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アイドルバスター

「ではでは外見アイドルことラスボス御堂霧乃ちゃんいっきまーす!」


やる気のない声のままバズーカ砲の形した投網機を構えている御堂霧乃。

発射されるのは投網で、あっさりと引っかかった北エリアメンバーが網に捕らわれる。

それを乗り越えて南エリアメンバーが部屋に入った途端、一言物申したいくらいの大きさである水鉄砲を向けられる。


「善彦!」

「へっぶっばぁっ!?」


籠鳥那岐を含めた四人は錦山善彦を盾にする。

瞬時の判断とは思えない身速さと非情な判断。

四階へ向かう階段の前に佇んでいる御堂霧乃は舌打ちをする。


「おいおいなっちゃん濡れ濡れ大作戦無下にするなよー」

「本気で黙れ人生最大汚点!」

「ちょ、俺濡れ損!?てかあんさんら全員鬼か!?」

「さすが副ボス!あっははは!」

「やるじゃないか、副ボス!ふんっ」

「ぐす…やっと役に立った」


御堂霧乃は指で鉄砲を作るジェスチャーをする。

そして口で発砲音を告げる。

すると錦山善彦が本当に撃たれたように体勢を崩す。

そのまま倒れた所に今度は二丁の水鉄砲が向けられる。


「善彦!」

「いや、ああやられたら空気読まんと!!なんか体が条件反射レベルで動いてしもうたんや!!」

『役立たず!!』

「ああ、三つ子に声揃えられてなじられるのきっつ!!」


錦山善彦を置いて四人は部屋中に逃げていく。

しかし三つ子は固まって動いているので、あっという間に的にされる。


「二葉…」

「ふぎゃぁっ!!てめ、三月…」

「次一哉」

「おっぷぅっ!?つ、つめてー」


兄達を盾にしながら三月は水を避けていく。

しかしすぐに水がかかってしまい、服が大きく濡れる。


「甘いぜお嬢ちゃん、さーてなっちゃんあと一人…」


そう言って振り向いた時には籠鳥那岐は真後ろまで接近していた。

片腕で水鉄砲を一つ奪い、もう一つは足で上へと飛ばす。

奪い取った水鉄砲を器用に手の中で回し、発射口を御堂霧乃の顔面へと向ける。


「甘いぜお嬢さん」

「…かっけーじゃねぇの、なっちゃん。惚れちまいそうだぜ、嘘だけど」


言うや否や御堂霧乃はポケットに忍び込ませていた小さな水鉄砲を取り出し引き金を引く。

すぐさま籠鳥那岐はその水弾丸を避け、数歩後ろに下がる。

お互いに水が届かない射程範囲外へと移動していく。


その様を網から抜け出した北エリアが呆然と見つめていた。


「なんだ、この展開…」

「うむいわゆる荒野のガンマンが撃ち争うごとくの緊迫感をこの現代日本において再現をしているのだな!」

「スタイリッシュ水鉄砲みたいな予感」

「うん、悠真くんの意見が一番的得てるね」


これが二階で仁寅律音が窓から落ちようとしている時間帯の出来事である。





階段を上りつつ竜宮健斗達は話していく。

さすがに二階の件もあり、また階段が長いためゆっくりとしたスペースで歩いている。


「律音は聡史よりいろいろ知ってんだよな?」

「むしろ彼は何も知らないレベルだよ。正直あのミュージックプレイヤー持ってるだけだし」

「うぐぅっ!」


鞍馬蓮実の背中で蛙が潰れたような声を出す相川聡史。

今は筋金太郎と交代で背負われている。二人は体力があるが人を背負うのは体力がいる。

むしろ体力がない凛道都子と瀬戸海里が少し遅れている。

その二人に野次を飛ばしつつ見守ってくれている袋桐麻耶と応援する葛西神楽。

崋山優香は竜宮健斗の無茶に慣れているので、意外と体力がある。


「シンクロ現象のこと聞いていたとはいえ、僕は体験したことないからどんな感じか分からないなぁ」

「…え?でも律音いつも上位入賞…」

<悪いが、シンクロ現象をしたことないし、あれは本気だしてねぇよ。手加減して感情観察してたしな>

<なん…と…>


その場の視線が仁寅律音に集まる。

シンクロ現象がなければ合同エリア大会で一位になっていたかもしれない仁寅律音。

東エリア大会の時も相川聡史を抑えて二位入賞している。

相川聡史は開いた口が塞がらない。リスク冒してまでシンクロ現象して負けた自分は一体と悩む。


「僕がシラハとシンクロ出来るように見える?そんなことしなくても生活に支障はないし」

「いや、うん…なんだろう。シンクロ現象って結構重要内容なはずなんだけどなぁ…」

「それはそうだろうね。クラリスも言ってたけどシンクロ現象は人間の体乗っ取るのに必要だしね」



「え?」



あっさりと重大なことを言う仁寅律音に誰ともなく間抜けな声を出す。

しかし仁寅律音は常識を言ったような態度で、そのまま進もうとするので急いで問う。


「乗っ取りぃ!?ちょ、今の全然知らないっつうか、詳しくぅうううう!!」

「そうだそうだ律音…さん!詳しく!」

<かーぐらぁー、四字熟語ー>

「…あ、そっか。今のはクラリスの計画だから君達は知ること出来なかったのか」

「おいぃいい!?こいつうっかりな感じで重大なこと流そうとしたぞ!」


仁寅律音は手摺りに寄りかかり、どこから話そうかと考えてる。

呑気にしている時間はないが、今の言葉を流すことは出来ない。


「そのミュージックプレイヤーに入ってる曲名」

「俺が見た時はANDOLL*ACTTIONってあったけど」

「僕はその曲のヴァイオリン演奏しているんだ。少しでも完成形に近づけるためらしいけど」

<六人の魔女が作り出した魔曲と言っていた…その曲は意図的にシンクロ現象を引き起こさせるらしい>


曲名はクラリスが名付けた。

他文明に吸収された楽譜から再現したアニマルデータに作用するシステム。

六つの楽器とメロディー、そして鐘の音で構成される壮大な曲。

一つだけでは人の心震わせる程度だが、全て揃った時にシステムとして完成する。

軽度のシンクロ現象から、重度のシンクロ現象、その向こう側の事象も引き起こす。

この曲はアニマルデータがシステムエッグから生産されると同時に生み出された。

もし人間以外の体に入ってしまった時、人間の体に入る方法として。

魂を入れ替えるシステム。体を交換するシステム。そのためクラリスはその事象にも名前を名付けた。


クロスシンクロ。


交差する同調により、アニマルデータは人の体に入る。

その代り元の体に魂があった場合は、交換する形となる。

交換の際にはアニマルデータではなかった魂もアニマルデータに構築される。


「例えば涼香さんのデータを誰かの体に入れるのも、そのシステムを使う予定だよ」

「まじかよ、それじゃあ美鈴は…」

「ん?でも律音はなんで今さ、誰かの体って言ってんだ?美鈴以外にも候補があるのか?」

「健斗の言う通り。扇動博士、霧乃、クラリスの三人それぞれ違う体を用意してるよ」


扇動岐路が扇動美鈴の体を使うことは確定している。

しかし御堂霧乃、クラリスは他の体を考えている。

新しい情報に全員が飛びつく。仁寅律音にどの体を使うのかと聞く。








「クラリスは無難にロボットの体。霧乃は……………自分の体に入れるつもりなんだよ」





平然と言われた言葉に、衝撃が少し遅れてやってくる。

あまりにも仁寅律音が普通のことのように言ったので反応が遅れたのだ。

御堂霧乃は自分の体に扇動涼香の魂を入れる。それは御堂霧乃がアニマルデータとして人間ではない体に入るということ。


「霧乃は多分クラリスが用意した体に入るんじゃない?確かあのロボットは色んな天才のデータを集めて作ったとか言ってたし…」

「いやいやいや!!問題そこじゃないだろう!!霧乃は自分を犠牲に…」

「…そんな高尚な物じゃないと思うよ。彼女がその話する時、息を荒げて悦に入ってたし…」


ますます分からなくなる御堂霧乃の思考に、全員がとりあえず上に急ごうかと焦り始めた。




「なっちゃんはシンクロできっからな…アンドール同士の勝負じゃアタシの分が悪いんだよねぇ」

「する気はない。これから扇動博士も始末しなきゃいけないしな」


お互いに距離を詰めつつ、水鉄砲を構える。

錦山善彦は起き上がって、三つ子を手招きする。

そして小さく耳打ちし、今度は北エリアメンバーを手招きする。


「ええか、あんさんらは俺らを影にして次の階へ向かうんや…」

「濡れて戦力半減だと笑い者だしな」

「ぐすっ…屍を超えていくのね…私達の…」

「死んでねーよ」


そう北エリアに計画を立てると同時に行動する。

錦山善彦と三つ子が走り出す、その影に隠れるように北エリアメンバーが走り出す。

走る姿を確認した籠鳥那岐が、止まれと大声を出す。

その隙を突いて御堂霧乃が距離を一気に縮め、額に水鉄砲の銃口を突きつける。

踵落としするように足を高く上げ、水鉄砲を蹴り飛ばす。


声に反応した錦山善彦達が止まると同時に、階段の上から黒いタールが零れてくる。

見れば四階へと向かう途中の段にバケツがいくつもあり、リスのアンドールであるリスリズがひっくり返している。

更にリスリズはマッチ箱を抱えている。


「うげっ、燃やす気満々!?ちょ、やりすぎやろ!!」

「はっははー!外見アイドル霧乃ちゃんの策がその程度と思うか似非関西弁くん」


誰が似非やー、と叫んで近づこうとしている錦山善彦の視界に映る御堂霧乃の右手。

それは小型家庭用打ち上げ花火、もちろん人に向けてはいけない物。

しかし明らかに発射口が錦山善彦に向かっており、左手には火をつけるためのライター。

挑発されたと気付く時には既に導火線に火がついていた。


「ちょちょちょぉおおおおおお!!さすがにそれは洒落になら…」

「たーまぁあやぁ…!?」


あと少しで花火が出る所で後ろから大量の水がかけられる。

見れば籠鳥那岐が部屋の隅でビニールシートに隠していた水道とホースを向けている。

御堂霧乃は小さく舌打ちし、使えなくなった花火を放り投げる。


「なっちゃぁあん?アタシみたいな美少女を濡れ濡れのぐちょぐちょなんてやらしいなぁ、このむっつりくんめ★」

「黙れ。おい、北。こいつは俺が足止めしとくからお前達は上れ」

「タールとマッチは…」

「問題ない。シュモン」


声と共に音もなく飛んでいたシュモンがリスリズの胴体を掴み、階段から距離を取る。

空中でその体を放し、マッチ箱を落としたところでもう一回掴む。

落ちてきたマッチ箱は片腕に持っていた水鉄砲で湿らせ使えなくする。

鮮やかな手並みに誰ともなく拍手をする。


「善彦、お前がホースの水でタールを落とし、北が上りやすいようにしろ」

「わ、わかった!」

「なっちゃん少しイケメンすぎんじゃね?まるでアタシの考え全て分かるみたいな…」

「お前のふざけた考えなんて長年の腐った付き合いで知り尽くしてんだよ」


そう言ってまた部屋の片隅にあるビニールシートを取り剥す。

寝台のような機械にネットケーブルが繋がれている。

稼働中らしく機械音を小さく発している。


「彼女のデータ…自分の体に入れるつもりなんだろう?」

「はぁっ!?それって自分が死ぬということやないか!?」

「ま、まさか自己犠牲!?」

「そうか死なせた責任を…」

「美しくて高潔な感じ…でも悲しい、ぐすっ」




「そんな綺麗な話だったら苦労はいらないんだよ、この奇知外に」




物凄く嫌そうな、まるで汚物や吐瀉物を眺めるような目で籠鳥那岐は御堂霧乃を睨む。

御堂霧乃は濡れた髪をかき上げて色っぽい表情をする。

上っている最中の北エリアメンバーにその会話は聞こえない。

だから反応できるのは錦山善彦達だけだった。


「いいか、この女はもし美鈴に彼女が入ったら子作りとかして既成事実を作ろうかなーとか夕飯考えるノリで考える女だぞ」

「え?」

「むしろ美鈴の体じゃ満足できなさそうだから性転換と美容整形しかねないぞ。生前の顔を再現とか図工のノリで」

「は?」

「さらに言えばもう彼女と言う存在だけでご飯三杯は食うぞ、軽いおかず程度に」

「へ?」

「ここからは予感だが彼女の遺品とか遺体の一部すくねてるんじゃないかと疑うくらいだ」

「うぇ」


「いやー、さすがなっちゃん!まさかそこまでアタシを理解してたなんて驚きで賞賛しちゃうわー」


籠鳥那岐の意見全てを肯定した御堂霧乃に、錦山善彦達は距離どころが絶壁を感じる。

もう走れば済むとかの問題ではなく、立っている場所の高さが違いすぎるのだ、もちろん悪い意味で。

ちなみに遺品は頑張ったけど無理だったよー、と無邪気に悲しそうに補足する御堂霧乃。

しかしいつもの軽いノリの会話でさえ錦山善彦達にとって次元が違うように感じられた。


「え、でもそれやとなんで自分の体に涼香さんとやらの魂いれるんや?」


籠鳥那岐は今までにない渋い顔を作り、言うのも厭うという調子で重々しく口を開く。






「肉体と魂という単位で彼女と一つになれることに快感を感じている、違うか?」

「せいかーい★だってさぁ、はぁ、ん、まじ涼姉の魂がアタシの体に入って生活するなんて、あぁん、もう、たまらないっ!!」




導き出された答えに快感を感じ、御堂霧乃は身悶えながら顔を赤らめて恍惚そうに言う。

その様子があまりにも異様すぎて錦山善彦達は声も出ない。

まだ長い付き合いのおかげで免疫のある籠鳥那岐が眉間に多くの皺を作るだけで済んでいる。


「…最低や」

「だから言っただろうが。こいつはこういう奴なんだと…」

「ひっでーなぁ!アタシはアンタらのとーちゃんかーちゃんすら叶えること出来なかった一つになるを実証するだけだよん☆」


伊藤三つ子は既に話について行けず、二人の背中に隠れるようにして呆けている。

錦山善彦は笑うことも出来ず、単純に昔からの付き合いじゃなくてよかったと痛感している。


「男と女が抱き合って一つになるっつっても、魂と肉体、どちらも二つずつ!錯覚だとアタシは思うわけよ、超不完全みたいな?」

「もういい。黙れ」

「やーだ★でもこの外見美少女御堂霧乃ちゃんの中に女神のごとき扇動涼香が入る!肉体と魂が一つずつでまさに完全!でも二人は確かに混じりあうの!」

「黙れ」

「すねんなよ、なっちゃん☆涼姉が蘇えるんだ、なっちゃんだって嬉し…」

「ふざけんなっ!自分で殺しといてベラベラと不快なことばっかり述べやがって!!」


声を荒げた籠鳥那岐に、御堂霧乃は笑顔を固まらせる。

しかしすぐに他の笑顔に切り替える。意地の悪そうな企み顔。


「アッタシじゃなーいもん。クラリスがやったこと。アタシは依頼者☆」


その言葉に籠鳥那岐の中で小さく何かが切れた音がした。

近くにあった機材の余りであろう鉄パイプを手に取り、壁に向かって叩き付ける。

曲がるどころが折れた破片が御堂霧乃の顔の横を掠め、後ろの壁にぶつかって金属音を室内に反射させる。

錦山善彦が少しずつ三つ子を連れて籠鳥那岐から離れる。

本気の怒りの中でも、今まで見たことない激怒を超す程の怒り。

悪鬼を思わせるような形相が浮かぶ。


「なっちゃん、は?え、もしかして…激おこぷんぷんまっ…!?」


戸惑いを見せた御堂霧乃の顔の中心を狙うような、突き。

すぐさま避けるが、第二撃、三撃が縦横無尽に襲い掛かってくる。

笑顔を保つことが出来なくなった御堂霧乃は部屋中を全力で逃げる。

その際に機材を壊されないよう、細心の注意を払う。





そこへやっと上ってこれた竜宮健斗達が状況が分からずに階段の手前で立ち止まる。


「え、那岐!?な、なんか人殺しそうな顔してるんだけどっ!?」

「霧乃ちゃんが余裕ない表情するほど…怒ってるみたい」

<止めてくれるな。霧乃は那岐の堪忍袋の緒を自ら切ったのだ>

「シュモン!?どういうこと?」

<那岐はああ見えて忍耐力が強いのだが…扇動涼香の死に関して霧乃が無神経な発言をしたのだ>


そこまで聞いた時、機械が大きく壊れる音がする。

籠鳥那岐が鉄パイプだけで寝台のような機械を二つ折りのようにひん曲げた。

しかし衝撃は籠鳥那岐の腕にも伝わり、鉄パイプを床に落とし黒手袋している手の指が曲がらないことを確認している。

ひん曲がった寝台を足で蹴り、鋭い視線で御堂霧乃を見据える。

悔しそうな表情に溜飲を下げたのか、冷静な声が口から出てくる。


「これでお前の体に彼女は入らない。お前の薄汚い計画はもう終わりだ」

「…っ、く」


下唇を歯で噛み締め、血を流す御堂霧乃。

その眼は憎悪で力強く光る。睨み合う二人に仁寅律音が不可解そうな声で言う。







「その寝台、確かマッサージベットなだけでインストール方法は別なはずだけど」






沈黙が場を支配した。



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