ひみつの神楽くん
籠鳥那岐は最高潮に苛立っていた。
先日の西エリアのボスの件で、その厄介なボスが事務所に直接来たのである。
「唯我独尊の俺がわざわざ来てやったのに、茶の一つも出ねぇのかよここは」
「アポとってくれなきゃあかんでー、ちびっ子」
「不敬不遜すぎるぞ!俺を誰だと思ってる!?」
「西エリアのボスやろー?あんさんのせいでウチのボスの血圧上昇ちゅ」
「錦山善彦」
地獄の底から這うような声に、呼ばれた本人だけでなく葛西神楽も背筋を凍らせる。
シュモンも西エリアボスの中継を見ていたため、今回は友達なんやらとは口にしない。
錦山善彦は簡単にジュースと菓子を出すと、そそくさとパソコンある机に向かい仕事ダーイスキと誤魔化す。
鋭い目つきを更に鋭くさせ、葛西神楽の向かいに座る。
「それで、用件は?」
「迅速行動!!お前の好きな女の趣味を聞きに来た」
「帰れ」
ソファから立ち上がり、怒りを込めた蹴りでドアを開け放つ籠鳥那岐。
あまりの威力にドアが軋むような音を立てる。
その光景と音に葛西神楽が青い顔になり、別件本題と慌てて言う。
「堂々宣言!俺は副ボスだ!」
「…なに?」
「戦々恐々とするがいい!俺より強い御方がいてな、その方こそボスに相応しい!」
「では何故、そいつは大会に出なかった」
「複雑深刻。とある事情があって、その方は俺がボスになればいいとおっしゃる。だが俺はその方が頂点にいて欲しい!」
偉そうにしつつ嬉しそうに言う葛西神楽は、嘘をついている目ではなかった。
そして小さく錦山善彦が先に言うの四字熟語じゃなくてもいいのかー、と呟く。
「苦難承知!つまり西エリアは俺が管轄するけど、ボスは空席だ!」
「なるほど分かった。それで…なぜ好きな女性から切り出した?」
「米国冗談!いや、でもちょっと気になるかなー、なぁんて?」
「うぃーす。それはアタシも気になるな?」
籠鳥那岐にとって一番最悪のタイミングに人生最大汚点が訪ねてきてしまう。
御堂霧乃はニヤニヤと笑いながら、まー予想はつくけどねー、と言う。
「問題追求!そっちの美少女は知ってるのか?」
「病弱清楚ながらも明るく芯の強い少し年上の…」
「黙れ」
「じゃあ外見美少女で少し大食いがチャーミングな幼馴染…」
「帰れ人生最大汚点」
ドアノブを握る手に力を込めた際、また軋む音がする。
平然としている御堂霧乃とは反対に、葛西神楽が青ざめていく。
そして即刻撤退と叫んで、早足で帰る。
すると御堂霧乃もたまたま立ち寄っただけだしアタシも帰ると言って、そのまま本当に帰ってしまう。
擦れるような恐ろしい音を出しながら、ドアが閉まる。
事務所内には冷や汗をかきまくる錦山善彦と、背を向けたままドアノブからありえない音を出し続ける籠鳥那岐。
そして明後日の方を眺めているシュモンと、床の上で寝転んでいる錦山善彦のアンドールであるペンギンのギンナン。
「………記憶抹消やー」
「賢明な判断だ」
今のを全てなかったことにした錦山善彦は、まだ命が惜しかった。
その少し後、葛西神楽は東エリアの事務所に来ていた。
「……思ったよりちっこい」
「不敬不遜!!ちっこい言うな!!」
目線が下のほうにいくので、竜宮健斗はおもわず頭を撫でる。
すると相川聡史達も本当だー、と言って撫で始める。
特に相川聡史は普段撫でられる側なので、思いっきり力強く撫で回す。
「こう小さいとあの行動も可愛く思えてくるわねー」
「なんだっけ?そういうの」
<小さいは正義、じゃなかったか?>
セイロンが竜宮健斗の頭の上に乗りながら呟く。
ああそれそれと竜宮健斗は、思い出せたように言う。
「唯我独尊なる俺は偉いんだぞー!?副ボスなんだぞー!!」
「へー……え?」
意外な言葉に撫でていた手が止まる。
それに気をよくした葛西神楽は胸をそらして、高笑いしながら言う。
「黒幕暗躍!!俺より強い御方こそ、真の西エリアボスなのだ!!」
「な、なんだとっ!?」
驚いたものの竜宮健斗は少し時間が経つと、あれおかしくないかと思い始める。
黒幕が暗躍していてその人が真のボスとして………なんで葛西神楽は副ボスとわざわざ宣言するのだろうか。
それでは暗躍している意味がないだろうと、珍しく冴え渡った頭の内容を疑問にして出してみる。
「最良質問!ボスは謙虚な御方だからな、俺がなればいいと言ったが納得できてないから宣言布告しているのだ!」
「黒幕で暗躍で謙虚……なボス?」
<訳が分からないな>
「まぁこれは俺が勝手にしていることだからな!ボスには内緒だぞ?」
人差し指を口の前に持ってきて、年相応に笑う葛西神楽の姿にまた全員で頭を撫で始める。
「うん、可愛いは正義」
<だな>
帰る葛西神楽を見送った後、全員で悩み始める。
「まさか西エリアボスが副ボスで真ボスがいるのかー」
「なんかゲームみたいなんよ」
「ああ、俺を倒したからって調子に乗るなというやつだね」
「あんなのが俺と同じ副ボスかよっ!!」
「霧乃ちゃんからメールで、とりあえず西エリアボスとして扱えって」
全員で溜め息をつきつつ、崋山優香は西エリアの情報を見ていく。
確かにボスは空白になっており、副ボスに葛西神楽。
マネージャーにサングラスつけた細身の少女の凛道都子。
会計にフードをかぶった少年の袋桐麻耶。
書記にゴリラのような少年の筋金太郎。
個性的な外見の面々に崋山優香は、西エリアって……と微妙な気持ちになる。
淡く想像していたボスの姿がますます分からなくなる。
そこに慌ててドアをノックする音。
相川聡史がドアを開ければ、そこには西エリアマネージャーの凛道都子が立っていた。
「あの、神楽くんこっちに来てません?急に南と東に行くって書置きだけが…」
「あーそれならさっき帰ったよ」
「あ、ありがとうございまっ!?」
お辞儀した瞬間に対応していた相川聡史の胸に頭を直撃、お互いにダメージを受ける。
更につけていた大きめのお洒落サングラスを落としてしまい、慌て始める凛道都子。
顔を見ないでー、と両手で真っ赤になった顔を隠してしまう。
相川聡史が痛がりながらサングラスを拾い、ほらよと言いながら渡そうとする。
受け取ろうと両手を顔から外した凛道都子の顔に、今度は相川聡史が真っ赤になる。
その顔は外見美少女と名高い御堂霧乃に負けず劣らずな美少女だった。
「ご、ごめんなさーい!!!!」
サングラスを受け取ってすぐに凛道都子は逃げるように走り去ってしまう。
呆けていた相川聡史は、事務所内の視線に気付いてお礼言えよバカヤローと苦し紛れに叫んだ。
その光景を見て鞍馬蓮実と瀬戸海里は青春だなぁと感慨深く呟く。
「顔隠す必要なくね?フツーの顔じゃん」
「馬鹿と機械弱いのと心配元凶のほかに鈍感つけてあげようか?」
<ああいう顔を見たときは、褒めてやれ>
あまりの竜宮健斗の鈍さに崋山優香とセイロンは同時に溜め息をついた。
葛西神楽は西エリアに帰る途中、ロッカールームに預けていた白虎のアンドールを受け取る。
「楽々順調だよ、ビャクヤ」
<疑問増大、いいのか神楽?>
「無問題也。いいのいいの、俺はあの人にボスになって欲しいんだから」
腕の中でいまだに納得いかないビャクヤが呻る。
葛西神楽は切符を買いつつ、この口調疲れたなーと言う。
<仕方ないだろう?シンクロ現象はお互いの息が合わなければ発動しない>
「だからってキャラ揃えるとか辛いよ。もっと楽な方法ないのかよー?」
<…女王なら知っていたかもしれん。古代の話になるがな……>
「ふーん。とりあえず皆の前では四文字先頭口調キャラ貫くかー」
こともなげに話していると電車がやってきて、降車する人々が開いたドアから次々出て行く。
葛西神楽は人がもう出てこないことを確認し、電車内に入る。
空いてる座席に座り、体を回転させて車窓から外を眺める。
「あの人も、他の奴等もまだ知らないよな?」
<ああ……アニマルデータの本当の正体をな>
「極秘条項。俺達の切り札だ」
<機密内容。もう少し状況が動いてから惜しみなく出そう>
意地悪を企む子供のように、葛西神楽はビャクヤに対し笑う。
ビャクヤも同じような雰囲気で笑う。
車窓からは中央エリアに聳え立つ、大きな時計台が見えた。