さよなら●●●●
「ねぇ、セイロン…この体が最後だから、貴方に言いたいことがあるの」
「はい。俺も折角の最後なので言いたことあります」
「じゃあ妾から…実はね初めてなの…こんなに家族以外で人を好きになったこと」
「…はい」
「でも女王だから…国民に対して公平でなくちゃいけないから…もしも、もしも未来で女王のとしての責務負えたら…」
「はい」
「…………その人に好きっていうの。愛してるって。ふふ、今一番近くにいる人よ」
「素敵な夢ですね。では俺も…」
「ええ、なにかしら?」
「俺もこんなに人を恋しいと思ったのは初めてなんです。でもその人は俺にとって手の届かない人だから…」
「ええ」
「だから、もし手が届く人になったら…一生をかけて愛することを誓います。実は今一番近くにいる人のことなんですよ」
「あらじゃあ、妾達おそろいね…ふふふ、あははは!」
「ええ。お揃いです、はははは」
笑い合って、目線が合って見つめ合い、顔が近くなる。
しかし触れるか触れないかの距離で二人は動きを止める。
「口づけも女王の責務を終えたら」
「ええ。俺も手が届くようになったら…」
そして二人は手を握り、肩を寄せ合う。
お互い寄りかかるように頭を預け、目を閉じる。
「おやすみなさい、セイロン。また会いましょう」
「クラリスも良い夢を…おやすみなさい」
竜宮健斗の目の前がテレビの砂嵐のように乱れていく。
寄り添う二人の光景は霞んでいき、段々暗闇に覆われていく。
そしてその暗闇の中に両手で顔を覆う青年がいた。
地面に跪き、苦悩するような体勢でいる。
「…全部思い出した。本当に全部…」
「セイロン…」
「どれだけ彼女を愛していたか…恐れ多くも…抱きしめたいと…思っていた…けど」
少し間が空いて、セイロンは両手を顔から離す。
その目は狂気と苦悩に満ちていて、先程クラリスと話していた好青年の影はどこにもなかった。
「この…体じゃ、ぬいぐるみの体じゃ…ロボットじゃ…意味がないなんて、な…」
セイロンの体が青年の体から青い竜のアンドールの姿に変わる。
しかしすぐに青年の体に戻る。その顔をまた両手が覆っている。
いつも竜宮健斗を励ましてくれていたセイロンはそこにはいなかった。
「しかも彼女は…クラリスは…早く体を手に入れないと…死、死んで…俺の手の届かない所に行ってしまう」
「…」
「まだ愛しているとも、口づけも、あの時約束したこと全て!!終わってなんかいないのに!!希望ある未来に来たはずなのに!!!」
雄叫びにしてはあまりにも悲痛な金切り声。
血の涙を流しそうな程の苦しみと辛さがそこに込められている。
竜宮健斗はその声をただ黙って聞いていた。
「うぅ、ああああ、ああああああああああ!!!ああああああああああ!!!あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
地面を拳で叩き、それに飽きたらず頭も打ち付け始める。
血が流れても、涙が零れても、止まることない行為。
セイロンは今苦しんでいる、体を手に入れるには…目の前にいる竜宮健斗を、友達を自分の代わりにアンドールの体にすること。
死んで生き返ったという特殊な事情を受け入れて、生きてていいと言ってくれた少年を同じ目に合わせること。
しかも体の交換はセイロンの決定のみで行われる。竜宮健斗に拒否権はない。
「…俺は…俺は…お前を…健斗を…彼女が、クラリスが…待って…俺は…」
単語を少しずつ吐き出しながら竜宮健斗に近づいていくる。
その両腕は針金が通ったかのように真っ直ぐに伸び、手は何かを握るような形を作っている。
まるで木の棒、いや子供の首を掴むかのような形をしている。
竜宮健斗はその場から動かず、セイロンが近づいてくるのをただ見ていた。
セイロンの両手が竜宮健斗の首に触れる。温度のない手が、指が動いて少しずつ力が入っていく。
「セイロン、俺見たよ…お前の記憶。だから言うよ。後悔はないんだな?」
「…っ!?」
「後悔がないなら俺の首を絞めて、体を奪えばいい!でも決めるのはお前だ、セイロン!!過去の記憶、そして俺との記憶全部合わせて…後悔はないなっ!!?」
首を締めようとした手が震える。
セイロンは息を荒げて怯えた顔をするが、その首から手を離さない。
竜宮健斗は負けないように、間違えないように自分の心をぶつける。
「俺はセイロンが決めたのなら…友達が決めたのなら、アンドールの体になってもいいよ。臓器移植みたいなもんだろうし、怖くないと言えば嘘になるけどさ…」
「っは、ぁ…は…はっ…」
「でも少しでもセイロンが後悔するなら俺は体を渡すことは出来ない!!セイロン、本当の気持ちは、心は間違えるなっ!!」
「ぅぁあ…あ…」
「…さぁ、セイロン決めろ。俺は…俺は平気だから」
目の前にある子供の首。
セイロンなら少し力を込めればすぐに折れるであろう首。
竜宮健斗が目を閉じた今、全てを決めるのはセイロンの意思である。
大切な友達をとるか、愛おしい女性をとるか…両天秤にセイロンは片方の皿を傾ける。
首に触れる、その手に力がこもった。
クラリスと恋バナをしていた崋山優香は、静かに立ち上がろうとしている竜宮健斗の姿を視界に入れた。
それに気付いたクラリスも会話を止めて、立ち上がった竜宮健斗を見つめる。
もし体の中にいるのがセイロンだったらクラリスの勝ち。崋山優香の体を手に入れる。
逆に竜宮健斗本人だったら崋山優香の勝ち。クラリスの体を好きに出来る。
二人は緊張して立ち上がった竜宮健斗を見る。
頭にかぶっていた帽子が落ちる、崋山優香が前に渡した帽子。
静かにその口が開いていく。
「優香。ただいま」
長い時間を旅していたような錯覚。
帰ってきたのは、体の中にいたのは竜宮健斗本人だった。
セイロンは青い竜のアンドールの中に戻り、その体を起き上がらせる。
人ではない体、ロボットの体…愛おしい人も抱けない体。
それでも自分の選択に迷いはなかったと言えば嘘になる。でも気分は清々しかった。
崋山優香が涙を目に溜めて立ち上がり、竜宮健斗に駆け寄っていく。
竜宮健斗は落とした帽子をかぶり直しながら、突進してきた体を受け止める。
昔からの付き合いである幼馴染、ずっと我慢していた不安が爆発して大泣きする。
「馬鹿ぁああああ…ケン、ケンの大馬鹿ぁああああ」
「あははは。ごめんごめん…待っててくれて、ありがとうな」
クラリスは自分が負けたことを悔しがりつつも、どこか安堵していた。
人知れずに近づいてきた青い竜のアンドール、セイロンに西洋人形の顔で微笑む。
<セイロン…私の負け。決め手はなんだったのかしら?>
<…俺達は希望ある未来を目指した。しかしそれは子供の体を奪ってまで手に入れる未来だったのか…俺は違うと思った>
<…そうね。私は確かに希望ある未来を目指そうと、国民達を勇気づけた…それが敗因なんて、逆に嬉しいわ>
クラリスはロボットとしての体の内部、コンピューターや駆動部分を火花散らせながらも思い出す。
絶望の中、国民達が生きていけるように、希望を見られるように放った言の葉。
その葉は長い年月が経った今でも枯れずに、生い茂らせる。そして実りをつけて、芽吹いていく。
時計台の中、倒れていた子供達が次々に起き上がる。
誰もが長い旅をしていたかのように呆けている。中には眠っている内に涙を流していた者もいる。
しかしどの子供も同じ体であることを確認して歓喜し、近くにいる者と喜びあう。
扇動岐路も目を覚ました扇動美鈴がお父さんと呼んでくれたことに、涙してその体を強く抱きしめる。
<…そう、アタシ達は大人になれなかった。だからって、昔世話してた子と同い年くらいの子供の体を奪う気なんて起きないよ>
「サ、ンキ…?あなた、データが…え?」
<老いない体もまた一興。新しい人生を始めるのに…友の体を奪うとは無粋でおじゃろう>
「タマモ!?…記憶見ていたとはいえ…本当にその口調が素なんだ…」
今までは機械的な喋り方をしていたアニマルデータ達。
クロスシンクロによる記憶再生により、不完全だった部分が埋められセイロン達と同じように流暢に話し始める。
そして誰もが希望ある未来を夢見たことを思い出し、その希望を信じて体を奪わなかった。
迷った者もいた、苦悩した者もいた、泣いた者もいた、それでも遥か過去の尊敬する女王の言葉を思い出した。
まだ幼くも威厳ある姿で一億の民を希望ある未来に導いた女王の言葉を。
<…セイロン、もう最後だから…本当に最後だから…>
<クラリス…>
<私は消失文明の女王クラリス。我が愛する国民よ…希望ある未来を…守って…他の民もこの未来へと目覚めさせなさい>
クラリスは最後まで女王であることを決心した。
だからあの時約束した言葉は言わない。一番近くにいる愛おしい相手はそれを理解した。
セイロンは少しずつクラリスの内部にあるCPUの稼働音が小さくなっていくことを感じ、その顔にアンドールである顔を近づける。
<我が愛する女王よ…最後に御無礼を承知で…>
青い竜が西洋人形のように美しい少女に触れるだけの口づけをする。
温度もない、柔らかい肌もない、形も違う唇同士の触れ合い。
しかしセイロンは心という感覚で、充実感と幸せな温度を感じていた。
クラリスも同様に心で感じて、そして最後に微笑む。
<…そっか…人間同士じゃなくても…壊れた体でも…心があれば関係ないのね…私、妾は…誤解し…のかもね…でも…>
<…>
<今…と…ても幸せ…………セ…ロン………あり……とう…>
もしこれが童話なら、奇跡が起きたのかもしれない。
時計台の最上階、壊れた人形のお姫様、元青年の青い竜と口づけをする。
童話として申し分のない場面だった。しかしこれは紛れもない現実だった。
クラリスの体からはもう稼働音はしない。指一本すら動かず、アニマルデータが入っているCPUも黒く焦げている。
時計台の最上階、消失文明の幼い女王様、愛しい者の口づけと同時に永遠の眠りにつく。二度と目を覚まさない、永遠の眠りに。
<さよならクラリス>
青い竜であるアンドールの体は涙を流さない。
しかし心が涙を流していく。起き上がった子供達はその光景を静かに見守る。
こうして長いアニマルデータとクラリスを巡る物語は終わりを迎えた。




