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嘘の仮面

「竜宮健斗に勝ちたくないか?」


悪魔の囁きに似た甘い毒を含んだ言葉。

相川聡史にはたまらなく魅力的な話だった。





時間は少し前に遡って、相川聡史が一人で東エリアを歩いている時だった。

今日は瀬戸海里が稽古で来られず、二手に分かれるにも片方が一人の日。

相川聡史は自分から一人で外の巡回を希望した。

ユーザーを探すのが目的の巡回だが、一人では手間がかかりやすい。

それでも相川聡史は一人になりたかった。特に今は竜宮健斗と一緒にはなりたくなかった。


別に嫌っているとか喧嘩したとかではない。

しかし大会ではいつも自分より上にいる、何の努力もしていないように見える竜宮健斗。

そのことが悔しくて心がささくれたっていた。一緒にいると馬鹿なことを言いそうなくらいに。

相川聡史も実はこっそり練習や努力をしている。それでも勝てないということに苛立っていた。


<聡史、不機嫌そうだな>

「ん?ああ…そう、だな…」


珍しく歯切れの悪い言葉に黒猫のアンドールであるキッドは、何があったのだろうかと考える。

考えつくのは竜宮健斗への劣等感や敗北感。もちろんキッドも悔しかった。

だが相川聡史のように表に出すほどではなかった。いつかは勝つと思っているからだ。

しかし相川聡史はそのいつがいつになるのか、大きく焦っていた。

できるなら今すぐにも勝ちたいと思うほど、苦しんでいた。


「おーい、そこの悩める少年」

「悩んでねー…霧乃っ!!?」


駅前の雑踏の中にいるとは思わなかった御堂霧乃の存在に、相川聡史は大きく動揺する。

急いで竜宮健斗達に連絡を取ろうとしてデバイスを手に取った瞬間、御堂霧乃が余裕なまま言う。


「竜宮健斗に勝ちたくないか?」


その言葉に相川聡史の手が止まる。キッドがどうしたと見上げる。

今連絡すれば御堂霧乃を捕まえられるかもしれない。しかしそれで竜宮健斗に勝てるわけではない。

相川聡史は焦っていた、ずっと。いつまで自分は負け続けなければいけないのかと。

勝ちたい、欲望が大きく渦巻いて体の動きを止める。


<聡史…?>

「俺、は…勝ちたい。あの馬鹿に…勝ちたい」


嫌いなわけではない。むしろ一緒にいて楽しさすら感じるほどだ。

しかし勝負となると話は別で、負け続けるのが悔しかった。

負けても仕方ない、そんな簡単に納得できる負けなんてない。

力を出し切って負けて、それでもいい勝負だと笑えるほど相川聡史は大人ではなかった。

むしろ負けても納得せずに勝ちを求める、それが本当の強さだと思っていた。


「キッド…俺は勝ちたい」

<しかし友達を殺してと頼むような奴の言葉など…>

「おいおーい、そこの猫ちゃん酷いねぇ!アタシはちゃんと蘇らせるつもりだぜ?」

<だからなんだ!?死は戻らないんだぞ!!?>

「話ずれてんなー…まぁいいや。どうせ決定権は少年、相川聡史が握ってるんだから」


意地悪く笑う御堂霧乃は相川聡史を指さす。

キッドが古代人だろうとなんだろうと、相川聡史の所有するアンドール、玩具の一つでしかない。

そのためキッドは意見や反対を言えても、決められることは何もなかった。


<聡史…>


キッドは希望観測を込めて相川聡史を見上げる。

答えに応じずに竜宮健斗達を呼んで欲しかった。誘惑を断ち切って欲しかった。

しかし相川聡史の顔を見た瞬間、その希望は打ち砕かれる。

勝利に貪欲な、しかしどこか熱く燃えたぎる情熱の顔。

その表情が全てを物語っており、キッドは相川聡史の言葉に従うしかなかった。





「勝てる方法、教えてくれ」

「はい、交渉成立~!代わりに協力してもらうぜ、少年」




子供には夢や希望が溢れている。

だからといってその全てが綺麗なわけではない。

せっかく出来た友達を裏切らなければいけない願いもある。

いつも一緒にいてくれるキッドの言葉を無視しなきゃいけない時もある。


御堂霧乃の観察眼は正しく、恐ろしいくらいに物事は上手く行っていた。




その現場に瀬戸海里が偶然にも居合せるまでは。


「…あ、やべ」

「き、霧乃ちゃん!?と聡史くん!?なにしてるのっ!?」

「うおおおおおっ!?海里は稽古じゃねぇのかよ!!?」


瀬戸海里の姿を見て御堂霧乃はダッシュで駅の中へと消えていく。

あっという間に人混みの中に消えてしまう。

相川聡史はどこまで話を聞かれたのか不安になりつつも、瀬戸海里に話しかける。


「れ、んらく…っつーか、なんでここに?」

「稽古帰りの買い物だけど…どうしよう、見失っちゃったけど…」

「デバイスで連絡するか…」

「うん…なんか話してたようだけど、なにかあったの?」


首を傾げて聞いてくる瀬戸海里に、相川聡史は本当のことを話そうか悩む。

一瞬でも裏切ろうとした行いが、とても汚く思えてきた。

なんでそんな選択しようとしたのか、小さな疑問が出てくるくらい相川聡史は動揺していた。

キッドは成り行きを全て相川聡史に任せた。正直になるかは全て次の言葉次第だった。






「いや、俺も会ったばっかで…驚いてたら連絡忘れた」





相川聡史は嘘をついた。

とても小さいようで大きな嘘を。

それほど竜宮健斗に勝ちたいという気持ちが、心を揺さぶっていた。


「そうなんだ…いやー、それにしても普通にそこにいて一瞬幻覚かと思ったよ」

「俺もまさかいるとは思わなかった…」

「ははは…聡史くん。本当に何もなかった?」

「な、にもねーよ」


探るような瀬戸海里の言葉に、相川聡史は戸惑いつつも返事した。

そしてそれ以上は追及されなかった。瀬戸海里としても確証はなかったからだ。

御堂霧乃との遭遇の後、相川聡史はいつものツッコミのような発言をしていない。

そこに小さな違和感を感じたから探ってみたが、否定された。

瀬戸海里としてはそこが限界だった。優しくて穏やかなため、こういう時は弱いことを本人も自覚している。

コンプレックスであるキツネ顔のせいで誤解されがちだが、瀬戸海里はそういう子供だった。


「それにしても海里が急に現れてびっくりしたぜ…影薄くなった?」

「うっ…それもコンプレックスになりつつあるんだけど…」


次第に増えていくコンプレックスに、瀬戸海里は地味に気にしていた。

最近では存在感を出すために、鞍馬蓮実のように語尾に特徴をつけようかと血迷うくらいに。




連絡を受けた東エリアはすぐに他のエリアにも知らせる。

御堂正義には籠鳥那岐が伝える手筈となった。


「でも霧乃ってこっちの居場所や会話内容知ってるんだよな?」


セイロンに確認を入れるように竜宮健斗は言う。

シラハから伝えられた情報、一体だけとはいえ音声情報、そして各アニマルデータの現在地。

それら全てが筒抜けの状態なのである。唯一の例外は玄武明良の手によって再現されたガトだけである。


『恐らく企業としての安全策だろうな。GPS機能と緊急時の音声習得プログラムとして使うはずだったんだろうな』


パソコンのテレビ電話で玄武明良が説明補足を言う。

アンドールのデバイスは携帯電話機能なども付けられており、今では多くの子供がスマートフォン代わりに使っている。

付属の玩具としてロボットのアンドールもついてくるため、人気も高い。

また親に安心してもらえるような管理機能の充実など、子供を対象にした開発がされている。


『開発中に中止されたとはいえ、最初からデバイスの不具合が発生した場合のバックアップとして備えていたのではないか?』

「那岐、そうなのか?」

『ああ…親父がそんな話をしていたが…』

『唖然茫然…北のボスはあの情報までそこまで理解したのか!?』


あまりの勘の良さに全員が言葉を失くす。

しかし玄武明良は当然だろうと受け流し、話を変えていく。


『あっちにはこちらの居場所がわかる上に情報も手に入る…圧倒的な不利だ。どうする、竜宮健斗?』

「会話にセイロン達外すのも出来ないからな…今まで通りでいいと思う」

『しかし解決にはならないだろうが』

「でもこの会話だって聞かれてるだろうし、いっそのこと本当っぽい嘘を話すとか?」

『奇々怪々!?東が頭使って忍術にありそうなことを言っている』


「あ、雨降ってきた」


外から聞こえてくる音に崋山優香が呟く。

そしてそれを聞いていた者達全てが、竜宮健斗が頭よさそうな発言するからだと感じた。


『…おい、速報で吹雪とか流れてるんだがどうしてくれる?』

「俺のせいじゃないよ!?北の天候管理局とかいうのに文句言ってくれよ…」

『津波警報だ。もうお前は頭良さそうな発言するな』

「那岐まで酷い!?神楽は…」

『…竜巻警報って初めて見た』


竜宮健斗は次々起こる異常気象の数々に、本当に自分のせいかと思い始めた。

しかしすぐ直後に笑い声が起きて、全員がいじめ過ぎたと口々にもらす。

もちろん今言っていたことは実際に怒っていることなのだが、偶然ということで片づける。

竜宮健斗は皆酷いと言いつつ、つられて笑う。


「とりあえずまた霧乃や律音見たら、連絡しよう。会長は日常過ごせって言ったけど、俺にとっては誰か一人でも欠けたら日常じゃないんだ」

『分かった。子供は子供で出来ることをするとしようか』

『大人に任せられるほど幼くないしな。俺の頭脳は大人に負けない自信もある』

『逆転活劇!まるで漫画みたいだ!』


そう話して通信を終える。





もちろん今の通信内容も、御堂霧乃や仁寅律音は聞いていた。

扇動岐路は研究に没頭しており、クラリスは聞いた内容の感想を言う。


<楽しそう…私、妾も話してみたかったなぁ>

「いやいや。女王様思ったより天然だから混乱極めるって」

「…どうするの?こちらが聞いてるのばれてるみたいだけど」

<どうにもできないでしょう。私、妾達は計画を進めるだけ。霧乃、今はどんな感じですか?>


クラリスに聞かれて御堂霧乃は笑う。

それは準備は着実に進んでいるという確固たる自信。

余裕の態度で傍にあったチョコシュークリームを口に放り込む。


「とりあえず四天王メンバーは出来たし?あとは博士の望む体がこちらに来たら戦闘開始だろうね」

<そうですか…。そしてシラハが連絡を入れたら私、妾の計画も準備が整いますね>

「…良かったんじゃない。君の行動は、彼女達のためになったみたいだよ?」


肩にいるシラハにそう言う仁寅律音は、関心のないように言っている。

直接な名前は出していなかったが、セイロンと竜宮健斗に接触していたのは既にばれていた。

シラハは焦ったが御堂霧乃とクラリスはむしろ作戦として活用することにした。

新しい情報は相手を警戒させ、行動を停滞させる。

特に行動に関することが筒抜けという状況は、相手に大きな動揺を与える。


「ほら女王様、セイロンのこと気にしてるみたいでさー。音声一番聞いてるのセイロンだもんなー」

<わ、私、妾のことはいいじゃない…そ、それになんだかんだで彼らに情報が集まりやすいのは事実ですし…>

「おやおやー?照れてるのかなー?ん?じゃあこれから恋バナしちゃう?」

<…私、妾は貴方のそういうところ意地悪だと思います…>


人間だったら顔を赤らめて頬を膨らませるところだろう。

しかしクラリスはロボットなのでそのような機能は持っていない。


「どうでもいいなぁ…」

「ヴァイオリンくんは気に入らないかなー?そうだよねー、愛するって感情、知らないんだっけ?」


御堂霧乃の挑発には乗らずに、仁寅律音は立ち上がって二人から離れていく。

シラハ何も言わないまま、肩に乗り続ける。


「今更…感情なんて…」


歯を強く食いしばり、仁寅律音は呟く。

シラハはまた何も言わない。もう何も言いたくなかったのだ。

仁寅律音を救うはずの作戦はばれてしまい、逆に利用されてしまった。

全てはクラリス達の手の平の上、必死に自分を追い込むだけの無駄な行動だった。

竜宮健斗達に連絡を入れても、クラリスの計画に利用されるだけ。

仁寅律音も助けに来てくれたことに対し、特に感情を表わさないだろう。

助けたい、救いたい、そのために仁寅律音の信頼を裏切ったのに全てが裏目に出た。

でも見捨てることが出来ず、自己嫌悪のままただ傍にいる。


「…愛ってなんだよ…好き勝手に忘れたり押し付けたりするばっかりじゃないか…」


シラハは名前さえ呼ばない。

でも傍にいる。それが今できる最善だと思っているから。

もう言葉では癒せないと感じているから。





デバイスに送られた送信元不明のメール。


待ってる


それだけの文章に地図が添付されている。

相川聡史はその地図を頼りにキッドだけを連れて中央エリアへ向かう。

時計台の前には穏やかそうな男性と、子供と同じくらいの大きさの西洋人形の形したロボット。


「初めまして。挨拶はほどほどに…これを」


渡されたのは最新のミュージックプレイヤー。

入っているのは一曲だけ、題名はANDOLL*ACTTIONとある。

西洋人形が口を開き説明する。


<それを使えば貴方でもシンクロできます。潜在能力により数倍の力は出るかと…>

「シンクロって、シンクロ現象?でもあれにはリスクあんだろう?」


合同エリア大会の時、玄武明良の謎の熱。

それらを目の当たりにした相川聡史達は、崋山優香から広めないようにと注意されつつも説明を受けた。

今ではエリアチームメンバー全員が知っており、同じようなことが起こったら気を付けるようにと警告されている。

もちろん前例による恐ろしいリスクもしっかり伝えられている。


<ええ。だから使うかどうかは貴方の自由。それは軽度ですので死に至ることはないかと…でも覚悟はしてください>

「…分かった」


リスクを承知で相川聡史はそのミュージックプレイヤーをポケットにしまう。

キッドは何かを言いたかったが、全ては無駄だろうと口に出さない。

そんなキッドを見て、西洋人形は言う。


<ごめんなさい。貴方達をそのように不自由な体にしているのは私、妾の責任>

<あ、貴方は…>

「ああ。言い忘れていたね。彼女はクラリス。娘を蘇えらせてくれる救世主だ」


出て来た名前にキッドも相川聡史も目を丸くする。

しかしクラリスは委縮したようで、俯きながら言う。


<救世主なんかじゃありません。時間がかかってしまったし…まだ改善点はいくつも…>

「まぁ悪魔でもいいんだよ。私は娘さえ蘇ればいい」

<そう、ですか…確かに、私、妾は悪魔かもしれませんね…>

「なんか…思ってたより普通なんだな。もっと怖い奴だと思ってた…」


相川聡史の声にクラリスは顔を上げる。

そして笑顔でありがとう、と言う。まるで普通の少女のように。

人一人殺せそうにない雰囲気なのに、クラリスは実際に多くの命を扱ってきた。

民のため、友のため、蘇らせるとはいえ生死を扱ってきた。


「…あとさ、こっちのおっさんは扇動博士ってことは…美鈴の?」

「息子の美鈴も今回の計画には必要なんだ…だから彼が帰ってくるのを待っているところさ」

「ふーん、で、それまで俺はどうすればいい?」

「彼らがこの時計塔に来る日、この入口で何人か足止めして欲しい。その時に竜宮健斗くんと戦えばいい」

<後は自由に。貴方まで消えられたら彼らは焦って予定より先に来てしまうかもしれないから…>

「つまり俺には隠れ家や計画は伝えられない訳だ。信用されてねーのな」

<だって裏切っても、貴方は彼らのこと大好きな仲間だと思っているだろう、と霧乃が>


クラリスの言葉に相川聡史は自嘲するような笑みを浮かべる。

まさにその通りで、今だって竜宮健斗達にこのことを伝えようかと迷っているくらいだ。

それでも勝利欲が湧いて、手に入れたチャンスを手放すことが出来なかった。

相川聡史はそこまで考えて、信用されてないわけだと自分で納得する。

非情になりきれず、裏切っても完全な敵にはなれない、不完全な立ち位置。

そしてもう完璧な仲間には戻れない。まるで童話の蝙蝠のようだとらしくない例えを考える。


「それではまた…」

<さよなら>


クラリスが小さく手を振り、扇動岐路と共に中央エリアの何処かへ姿を消す。

相川聡史は後を追うかどうか考えて、追わないまま駅へと向かう。

信用されてないからきっと追っても撒かれるだろうと思ったからだ。


「キッド、ごめん…でも俺は勝ちたいから…今回だけ許してくれ」

<…謝ったから許してやるよ。でも今回だけだぞ?>


甘いなと考えつつ、キッドは相川聡史のことを許す。

生意気で友達がおらず、勝負事には熱くなる。

そんな相川聡史がせっかく出来た友達を裏切ってまで勝ちたいと断言した。

この決意を無駄にするのは、キッドにとってはもったいないことだと改めて考え直す。

もちろん心苦しく、事が終わった後は辛いことになるだろう。

それでもやらなければいけないこともある、とキッドは相川聡史の味方をすることにした。





「いやー、まじアタシ天才。リアルトロイの木馬とかやばくない?」

「すごくどうでもいい…ひっつかないで」


背中からお菓子をむさぼりつつ抱きついてくる御堂霧乃に辟易する仁寅律音。

無邪気に楽しそうなままかつての友達を罠にはめていく。

その姿は悪女や魔女などという言葉では言い表せないほど、歪んでいた。


<…霧乃。いいの?友達でしょう?>

「いいのいいの!皆の外見アイドル美少女御堂霧乃ちゃんは涼姉だけいればいいの!」

<そう…羨ましいわ。そんな風に一人だけを愛せる立場が…>


クラリスは全ての民を平等に愛する女王。

たった一人愛することは民を裏切ること。

どんなに好きな相手がいても、その気持ちを伝えることはできない。


「でもさー、この計画上手く行ったら…告白、するんでしょう?」

<…そうね。全ての民が蘇えって、一人の少女として生きていける未来があるなら…きっと>


どこか遠くを見るようにクラリスは呟く。

それはとても果てしない遠い道筋。遺跡の洞窟のような暗闇を歩く感覚に似ている。


手を離さないで


遠い昔の声が聞こえてくるようだった。

繋いだ手から伝わる温度が少しくすぐったくて気持ちよかった、人間として生きていた時代。

今はロボットの体で二度と味わうことはないかもしれない思い出の中の感覚。


<この計画が上手く行けば…私、妾は………彼と…>


犠牲も大きく出るけど、それでも民のために行おう。

そして全てが終わったら、この時代では普通の少女になってみよう。

蘇った彼と同じ目線で、同じ立ち位置から、世界を見よう。

ロボットの体ではなく、生身の体で新しい人生を生きてみたい。

友達も蘇えり、病気など気にせずに外を走り回れる未来。

希望が溢れる未来、思い描く理想図。


<希望と同等の絶望を…私、妾は作らなければいけない>


クラリスは知っている。また命を扱うことを。

かつての元老院のように代償を支払うことを。

その代償がこの時代に生きる人間だということを、全て承知で計画を実行する。





<やっぱり私、妾は…悪魔ね。誰も救えない>




悲しいという感情は、機械音声では全てを伝えきれなかった。



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