私の幼馴染がこんなに馬鹿なはずがない
東エリアの事務所内で崋山優香はパソコンに送られているメールのチェックをする。
そこには御堂霧乃や西エリアからの連絡が何通も入っている。
連絡された情報をファイルにまとめ、大会開催予定日には壁に掛けたカレンダーに赤丸をつける。
南エリアには副ボスが現在、ボス以外の仕事もしているらしくメール文面で愚痴られる。
崋山優香は南エリアボスの籠鳥那岐のことを思い出して、確かに人付き合い下手そうと笑う。
セイロンと竜宮健斗は相川聡史とキッドと一緒にエリア内のアニマルデータ探索。
瀬戸海里と鞍馬蓮実は習い事で本日はいない。
机仕事は目が痛いなー、と呟いてソファの方に移動して寝転ぶ。
その上に白兎のアンドールであるラヴィが乗る。
崋山優香のアンドールにはアニマルデータはインストールされていない。
そのため兎のように行動し、声も鳴き声だけである。
「喋るには…バグシステムのアニマルデータが必要かぁ…」
幼馴染の竜宮健斗が楽しそうにセイロンと喋る姿を見て、羨ましく思うときがある。
しかし不完全なデータの場合、まるで機械アナウンスのような話し方しかしない。
また人間らしすぎるアニマルデータでは殺人事件が起こっている。
「……メンテナンス機械からインストールされるんだよね」
独り言を呟き、何もすることがなくなった優香はラヴィを連れて事務所から出る。
目的は隣の施設である遊戯ドーム内に設置されたメンテナンス機械。
試すだけなら悪くないよね、と心の中で言い訳して小走りでドームの入り口を目指した。
メンテナンス機械に繋いでも、メンテナンス画面が通常通りに表示されるだけで何も起こらない。
少し落ち込んだ崋山優香はUSBコードを外し、事務所へと帰ろうとする。
すると近くのメンテナンス機械で慌てている男の子いるのを見つける。
メンテナンス機械のタッチパネル画面が真っ暗で、どうすればいいのか分からないらしい。
「ねぇ君…もしかして故障したの?」
「え!?あ、うん…動かないんだ」
少し気弱そうな少年はUSBコードにつなげた、カブトムシのアンドールを横目で見る。
仕方ないなぁと崋山優香は係員呼んでくるねと言ってその場を離れようとした。
<起動完了。タイプビートル…>
カブトムシのアンドールが機械アナウンスのように話し出し、気弱そうな男の子が目を丸くする。
崋山優香がその時に感じたのは、驚愕と落胆。
アニマルデータ所有者に会えたことよりも、なんで自分ではないのかという気持ちが強かった。
しかしそんな気持ちを振り払い、男の子に事情説明をして急いで竜宮健斗に連絡を入れる。
事務所に共に来てもらい、二人と二匹がやってくるまでにお茶菓子などの用意をして話し相手になった。
走って戻ってきた竜宮健斗を見て、男の子は嬉しそうな声を出す。
「エリアボス!すごい、僕大会見てたよ!!」
「お、応!ありがとうな」
「ぼ、僕は布動俊介、です!その僕のビータは一体…」
腕に抱いている自分のアンドールが喋り始めたことに動揺する布動俊介。
竜宮健斗はエリアボスの役割とアニマルデータについて簡単な説明をする。
エリアボスはエリア内のアニマルデータを管轄する役割であること。
アニマルデータ所有者は事務所にて登録を行って欲しいこと。
登録者はアニマルデータのことを所有者以外に無闇に話してはいけないこと。
そして他のアニマルデータ所有者を見つけたら事務所に伝えて欲しいこと。
「な、なんか秘密の組織みたいでカッコイイ!!」
「秘密じゃねぇけど、カッコイイだろ?というわけで登録よろしくな」
布動俊介は快諾して、登録をしてくれた。
登録自体は竜宮健斗と相川聡史は機械オンチなため、崋山優香が行う。
事務所の連絡先などを伝えて、協力よろしくといって帰す。
布動俊介は了解、と楽しそうに返事して走っていく。
事務所で活動するようになってから三日目。初めての登録者であることを布動俊介は知らなかった。
「やっと一人…全体で百人いるとして、五で割ると二十人かぁ……」
<道は長いな。しかしお手柄だな、優香>
「ありがとうセイロン。考えてみればアニマルデータがインストールされるのはメンテナンス機械接続時だけなのね」
そこで相川聡史が何かに気付いたような顔をする。
その気付いたことについてキッドが口に出す。
<つまり…ドーム内のメンテナンス機械張り込みすればいいんじゃないか?>
事務所で活動するようになって三日目。
何故それにもっと早く誰か気付かなかったのかと、行動し続けていた全員が後悔した。
南エリア事務所内にて、パソコン前で苦悩する少年が一人。
室内には少年を除いて二人。
籠鳥那岐がソファの上でくつろぎながらお菓子を食べ散らかす御堂霧乃を見て、少年に対して鋭い視線を向ける。
お前の視線で殺されそうやなー、とか考えながら少年は弁解しようと口開く。
その前に籠鳥那岐から一言。
「錦山善彦」
「…あー、はい。すんません……だからフルネーム呼び止めてーなー。鳥肌立ったわ」
呼ばれた名前から感じる殺意により、謝る必要はないが謝ってしまう。
御堂霧乃はそんな二人のやりとりも気にせず、籠鳥那岐に対していつもの挨拶をする。
「うぃーす。会長代理が女子力高めなゴスロリ衣装でわざわざ訪ねてきちゃったり?男ならワクドキ展開だろう?」
「帰れ」
スカートの裾をあげたり、セクシーポーズをとる御堂霧乃に対して籠鳥那岐は一切の優しさを捨てて斬り捨てる。
籠鳥那岐の肩に止まっている赤い鳥のアンドールであるシュモンは、ふむ愛らしいと感想を言う。
そんなシュモンに対して籠鳥那岐は余計な事を言うなと視線で訴える。
どこの芸人だよと小さく呟いた錦山善彦に対しても、視線で黙れと命令する。
「ちっ、幼馴染の違う一面に対してドキッとしないとは男としての機能死んでんじゃね?」
「俺の人生最大汚点はお前と知り合いだということだ」
「そんじゃー、錦山。どうよ、この格好?」
「あっ、こっちに振る?あえて言うなら外見だけは美少女や」
錦山善彦は床の上に散らかったお菓子袋やカスを見て、苦笑いで答える。
しかし御堂霧乃は美少女ということだけを強調して、ほら見ろーと言う。
籠鳥那岐は用件言ってさっさと帰れととりつくしまは作らない。
「ほいほいっと。実はさー、大会内容を統一する案がいくつかあるから、東と相談して決めたい」
「それくらいメールで済ませろ」
「一応機密文書扱いだから。分かるだろー、なっちゃん?」
呼ばれたあだ名に対して籠鳥那岐は今までにない鋭い目つきで御堂霧乃を睨む。
御堂霧乃自体は全く気にせず、近くにいた錦山善彦が冷や汗をかいている。
そこにパソコンからメール着信の音が呼び出しベルのように鳴った。
「……あー。ボス、東エリアからメールきたでー」
「じゃ、アタシは今日は帰ってあげるから、内容統一の件よろしくー」
「わかった」
御堂霧乃の背中が扉で見えなくなるまで、睨み続けた籠鳥那岐。
シュモンの友達は大切に…という一言を聞き流して、パソコンの前にいく。
近付いてきたその顔を見て、錦山善彦は般若が刃物を持って近付いてくる気分だった。
そして開封されたメールには、打ち間違いだらけのメール。
送信者は東エリアボスである竜宮健斗。崋山優香だったらこんな初歩的なミスはしない。
書かれている内容は簡単だった。
メンテナンス機械に張り込みしたら完璧だと思う。
だからこれからは張り込み作戦でいきたいと思うんだけど、どうかな?
その内容に籠鳥那岐は目頭を押さえて、偏頭痛の気配を和らげようとする。
返したメールもまた簡単なもの。
それは既存所有者が特定できない。
東エリアは人数が多いのだから、二手に分かれて行動しろ。
近々大会内容に関してそちらに行く予定があるから、その時に基本行動を教える。
南エリアには現在、ボスと副ボスしかいない。
副ボスである錦山善彦は兼マネージャーということもあり、ほぼ事務所に缶詰状態。
つまりはボスである籠鳥那岐が、所有者特定や大会参加をほぼ請け負っている状態である。
そろそろ過労で倒れるんじゃないかと、子供らしくない思考で籠鳥那岐は舌打ちをした。
返ってきたメールを見て、竜宮健斗はさすがだなーと感嘆する。
同い年とは思えない迅速な判断と的確な指示。
相川聡史は俺は気付いてたけどね、と顔を逸らしながら威張る。
崋山優香はそんな相川聡史に対してはいはいと適当に相槌を打ちながら、メールにて来訪予定日などを決めている。
「んじゃー。今日は俺がエリア見回ってみるから聡史はメンテナンス機械でいい?」
「歩き回るの疲れたし、別にいいけど」
面倒そうにしながらも了承した相川聡史は、先に扉から出て行く。
足音が遠ざかっていくのを聞きながら、竜宮健斗は幼馴染に問う。
「優香もアニマルデータ欲しい?」
「っ、ちょっちょっとだけよ…駄目だったけど……」
「俺はさ、その、優香にはアニマルデータ持って欲しくないかな」
「なんでよ?」
キーを打つ手を止めて、横目で竜宮健斗の顔を見る。
竜宮健斗は少し困ったような顔をして、頭から言葉捻るように揺らし始める。
「危ない、かもしれないし、そうじゃないかもしれないけど、守ってやりたい、のかな?」
「私を?」
「俺馬鹿だからいい言葉見つからないけど……うん、そんな感じかな?」
いまだに言葉を見つけようと悩む竜宮健斗の横で、ふーんと崋山優香が声を漏らす。
顔色はいつも通りだが、耳だけが茹でたように真っ赤になっている。
それに気付いたセイロンが小さく、女を泣かすなよ、と予言めいたことを呟いた。
少し気まずくなった崋山優香は、さっさと所有者見つけてきなさいとドアの外へと竜宮健斗を押し出す。
急に追い出された竜宮健斗は訳が分からず、頭にハテナを浮かべつつも歩いていく。
背を向けた扉の内側では、崋山優香が額をドアに当てながら卑怯だわと呟く。
足元でラヴィが擦り寄って、愛らしく首を傾げる。
そして気付く。崋山優香が知っている竜宮健斗は最上級の馬鹿であることを。
先程の言葉には何の深い意味もなく、思ったまま言われたことを。
一人浮かれてしまった事実に、恥ずかしくなり気を紛わせようとパソコンに向かう。
何も考えないように淡々とマネージャー業務をこなしていく姿は、哀愁漂っていた。
「なー、セイロンさっきなんか呟いてたか?」
<ああ。女心に敏感になれと言ったさ>
「オンナゴコロ?心は心だろ?」
<……馬鹿でもいい。阿呆でもいい。間抜けでもいい。だけど大切なことは間違えるなよ>
セイロンはそっと優香に同情し、馬鹿だが憎めない健斗に対して仕方ない奴と苦笑した。
それ以来、崋山優香はアニマルデータ入手について固執しなくなった。






