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彼は父を愛しすぎている

この手紙が読まれない未来があったらいいなと思っています。

でも大好きな気持ちを置いていく準備のため、書いておきます。




色あせた白いマフラーは扇動涼香が扇動岐路から始めて貰ったプレゼントである。

孤児院から引き取ってもらった帰り、寒い冬の日で街はクリスマスの色に輝いている。

白い息が面白くて、何度も息を吐き出していた。それを扇動岐路は寒がっていると思ったらしい。

服屋で好きな物を買っていいと言われ、扇動美鈴は白いマフラーに目を奪われた。

真っ白で雪みたいなのに温かそうだったので、これが良いと伝えた。

扇動美鈴にとって最高のクリスマスプレゼントだった。


家出する際に豆柴のアンドールであるホチと必要最低限の物、このマフラーを着けて飛び出した。

長い年月の間使っていたため、色あせていたが気にすることはなかった。

昔より少し毛が減ったが、温かいことに変わりないマフラー。

変わったのは自分の心だけで、扇動岐路は最初からある計画のため決めていたことを進めているに過ぎない。

それがなおさら扇動美鈴には辛かった。




北エリアを歩いていると、昔と変わらない白い息が常に出てくる。

扇動美鈴は息を吐き出しながら、白い雪玉をいくつも作っていく。

丸く、固く、手頃な大きさで投げやすいのが理想。

なぜ雪玉をひたすら製造しているのか。

それは少しだけ前に遡る。と言っても短く済んでしまう話である。


何故か四エリアのチーム全員が集まり、唐突で勃発的な雪合戦が始まったのだ。


アンドールが敵陣地の旗を取りに行き、人間は雪でそれを阻止する。

いわゆる雪合戦Withフラッグウォーズ。始まりは誰かの何気ない一言。


「フラッグウォーズにも新しい遊びとか欲しいよね」


そこで提案されたのが雪の中で人間も参加できる体験型フラッグウォーズ。

雪を投げる者、作る者、アンドールを操作する者、という役割分担をする。

玉は人に向かって投げてはいけない、アンドールを直接狙ってはいけない、旗に人間は触れない。

投げる者はアンドールの操作による道順を予想して、その先に行くであろう地面に雪を投げて山を作る。

それにより平坦な道が凸凹に、操作技術やアニマルデータの判断能力なども問われていく。

また凸凹になった場所に雪を投げて平坦にするという作戦も行える。

旗は陣地に作った雪壁の上に差して置き、移動させてはいけない。

旗を取られた陣地はその時点で負けになり、一切の攻撃や操作を禁じられる。


色々なルールを加え、その試験的な合戦が行われている。



「うぉりゃぁあああ!!うらっ、うらららぁっ!!」

<神楽、四字熟語っおっ!?>

<ふっ、油断してると雪が当たるぞ>

<とか言いつつシュモンも翼で飛べないから、仁王立ちのままじゃないか>

「セイロンも同じだろー。とりあえず二足歩行、か四足歩行で頑張れー」

「そっかぁ。鳥タイプのアンドールとかのルールも見直さなきゃいけないのか」

<主よ。なにを計算している?>

「例えばだが…この雪玉で旗を落としたらどうするか…」

「雪玉で旗を落とすのは禁止な。間違って落としたら試合を一時停止する。どうだ?」

「いやー、冷静なのはいいんやけど、シュモン動いて…すんませんから睨まんといてー」

「よっし!ここは主人公の俺が一番槍を!!まさに池田屋の新選組が如く電光石火の早業を…」

「人間は参加禁止なんよー。北の方でちゃんと見張って欲しいんよー」

「というわけで太夫くんは投げる役で」

「こうなる予感したんだよー」

「一哉、二葉、少しは役に立ってよね…私まで見下されちゃう、ぐずっ」

「俺のせいかー、はははは!」

「笑い事じゃねぇ!!とりあえず玉を作りまくれ!!」

「神楽くん、玉投げるの…速い…はぁ、はぁ」

「うげっ!?もうねぇじゃん!この単細胞猛烈阿呆!!」

「は、早く作るんだなぁ…よっせ、ほっせ」

「今です、明良さん!西です!」

「うっしゃあ!海里も早く作ってくれよ!!」

「はい!はい!はい!雪玉三貫お待ちっ!!」

「海里、それ寿司屋じゃないか?」


そんなやり取りをしつつ、乱れ舞う雪玉と走り回るアンドール達。

三十分経った所で、籠鳥那岐が制止の合図をする。

結果は全エリア引き分けの、体力ジリ貧とアンドール達の電池切れ寸前という状況が待っていた。


「おお、北ボスよ死んでしまうとはなさけない…」

「だ、だ、だみゃ、黙れ…病人」

「ぜーっ、はーっ、地味にきっつい!!」

「なんか飲み物買ってくるんよー」

「ぜぃ、ぜ、絶滅寸前…体力が…」

「それは生物の個数に使う四字熟語だよ神楽くん」

「見直しか。まぁいいデータが取れた」

「うぅ…一人冷静でボスずるいよぅ…ぐすっ、ひっく」


多くの者達は息を荒げて、雪の上に寝転がる。

熱くなった体に雪の冷たさが心地よい。


「はー…楽しいなぁ!フラッグウォーズにはまだまだこんな遊び方があんのかっ!」

「し、しかし…体力ない奴には…きつい」

「明良くん体鍛えてみたら?自分、ちょっとたくましい明良くん見てみたいなー、なんて」

「うわー予想できねぇ。ネットで配信したらコメントに草生えまくるの目に見えてやがるし」

「目前課題、しかしスリーフラッグはあまり流行らないな」

「そうだな…あれは一対一を前提とした試合形式だからな。チームで動くには不向きな上にまだ改良の余地がある」

「あははは…ボスが冷静すぎて笑うしかない…」


籠鳥那岐はバックに入れて避難させていたノートパソコンを取り出す。

そして今回の結果を打ち込み、その内容を御堂正義に向けてメールとして送る。

御堂霧乃がいないため、今は管理委員会会長の御堂正義に直接報告している。

しかし御堂正義自体も今は御堂霧乃の安否などを気にしており、あまり返事は返されない。

いなくなって初めて籠鳥那岐は味わいたくなかったが、御堂霧乃のありがたさを感じる。

細かい雑用や試合内容、また会場のセッティングなどを一任していたため、今はあまり大会は開催されていない。


「いつかは…NYRONだけでなく、日本中…世界中に広げていきたいな」

「応!そんなに広がったら友達百人なんてあっという間だ!!」

「友達百人…その中にあの人も入ってくれるかなぁ…」

「そんな簡単にいくわけないだろう…だが面白い」


青空が広がる北エリアの空を見上げる。

雪が降っていないのは珍しいことで、澄み切った冷たい空気が動く。

世界は空で繋がっているというが、竜宮健斗達にとっては想像でしか分からない。

でもその繋がった空の下にいる、まだ知らぬ子供達と知り合ってフラッグウォーズをしたら楽しいだろうか。

誰か一番か争って、悔しくなって、でも楽しくていつの間にか友達になっている。

そんな日がいつか来るだろうか、と胸を躍らせていく。


「なんか、世界征服みたいだ…でっかくて果てしない夢でさ、きっと誰かが無理って笑うんだ」

「ケン?」

「でもさ、それを叶えたら…俺達すっごくカッケーよな!!」


雪の上から起き上がって、竜宮健斗は体中に付いた雪を動いて落としていく。

自分で言ったことにテンションが上がったのか、新しく雪玉を作って空の上に投げる。

なんの意味もなく高揚する気分のまま投げた雪玉は、空中で分解されて細々と落ちてくる。

太陽の光を反射しつつ落ちてきた雪は、多くの者に当たる。


「健斗…お前なぁっ!!冷てーじゃねぇか、馬鹿っ!!こうなったら人間同士のガチ合戦だ!!」

「応!体力も回復したしな!!やるか!!」

「この主人公たる俺は二刀流ならぬ、二球流でいくぞ!!さぁ、喰らうがいい、必殺ホワイトスノウ乱舞!!」

「ふん、くだらん…俺はまざっへぶぅっ!!?」

「油断大敵!!さぁ、いくぞ麻耶と太郎!!都子は雪玉作成だ!!」

「イエッサーなんだなぁ」

「おい…ったく、空気読んで黙らせて来い」

「そこでこっちに回しちゃうんか!!?ちょー、こういうの弱っぶるふぁっ!!?」


そして始まる雪合戦に巻き込まれる者、逃げる者、参戦する者など様々である。

充電器の電池を補給しながらアンドール達は、少し外れた所でその様子を観戦する。


<…ずっとこういうのが続けばいいのになぁ>

<そうもいかんだろう。シラハの連絡が来たら、我等は女王を含めた、計画者達を止めなければ>

<平和解決…出来ればいいんだがな>

<ワシ達はただ…あの子達を守ろう。それが未来を守るということなのだろう>


無邪気に全力で遊ぶ子供達を眺め、アンドール達は決心する。

過去の自分達は未来に希望を託し、アニマルデータとなった。

それならばその希望の未来を守りたい、それがアニマルデータになる権利を得た自分達の義務だと。





雪合戦には時間の制限なく、力尽きるまで遊んだ。

玄武明良は疲れて研究どころではなく、珍しく夕飯食べてすぐに寝てしまう。

寝たのを確認した扇動美鈴は、その隙に小さな明かりの下で手紙を書いていく。

何枚にも及ぶ長文だが、書きたいことが多すぎて逆に紙が足らないくらいだ。


多くの気持ちを書いていく。

嬉しかったこと、楽しかったこと、辛かったこと、泣きたかったこと。

全て本心で書いていく。何も思い残すことないように。

そして最後にずっと言えなかった本当のことを書いていく。

怖くて苦しくて、口に出すのさえためらうほど認めたくなかった真実の話。

文字がだんだん震えて、紙の上に水滴が落ちて皺を作る。





明良さんへ。


僕は死んで生き返ります。涼香さんと同じように、涼香さんのために。

涼香さんは僕にとって顔も見たことないお姉さんで、父さんの大事な娘さんです。

彼女は今、大理石に刻まれています。アニマルデータとして、時計台の中で大切に保存されています。

でも蘇えるには体が必要です。回路を搭載できる高性能な体が。

特に完全な蘇生、思い出と共に生き返るにはスーパーコンピューター並みの演算機能が必要です。

でもそんな機能を搭載できるロボット、またネット通信としてもそんな体を作るのは容易ではありません。


でも人間の体なら全てクリアできます。なぜならアニマルデータの元は人間でしたから。


僕はアニマルデータとなります。そして空いた僕の体に涼香さんが入ります。

そのために父さんは僕を引き取ったんです。それを知った日に僕は家出をして明良さんに会いました。

偶然が続いて、僕は父さん以外の帰る所が出来ました。とても嬉しくて幸せでした。

でもそんな日々を過ごしていたら、お父さんの所に帰りたくなりました。

家出したとはいえ、僕は父さんのことが大好きで、僕を息子として迎えてくれた大切な人なんです。

勝手に出て行くことを許してください。でもまた会えます。僕はアニマルデータとしてガトみたいに生き返るからです。

だから最後のお別れじゃないです。もし記憶を思い出してない状態でも仲良くしてくれると嬉しいです。


最後に白いマフラーを置いていくことを許してください。

色あせてかなり古いものだけど、僕にとって宝物なんです。

でも涼香さんはきっと知らないだろうし、僕も思い出せるか自信はないです。

今までありがとうございます。空いたマネージャーは他の人に頼んでください。




追伸。


また会えたら、今日のような雪合戦したいです。あと早紀さんと末永くお幸せに。




扇動美鈴より。







手紙を簡単に見つからないように、机の上の本の間に挟んでおく。

読まれないような未来を望んでいるが、気持ちを全てここに置いていくために必要な行動だった。

白いマフラーを畳んで、同じように机の上に置く。

そしてホチを抱えて気付かれないように、玄関へと向かう。

また雪が降り始めた外に出て、音を立てないように扉を閉める。

駅へと向かう最中、心はすっきりとしていた。冷たい空気が胸の中に入って背筋が伸びる。


「お父さん、怒るかなぁ」


誰に言うわけでもなく呟く。

そして普通におかえりと迎え入れるだけだろうと、予測する。

怒ってくれたら嬉しいけど、でも家出されないように優しくしてくるだろう。


「うぅ…マフラーないと首元寒いなぁ…」


冷たい風に身を震わせながらも、扇動美鈴は迷うことなく駅へと向かう。

小さい足跡は降ってくる雪に消されてしまう。白い息が吐き出され、儚く消えてしまう。

一度も振り返らずに電車に乗り込み、中央エリアへと向かう。

座席に座りつつ外の景色を見る。それは北エリアではなく、時計台がある中央エリアを。


「…最後の最後でいい…僕を必要として、お父さん」


体だけでも役に立つ、必要としてほしい。

そうすれば自分の死に意味があると思えた。生き返る希望になる。

望んで体を差し出すことが出来る、そう願って扇動美鈴は呟いた。










翌日の朝、玄武明良は姿の見えない扇動美鈴がどこにいるのか探した。

家中探したがどこにもおらず、ガトも首を傾げている。

そこで机の上にある色あせたマフラーが目に入る。それは見慣れた扇動美鈴の私物。

何か手掛かりがないかと探したが、何も見つけられない。

悔しいが絵心太夫を含めた北エリア三人を呼びつける。

そしてすぐにやってきた絵心太夫が、あっさりと本の間に挟まれていた手紙を見つける。


開いた手紙の内容に衝撃を受け、愕然とし、玄武明良は紙の束を握り締めた。

あまりに強く握ってしまったので、形が歪になってしまう。

どうしようもない怒りが湧いて、でもぶつける先がないので壁に拳を打ち付ける。

前に感じた違和感が現実になって目の前に飛び込んできたのだ。

アニマルデータをインストールする体は、ロボット限定というわけではない。

それこそが違和感の正体で、扇動美鈴がずっと話せなかった真実。

猪山早紀は悲しさで涙を流し、時永悠真は顔を俯かせている。絵心太夫は考えるような仕草のまま黙り込む。


「ふっざけんなよっ!!なんだよ、これ!!なんなんだよ…なんで…ちくしょう…」

「うっ、ひっく…美鈴くん…」

「そんなにお父さんが好きだったんだ…理解できる機会や時間なんてあんなにあったのに…僕はまた全部無駄にした」

<ワシが昨日の夜気づいていれば…いや、今更か…>

「………ボス、俺は主人公だ。主人公なら、こんな時どうすると思う?」

「あん?お前、少しは空気読んで…」


玄武明良は言いかけて言葉を止める。

なぜなら絵心太夫の目は真剣そのもので、余計なことを言わせぬ迫力があった。

その視線を真向から受けて、玄武明良はどうするんだと聞く。


「助けるさ。主人公はヒーローで誰かのピンチには少し遅くても必ず間に合うように駆けつける!今回はボスにその役譲ってもいいぞ?」

「……全くお前に諭されるとなんか落ちぶれた気分だが…いいだろう、譲ってもらうぞ。その役」


玄武明良はマフラーや簡単な荷物をバックに詰め込み、黒いファーがついた白衣コートを着る。

明らかに出かける準備の姿に猪山早紀は泣き腫らした目で見上げる。

時永悠真も驚いてその姿を見る。


「行くぞ。誰かの連絡待てる程、俺の気は長くない」

「明良くん…でもどこ?」

「俺の名推理によると、手紙にある通りなら、大理石が保存されている時計台だろう」

「最終決戦の予感だね…他エリアの連絡は?」

「時間が惜しい。勝手に行動させてもらう。行くぞガト」

<ああ、助けに行こう>


玄武明良を先頭に駅へと向かう北エリアメンバー達。

家族を失ったのは何もできない幼い頃。しかし今は違う。

仲間も出来た、天才として活躍できるようになった、遠くまで行動できる体に成長した。

今度こそは失わない、そう決意して駅構内に入った瞬間に放送が入る。








ただいま速報による吹雪の影響で、運転を見合わせております。







北エリア特有の気象事情が行動を止める。

玄武明良は青筋を浮き立たせて、八つ当たりしたい気分でその場をうろつく。

タイミングの悪さに誰もフォローできず、ガトだけが歩いて向かうかと提案してくる。


「しかし吹雪だからな…北エリアの吹雪は本気で遭難するレベルのを降らせるからな…」

「ああ、うん、そうだよね…でも、でもぉお…」

「とりあえず他エリアにも連絡してみよう。突破口開く予感するし」

「これが主人公が決戦前に挑む時に現れる強敵や障害の類か…確かにこれは楽ではないな」


呑気なことを言う絵心太夫を軽くシメ、玄武明良は苛立った様子で電車が普及するのを待つ。

その間に時永悠真と猪山早紀が手分けして各エリアに連絡を入れる。

ガトもアンドール同士の通信を試みるが、こちらは吹雪の影響で電波が思わしくなかった。




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