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布動俊介の憂鬱


布動俊介に新しく友達が出来た。

それはフラッグウォーズに参加していた、ユーザーの中でも年が近い女の子だった。

大人しそうな少女の有川有栖。アンドールはハムスターのアルル。

そして何故かライバル視してくる自称宿命の敵、鼻に絆創膏をつけた少年。

名は基山葉月。アンドールはカバのバグリ。


「俊介くんは最近ユーザーになったんだ。じゃあ私が先輩だね!」

「うん、そうだね」


少し照れながら布動俊介が答える。

そこに基山葉月が走って近づいて来た。

息が荒いまま叫ぶ。


「甘い!激甘なり、有川よ!!俺のほうがせんぱ…」

「俊介くん、あっちに行こう。暑苦しいのがいない平和で二人っきりで話し合える憩いの場に」


布動俊介の背中を押して、うんざりした顔で有川有栖がその場から離れようとする。

しかしすぐに基山葉月が先回りして、二人の行く手を遮る。


「ふはは!!俺を無視しようとは甘いなり!とことん邪魔してやるぞ!!」

「葉月…ウザイ。本気でウザイ」


布動俊介の背中から疎んだ目で基山葉月を睨む。

しかしその視線をものともせずに基山葉月はフラッグウォーズやろうぜ、とのたまう。

そうなると慌てるのが布動俊介で、二人のどちらを取ればいいのか分からなくなる。



「俊介くん!?」

「俊介ぇっ!!」

「え、え、えええ!?」



嬉しくない挟み撃ちに狼狽する布動俊介に、相川聡史と歩いている竜宮健斗が目に入る。

救いの手と言わんばかりに名前を呼び、気付いてもらう。


「俊介くん、モッテモテじゃーん?」


意地悪く笑う相川聡史の言葉に涙目になりつつ、健斗さーんと呼ぶ。


「応。こういうときは…」

「こういうときは?」



「じゃんけんだな!」




古来より受け継がれた解決方法を聞いて、さすが健斗さんと目を輝かせる少年少女。

ただ相川聡史からすればそれくらい早く気付けよ、という気持ちで一杯だった。

じゃんけんをした結果、勝ったのは有川有栖だった。


「じゃあ葉月は近寄らないでね!行こう、俊介くん!」


嬉しそうに言う有川有栖の後ろで負けて項垂れている基山葉月。

その様子を見て、布動俊介は少し気まずくなる。


「なー、三人で遊ぶ方法はないのか?」

「でもアイツ邪魔ばかりするんですよ?そんなのとは遊びたくないもん!」


嫌そうに顔を膨らませる有川有栖に竜宮健斗はもったいないなーと言う。

その言葉が気になった布動俊介は聞き返す。


「応!俺だって優香と遊ぶこともあれば、聡史とも遊ぶけど…二人っきりより三人のほうが分かること多いぞ?」

「そう、なのかな…」

「まぁ邪魔をする葉月も悪いぞ?一緒に遊びたいなら遊んでって一言言えばいいんだぞ?」


下を俯いたまま顔を上げない基山葉月。

すると布動俊介が手を伸ばして、遊ぼうと言う。

声を聞いて顔を上げた基山葉月は今にも泣きそうな顔をしていた。

しかし伸ばされた手をしっかりと握って、遊びたいと泣きはじめる。

有川有栖は男の子でしょー、と言ってハンカチを出して拭いてあげる。


「うっ、ぐずっ…」

「しょうがないなー。今回はボスに免じて邪魔したこと許してあげる!」

「ねぇ、秘密基地作ろう!三人だけのさ!」


そう言って二人で泣いている基山葉月を連れて、公園の隅にある大きな木のほうへと向かう。

三人の後姿を見て、竜宮健斗は清々しい笑顔で言う。


「やっぱ人数多い方が楽しいよなー」

「そろそろ見回り再開させようぜ?大会の時何人か見つかったけど、いまだに団員少ないんだからさ」


相川聡史が少し先を歩きながら呼びかかける。

分かったと言って竜宮健斗は走って追いつく。

そして二人で改めてユーザー探しを始めた。



布動俊介に新しく友達が出来た。

少しおませな少女と、少し暴走行動しやすい少年。

三人で遊び続けているうちに日が暮れて、また明日と別れる。

東エリアでの平和な出来事である。




時を同じくして、西エリアで開かれたボスを決める大会。

圧倒的なフラッグを手に入れた小さな少年が一人。

その腕の中には獰猛そうな白い虎のアンドールが高笑いを上げていた。


<気分爽快!!まさに王者だ!!>

「超絶楽勝!!お前等弱すぎだっつーの!!全員跪けぇっ!!」


すると取り巻きの少年少女三人が次々に、葛西神楽様に跪けと叫び始める。

誰もが怯え、ドームから逃げはじめる。

その光景は南と東の事務所でも中継されていた。


「おい?なんだよ、これ!?」

「こんなのが代表なんて最悪じゃない…」


全員で身を乗り出してパソコンの前に釘付けになる。

すると中継カメラに気付いた葛西神楽が近付いてくる。


『驚天動地な結果を見てるか、東と南のボンクラ共!?』

≪弱肉強食!!いつかはお前らにも同じ目にあわせてやるよ≫


白い虎の言葉と同時にカメラが壊される。

音声集音機能は生き残ったらしく、少年達の高笑いが響く。

しかし音声機能もすぐ途切れ、なにも聞こえなくなる。


「ふっ、ざけんなぁっ!!ボスってのは支配するんじゃなくて守るものだろ!?」


珍しく声を荒げて怒った竜宮健斗に、崋山優香は霧乃ちゃんに連絡してみると言ってメール画面を開く。

まるで感情を逆なでするかのような西エリアの連中に、相川聡史達も怒りを覚えていた。

そこにドアを控えめにノックする音が耳に入ってくる。


「失礼します・・・て、なにかあったの?」


ただならない雰囲気に、仁寅律音は目を丸くする表情を作る。

そして注意深く事務所内の人間を観察していく。まずは怒りと憤慨。

荒々しい表情に、肩で息する様子や静かに表情を険しくするところなど。

結果は予想以下。もう少し暴れるくらいの怒りが見たかったと感じている。


「あ、律音くん。どうしたの?」


メンバー内で一番冷静さを保っている崋山優香はソファへと座るよう勧める。

その様子を観察して、怒りを上手く隠していることに感心する。


「実は団員登録なんだけど…僕は西エリア出身なので西エリアの団員の方がいいのではと相談…」

「西エリア!?あら、どうしましょう…」


驚いたあと少し困った様子を見せる崋山優香。

もちろん仁寅律音はその理由を知っている。そうなるように手順を作った。


「律音、西エリアは止めとけよ!スゲー酷い奴がボスになりやがった!」


相川聡史が大きな声で言う。明らかに怒っている人間の声音である。

ただあまりにも大きすぎたので瀬戸海里がうるさいからもう少し静かにと言う。

その言葉に腹が立った相川聡史は、あんだとぅっと手を上げる。

これは予想通りかと仁寅律音が思った瞬間、静かな声で竜宮健斗が止めろと言う。


「俺達が喧嘩してどうすんだよ?そりゃあいつらの行動は腹立ったけど、今は律音のことだろ?」

「あ、悪い……ついカッとなっちまって」

「僕の方こそごめんね」

「すぐ謝れるのが聡史のいいところなんよ」


愛い奴めー、と鞍馬蓮実がいつものように相川聡史の頭を撫でる。

それに顔を真っ赤にして子供扱いすんなー、と相川聡史が拗ねる。

予想外の展開に肩透かしを食らう仁寅律音。しかしある程度の感情を観察できたので収穫はあった。


「律音は西エリアがいいのか?今は東に住んでるけど」

「あ、うん。思い出深い土地だから…」

「そっかー……とりあえず、もう少し西エリアの内情が整ってから他のボスと相談して決めてみるよ」


竜宮健斗の言葉に崋山優香が珍しく頭使ったこと言ったわね、と少し驚いている。

そういえば確かにと相川聡史達も気付いて驚く。


「ありがとう…じゃあ今日は帰るよ」


笑顔を作り仁寅律音は事務所を出て行く。

竜宮健斗はその笑顔にまた違和感を持ち、確信し始める。

彼の本当の笑顔を見たことがない、と。





病院から家に帰った仁寅律音は、また譜面を紙飛行機にして空へと飛ばす。

遠くまでよく飛ぶ紙飛行機が風に乗って舞い上がる。


<今日も菫子さんは駄目だったな>

「うん。しょうがないよ、あの人は壊れてるんだから」


言いながらまた新しく紙飛行機を作る。

机に飾られた家族写真。父親と母親と赤ん坊の仁寅律音が笑っている写真。

父親のことはよく知らない。仁寅律音が幼い頃にヴァイオリンツアーの旅行中に事故にあって死んだと聞いている。

今は母方の祖父母と一緒に暮らしている。東に引っ越したのは母親の病院がこちらに移ったため。


「早く僕の感情を作らないと………母さんは僕を見ない」


新しい紙飛行機、今度は風に邪魔されて部屋に戻ってきてしまう。

床の上には散らばった譜面が幾つもあり、どれも練習した跡がいくつも残っている。

今日は怒りを見たから荒々しい曲ならいけると思った。しかし結果は芳しくない。

もっと感情を見なくてはと、仁寅律音は新しい手順をメール送信した。

全ては感情を込めた人を震わせる曲を演奏するため、母親の心を動かすため。

仁寅の実験観察はまだ終わらない。


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