親子の対面
トーマスの勉強部屋で三人が待ってどれだけ時間が経っただろうか。
最初は言葉で色々とツンケン言い合ってたトーマスとレイリィも気がつけばお互いに口をつぐんでいた。
緊張に耐えられなくなったレイリィは無言で本棚が並ぶ一角へと姿を消した。
「あははは、ごめんね。レイリィさんってば本当に緊張しちゃって」
「いえ、それはいいんですけれど。私がここにいていいのかと思いまして」
「いいんだよ。先生の連れの残り二人も同席してもらうんだし」
トーマスはそう言うのだが、ライリアルの家族のことであるし、他人であるキャロルやアーノルドがいても本当にいいのだろうかとキャロルは不安に思う。
アーノルドはずっと家に留まるだろうし、レイムだってあの村でずっと暮らしていく。
キャロルはいつかあの家を出て行くことになっているのに、そんなデリケートな話を聞いていいものだろうか。
そんなことを考えているうちに、部屋の外から話し声と足音が聞こえてくる。
「あ、先生来たね」
のんびりとトーマスは言ったが、途端に部屋の中に緊張が走る。
部屋の奥でレイリィの気配が膨らむのがわかった。
軽くノックの音が数回鳴って、トーマスはそれに対してどうぞ、と答える。
すると、ドアが開いてライリアルたち四人が入って来た。
「やあ、先生」
これから重大な事をライリアルに打ち明けるのに、トーマスには全く緊張の色が見えない。
将来トーマスは腹芸の得意な国王になりそうだ。
「トーマス、こんなところで話とは何だ?」
「うーん……今すぐ話してもいいんですけど……」
トーマスはレイリィの隠れた本棚の奥を振り返る。
しかし、レイリィはトーマスが話すのを待っているのか一向に姿を見せない。
「どうした?」
「うん……まあ、仕方ないか」
ため息を一つついてトーマスはライリアルを見上げた。
「すみません、先生。最初に謝ります。今まで俺たちアゾード王家が隠していたことを」
そしてトーマスは告げた。
かつて建国王がライリアルからとある記憶を奪ったことを。
ライリアルが王家の女性と結婚して、子を一人もうけたことを。
妻を失ったライリアルから、その女性との思い出を奪い封印してあることを。
賢者は最後までトーマスの話を聞くと、静かに息を吐いた。
「急には信じられないかもしれませんが事実です。ずっと隠しててすみませんでした」
「……二世、私の記憶を封じたのはトーマスなのか?」
ライリアルは何か腑に落ちないといった表情で、トーマスに聞く。
トーマスの事は二世と呼んでいるので、おそらくライリアルの言うトーマスは建国王の事だろう。
「ええ、そうだと聞いています」
「……そうか」
疑問が解消されないまま、ライリアルは表情を切り替えてトーマスに尋ねた。
「子どもが生まれた、と言っていたね。その子は……?」
「……話、聞いてるでしょ。そろそろ出て来てよ」
トーマスが本棚を振り返り、声を掛ける。
本棚の奥の気配はしばらく動こうとしなかった。
「本人不在で俺があることない事先生に吹き込んでもいいの?」
流石にこれは効果てきめんだった。
本棚の奥から、先ほどキャロルが見た時よりも明らかに緊張した様子のレイリィが姿を見せた。
アーノルドもレイムも二人の顔が似ていることに気付いたのか交互に顔を見比べる。
「……レイリィ・リトカ・アゾード……です……」
キャロルに自己紹介した時とは打って変わって、消え入りそうな声で名乗った。
「はじめまして、というのもおかしいな。ライリアルだ」
対面を果たしたライリアルとレイリィを二人きりにさせようと、トーマスたちは部屋を出る。
そして、塔の更に上の階を目指しながらアーノルドが口を開いた。
「さっきの話、俺たちが一緒に聞く必要なかったんじゃないか?」
「あら、アーノルド様。いつもは首を突っ込んでいらっしゃるのに、珍しいですわ」
「キャロルちゃん、そりゃないよ。俺を一体なんだと思ってるんだ」
アーノルドの抗議にキャロルは不思議そうに首を傾げた。
「あら?」
「身近にいる人間が彼の家族について知らないのはちょっと困りますからね」
結局アーノルドの疑問に答えたのはリーフだった。
「レイリィ様は特殊な生い立ちもあり、存在が公になるととてもまずいんです」
リーフはもっともな事を言うが、それならばキャロルたち部外者に伝えるのではないだろうか。
アーノルドもキャロルもレイムも反射的に思ったが、構わずにリーフは続ける。
「万が一レイリィ様が天使に拉致された時に、あの人の身近にいる者たちが何も知らないっていうのではいけません」
確かにそれはまずい。
それは何となくわかった。
「ですから、皆さんを信頼してこの話を打ち明けたのです。お分かりいただけましたか?」
「先生の力は身近にいる人の方がよく知ってるでしょ。俺はこの国の歴史としてしか、先生の力を知らないからさ」
トーマスは肩をすくめながら、ある部屋の扉に手を掛けて言う。
どうやらいつの間にかトーマスの目的地まで到着したようだった。
「ここは俺の私室。レイリィさんと先生の話が終わるまでここで待とう」
と言って全員が入ったものの、見た目の歳が近いキャロルとトーマスはともかく、アーノルドたちは話すことがない。
敢えて共通の話題があるとすれば、ライリアルについての話だ。
「建国王にライリアルの記憶を封じるだけの力があったんだな。てっきりアロガンスが関わってると思ったんだがな。アロガンスは確か長だけが生き残りって話なんだが」
「アロガンスって言ったらライルの師匠だよ。俺もその辺気になるな」
記憶と言えばリトミアが関係している。
王家に仕えるリトミアであるリーフを見ると、彼はにこやかにほほ笑んでいるだけだ。
「私はその前後は目覚める前なので知らないんですよ」
「っつーことはライルの記憶を封じた結果目覚めたってことか」
「そういえば私、まだライリアル様にこの国の建国当時の話を聞いていませんわ。歴史の話でいいんですが、詳しく知りませんか?」
一方でキャロル勉強熱心なことにトーマスにこの国の歴史を聞いている。
「その話なら先生当人に聞いた方がいいと思うんだけどなぁ。確か何か目的があって旅立った建国王が先生と出会って、リトカの国を作ろうってなったんだ。それで、隣国の天使と戦争してこの国ができた。先生の行った戦場では派手な魔法合戦になったって聞いたんだけど。先生の口から話すのって恥ずかしいのかな?」
うーん、と首を傾げたトーマスにキャロルも首を傾げた。
「ライリアル様から聞いていないのでしたら、どなたから聞いたんですの?」
「あ、そっか。言ってなかったね。先生の他に三人、建国王を支えた英雄がいるんだよ。今は全員国境の警戒に当たってるけど」
それはアーノルドにも初耳な話だった。
世間に知られているのはマイズ山の賢者だけだ。
もしかしたら国境の警戒という任務の為に隠匿され続けたかもしれないが。
「警戒って言うと……やはり天使……ですの?」
「そうそう。国内への侵入の報告がちらほらあったっていうし。父上が先生呼んだのは天使の侵入の件だろうしね」
元々、その三人は国境の警備の為に建国後も城に残ったのだという。
ライリアルは師からマイズ山をあまり離れないように言われていたので建国の後そのまま戻ったのだろう。
そう考えたところでキャロルは一つの事が気になった。
山で一人で暮らすように言われていたライリアルがどうやって建国王と出会い、一緒に戦うことになったのか。
ライリアルに聞いたらそのあたりの事情は分かるのだろうか、と不思議に思う。
「それにしてもライルの奴、遅くないか? 話が弾んでるのか?」
「今まで会ったこともなかった娘とどんな話が弾むって言うんだ」
アーノルドの飛ばす冗談に、レイムは真顔で突っ込んだ。
その疑問に対してはリーフが答える。
「恐らく墓参りでしょう。彼女だけはこの城の敷地内にひっそりと墓所がありますから」
王族であるならば、ライリアルの妻だった女性も王族の墓所に葬られるだろうに、別の場所に墓所があるという事は、きっとそれなりの事情があるのだろう。
やや硬い口調で説明したリーフの様子にキャロルたちはそう感じた。




