王都よりの使者
魔法の明かりだけが照らす執務室。
その奥に位置する机の上にはいくつもの書類が散らばっていた。
各地から届いた報告書である。
「陛下、北の国境警備隊からの報告書です」
取り急ぎやって来た男が、部屋の主に恭しく書類を差し出した。
「やはり天使が目撃されています」
「そうか、天使が……」
机に向かう男は報告書に目を通し、大げさなしぐさでため息をつく。
「陛下、早急に調査が必要なのではありませんか?」
机を挟んで、己の前に跪く男の発言に王は顔をしかめた。
王はこの国の切り札とも言える魔法使いを、王都に召喚する権限を持っている。
しかし王はその魔法使いを呼び出したくなどなかった。
その魔法使いはこの国に忠誠を誓ってるわけでも、王に忠節を尽くしているわけでもない。
ただ初代国王との義理でこの国の為に力を振るう男だ。
あまりにも力が強大過ぎるその魔法使いを、王は恐れていた。
王の父も、王の息子もその彼を深く信頼しているが、王にとっては恐ろしい存在だ。
恐ろしいが、この場合彼を呼ぶしかなかった。
アゾード王国の誇る切り札。マイズ山の賢者ライリアルを。
「使者を出せ。マイズ山に急使を。早急に王都に来るようにと言づけよ」
男に使者を出すように命じると、恭しく頭を垂れて下がっていく。
「かしこまりました」
再び執務室に一人となった王は再び報告書に視線をやり、痛む頭を手のひらで押さえた。
ライリアルとキャロルが住む家に、アーノルドが住むようになってから数ヶ月が過ぎた。
弟子のキャロルとは違い、自分に積極的に絡んでくるアーノルドの扱いにも慣れた。
と、ライリアルは思っていた。
実際のところはペースは乱されっぱなしであったのだが。
「もういい加減諦めないか?」
ライリアルがそう言ったのは、もはや日課になりつつあった昼食後のアーノルドとの勝負の時だった。
二人はいつものように家の裏で対峙してにらみ合っている。
「いやいやいや。諦めてたまるかよ。これじゃあ何の為に同居してまで弱点を探ってるのかわかんねぇだろ?」
「いや、お前の場合は弱点探しより、食事目当てだろう」
ライリアルの指摘にアーノルドはわざとらしく視線を逸らした。
どちらが本命か、わからないぐらいに、ライリアルの料理が美味なのだ。
「あの、アーノルド様、ライリアル様。早く勝負を終えて私の授業を始めてくださいませ」
二人の勝負を見守る姿勢でいたキャロルにそう言われては仕方がない。
二人は手早く勝負をすることにしたが、ここで邪魔が一つ入った。
「こんにちは、賢者殿」
涼やかな青年の声が、構える二人の魔法使いの間に割り込んだ。
ライリアルはその声に反応し、振り返った。
「お前は……」
「お久しぶりです、リーフです。王都からの急使としてきました」
緑の髪に尖った耳。それはリトミアの青年だった。
リーフと名乗った青年の来訪にライリアルはとても驚いたようだった。
「急使だって?」
「ええ、すぐに賢者殿を召喚せよ、とのことです」
ライリアルはすぐに合点がいったように頷く。
「なるほど。それでリーフが来たわけだね」
リトミアは、リトミアの木を使い長距離を移動することが出来る。
実際に麓に住むフォーレシアも、その能力を使い気軽に麓とライリアルの家とを往復していた。
「はい。すぐに準備してください」
「……行くのはいいが、少し待ってくれないか?」
ライリアルは一度そう聞いて、返答を待つ。
「何か気がかりな事でも?」
「見ての通り、今の私の家には住人がいる。不在時の話をしなければならないだろう」
リーフはその時初めてアーノルドとキャロルに視線を向けた。
「なるほど。このお二方ですか。二人ぐらいなら一緒でも構いません。同居してる方なら今後関わりが出てくるかもしれませんしね」
上から下まで二人を観察した結果、リーフは答える。
「こんな不審な二人を国が把握してないのも問題でしょうし」
それはキャロルの記憶の欠落と、記憶自体が読めないアーノルドの事を警戒してるのだろう。
ライリアルはリーフの言葉を聞いて肩をすくめた。
「後は村への連絡だな。支度が済んだら一度村まで降りたい」
名目上ライリアルは麓の村の領主だ。しばらく不在であることを村長には伝えなければならない。
「では、支度が終わるまで待ってますね」
「さあ、話を聞いたか。二人とも。旅支度だ。キャロルの準備は私が手伝おう」
「待てよ、説明ぐらいしろってば」
突然キャロルとアーノルドに話を振ると、アーノルドが噛みつく。説明なしにどんどん話が進んでしまったからだ。
「私には国王からの招集には応じる義務があるんだ。実際はどうあれ、名目上はアゾード国王の臣下だからな」
アーノルドは不満そうな表情だったがそれ以上は何も言わなかった。
それからの準備は早く、旅支度と言っても行先が王都であることから、それぞれが最低限の物を持って外出用の服に着替えるだけだ。
小一時間後には旅の装いとなった三人はリーフの力により、マイズ村に降りて来ていた。
「さて、まずは村長の家だな」
アーノルドもキャロルもこの村の長には会ったことがない。一体どんな人物なのだろうと、二人は思ったが、村長の家に辿りつく前にフォーレシアと出会ってしまった。
彼女はティアレスと一緒に買い物に行った帰りのようで、それぞれに包みを抱えていた。
「あら、賢者さん。珍しいじゃない。――それに、同族に会うのはどれぐらいぶりかしら」
ライリアルに声を掛けたフォーレシアは、目ざとくリーフを見つけて顔をほころばせる。
「はじめまして。リーフ・リトカ・リトミアです」
「礼儀正しい子ね。私はフォーレシア・リトカ・リトミア」
「どちらのリトミアになりますか?」
「私はねぇ、あっちの炎の竜の神殿のところのリトミアなのよ。最初の移民世代。まだこの地を竜が支配してた頃よ」
どこのリトミアで、いつ南大陸に来たのかはリトミアの間では割と重要な事らしかった。
「そうなんですか。俺はこの国が出来た時に来たんで世代が全然違いますね」
リーフがフォーレシアを見る目は尊敬に満ち溢れている。どれだけ先輩かというのはリトミアにとっても重要なのだろう。世代が古いという事はそれだけ古い魔法を心得てるのも関係あるのだろう。
「それで、その若いリトミアが賢者さんに何の用なのかしら?」
「賢者殿は国王陛下からの命で、王都に召喚されます」
「あら、そうなの」
何やら話が盛り上がっているリトミア二人の会話をどう終わらせたらいいか、三人が立ち尽くしているとティアレスがフォーレシアの袖を引っ張る。
「早く帰らないと、下ごしらえの時間が無くなっちゃう」
フォーレシアはそれに気がついて笑顔で振り返った。
「ああ、ごめんなさいね。じゃあ、帰ろうか」
ティアレスは三人に軽く会釈をして、フォーレシアと共に行ってしまう。
「あの子、フォーレシアさんと暮らしてるんですか?」
リーフが去っていくティアレスの背を見ながら、ライリアルに聞く。
「ああ。あともう一人珍しい奴に途中で会えると思う」
ライリアルがレイムの事を指して言ってるのだと、キャロルとアーノルドの二人には通じた。
「珍しい、ですか」
「炎の竜がいる」
「竜……ですか。こちらの大陸にいるのは珍しいですね」
炎の竜がいると聞いて、リーフは少しだけ表情をくもらせる。どうやらフォーレシアと同じで炎が苦手のようだ。
「神殿があるとフォーレシアさんが言ってただろう。その神殿の守り人なんだ」
説明しながら歩いていると、ちょうど鍛錬をしているレイムと出会った。肩までむき出しにして、棍棒を振っている。
「うわっ。珍しい。ライリアルが外に出てる……」
ライリアルの姿を見て、レイムは驚きの声を上げた。
「何か緊急事態でも起きたのか?」
「……私を一体なんだと思ってるんだ」
「ものぐさ賢者」
がっくりとうなだれたライリアルに、レイムが返したのはとても的確な答えだった。




