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邪☆おにいさん

DJ・アイアンこと信原鉄夫は驚いていた。

今まで付き合っていた女性、明美の自宅に呼ばれた。

これは正式な御付き合いを申し出ろということなのかと緊張した。

しかし事態はそれ以上に予想外の方向へ動いていた。






「あ、DJ・アイアン」

「竜宮…健斗くん!?」




司会タレントしているアンドール大会に参加している子供。

いつも上位入賞しているため印象に残っている少年、竜宮健斗が目の前にいた。


「これ弟。ほら健斗、挨拶は?」

「げ!?姉ちゃんと付き合ってるのDJ・アイアンだったのかよ!?さいな…」

「あ・い・さ・つ・は?」

「いへぇへへへへへへへ!!ね、ねぇひゃん、いひゃいぃいいいい!!」


頬を盛大につねられ竜宮健斗は顔を歪める。

信原鉄夫はあまりの出来事に固まっていた。竜宮という苗字を聞いたとき偶然だと思っていた。

しかし偶然ではなく実際に姉弟で、目の前で姉弟喧嘩を進行している。


「そうやって力任せだから、前の彼氏とっもったたたたたたた!!」

「あらー、いけないお口ねー?ん?おいごらぁ」

「あ、あの明美さん。俺は気にしてないから…」


頬をつねられ過ぎて真っ赤にしている竜宮健斗が可哀想になり、助け舟を出す。

竜宮明美は仕方ないと手を離し、自分の部屋へと案内する。

そして竜宮健斗に釘を刺す。


「いい?お父さんお母さんにも…兄貴にも絶対、絶対秘密だからね!」

「分かってるよ…兄ちゃん怖いもん」


両親の挨拶どころが、もう一人の兄弟にも秘密にするという。

信原鉄夫は不安を抱きつつも、部屋に案内された。

階下で竜宮健斗が呟く。


「兄ちゃんにばれたら…DJ・アイアン身の危険だもんなぁ…」

<…ああ、そうかもしれんな>


二人が二階に行った後なのでセイロンも喋る。

いつも一緒に生活しているため、セイロンも竜宮健斗の家族事情を知っていた。

そして以前、竜宮明美の元彼氏がその兄によってトラウマを植え付けられたことも知っている。




女の子らしいピンクと白を基調とした部屋に案内され、信原鉄夫のテンションはMaxになっていた。

整理された部屋で、置いてある小物も可愛く統一されていた。


「今、お茶持ってくるね」

「ありがとう、明美さん」


ドアから出ていく竜宮明美を見送り、信原鉄夫はただ浮かれて座ったままだった。

なので知らない。急いで階下に降りていった竜宮明美が早急に御茶菓子を調達していることを。

まるで知られると危険だというような調子で準備していることに。

リビングでのんびりしていた竜宮健斗は、まだ帰宅時間じゃない筈とフォローする。


「あんた、そう言って前も兄貴が早めに帰ってきたことあるでしょう!!ばれたら終わりなのよ!?」

「そうだけど、そんな毎回な、んて、こと…」


途切れ途切れになっていく竜宮健斗の言葉に、竜宮明美は嫌な予感を覚える。

そしてリビングの入り口を見た瞬間、その嫌な予感は的中した。




そんな緊迫した空気を知らない信原鉄夫はまだ待ち続けていた。

すると階段を慌ただしい音を立てながら上ってくる気配がする。

ドアが勢いよく開かれ、竜宮健斗が玄関に置いていた信原鉄夫の靴を渡す。


「DJ・アイアン逃げて!!逃げないとやばい!!」

「健斗くん!?なに!?なにが起こったの!?明美さんは!!?」

「姉ちゃんは下で足止めしてるけどいつまでもつか分かんねぇ!!」

「足止め!?え?なにがあるの!?なに!?」







そこでゆっくりと階段を上ってくる音が聞こえる。





竜宮健斗が窓を開け、外から逃げるしかないと急かしてくる。

なにがなんだか分からない信原鉄夫は説明してと頼み込む。


「兄ちゃんが………帰ってきて、挨拶しに来る…」

「え?それなら俺も挨拶するだけだけど…」


「ちなみに兄ちゃんは今木刀所持してる」



竜宮健斗の言葉に信原鉄夫は思考を停止する。

なぜ挨拶するだけで木刀なのだろうが、混乱の極みである。

竜宮健斗は先に窓から身を乗り出して、手招きをする。

信原鉄夫はそれに従い、窓から身を乗り出して靴を履く。


「ち、ちなみにお兄さんのご職業は?」

「体育の先生。不純異性交遊大反対な鬼教師」


伝えられた情報に信原鉄夫は全て理解した。

つまり竜宮明美との交際を、不純異性交遊と捉えられたらしい。

そのため教育的指導でこちらに向かっているのだろう。

しかしいくらなんでも木刀はやりすぎじゃないかと考える。


竜宮健斗は慣れた足取りで屋根から排水管を伝って庭に降りる。

信原鉄夫もそれに習い、同じ方法で降りる。

ここまでくればそう簡単には追ってこれないだろう、と安堵した瞬間。




二階の窓から飛び出し、ノーバウンドで庭に着地する影一つ。




竜宮健斗は既に終わりを悟ったのか、ごめんと一言残して信原鉄夫の傍を離れる。

もう笑うしかない信原鉄夫は、目の前にいる赤ジャージのいかにも若い熱血教師の姿した男を見る。


「お前が…うちの妹と不純異性交遊している虫けらはぁ…」


吐き出された息が生暖かく感じるほどの恐怖。

これ本当に教師、というか人間なのだろうかと疑問が次々湧いていくる。

手には明らかに使い込まれたであろう木刀。


「俺は竜宮信正……さぁ、冥途へ旅立つ準備は出来てるかぁ?ん?」

「兄ちゃん昔暴走族の頭だったから喧嘩勝てないと思うよ…」


遠くから素直に逃げろと遠まわしな言葉を言う竜宮健斗。

しかし信原鉄夫は一か八かの賭けに出た。





「俺は信原鉄夫です!竜宮明美さんとは清い交際させてもらってます!!!」




言葉と同時に土下座する。

どうせいつかは挨拶しなければいけない相手である。

ここで逃げては男が廃るし、なにより相手方に失礼だ。

そう考えての行動だ。木刀持ってようが人間離れした身体能力持ってようが、礼儀を尽くせば大丈夫なはず。


「ほうぅ…清いと言える証拠はぁ有るんだろうなぁ、あぁん?」

「ま、まだ手を繋いでデートするくらいしか…」


言った瞬間、土下座している頭の横に木刀が打ち付けられた。

地面が痺れて振動が体に伝わってくる。物凄い威力である。


「それ以上は?ん?正直に言わんと今度はどたまかち割ったるぞ」

「本当にそれだけです!!俺は明美さんが大事です!!だから彼女が嫌がることは絶対にしません!!」


言い切って顔を上げた瞬間、竜宮信正が頭上高くに木刀を振りかぶっている光景を目の当たりにする。

確実に体の直線、急所や顔を狙った動作である。

避けようと思えばいくらでも避けれるが、当たったら確実に骨の一本はやられるだろうという攻撃。


信原鉄夫は避けなかった。


顔の数センチ前で木刀が止まる。

剣圧で髪の毛が揺れ動く。恐ろしいほどの冷汗が浮き出てくる。

実は信原鉄夫は避けなかったというカッコいい理由ではなく、怖くて動けなかったという情けない理由だった。



「くっ、くくくくくくくくくかぁあははははははははは!!お前、いい度胸じゃん。俺の攻撃を避けなかったのは二人目だ」

「…へ?」

「おーい、明美。今回は認めてやっていいぞぉ?前のは駄目だったが、今回は気に入った」


玄関から救急箱を持った竜宮明美が裸足で飛び出す。

しかし信原鉄夫は腰が抜けて動けず、ひきつった笑いしか出来なかった。


「あ、明美さん…お、お、俺認めても、も、貰いやした…」


そこで緊張の糸が切れた信原鉄夫は白目を剥いて倒れる。

竜宮健斗も慌てて駆け寄り、竜宮信正にリビングに運んだらどうだと言う。

竜宮明美も涙目で睨むので、渋々承諾し背負って運ぶ。


「兄貴の馬鹿っ!!アタシが誰と交際しようがいいじゃん!!しかも不純異性交遊禁止とか言っておきながら自分はちゃっかり彼女いるくせにぃいいいい!!」

「あーあー、うるせーうるせー!!お前は女のくせにすぐにほいほいと彼氏作るから不安なんだよ!」

「それは兄ちゃんがすぐに彼氏試しとか言って、攻撃してて速攻で別れてるせいだよ…」


そんな兄弟の会話をセイロンは黙って聞く。

アニマルデータは基本秘密事項なので、家族の前では喋れないためである。




目を覚ました信原鉄夫はその後夕ご飯を御馳走になり、竜宮信正の酒盛りに付き合わされた。

もちろん竜宮明美も飲んでおり、唯一未成年の竜宮健斗はジュースを飲みながら会話に参加する。

竜宮家の父母も楽しそうに参加する。


「んでよー、俺の彼女はひっく、レディースとかじゃない普通の女子高生でよぉ…うぃー…」

「まーた兄貴の惚気?それで攻撃する振りしたけど避けなかったから惚れたんでしょう」

「耳イカだよなー」

「耳タコだよ、健斗くん」

「いーい女だぞ、肝っ玉でかくて安産型でよぉ…」

「こらお父さんみたいなセクハラ発言禁止!」

「母さん!?父さんはそんなこと言ったことないよ!?酔ってる!?」


その後も竜宮健斗が先に寝る中、酒盛りは続いていく。

最終的には信原鉄夫は酔い潰され、最後辺りの記憶は覚えていなかった。


ともあれ、竜宮明美との交際は許可されたが前途多難な道が待ち構えていた。


「DJ・アイアン頑張れるといいよなー」

<ああ、DJ・アイアン頑張れと俺達だけでも応援してやろう>


布団の中でこっそりと会話する竜宮健斗とセイロン。

近い将来、義理の兄弟になるかどうかは信原鉄夫の度胸次第だった。


「あ、あけみしゃん…おれ、ぎゃんばりやすぅう…」

「魘されながら言うことじゃないよね…」


酔い潰れて寝ている信原鉄夫の寝言を、呆れたように笑いながら竜宮明美は受け取る。

とりあえず第一の障害はクリアしたので、ひとまず安心といったところだ。

しかし障害はまだ潜んでいるため油断できない。


「頑張れ僕らのDJ・アイアン…みたいな?頑張ってよね、アタシの彼氏さん」

「うぅ…うぅん…じかひにぎょうぎょきたい…」


何故か漫画の煽りのような掛け合いになってしまったことを信原鉄夫は気付いていない。








<頑張れ、DJ・アイアン>


そしてたまたまセイロンの音声を聞いていたクラリスもまた、信原鉄夫を応援していた。




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