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マイズ山のものぐさ賢者  作者: 流堂志良
第三章 師匠の帰還
19/43

天使

 天使が二人、目を覚ます。ゆっくりと身を起こして頭を振って、目の前の魔法使い達を見て身体を強張らせた。

 ライリアルもアーノルドもこの天使たちを黙って見下ろしている。ジョシュアは相変わらずしゃがんだままだった。ライリアルの背後にはキャロルが心配そうに立っている。

「な……」

 天使のうちの一人が抗議の声を上げようとした瞬間、ジョシュアが一言放った。

「黙れ。俺の質問に答える以外に口を開くな」

 それは絶対的な命令だった。その声を放った彼が自分たちでは到底勝てない事をわかっているのだろう。慌てて二人とも背筋を伸ばしてジョシュアを見上げた。

「お前ら、天使に『なった』のはいつだ? まだ若いんだろ?」

 ジョシュアの尋問の内容にライリアルは驚いたが、何も口は挟まなかった。天使の成り立ちもこの日フォーレシアに聞いて初めて知ったのだ。自分より長く生きているジョシュアが尋問するのも当然の成り行きと言えた。

 しかし、ジョシュアの気配は何となく物騒ではある。

「……キャロル」

 このあまりよくない雰囲気に弟子を置いておくのは少し問題だろうと思い、ライリアルは小声で話しかけた。

「はい」

「師匠は酒が好きだ。村で買ってきてくれないか?」

「あ、はい……」

 戸惑いながらもキャロルが離れていく気配に安堵を覚え、ライリアルは師のしていることを見る。

「どうなんだ? いつだ?」

「え? あの……」

「早く答えろ。俺は気が短いんだ」

 ジョシュアはしゃがみこんだまま、彼らの顔を覗き込み視線を合わせた。

 それは相手の目線に合わせてやるなんて親切心などではなく、反抗したらすぐに攻撃できるからという大変身勝手な理由から来ていることを、ライリアルは知っていた。

「い……一年前です……」

 身を縮めて答える天使に、ジョシュアは大げさにため息をついた。

「隣の奴もか」

「は……はい。ともだち……なんです……」

「で、天使になった理由は? 家のためか?」

 ジョシュアの問いに天使たちは答えない。唇を噛みしめてわなわなと震わせている。それだけでジョシュアには十分だったのだろう。その問いはさっさと切り上げた。

「まあ、そういうこともあるだろうが、天使になったのは最悪だったな。経験を積めたら強くなって偉くなれるって思ってたんだろ?」

 天使たちはジョシュアを睨んだまま何も言葉を発しない。

「でもな、お前たちが得た能力はずっとそのままだ。成長も発達もしない。お前たちを天使に変えた力はそういった類の力だ」

「お……お前に何がわかる!?」

 今まで一言も発しなかった天使が上ずった声でジョシュアに詰め寄る。

 だが、ジョシュアは詰め寄る天使の胸に自分の手を押し当てて行動を奪った。

「お前たちを天使にしたのは俺と同系統で、俺よりもずっと劣る力だ。わからないはずはないだろ?」

 ドン、とジョシュアは手を押し当てた天使の身体を強く押した。その時にジョシュアの手と天使の身体の間に光が迸った。

「お前たちを変えた奴らは、魔法陣を敷いて魔力を込める儀式を数日したんだろうけどな。俺はそれを一瞬でこなすことが出来る。その違いが判るか?」

 大地に勢いで擦られ、倒れこんだ天使の背中にもう翼はなかった。意識を再び喪失したのか起き上がる気配もない。

「っ……!」

 翼が残ったままのもう一人の天使は口に手を当てて上げようとした悲鳴を呑みこんだ。

 もし、悲鳴を上げてジョシュアの気に障ったら今度翼を失うのは自分だと思ったのだろう。

「もし、聞きたいことがあるなら俺が聞きます。だから、あいつを戻してやってください」

 縋り付く天使にジョシュアは嘲笑を向けた。

「戻してやっただろう? 特別な力も何もない人間に。敵の魔法使いに捕まってそれだけで済んでよかったな」

 ジョシュアは嘲笑を崩さぬままに縋り付く天使の胸にも手を押し当てた。

「天使なんて異形になるより、人間の方がマシだろうさ。ところで、お前たちは誰かの指示でここを探っていたのか?」

 絶望的な表情で青ざめた天使に、思いついたようにジョシュアが聞いた。

 その時だった。周りの雰囲気が変わった。ジョシュア達魔法使いが纏うものとは全く違う異質な空気が辺りを包む。

「師匠!」

 ライリアルが鋭く声を発する。ライリアルはこの気配を以前感じたことがあった。

「慌てるな。こいつらを回収に来た奴だろ。……出て来い」

 ジョシュアが真っ直ぐ前を見据えて言う。翼を失い倒れた天使の向こう、家を取り囲む木々の向こうからゆっくりと翼を持ったシルエットが現れた。近づくほどにその姿がはっきりと認識できる。

 長い銀色の髪はジョシュアと同じだが、硬質感のあるジョシュアと違い、柔らかな光沢を放っている。水色の目は柔らかな光を持ってライリアルたちを見つめた。

「私の部下たちを返してもらえる?」

 それは優しい顔つきをした女性の天使だった。だが尋常ではない力を持っていることは、この場にいる魔法使い全員に伝わった。人間とも魔法使いとも違う存在感だ。

「今代のアロガンスに会うのは初めてね」

「まさか、『四大天使』の内の一人が直々にお出ましとはな。しかも国境ではなくこんな奥深くまで……何の用だ?」

 ジョシュアがゆっくりと立ち上がって戦闘態勢に入る。緊張に震える声。ライリアルはここまでジョシュアが警戒する姿をかつて見たことがなかった。

「私は貴方たちと事を構えるつもりはないの。ただ、その二人を回収しに来ただけ」

「一人は人間に戻しちまったけど、それでも必要かい?」

「そうよ。人間でも天使でも私たちの国の民であることは変わらないもの」

 優しげな笑顔で女性はジョシュアを見つめる。対するジョシュアは何も答えなかった。探るような目つきでジッと銀髪の天使を睨んだ後、大きく息を吐き出した。

「いいだろう。連れていけ」

「感謝するわ」

 ジョシュアが構えを解き後退すると、天使は大きく手を振りあげ、不可視の力で有翼・無翼、両方の天使を浮かび上がらせると、自分も大地を蹴って宙に躍り上った。

「さようなら、今代のアロガンス。二度と会わないことを願っているわ」

 そして彼女は翼を一閃させると凄い勢いで二人を連れて飛び去ってしまった。

「……」

 ジョシュアはそれを見送った後、ライリアルたちを振り返る。珍しく額に脂汗を滲ませて彼は言った。

「彼女に敵対する意志がなくてよかったな」

「……師匠。あの天使は……『四大天使』とは一体……」

 ライリアルは昔似た雰囲気の天使に出会ったことがある。しかしライリアルが出会った天使は男性で、魔法使いたちを見る目つきには深い憎悪があった。

「ライル、お前なら一度は四大天使のうちの一人に会ったことがあるかもしれねぇな。……天使の成り立ちについて、あのリトミアから聞いただろ?」

 ジョシュアの問いにライリアルは頷く。あの話の途中ジョシュアと対峙していたアーノルドは何も聞いていないはずだが何も口を挟まなかった。

「初代のアロガンスに最初に変えられた天使五人のうち、俺たちに敵対する四人が『四大天使』だ。天使たちの幹部と思ってくれ。俺たちが今会った奴は意外と俺たちへの憎悪は少ないみたいだな。」

「五人の内四人……あと一人はどうしたんですか?」

「四人とは敵対したらしい。その後どうなったかは俺たちには伝わっていねぇ。何かあんのかもしれねぇけど」

 ジョシュアは軽く肩をすくめて、足を踏み出した。

「で、お前の弟子は? いつの間に消えたんだ?」

「師匠、気づいていたでしょう? 師匠のためのお酒を買いに行かせました」

 ジョシュアの問いに、ライリアルは緊張から解き放たれた脱力感を感じたままそう答えた。




 夜も更けて空気が冷えてきた頃、フォーレシアは夜の村をふらりと歩いていた。

 本来なら女性である彼女にとって夜の一人歩きは危険な行為だが、フォーレシアは今の時代の者たちからするとはるかに強い力を持っている。

 それこそ、よほど強い魔法使いでもない限り彼女に害を与えることはできないだろう。

 フォーレシアが夜に外出したのは、もう一度確かめたいことがあったからだった。

 村の中心に位置する若いリトミアまで辿りつくと、フォーレシアはリトミアに触れてライリアルの家の裏にあるリトミアまで一瞬で移動する。

 村のリトミアよりは古く、神殿のリトミアより若い木を見上げてフォーレシアは確信した。

「やっぱり、記憶が封じられているわね」

 少し魔力を木に流すと確かに感じる。誰かの優しい思い出と、哀しみと痛みの記憶が眠っている気配を。

 フォーレシアたちリトミアは、記憶や思い出といった精神に関わる能力を持っている。彼女にとって誰かの記憶を彼女たちを象徴する木に封じ込めることは可能だ。

 しかし、フォーレシアは自分たちの魔力とは違う力の痕跡を感じ取っていた。

 無理矢理記憶を引き剥がしたような、乱暴な気配を持った魔力。それに該当するのは彼女の知る限り一人しかいなかった。

「やっぱり確かめに来たな」

 背後から声を掛けられてフォーレシアは警戒しながら振り返る。

「……アロガンス。この木に記憶を封じたのは……」

「そう、俺だ。ライルの奴から記憶を剥がして封じ込めた」

 フォーレシアの予想通りそこで月明かりに照らされていたのは、リトカの部族の一つアロガンスの長だった。

 何か液体の入った革袋を片手に、リラックスした姿でフォーレシアを見ている。

「今なら、お前の疑問に何でも答えてやろう。ライルはぐっすり寝ているようだからな」

「賢者さんには聞かれたくないのね」

「まあな」

 フォーレシアの確認にジョシュアはあっさり頷いた。

「まず、一つ。貴方は賢者さんを何に変えるつもりなの?」

 フォーレシアの疑念に満ちた質問を聞いたジョシュアは軽く吹き出した。

 声を殺してひとしきり笑った後、ジョシュアは答える。

「お前にとって俺がライルをどうするつもりなのか気になるってわけか」

 フォーレシアにとっては笑い事ではない。ジョシュアが何を企んでいるのかを見極めないといけないと思った。

「俺はライルが自分の魔力のせいで自滅するのを防いでるだけだ」

 ジョシュアはライリアルの魔力の統御はライリアルの精神状態に左右されており、強い精神的動揺が起きると暴走するのだとフォーレシアに語った。

 実際に親しくなったある魔法使いが魔女狩りの末処刑された時に、その都市を丸々消し飛ばしてしまったことも。

「だから誰とも親しくせずに、この山に籠って一人で生きろとライルに言ったわけだ。同時に俺はあいつの精神に枷を付けた。親しくなりそうな人から遠ざかるようにとな」

「じゃあ、あの木の記憶は何なのよ?」

 ジョシュアはこの木にライリアルの記憶を封じたと言った。人を遠ざけるように仕向けたならば、何の記憶を封じたというのだろうか。

「俺から聞いたことをライルには言わないと誓えるか?」

 ジョシュアは眼を鋭く細めてフォーレシアを見た。何か大事なことを告げようとしているとフォーレシアは感じて頷く。

「あの記憶はライルの奴が俺の枷の影響をすり抜けてただ一人の人間を深く愛した記憶だ。そして、あいつはその人を失った」

 フォーレシアは言葉も出なかった。強い精神的衝撃でライリアルは自分の力を制御しきれなくなるとジョシュアは語った。ならばその時にいったいどれだけの犠牲が出たのか、フォーレシアは考えたくはなかった。

「言っとくがライルはその時魔力を暴走させたりはしなかった。ただ、生きる気力を失ってしまったのさ。だから俺は次代の光の竜王になるライルを生かし続ける為に記憶を引き剥がして封じた。いつかあいつの記憶を元に戻す日が来た時には、リトミアによって記憶は大切な思い出へと変わるだろう、とな」

 夜空を見上げてジョシュアはそう話を締めくくった。

「納得したか?」

 フォーレシアは少し考えた後、再び口を開く。

「人から遠ざけていた賢者さんを何故自由にさせるという決定をしたの? あの金髪の人と何を話したの?」

 フォーレシアはアーノルドという得体のしれない男を未だ警戒している。

 前に神殿で炎の竜の宝玉が暴走を起こしかけた時、彼は竜の特徴である尖った耳と金色の瞳を見せ、フォーレシアが知る竜とはかけ離れた力を行使した。

 彼が敵か味方をフォーレシアは疑っているのだ。

 ジョシュアはフォーレシアに視線を戻して微笑した。

 そして再び長い話を始める。ライリアルには聞かせられないアーノルドと交わした会話について。ジョシュア達、現在のリトカの各部族長の状況など、フォーレシアのジョシュアが敵なのではないかという疑念を晴らす内容を。

 二人の会話は柔らかく吹き抜ける風の向こうで、木の陰に隠れてアーノルドだけが聞いていた。

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