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マイズ山のものぐさ賢者  作者: 流堂志良
第三章 師匠の帰還
17/43

リトカ

 軽い気持ちでライリアルの家を訪れたアーノルドは今までにない危機に陥っていた。

 見知らぬ銀髪の男の手により、家に引きずり出された彼は手近の木へと叩きつけられる。

 全て片手でやったというのが信じられないほどの力だ。

 その人はライリアルの師匠に当たり、何故かその師匠が自分へライリアルに近づくなと言う。

 もし、アーノルドが拒絶すれば実力行使も辞さぬような、雰囲気だ。

 口元に楽しそうな笑みを浮かべる反面、ジョシュアの瞳は醒めている。

 一体何が彼にそんな瞳をさせているか、アーノルドには全く分からないがライリアルのそばにはいなくてはならない。

 いつか来るかもしれない時の為に。自分に託された使命の為に。

 それを悟られぬようにアーノルドも口元に笑みを浮かべて立ち上がる。

 服の裾についた土を払い、目の前の強敵へと対峙する。

 決して自分と本気では戦わないライリアルと違い、ジョシュアは手加減はしないだろう。

 とはいえ、ここは家のすぐ裏手だ。相手もいきなり魔法をぶっ放すことはしないと思いたかった。

「やれやれ。俺はライリアルに会いに来ただけだったんだがね」

 アーノルドがぼやいて見せると、ジョシュアは冷たい目で笑う。

「勝手に人の家に上がって来て何を言う?」

「何の権利があって言ってんだ?」

「家主として……だな。この家は俺のものでライルにはここの留守番を言いつけてんだ」

 ふふふとジョシュアは低く笑い声をあげて、拳を構えた。

「ライルに毎度勝負を挑むお前のようなアホが二度とここに顔を出せないようにしてやるさ。かかってこいよ」

 挑発的に手招きする銀髪の男に、アーノルドも身を低く構えていつでも飛びかかれる体勢に入る。

 相手はライリアルの師匠だ。自分が何故こんなに目の敵にされるのか、アーノルドにはわからなかった。彼がライリアルを孤独な環境に置こうとしている、その理由も。

 ライリアルの師匠について、アーノルドは多少知っている。それは見た目や性格だけで、能力の事はほとんど知らない。

 向かうにしても慎重にならなくてはならないだろう。

「何だ、かかって来ないのか?」

 嘲るような声がアーノルドに投げかけられるが、アーノルドは動かない。代わりに返事を返した。

「さすがに見え透いた挑発に乗るような性格じゃあないんでね」

「はははっ! じゃあこっちから行くぞ」

 ジョシュアは口元に余裕の笑みを浮かべて、大地を蹴りアーノルドの懐へと飛び込んで行った。




「フォーレシアお姉さんのリトカの歴史講座~!」

 村の外にある竜の神殿。そのすぐそばにあるリトミアの木の前にティアレスとキャロルを座らせて、フォーレシアはくるくるとその場で回ってみせる。

「フォーレシアさん。キャロルちゃん呼んでここまで来てお勉強なの?」

 ティアレスが不満そうに言う。キャロルは元々予定はライリアルからいろいろ教えてもらう授業だったので不満はないようで首をかしげている。

「フォーレシア様からお話を聞くのも大変おもしろそうだと思うのですけれど」

「私、リトカの歴史ってあんまり興味なかったのよ。昔に遡れば遡るほど信じられない事ばっかり出てくるもの」

 ひそひそと小声で話す少女の話はフォーレシアの耳にもばっちり届いていた。彼女の部族特有の尖った形の耳は小さな物音でも聞き分けることが出来るのだ。

「あらあら。でもおとぎ話だって思ってた竜だってちゃんといたでしょ? 私がこれから話すのは学校では教えてくれないリトカの歴史よ」

 悪戯っぽく笑うフォーレシアにティアレスは顔を赤らめてうつむく。

「賢者さんも、何故私たちが天使に追われこの地に辿りついたのは知らないわよね?」

 フォーレシアがリトミアの木にもたれかかって、事の成り行きを見守っていたライリアルを振り返る。

「確かに私もそのあたりは聞いたことがないね」

「今では多分各部族の長とその時を直接経験した世代しか知らないはずのことだもの。信じられないかもしれないけど最後まで聞いてね」

 優しく言い含めるようにフォーレシアは授業を受ける生徒たちを見回して急に真顔になった。

「天使たちを生み出したのは私たちの仲間よ」

 その言葉を聞いた全員が耳を疑った。この中では二番目に古い世代のライリアルでさえ口を半ば開いてフォーレシアを見つめる。

「正確には違うわね。私たちの仲間にある時白い翼を持った子どもが二人生まれたの。それが天使たちの原型ね。その子どもたちはとても強い力を持っていた。それに興味を持った仲間が子どもたちを元にして、他のリトカを弄って生み出したのが最初よ」

 詳しく語るフォーレシアの表情は珍しく憂いを露わにしていた。

 フォーレシアはさらに続きを語る。


 天使の原型になったのは白い翼を持った兄妹だった。妹は兄によって逃がされたが、残った兄は天使を生み出す元にされた。リトカの子どもたちの身体を魔法で弄って五人の天使を作られた。

 彼らを作ったのはある部族の長の男だった。彼は更に天使たちを作ろうとしたが、ある存在の介入により阻止された。

 この世界を創り、リトカたちを創造した仕えるべき存在。即ち創造神によって。

 天使たちはリトカたちを恨んでいたが兄によって逃がされた、翼を持つ妹がリトカ達の頂点に立つ部族の長となっていたことから和解は成立した。恨みを完全に水に流したわけではないが、兄は妹と敵対できなかったし、他の五人も同じ翼を持った彼女を敵視することはできなかった。

 このまま天使たちもリトカの仲間になるかと天使たちもリトカたちも思っていたが、それから数年後に事件が起き、両者の間に決定的な溝が生まれた。決して修復できない決裂だった。

 翼を持つ妹は創造神に愛され彼の妻となっていたが、その彼女があるリトカにより無残に殺されたのだ。

 愛する者を殺された創造神は怒りリトカたちを滅ぼそうとし、同族を殺された天使たちも同調した。創造神は最初に生み出された天使たちを元に、自分の力でたくさんの天使を創りだし、リトカたちに向けて放った。

 死んだ彼女の跡を継いでリトカの頂点に立った兄は天使側にはつかず、創造神とリトカたちの間で激しい争いとなった。争いの結果、兄は創造神を殺した。

 その両者の争いが終わるまでの間、神の妻を殺した罪に関わりのない子どもたちを、北の大陸から南の大陸に逃がしたのだ。

 それが今の魔法使いたちの祖先にあたる。


「神は死ぬ時にその場にいた者たちの中に自分の欠片を残したと言われてるわ。その復活を天使たちは待ってるわ。そして、天使の原型となった者を殺し、神をも結果的には殺したリトカの子孫――魔法使いを彼らは憎み滅ぼそうとしているのよ」

 フォーレシアはそう話を締めくくって口を閉ざした。キャロルもティアレスも話の内容に衝撃を受け、やや青ざめた表情でお互いの顔を見合わせる。

 フォーレシアの話は信じられない内容だったが、それを嘘だと否定することも出来なかった。

「フォーレシアさん。私が子どもの頃、私の村の仲間に天使がいたが彼は……他の天使たちと敵対していた。それは何故だ?」

 ライリアルが緊張した面持ちでフォーレシアに問いかける。

「リトカたちの間で天使の外見をした存在が生まれることがあるわ。彼らには全て共通点がある。全員血筋を辿るとある人を祖として生まれた血筋に当たるのよ。神を殺した翼を持った兄。全ての天使の原型となったルインという人にね。私たちはその血筋の事をアンジェブランシェと呼んでいるわ。きっと賢者さんの村にいたという子もアンジェブランシェなのよ」

「神殺しの血筋……か……」

 ライリアルは考え込むように顎を触りうつむく。

「何故、今その話を私たちにしたの?」

 ティアレスが困惑を消化しきれないままフォーレシアに聞いた。例えばライリアルにだけこういった話をするのはわかるが、学生であり魔法使いとしてはまだまだ卵な彼女たちにこの話をした理由はわからない。

「この村の学生さんで伝えれるのは貴方たちだけだもの。大人たちには少し前に話したわ。いずれ子どもたちにも親から話が行くわ」

「えっ……話した?」

「大人では賢者さんが一番最後ね。村の領主様なのにごめんなさいね」

 フォーレシアの発言した内容に再度少女たちは驚いて声を上げる。

「領主!?」

「ライリアル様が……?」

 思索にふけっていたライリアルは少女たちの声に我に返ったように顔を上げた。

「ん? どうしたんだ?」

「ライリアルさん、この村の領主だったんですか!?」

「私、一度も領主らしいことしているのを見たことありませんのに……!」

 座っていた少女たちが立ち上がり、ライリアルに詰め寄る。その姿に気圧されながら、ライリアルは二人をなだめにかかる。

「領主って言っても名目だけだよ。マイズ村は本当は国の直轄地だ。有事……たとえば天使たちが牛耳る隣国と全面戦争になった時に私が村の人を率いて戦う、というだけなんだよ。ティアレスさんも学校を卒業した時に親御さんからそういう話が来るはずだ」

「あ、そうなんですね」

 ティアレスは納得して引き下がった。卒業した時に教えられることなら、今の彼女が知らなくても不思議はない。そして、ティアレスは図書館にあった高価で難しいたくさんの魔法書の事を連想した。ずっと不思議に思っていたあの本は。

「ライリアルさん。村の図書館にあるたくさんの魔法書は有事の時の物なんですか? ずいぶん難しい物ばかりありましたけど」

「確かにあの本は有事の時のものだけれど、マイズ村に住む君たちのご先祖さんたちが実際に使っていた魔法書なんだ。読んですぐ使えるわけはないはずだよ」

 ライリアルの説明にふんふんと納得して頷くティアレスと、同じように感心しているキャロルを見ていたフォーレシアがふとライリアルにたずねる。

「ねえ、賢者さん。私は貴方にこの話は後でしようと思っていたのだけれど、今日はどうしてこの子たちと一緒に来たの?」

 いつものライリアルならば、家にこもって一緒には来ないとフォーレシアは思っていたのだろう。実際ライリアルは師匠さえ来てなければ家にこもっていただろう。

「私の師匠が今戻ってきていて……私は追い払われてしまったんだ」

「アーノルド様と険悪な雰囲気でしたけれど……大丈夫でしょうか?」

「うーん……師匠は私が挑んでも勝てる人ではなかったからな……」

 キャロルが心配そうな口ぶりでたずねると、ライリアルは眉間に皺を寄せるように唸る。

「あら、竜の力を持つ賢者さんでも勝てないの?」

「それが歯が立たないんだ。師匠は部族の長らしいし、そのせいじゃないかな? 多分アーノルドでは負ける」

 フォーレシアの問いに答えてからライリアルはキャロルの質問に答えを返した。

「部族の長……ね。賢者さん。貴方の師のお名前は?」

 小首を傾げてフォーレシアが何気なくライリアルに問う。ライリアルはリトカの部族の事をよく知らないのであっさりと答えた。

「ジョシュア・リトカ・アロガンス。それが師匠の名前だ」

 ライリアルが返した言葉にフォーレシアは鋭く息を呑んだ。

「アロガンス……ですって?」

 フォーレシアが震える声で聞き返す。そんな声を彼女が出すのは珍しく、ティアレスにもキャロルにも緊張が伝わった。

「ちょっと賢者さん。私、その人に会って確認したいことがあるわ」

「ううん……あの人は用事が済むとすぐ帰ってしまうからな。今から行って間に合うか……」

 もうとっくにアーノルドとの勝負に決着がついて、ジョシュアはどこかに去ってしまっている可能性もある。

「それならすぐ行けば確認できるわ。賢者さんの家には確かリトミアがあったわね」

 フォーレシアがすぐそばのリトミアを振り返り、幹に手を当てる。

「ちょっとずるいけど、この木を使って賢者さんの家まで移動するわ。一緒に行く人は幹に手を当てて」

 ライリアルはやれやれとため息をつきながら幹に手を当て、キャロルも師に倣う。

 ティアレスは置いて行かれたくないと言わんばかりにキャロルの横に並んだ。

「さあ、リトミアよ。扉を開いて」

 囁くようなフォーレシアの声が枝を揺らす。さやさやと木が歌う。同時に淡い光が徐々に彼らの身体を包み込んでいく。

「同胞の元へ私たちを運んで」

 フォーレシアが囁くのと同時に光が視界を埋め尽くす。そして身体の感覚が一瞬消えて戻る。その時には光も消えて目の前の光景は変わっていた。

 竜の神殿から、ライリアルの家まで彼らは一瞬で移動したのだ。

 行く前は何もなかった平坦な大地がところどころ魔法で抉れていて、ライリアルは大きくため息をついた。

「師匠たちは……ここにはいないのかな?」

 畑の方は大丈夫かとライリアルが頭を抱えながらフォーレシアを振り返ると、彼女は厳しい顔でリトミアを見上げていた。

「ねえ賢者さん……」

 フォーレシアがその表情のままライリアルを振り返り、二人はしばらくの間見つめあう形になった。ライリアルは彼女が何を言おうとしているのかわからず目を何度か瞬きする。

「……何でもないわ。ちょっと貴方の師に聞きたいことが増えたみたい」

 ふぅっと長く息を吐いて彼女はそう言った。

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