眠れる南の頭領
あら、なっちゃんにきーちゃん。
遊びに来てくれたの?嬉しいな。
ほらクラリス、二人が遊びに来てくれたよ。
<こんにちは>
ふふ。すごいでしょう?お父さんが作ってくれた世界で一つのお人形。
近々さらに会話できるようにしてくれるんだって!楽しみだなぁ。
二人にも私にとってクラリスみたいな友達が出来るといいね。
きっと毎日が楽しくなるよ!ね、クラリス!
<はい。楽しみです>
あー、早く病気治して二人とクラリスもいれて一緒に外で遊びたい!
最近はお父さん、なっちゃんときーちゃんのお父さんとお仕事ばっかなんだもん。
あんどーるとかあにまるでーたがすごいのもわかるけど、さみしいなぁ・・・
ごほっ、けほっ、ごめんね。すこ…しからだひや…した……
なっ…ちゃ………
途切れ途切れに夢が終わり、眩しい朝日が目に染み込んだ時点で籠鳥那岐の寝起きは最悪だった。
懐かしい夢だった。扇動岐路の娘である扇動涼香の思い出が再生されていた。
親の仕事関係で知り合いになった二人、一人は人生最大汚点でもう一人はこの世からいなくなった。
少し年上の病弱な彼女。性格は明るかった、クラリスのことも大事にしていた。
なのに何故あの事件は起きてしまったのだろうか。そして父親は何故娘の殺人者と共に姿を消したのか。
籠鳥那岐は全てを知りたかった。そしてこの手でクラリスを始末したいと思っている。
増加するアニマルデータの影に扇動岐路とクラリスがいる。そのために努力した。
誰にも認められる南のエリアボスとして、事件の真相を追える立場を手に入れた。
しかし籠鳥那岐自身も気付かないミスがあった。彼は致命的に自分しか基本信じない。
そのため友人と呼べる存在が片手で数えられるほどしかない。
所有しているアンドール、赤い鳥のシュモンはそのため籠鳥那岐に友達が出来るよう気をつかっていた。
その気遣いが最近では籠鳥那岐の疲れに繋がっている。
疲れが表面化し始めた日、籠鳥那岐は東エリアの事務所にいた。
ソファの上で不機嫌そうに座る彼に対し、竜宮健斗は挨拶と同時に大丈夫かと声をかけた。
「なんかすっげー疲れてる顔してるけど?そういえば南エリアってボスと副ボスしかいないんだっけ?」
「ああ。しかし、これくらい問題ない。それより本題に入るぞ」
目頭を押さえながら、籠鳥那岐は持っていた鞄からいくつもの書類をテーブルの上に出す。
そこで竜宮健斗が気になったのは、籠鳥那岐がしている両手の黒グローブである。
いつ見てもその手袋をしており、紙を捲るのも大変そうなのに気にしている様子はない。
まるで常にグローブをしているような慣れがある。
「なぁ、その手袋ってどうしたんだ?」
「…火傷を隠しているだけだ」
見てみるか?と意地悪く微笑む籠鳥那岐に対し、竜宮健斗は首を勢いよく左右に振る。
俺自分が痛いのは平気だけど、他人のは苦手なんだよーと青い顔で言う。
その様子に少し毒気を抜かれた籠鳥那岐は、賢明な判断だと小さく笑う。
セイロンと同じく机に乗っていたシュモンが小さく言った深まる友情、という言葉でその表情も一瞬で消えた。
竜宮健斗のアンドールである青い竜のセイロンが、世話焼きすぎて迷惑じゃないかと呆れたように呟く。
<我は那岐の幸せを願ってるだけだ>
<なら相手の素直じゃない所も考慮してやれよ>
「シュモンは良い奴だなー。那岐もシュモンのこと大事にしてるみたいだし、良いコンビだよな」
「別に。それより今は大会内容統一に向けて会議だ」
照れもせず、いつも通りの鋭い目つきのまま話を進めていく籠鳥那岐。
そのことに気付かない竜宮健斗は、自分が興味ある内容の書類にマークをつけていく。
バトル、障害物、迷路、宝探し、推理対決・・・様々な企画が溢れていた。
特に気になったのは一定の法則を持って逃げる対象物を、推理してアンドールで捕まえる企画。
この企画をもっと洗練できないかと、竜宮健斗はセイロンに相談する。
それとは反対に籠鳥那岐は一切シュモンに相談せず、自分で内容をまとめていく。
「うーん…追うだけじゃなく追われてみるとか?でもなぁ……」
<一発で決着がついてはもったいないから、個数を増やして…>
お互いに云々と話し合いながら、意見を出し合う。
この会議はボスだけと言われたので、崋山優香たち四人は外で二手に分かれて所有者を探している。
瀬戸海里と崋山優香はメンテナンス機械の張り込み、鞍馬蓮実と相川聡史はエリア見回り。
籠鳥那岐に言われた基本の行動の仕方を、とりあえずやってみようということで行動している。
「旗を三本用意して!アンドールが取りに行って、俺達に届ける!二本手に取った方が勝ち!」
「団体戦の時は数と旗の種類を増やしてポイント制にするか…場所は子供では届かない細い所や高い所がいいな」
楽しそうに話す竜宮健斗に合わせ、籠鳥那岐が頷いて膨らませていく。
名前はどうしようかとはしゃぐ竜宮健斗は、セイロンに聞いてみる。
<旗取り合戦……フラッグウォーズはどうだ?>
「おお、なんか英語使っててカッコいい!!」
英語=カッコイイという思考の竜宮健斗は、大賛成と言わんばかりに単語を噛み締める。
そして期待のこもった目で籠鳥那岐を見る。淡々とした反応で仮採用と言われる。
「ではその路線で会長に進言しよう。……はぁ」
珍しく溜め息をついた籠鳥那岐に対し、竜宮健斗はソファで仮眠取ったらどうだと提案する。
いやいいと言う那岐だったが、その言葉を無視して小さな毛布を棚から取り出す。
クッションを頭の位置に置き、完璧と言わんばかりに笑顔満面に胸を張る。
「……一時間だけ休ませてもらう」
「応!おやすみ」
籠鳥那岐は横になった瞬間、すぐ眠りに落ちた。
黒のグローブ下は火傷の痕。
手首まで真っ赤になった皮膚が痛々しい。
日本に火葬という習慣がなかったら、籠鳥那岐の手は火傷しなかった。
扇動涼香の葬式の時、燃え盛る火の中に手を入れた。
死んだことが信じられなくて、燃やさないでと必死に泣きながら手を伸ばした。
病弱でも明るかった彼女。
クラリスという友達を大切にしていた彼女。
自分のことをなっちゃんと優しく呼んでくれた彼女。
淡い初恋の彼女。
友達に殺された彼女。
全てが火に燃やされて、残骸しか残らない気がした。
思い出はたくさんあるのに、煮え切らない感情がクラリスへと向かっていく。
シュモンを手に入れて、アニマルデータが偶然インストールされた時は運命だと思った。
クラリスの始末と謎の追求、それが全てだと感じた。
最初のアニマルデータ報告の三件の内、一件は籠鳥那岐だった。
その要因すら那岐自身は運命だと思い、死んだ扇動涼香のために行動した。
アニマルデータを追えば、その先にクラリスと扇動岐路がいる。
いざとなれば手を汚すつもりでもいた。火傷で人に見せられない手だ、これ以上汚れてもいいと思った。
しかし最近では、その思いが揺らいでいた。
シュモンが気遣って友情や友達を強調してくる。
御堂霧乃が初のエリアボスになった時から、気を逸らそうとしてくる。
錦山善彦が気安く、しかしエリア副ボスとして多数の雑務をこなして役に立つ。
そして竜宮健斗。明るいところが彼女に少し似ている。
クラリスと扇動岐路しか見えてなかった目に、ずかずかと入ってくる知り合い達。
手を汚してもいい、けどそれでいいのかと自問自答。
疲れていた。とても疲れていた。
エリアボスの仕事より、クラリスと扇動岐路のことを考えるより、答えが出ない自分の感情に疲れていた。
うっすらと目を開けた時、目の前のソファでセイロンとシュモンと他愛ない話をしている竜宮健斗がいた。
少しぼやけた思考の中で、籠鳥那岐は質問する。
「おい…」
「ん?起きたのか?」
「もし………答えが出ないとき、どうしている?」
多分参考にならないだろうなとどこか冷静な頭が片隅にある。
それでも疲れていたから試しに聞いてみた。
竜宮健斗は少し考える仕草をした後、臆面もなく答える。
「俺は馬鹿だから、相談する!優香とか頭良いし、今はセイロンがいるもんな!」
「そう…だ…」
「応!那岐だって一人じゃないんだから、俺達に相談しろよ?」
照れもなく、恥ずかしがることもなく、本音をありのままに言う竜宮健斗の笑顔。
それは寝覚めの頭と目には眩しく、少し不機嫌気味に籠鳥那岐は起きる。
小さいながらも確実に聞こえる音量で籠鳥那岐は呟く。
「馬鹿に相談してもな…」
「お、応ぅ…でも聞くだけなら俺でも出来るぜ?」
「……ふっ、冗談だ」
少し笑いながら、籠鳥那岐はシュモンを呼ぶ。
そろそろ電車に乗らないと南エリアに帰るのが遅くなる時間になっていた。
ドアまで見送る竜宮健斗に対し、籠鳥那岐は少しスッキリした顔で言う。
「お前が馬鹿でよかった。またな」
いつもは鋭い目つきが少し柔らかくなっており、シュモンは目を丸くする。
しかしそのことに気付かない竜宮健斗はまたなー、と手を振る。
駅に続く道で籠鳥那岐は、初めての試みに対し静かに深呼吸する。
「シュモン。帰ったら相談してもいいか?」
<……ああ。もちろんだ>
少し驚いたような、しかし嬉しそうなシュモン。
夕日が赤いシュモンを更に濃く映し、燃え盛るようだった。