に枝を押し付けて魔力を通せばいい、とトーマスは最後に締めくくった。

「多分そんなに強い効果が必要な時は来ないと思うけどさ」

「そういうわけだから、万が一の時はトーマスをお願いね」

 レイリィはキャロルの手を取り真剣な表情で言う。

 無愛想だった時とは違う雰囲気にキャロルは圧倒されつつも頷いた。




 ライリアルたちが戻ってきた時、レイムはいなかった。

「王様に幻滅したんだとさ」

 アーノルドは茶化した仕草でそう言うと、ライリアルが呆れてフォローを入れる。

「神殿を守るのが本来の仕事だから、そうそう長く村を空けてられないのが本当の理由だ。こいつの言う事は信じなくていいぞ」

「おい、酷い言い草だな」

 アーノルドは抗議するが、ライリアルはどこ吹く風だ。

「竜の人、来ないんですね。残念です」

 トーマスは若干がっかりしている。

 竜を見るのは初めてだから色々な事を聞きたかったのだろう。

「それで、最初にどちらへ向かうんですの?」

「王都からだと、まず北の国境だな。ガンスと睨みあう最前線の砦がある」

 ライリアルは地図を持ってきていて、キャロルに広げて見せる。

 ついでにトーマスが覗き込んで、一緒にライリアルが王都から北の国境へと指で辿るのを見た。

「王都って結構国境に近いんですのね」

 国の真ん中にあるのなら理解できるが、王都は北東寄りでマイズ山よりもずっとガンスに近い位置だった。

「元々ここは城塞都市だったからだよ。建国時は天使との戦いの拠点だった」

 王都に来る時は、リトミアを使って来たからキャロルは知らなかったが王都は何メートルもの城壁に周りを囲まれた都市である。

「ここを出るときに城壁と城門が見れるから、びっくりすると思うよ」

 トーマスの説明にうんうんと頷くキャロルの姿にライリアルは首を傾げた。

「すっかり打ち解けたみたいだな」

「それだと俺が人見知りみたいじゃないですかー」

「トーマス様、多分私の事です」

 冗談を飛ばすトーマスに、真面目にキャロルが突っ込んでそれを見たアーノルドがこらえきれずに吹き出す。

 ひとしきりその場にいる全員で笑った後、ライリアルとアーノルドを届けてくれたリーフに別れを告げた。





 ――ガンス帝国。

 顔の下半分を布で覆い隠した天使が、つまらなさそうに仲間の話を聞いていた。

「聞いてますか、ミケーレ。これは大事な仕事なのですよ」

 反抗的な緑色の目が、紫の目をした天使を睨む。

「ラファエロ、俺嫌だよ、そんな仕事。だまし討ちじゃないか」

 ラファエロの話した任務の内容に不満なミケーレはそっぽを向く。

「ミケーレ、自分の立場を考えてください。貴方も私と同じ『四大天使』なんですから」

「冗談はよせよ。ユリエルがいないのに『四大天使』だなんて馬鹿馬鹿しい」

 思いきり悪態をつくミケーレの姿にラファエロはこっそりため息をつくだけだ。

「でも、貴方もわかっているんでしょう? 私たちはこういう風にしか生きられないのだという事を。ここ以外でこんな異能で、どうやって生きるというのです?」

 ラファエロの突きつける現実に、ミケーレはもう一度ラファエロを睨みつける。

「俺はお前ほどあいつらを恨んでるわけじゃない。ガブリエラもだ」

「ガブリエラはユリエルを殺された恨みがあるから、貴方と同じではないですよ。それに、貴方はこの国以外で生きていけるんですか?」

「……」

 いちいち反論していたミケーレはついに黙った。

「……分かった。分かったよ。仕事をすればいいんだろ。どうなっても知らないからな」

 ミケーレがそう吐き捨てて出て行くのを、ラファエロは静かな表情で見送っていたがミケーレの気配が消えるとラファエロの雰囲気も変わる。

 今までの穏やかさを捨てて表情が醜く歪む。

「私とは違う、とはいい根性してるじゃないですか。私たちをこんな身体にして、あまつさえ私たちの王を奪った奴らを許せるはずないじゃないですか……!」

 溜め込んだ激情を全て吐き出すように、ラファエロの翼から力が吹き上がり室内を荒れ狂う。

 この場に普通の部下がいたら巻き込まれてあっという間に死んだことだろう。

「絶対に復讐してやるんです……! あいつらなんてこの世界にはいらないんですよ……」

 しばらく感情のままに力を暴走させたラファエロは、嵐が収まるとぼそりと小さな声で呟いて微笑んだ。

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