アーノルド
ライリアルの魔法が神殿内で発動する少し前、リトミアの木の下で二人が出てくるのを他の二人と待っていたティアレスは神殿での魔力を感知していた。
「アーノルドさん……中で強い力が急に大きくなりました。大丈夫でしょうか?」
何故かアーノルドをきつく睨んでいるフォーレシアに遠慮するかのように、ティアレスはアーノルドに囁く。
「そんなに強い力か?」
「今まで私が感知した中では一番強いかも……」
それ以外ティアレスには伝えようがない。
不意に風が吹いて顔に張り付く栗色の髪をかき分けて、ティアレスは不安そうに神殿の入り口に視線をやった。
その瞬間、全ての音が消える。
音だけではない。彼女の髪を揺らしていた風も止み、ティアレスは自分の身体が全く動かない事に気づいた。
髪をいじっていた手は降ろす途中の中途半端なところに止まったままだ。呼吸さえ止まっているのに、不思議と息苦しくはない。
意識だけが動かない世界をただ認識していた。
「へぇ……ティアレスちゃん、こんな状態でも意識だけは止まらないんだ。そっちのリトミアも」
先ほどまで会話していた相手の声が別人のように響く。
すぐ隣にいるはずなのに、ティアレスは振り向けなかった。
一歩、金色の流れが前に出る。それが金髪だと気づいたのは、ちらりとアーノルドの横顔が見えたからだった。
先ほどまで顔を合わせていたはずの顔が別人に見えたのは雰囲気が違うからだ。
瞳の色が金色にきらめている。それは少し前に神殿へ向かった炎の竜と同じものだった。
耳も彼と同じく尖っている。
ティアレスの前に出たアーノルドが、完全に振り返った。
唇の前に指を立てた。
「俺のこの姿はライリアルは内緒な」
いたずらっぽく彼は笑った。
アーノルドは久々に力を解放し、歩き出す。
彼は竜だったが、契約者はいない。
それでも力を使えるのは、アーノルドが特殊な竜だからだった。
彼が司る力は竜としても特別だ。時間と空間。
それを使って、アーノルドは時間を止めた。
ティアレスが意識が残るのは意外だった。
フォーレシアの意識が残るのは、アーノルドも予想していた。
彼女は南大陸に移民した第一世代のリトカ。
それも記憶を司る力を持つリトミアだから、動けないにしても意識が残っている。
アーノルドを警戒していた彼女のことだ。
さぞかし自分の行動を怪しんでいることだろう。
アーノルドにはやらなければならない仕事がある。
力を解放すると、神殿内の魔力がよくわかった。
暴走寸前の炎の宝玉、そして今魔力を発動させたばかりのライリアルの強大すぎる力を感じる。
「おいおい、このままだと宝玉ごとぶっ飛ばすんじゃないだろうな」
アーノルドは自分の身体を神殿の最奥の間まで転送する。
空間を移動する魔法も今の彼ならば使えた。
全てが止まった世界。ライリアルは己に爪を振り降ろす獣人に魔法を向けている。
その相手が天使によって造られた合成獣だとアーノルドにはわかった。
とりあえず二人は置いておいて、まずは暴走寸前の宝玉からだ。
宝玉に手を触れて、その時間を巻き戻す。
天使により干渉される前までに。
これで簡単に暴走は止まった。
これだけのためなら、アーノルドは力を解放する必要はなかった。
アーノルドが力を解放する必要があったのは、ライリアルの為だ。
ライリアルが光の竜王の魔力を受け継いだ故に、彼が自分の力を嫌悪しないよう、また必要な時に彼の心の負担を軽くするためにアーノルドはこの場所へ送り込まれた。
それ以来、ずっとアーノルドはライリアルを倒すためと理由を付けて訪ね続けた。
その今が必要な時だった。ライリアルの目の前にいる、人をベースに歪められた存在。
天使が狩った魔法使いの末路だ。
天使は魔法使いを捕らえた場合それをベースに魔法使いからは魔獣と呼ばれる――天使達は聖獣と呼んでいる――とを合成する。
「……それにしても悪趣味だ」
アーノルドさえ顔をしかめて、動きの完全に止まった異形を見渡す。
正気を失っているか、完全に洗脳して使われている異形なら、ライリアルも容赦はしなかっただろう。
異形の姿で正気を保ち、自分の変わり果てた姿に絶望した者が目の前にいる。
それなのに自分の力では相手は救うことはできない。
ライリアルの心の負担には大きすぎるし、ライリアルが自分の力を嫌悪する可能性があった。
アーノルドの役割の為にも見過ごせない事態だ。
ライリアルの放った魔法に干渉して、威力を弱める。
そして異形二人の時間を魔獣と合成される前までに巻き戻した。
「じゃあな、ライリアル。また後でな」
小さく笑ってアーノルドはティアレスとフォーレシアの待つ木のそばへと一息に転移する。
戻ると素早く自分の身体に力の封印を施した。
あっという間に元通り目も耳も人間に戻り、時間が動き出す。
「……アーノルドさん、今のは?」
「あんた。本当に何者? 竜にしてもただ者じゃないわね」
二人からの問いつめにアーノルドはもう一度唇の前に指を立てて今度は声を低めて答えを返した。
「悪いな。こればっかりは言えねぇ。さっきも言ったとおりライリアルには秘密にしといてくれ」
「それであんたを信用しろって言うの?」
刺々しい女性の詰問にアーノルドは首を振る。
「さっきも見たとおり俺は竜だ。それもちょっとばかり特殊だし、それを説明することはできねぇけど敵じゃねぇ。それじゃあダメか?」
説明もできないときっぱり言ったアーノルドに、フォーレシアは呆れたように肩をすくめた。
「言えないことばっかりなのね」
アーノルドはそれには答えずに苦笑を浮かべただけだった。




