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フラッグウォーズ

ヴァイオリンの譜面を一枚、紙飛行機にして飛ばす少年がいた。

二階から風に乗って、時計台がある場所へ向かって静かに飛んでいく。

傍には白く美しい馬のアンドールが、机の上でそれを眺めていた。


<引越しの準備が出来たらしい。配達業者が出て行く音がする>


ぬいぐるみサイズの白い馬は、四つの足で少年の肩へと飛び乗る。

少年は特に返事せず、ヴァイオリンケースを片手に部屋から出て行く。

一回に降りれば優しそうな老夫婦が少年を出迎える。


「さぁさぁ、この西エリアともお別れだよ!今度は東さ!」

「ほっほ。母さんや張り切りすぎるとぎっくりいってしまうぞ!」


そんな夫婦のやりとりに少年は笑顔になるだけだった。

作られた綺麗な笑顔に。




東エリア事務所に御堂霧乃がやってきた。

相変わらずお菓子を食べこぼしている。


「うぃーす!緊急連絡、明日東エリア第一回フラッグウォーズ大会開催!」


竜宮健斗達は外出しており、事務所内で雑務をこなしていた崋山優香は目を白黒させる。

確かに竜宮健斗から全エリア共通の大会種目案を提出した事を、一週間前に聞いていた。

三つのフラグの内二つを手にした者の勝ち。単純ながらもアンドール操作が問われる種目だ。

しかし案であり、決定されるとは思っておらず、さらに大会準備などしていない。


「あの、霧乃、ちゃん?大会準備とか開催告知とか…」

「そんなんエリア管轄委員会がやっといたよ。最後の確認と明日の手順調整のため男共呼び戻して」


色々言いたいことがある崋山優香だったが、自分の手じゃ負えない判断する。

そして二手に分かれていた竜宮健斗と相川聡史、鞍馬蓮実と瀬戸海里を電話で急いで帰ってきてと連絡した。

最初に帰ってきたのはメンテナンス機械を見張っていた鞍馬蓮実と瀬戸海里。

二人は御堂霧乃から聞かされた大会開催が明日ということに、苦い笑みを見せる。

エリア全体を見回っていた竜宮健斗と相川聡史が遅れて帰ってくる。


「ふざけんなぁっ、外見詐欺女ぁっ!!!急すぎんだろうがぁっ!!」


相川聡史が人差し指を御堂霧乃に向かって突きつけて、耳を塞ぎたくなるほどの大きな声で言う。

御堂霧乃は突きつけられた指を掴み、上に向かって曲げる。

もちろん子供の力のため折れはしないが、痛みはある。


「うぃーす。相川聡史のあいかわは相変わらずのあいかわ?」

「ちっげぇーよ!!つーか痛い!!本気でいたあたたたたた!!!!」

「人に向かって指差すなと教えられなかったのか?」

「分かった、指差したのは俺が悪かった!!けど大会開催が明日とかアホか!?」


何とか指を放してもらえた相川聡史は涙目になりながら、同意を求めようと竜宮健斗を見る。

しかし竜宮健斗は期待に満ちた輝く目で、うおー明日かー楽しみだなーとセイロンに話しかけていた。

相川聡史は竜宮健斗の肩を掴み、前後に揺さぶる。


「お・ま・え・は!?馬鹿!!この馬鹿っ!!」

「あっははは。まーまー聡史、これから段取り確認すればいけるかもよ?」


呑気な竜宮健斗は揺さぶられながらも笑い、御堂霧乃に段取り教えてと言う。

崋山優香は仕方ないかと諦め、瀬戸海里と鞍馬蓮実も時間少ないから先進めようと言い始める。

笑い続ける竜宮健斗に毒気を抜かれた相川聡史は、溜め息をつきつつ揺さぶるのを止める。

そして全員ソファに座ったのを確認した御堂霧乃は一束の書類を出す。


「東エリアドーム内を夜の内に大会用に改装する。人員の手配はこちらでやっている」

「告知は?」

「それもネットと地元掲示板、ドーム内にポスターを貼っていた。気付かなかったか?」

「あー、見たような気がすんよ…」

「会場受付は9時から。開催は11時で会場進行はアタシ。今回はポイント制で多人数対戦」


そう言いながら御堂霧乃はポイントフラッグの説明をする。



白は一点

赤は三点

金は五点

点数が高くなるほど難しい場所に置いているということ。



「小さな池や木を模した物、横穴などアスレチック仕様。ちなみに飛ぶのもありだ」

「やった!セイロン飛べるぞー!!」

<おう!>

「たーだーしー、操作者の手に入る前ならアンドールで奪うのもあり。まさに争奪戦だ」

「つまりセイロンが高い所から取ったフラッグを、タマモが奪って僕の手に渡れば僕のポイントに?」

「そう。ただしアンドールで人間から奪う&人間同士の奪い合いは反則!即失格だ」


御堂霧乃はテキパキと質問に答えを返していき、少しずつ頭にハテナを浮かべ始めた竜宮健斗にも分かりやすく説明する。

瀬戸海里や鞍馬蓮実、相川聡史は大体理解したらしく新たな疑問をぶつけていく。

一対一の場合はスリーフラッグ、多人数の場合はメニーフラッグと細分化すること。

大会には多くの審判を配置、反則が見つかれば実況ですぐに放送すること。

実況はフリータレントを採用。専属の実況者として契約を結んだらしい。


「今回は試験大会みたいなものだから、ポイント制で順位決定……で」

「ん?」

「竜宮健斗。お前があまりにも無残な順位だったら、エリアボスから落とすからな」

「応!!燃えてきたー!!」

「ちょ、ケン!?霧乃ちゃん、シード権とかそういうのはないの?」

「ない。エリアボスだろうがなんだろうが一試合だけだからな。他選手と同じ条件だ」


一人燃え上がる竜宮健斗に対し、崋山優香は心配になってくる。

この幼馴染は馬鹿で機械に弱くて心配の元凶であることが常なのだ。

第一回東エリアフラッグウォーズ大会、無事に済むといいのだけど心配の種が育っていく。

そんな崋山優香の心配にも気付かず、絶対優勝するぞーとセイロンと無邪気に話し合っている。


「悪いが…今回は俺とキッドが優勝させてもらうぜ!」

「オイラだって負けんよ!!」

「優香ちゃんはどうする?」

「わ、私は…心配だから見てるわ……」

「エリア事務所の所属者には予め連絡してるから、参加受付しなくても大丈夫だ」

「じゃあ、俊介も来るんだな!!楽しみだなー」


少し前にカブトムシのアンドールにアニマルデータがインストールされた布動俊介。

竜宮健斗より少し小さな少年で、たまに事務所に遊びにくる。

大分時間が経った現在、東エリア事務所メンバー外した唯一の発見された所有者である。

アンドール会社に連絡された所有者は既に所属者になっている。

それ以外の未発見者はいまだに何人いるか分かっていない状況である。


「今回の急な開催は東エリア内のアニマルデータ所有者リストが芳しくない結果であるということもふまえた上での開催だ」

「応!つまり今回の大会で所有者を探せってことだな!!」

「ああ。また父さんから単語化するように頼まれた事柄があるので、書類としてまとめてきた」




御堂霧乃は新たな書類を机の上に出す。

そこにはエリア共通単語とある。




・アニマルデータをインストールされたアンドール→インストーラー

・アニマルデータ所有者→ユーザー

・エリア事務所所属者→団員

・非所属者(事務所の存在を知りつつ入らない者)→不法者




「数が増えていく中で、区別をつけるために決定された。これからはこの単語を使うように」

「おー!?秘密の言葉みたいでカッケー!!」


単純な竜宮健斗は目を輝かせ、本格的だなーと楽しそうに言う。

覚える事柄多くないかと相川聡史が書面を凝視する。


「まぁ、慣れるまで時間掛かると思うけど…慣れろ」

「霧乃ちゃん…」

「じゃあ、アタシは明日の予定ぎっちりだから帰る。じゃなー」


そう言って御堂霧乃はドアを開けて帰っていく。

相変わらず嵐のようにやってきては、嵐のように去る御堂霧乃。

そこでセイロンがポツリと呟く。


<この単語を使うと…彼女はユーザーなのだろうか?>


セイロンの言葉に竜宮健斗達はハッとする。

御堂霧乃は前にリスのアンドールを連れていた。

そのリスがアニマルデータをインストールしたアンドール…つまりインストーラーなのか。

一言も話さなかったアンドールに対して、誰も明確な答えを出すことはできなかった。





翌日のドーム内では説明されたとおりのアスレチック設備が整えられていた。

御堂霧乃が愛らしい衣装を着ており、一見すれば美少女だった。

お菓子を食べこぼしていつもの挨拶さえしなければ。


「うぃーす。アタシがルール説明とかするからお前達はエリア代表として発破かけろ」

「はっぱ……木の葉かっ!!」

「掛け声よ!全く大丈夫かしら…」


心配が消えない崋山優香は頭を抱えつつ、傍にいた相川聡史達にフォローよろしくと小声で言う。

相川聡史は渋々頷き、瀬戸海里と鞍馬蓮実は快諾する。


「健斗さん!!おはようございます!!」

「おー、俊介!今日頑張ろうな!」

「はい!!」


駆け寄ってきた布動俊介は元気に挨拶し、懐いた子犬のような目で竜宮健斗を見る。

竜宮健斗も元気な挨拶をし、手加減しないからなーと言う。

他にもアンドール会社に連絡して見つかったユーザー達が竜宮健斗が挨拶にくる。

彼らユーザーも団員であったが、顔を合わせるのは初めてである。


「俺がエリアボスの竜宮健斗!今日は頑張ると同時に見つかってないユーザーを見つけたい!」

「ユーザー…ですか?」

「エリア共通単語として昨日教えられたんだ!」


周りが聞いたことない単語に頭をひねる中、崋山優香があらかじめ用意しておいた単語表を配布する。

団員達はそれらを見てなるほど、確かにアニマルデータインストールされたのくだりは長いからなーと笑いあう。

竜宮健斗が早口に挑戦して、思いっきり舌を噛む。

その様子を見て更に笑いが広がっていく。


「もーケンの馬鹿」

「あはは!お前面白いなー!」

「頑張れよ、ボス!順位悪かったら俺がボスになっちまうぞ?」

「応!負けないからな!!」



竜宮健斗を中心に人が集まり、笑いあっていく。



その光景を遠くから見つめる少年が一人。

無表情のままヴァイオリンケースを持った少年で、その腕の中には白い馬のアンドールがいた。

「シラハ…彼がこの東エリアのボスらしい」

<ああ……感情豊かなやつだな>

「僕とは違う。彼なら答えを知っているのかな」

そう言って少年は受付へと歩いていく。

竜宮健斗が作った輪の中へと入らず、関ろうともしなかった。





『はぁーい!!皆アンドールの準備は大丈夫かなぁ~?』


ステージの上で御堂霧乃はマイクを持ちながら声をかける。

美少女な外見と可愛らしい口調、御堂霧乃を知る者達は青い顔をして鳥肌を立たせる。

全員で上手く化けるなぁ、と驚いた様子で呟く。

布動俊介などは顔を赤らめて、あの可愛い子は健斗さんの知り合いですか、と聞いてくる。

竜宮健斗はぎこちなく頷き、会場スタッフからそろそろプログラム準備してくださいと言われる。


『それでは!東エリアボスからお言葉をいただきたいと思いまぁ~す!どうぞ!!』


ステージに上がり、御堂霧乃からマイクを渡される。

その際に観客から見えない角度のところで、あーしんどいといった顔で溜め息をつくのを見てしまった。

竜宮健斗は今のを見なかったことにし、腕の中にいる青い竜のアンドール、セイロンと視線を交差させる。

マイクを握り締めてはっきりした口調で言う。


『俺が東エリアのボス!竜宮健斗だ!こっちは相棒のセイロン!』


名前を呼ばれると同時にセイロンは腕の中から抜け出して、背中にある翼で竜宮健斗の周りを飛び始める。





『今日のフラッグウォーズは合戦だ!!遠慮はいらねぇ、取って奪って勝利を掴み取れっ!!!』






言葉と同時に天に向かって突き出される拳。

竜宮健斗の言葉に、姿に、鼓舞された参加者達が大きな歓声を上げる。

崋山優香は幼馴染の意外な一面に目を丸くする。

人を集める方だとは思っていた、しかしここまで人を惹きつける存在だとは思っていなかった。

少し遠い場所でマイクを握っている竜宮健斗が、果てしなく遠くにいるように錯覚してしまう。

やっぱり参加すればよかったかなー、と思いつつ崋山優香は眺めることにした。

竜宮健斗がステージを降りるとルール説明が始まり、実況者の発表もされる。


『わたくしDJ・アイアンこと鉄夫が実況するぜ!さぁ、皆好きな場所に立て!!』


DJ・アイアンの言葉に参加者達が好きな場所へ移動する。

例えばカバのアンドールを持つ者は小さな池の傍、鼠なら横穴が多いところ。

竜宮健斗は木を模した物が多い場所に立つ。

その近くに白い馬のアンドールを持った少年が立つ。


「お?初めて見る顔だな。俺は竜宮健斗」

「うん、知ってる。さっきのステージカッコよかったよ」


僕は仁虎律音と少年が微笑む。だが竜宮健斗はそこに小さな違和感を見出す。

まるで作られた、造形美を見ている気持ちだった。

しかしDJ・アイアンのカウントダウンが聞こえ、慌てて大会に集中する。


『3、2、1…開戦だぁっー!!』


フラッグが至る所に現れ、デバイスから指示を出していく。

竜宮健斗もセイロンに指示を出しつつ、自分の眼でフラッグを探していく。

すると傍にいた仁寅律音のデバイス操作に目を奪われる。

普通はパネル操作が主流だが、竜宮健斗などのユーザーはアニマルデータにより音声指示に絞られてしまう。

仁寅律音、彼もまた音声による指示を出している。

確かにプログラムを変えれば可能だが、詳細な動きまでは再現できないと御堂霧乃が言っていた。


<健斗、一つ目のフラッグだ!>


セイロンが上空から白のフラッグを投げてくる。

それを受け取ろうとして手を伸ばすが、黒い影がフラッグを奪ってしまう。


「げっ!?」

「あっめーな!ボスだろうがなんだろうが容赦しねーぞ!?」


フラッグを咥えたのは黒猫のキッドだった。

相川聡史は意地悪く笑いながらキッドからフラッグを受け取ると、次の場所へと移動していく。


「応!次は油断しねーからなー!」


去っていく相川聡史の背中に呼びかけるように叫びながら、セイロンと共にフラッグを探す。

既に仁寅律音は他の場所へと移動したらしく、見える範囲にはいなかった。

小さな池の淵で熊のアンドールであるベアングが、鮭を取るようにフラッグを水中から飛び出させる。

赤いフラッグを見て、鞍馬蓮実がよくやったと声をかける。


別の場所の横穴では狐のアンドールであるタマモから金色のフラッグを受け取る瀬戸海里の姿がある。

また高い木の幹に刺さった赤い旗をカブトムシのアンドールであるビータがへし折って、下にいる布動俊介に向かって落とす。

全員が己のアンドールを活かした動きでフラッグを取っていく。

大きなドーム電光掲示板には次々と情報が更新され、上位十名の名前が流れていく。

しかしそこにはまだ竜宮健斗の名前はなかった。




試合開始から四分。後一分で試合が終わってしまう。

竜宮健斗の持ちポイントは12ポイント。一位は仁寅律音の15ポイント。

現在でも五位という好成績だったが、その成績も終盤とあり次々に変わっていく。

残り三十秒のところで赤い旗を手に入れて15ポイントとなるが、一位も18ポイントと離される。

竜宮健斗は必死に目と体を動かして見回していく。

すると砂場らしき場所に金色のフラッグが落ちているのを見つける。


「セイロン!」

<むっ、分かった!>


そこに向かってまっすぐ飛んでいくセイロン、その目の前に白い馬のアンドールが立ちはだかる。

口には既に白いフラッグが咥えられていたが、四つの足で金色のフラッグを目指していく。


「頑張れ、セイロン!!負けんなぁっー!!」


叫んだ瞬間、竜宮健斗は久しぶりにセイロンと一体化する感覚に陥る。

それはシンクロ現象。インストーラーとユーザーの潜在能力を引き上げるものだ。

しかしそれは後に体に異常をきたす諸刃の剣。

籠鳥那岐は忠告していた、すぐに己を取り戻せ、と。

竜宮健斗はそのことを思い出す前に、唇を噛んでシンクロ現象から逃れる。

こんなことで勝ってエリアボスを保ち続けても楽しくない、その気持ちで一杯だった。

セイロンに向かって走り出す、すぐにフラッグを受け取れるように。


その様子を感じたセイロンは翼を動かしつつ、低空飛行へと移行する。

低い位置で飛びつつ、手足で地面を蹴り始める。少しでも速度を上げるために。

フラッグに一番近い器官である口を大きく開けて、あと少しで届くはずだった白馬の目の前で咥える。

そして尻尾を器用に動かし、相手が咥えているフラッグに絡みつかせる。

貰うぜ?と視線で訴え、奪い取る。

金と白のフラッグを走ってきた竜宮健斗に、飛び込むように渡す。








それと同時に終了の合図。








結果は一位21ポイントで竜宮健斗。

二位に仁寅律音、20ポイント。

三位は相川聡史の19ポイントだった。

接戦に続く接戦で四位からは同ポイント者が続出した。

瀬戸海里と鞍馬蓮実は五位、布動俊介は七位という結果に終わった。


「やったぜ、セイロン!優勝だ!!」

<やったな、健斗!>


優勝した竜宮健斗の周りにまた人が集まり始める。

鞍馬蓮実はすごいんよと頭を撫で、瀬戸海里は惜しみない拍手を送る。

相川聡史は膨れっ面で次こそはと怒鳴り、布動俊介は以前より尊敬の目で竜宮健斗を見る。

他にも団員が集まり、しっちゃかわっちゃかな状態になる。

しかしその人の輪の中に、また仁寅律音は入らずにヴァイオリンケースを片手に帰り支度をする。

白い馬のアンドール、シラハが肩の上で鼻で笑う。


<呑気な奴等だぜ…こんな小さなエリアで勝ったくらいで大笑いだ>

「まぁ、いいじゃないか。大笑いなんて僕とは無縁の感情だ」


無表情のまま仁寅律音はドームの外へと向かおうとした。

竜宮健斗が気付いて声をかけるまでは。


「律音!これから表彰式だぞ?二位おめでとう!」

「……ありがとう。でもこれからヴァイオリンの稽古があってね、大会の方にも最後は出られないと言ってるんだ」

「そっかー…また遊ぼうな!」


ニッカリ笑う竜宮健斗に対し、仁寅律音も微笑を返す。

竜宮健斗はその微笑みが作られている気がして、首を傾げる。

だからといって具体的に言える頭脳もないので、稽古頑張れよ、と声をかける。

去っていく仁寅律音が見えなくなるまで手を振り、そこで思い出す。

彼がデバイス操作を音声でしていたことを。


追いかけようとして表彰式を始めるアナウンスにより足を止める。


また会えたら聞けばいいかと、渋々表彰台へと向かう。

大きな金のトロフィーを表彰台の一番上で掲げ、満面の笑みでいる竜宮健斗とセイロン。

二位は空けて、三位では自慢そうに銅のトロフィーを見せる相川聡史。

表彰台に向けて大きな拍手が送られ、第一回フラッグウォーズ大会は幕を閉じた。







新しい家で、仁寅律音は譜面を紙飛行機にして飛ばしていた。

方向は時計台がある中央エリア。聳え立つ時計台が物々しい雰囲気を醸し出していた。


<西エリアの奴等からメールだ。やっとエリアボスを決める大会が開催されるらしい>

「そう…手順どおりに行動と伝えておいて」

<ああ。お前も酷いな、感情を知るために街の全てを利用しようとしてるんだからな>

「呆れるかい?」

<いいや。ゾクゾクして血沸き肉踊るな>


ぬいぐるみなのに、と茶化すように言う仁寅律音の顔は無表情だった。

それはシラハだけが知っていること。

仁寅律音はロボットであるシラハ以上に、感情がないこと。

表情は作れる、社交辞令や皮肉も言える、だけど心が空っぽであること。


だから彼らは実験することにした。


多感な少年少女たちの感情が、どの様な事柄で動くかということを。

今日の大会も小さな実験の一つ、フラッグを探しつつ参加者達の感情を観察していた。

嘆き、喜び、悔しさ、嬉しさ………だから本気も出していなかった。

贈られた銀のトロフィーが無造作に部屋の床に転がっている。

彼が興味あるのは感情であり、名誉も権威も友情も必要なかった。

全ては完璧なヴァイオリン演奏をすること。感情を込めた人の心震わす演奏のため。


「さぁ明日も実験観察をしよう、シラハ」

<ああ楽しみだ>


トロフィーを蹴ってベットの下へと転がしていく。

本棚には勉強の本と楽譜。机の上には通学用鞄とヴァイオリンケースに勉強小物、家族の写真一枚。

クロゼットには必要最低限の服、あとはベットだけ。

仁寅律音の部屋は年頃の少年とは思えない、寂しい部屋だった。






翌日竜宮健斗のクラスに転校生がやってきた。

西エリアから来た少年、仁寅律音が作られた微笑みで挨拶をした。



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