そして彼らは日常へ
天気のいい日だった。
「おはよう、お父さん」
ティアレスは洗濯ついでに、日の出と共に起き畑で薬草の手入れをしていた父親に声を掛ける。
「ああ、おはよう」
洗濯を終えて家に入ってもう一人、今までは彼女が作っていた朝食を準備する女性にも挨拶をした。
「おはよう、フォーレシアさん」
「あら、おはよう」
フォーレシアは薬草を魔法で加工して薬にする技術があったので、薬草を育て加工しているティアレスの家に住み込みの従業員として働くこととなった。
「目覚めても行き場がないしね」
などと笑ったフォーレシアをティアレスはやや強引に父親に売り込んだ。
古い魔法を知っている事がよかったのかどうかわからないが、フォーレシアはこの家に住む事を許された。
名目上は父の弟子だが、彼女は父の知らない魔法を多く知っていたので逆に父が教え子になっている時がある。
「今日がレポートの提出日でしょう? レポートは書けたのかしら?」
「ライリアルさんに色々お話聞いたんで無事にできました」
「それで、賢者さんが連れていった女の子は元気そうだった?」
遺跡が竜の神殿だと知ったあの日、神殿から戻った竜と魔法使いはそれぞれ人間を抱えて戻ってきた。
男性は目を覚ました後、逃げるように旅に出た。
もう一人の少女は記憶を失い、ライリアルが自分の弟子にする形で引き取った。
ティアレスはライリアルが長く生きた魔法使いであるから、歴史学のレポートの題材にいいものがないか聞きにいったのだ。
その時にライリアルがこの国を建国した初代国王に力を貸した賢者だということを知った。
「ええ、元気にライリアルさんの家を掃除してました」
「元気みたいでよかったわね」
フォーレシアは笑ってティアレスに朝食を振る舞い、彼女も旺盛な食欲を発揮する。
食べ終わったティアレスは勉強道具を詰め込んだ袋を持って家を出た。
「おはよう、お嬢さん」
学校へと向かう道すがら、剣の鍛錬をしていたレイムに声を掛けられた。
「おはようございます」
レイムは神殿を監視する為に村に住むことになった。
炎に強いことと、攻撃魔法以外ならば使えるので魔法の武具を扱う鍛冶屋にお世話になっている。
鍛冶屋の仕事を手伝う以外は、こうして外で鍛錬をしながら怪しい人間がいないか気を配っているようだ。
「今日は学校かい?」
「はい」
「気をつけて」
「はい!」
フォーレシアもそうだが尖った耳に珍しい髪の色をしているというのに、村の大人達は最初は戸惑ったようだが自然と彼らを受け入れた。
「不思議ね」
そんなことを考えながらティアレスは学校へと向かった。
「ちょっと、ライリアル様! またですの!」
ティアレスが学校にちょうど向かっていた頃、ライリアルの私室の前で少女が声を張り上げていた。
薄い茶色の髪を背中の真ん中まで伸ばした小柄なその少女は開け放ったドアの向こうの惨状を見て眉を逆立てている。
そこは見渡す限り本に埋もれていた。
「ライリアル様、起きていらっしゃるのでしょう? 本を自室に召喚するのなら、もっときちんと元にも戻してくださいとこの間から申し上げているではありませんか!」
少女の説教にしばらくして家主が返事を返す。
「わかった……わかったから、キャロル」
その返事にキャロルは納得しなかった。
「ライリアル様はわかっていらっしゃいません! わかっておりましたらとっくの昔にこのお部屋は本一冊落ちていないはずですもの!」
キャロルはそう言ってプリプリと怒ったまま朝食の準備に向かってしまう。
ライリアルは本だらけの私室から抜け出して苦笑した。
本を片づけないのはただ単に面倒だからだ。
それがだらしないとキャロルは毎朝、ライリアルに説教をする。
出した物は片づける。当然のことだがライリアルは好きな本を地下の書庫から召喚できた。
これが不幸なことに彼が片づけられない大きな要因だった。
地下に本を取りに行くならば、ついでに本を戻せる。
ライリアルは召喚はできても、それを送り返す送還魔法は作りだそうと思わなかった。
「何はともあれ、元気なことはいいことだな」
キャロルは天使に捕らわれ、異形の姿に変えられ元に戻った。
彼女が目を覚ましたとき何も記憶には残っていなかった。
過去も目的もなく、行き場もない少女にライリアルはただ居場所を与えただけだ。
キャロルという名前だけ、彼女が覚えているすべてだった。
見た目はまだ未熟な少女だが、キャロルが持つ魔力は強いものだった。
天使に捕らわれたのもその魔力の強さのせいだろうとライリアルは予想していた。
全てを忘れた少女には今の情勢や身を守る方法を一から教えなければならないだろう。
思えばこんなに近くに他人を置いたことは数百年ぶりだ。
アーノルドは別にしても、急に関わる人間が増えたことに不安がないわけではなかった。
人より長く生きることは、それだけ多くの別れがある。
「ライリアル様! 起きてらっしゃるなら早く来てくださいまし! 私はまだ厨房の扱い方がよくわかっていないんですのよ!」
台所からライリアルを呼ぶ声がする。彼女はまだこの家に完全に慣れていないのに必死に背伸びして、慣れようとしている。
微笑ましいがあまり無理はしてほしくない。
「今行く。私が行くまでに頼むから何も触らないでくれ」
今この時だけはそばに誰かがいることは悪い気分ではないとライリアルには思えた。




