ゆるにち
『娘のことは私が探す。君達は日常を過ごしてくれ』
行方不明になった御堂霧乃に対し御堂正義が出した答え。
子供である竜宮健斗達は、自分達がいかに無力なのかを知っている。
今すぐ探しに行きたい気持ちを抑え込み、いつものユーザーを探す日々へと戻る。
うっかり心霊画像が撮れてしまったため、東エリアのメンバーで西エリアの由緒あるという神社に来ていた。
鞍馬蓮実と相川聡史が青い顔をしている。
「だから言ったんよ、海里が話すと本物が出るんよ…」
「俺なんか朝まで寝ていた布団の中にいたかと思うと…」
瀬戸海里は苦笑いをしており、崋山優香は自分が知らない内にそんなことがと、現場にいなかったことに少し安堵する。
竜宮健斗は滅多に来ない西エリアに来て終始はしゃいでいる。
南と北、東と西はお互いのエリアに行くには時間がかかるのだ。
電車経路が中央エリアを中心に円状と交差で構成されるため道路も同じように整備されている。
そのため必ず一つのエリアを間に挟んで移動しなければいけない。
「なんか知らないけど懐かしい感じするなー!」
<駄菓子屋に定食屋洋食屋、蓄音器を扱う音楽店まで>
「西は工場産業で発達し、当時の面影を残すエリアとして有名なんだよ」
「授業で習ったじゃない!全くケンは…」
瀬戸海里が説明をし、崋山優香がため息をつきつつ覚えていなさいと言う。
しかし竜宮健斗は東エリアじゃ見られない店の数々に目を奪われてしまい、話どころではなかった。
そこに花屋の店先で作業する大柄な姿を発見する。
「太郎?」
「ん?ああ東エリアの、久しぶりなんだなぁ」
大きな木鉢を持ったままにこやかに対応するの筋金太郎。
肩にはアンドールであるムササビのムサシが乗っている。
お客さんの穏やかそうな老婆が太郎ちゃんのお友達かいと尋ねてくる。
「そうなんだなぁ。お求めはこちらでいいんだなぁ?」
「ええ、ええ。さすが太郎ちゃん、アタシもあと五十年若かったらねぇ…」
「今でも十分素敵な魅力なんだなぁ。この皺は今の若い子には作れない人生の魅力が表面に出てきたものなんだなぁ」
「あらまぁ嬉しい。だったら肥料も今買っちゃおうかしら」
「ありがとうなんだなぁ。少し重いから荷物は配達無料になるんだなぁ」
「それでお願いね。さすが太郎ちゃん、気が利くわ」
肥料を片手に木鉢と共に店の中に入っていく筋金太郎。
そして配達手配と料金を受け取り、老婆に丁寧な対応でまた来てほしいと告げる。
老婆はもちろんよと頷き、杖を片手に帰っていく。
「それでそちらはどうしたんだなぁ?」
「…ゴリラのような外見とは裏腹の接客上手だと!?」
「さすが太郎なんよ!」
「あのー、話進めようか。僕たちはこれから福桐神社に行くところなんだ」
「それは麻耶の実家が切り盛りしてる神社なんだなぁ」
筋金太郎の言葉に全員で動きを止める。
袋桐麻耶、西エリアの口が悪いことで有名なパーカー少年。
その実家が神社という事実に、どうしても素早い理解ができなかった。
福桐神社は赤い鳥居をくぐった先にある、清潔感漂う神社である。
参拝客が平日の昼に関わらず多く訪ねており、特に若い女性が多い。
「ここって恋愛成就のお守りが有名らしいんよ」
「え?それ本当!?」
鞍馬蓮実の言葉にいち早く反応する崋山優香。
やっぱり女の子だよね、と瀬戸海里は辺りを見回し掃除している袴着を着た人に声をかける。
すると振り向いた顔に瀬戸海里が、あれ、と驚く。
「げっ!?てめーら、なんで来てやがっふぅ!!?」
「参拝者にそのような悪い口を利くな、馬鹿孫!!!」
思いっきり拳骨をくらった袋桐麻耶が、手にしていた竹箒を落とす。
老人はうちの孫がすいませんと謝りにくる。
「…太郎くんから神社が実家とは聞いてたけど…」
「男版巫女服?」
<女性は帯解き、男性は袴着という名称だ。俺様の豊富な知識に驚いたか>
「すげーキッド!セイロンは知ってたか?」
<いや全く。さすがだなキッド!>
セイロンと竜宮健斗に褒められ、キッドは嬉しそうに喉を鳴らす。
パーカーを脱いでいる袋桐麻耶は、意外とさっぱりした髪型で野球少年にも見えた。
「やはりここは反省の意味も兼ねて、丸坊主に…」
「やーめーろー!!!このくそじじい、ことあるごとに禿げにしようとすんなっつうのぉおおおおおお!!」
バリカン片手に迫りくる老人から慌てて逃げ出す袋桐麻耶。
そこで瀬戸海里はいつもパーカーのフードで頭を隠しているのと、さっぱりしている髪型の理由を知った。
参拝客は慣れているのか、あらまた始まったわ仲の良いこと、とお参りを続けている。
「丸坊主は…きついなぁ」
「ケンでもそう思うなら、麻耶くんは相当ね」
「いい気味だぜ、根性悪」
「うっるせぇえええええ、ツンデレがぁあああぁいぎゃぁあああああああああああ!!」
「なんで聞こえんだよ!?というか誰がツンデレだ馬鹿野郎!!!」
埒があかないと瀬戸海里はなんとか老人を引き留め、画像のお祓いをしたいという。
袋桐麻耶が俺のところに来た画像はもう処分したからなと、息を荒げながら言う。
「ふむぅ、流出してないならあとはこの画像をプリントアウトしてからデバイスの方を削除。写真をお焚き上げしようかの」
「お願いします。僕はお祓いに付き合うから皆は神社で時間潰しといて」
老人に連れていかれる瀬戸海里を見送り、竜宮健斗は袋桐麻耶に神社案内して欲しいと頼む。
最初は罵詈雑言で拒否していたが、相川聡史がバリカンという単語を言うとし渋々承諾した。
「まずは手を洗い、そのあと賽銭箱でお参りしておみくじ引けばいいんじゃね?あとお守り売ってる」
「恋愛のお守り有名なんだよね?」
「ああ。ボスも最近買ってたな…しかしボスが恋愛?」
「麻耶も神楽が誰が好きか知らないのか?」
「お守り買うまで気づかなかった。良い奴なんだけど単純で短絡思考の勘違いの末、間違い起こしてなきゃいいんだけどよ」
面倒そうに葛西神楽のことを話す様子に、相川聡史がお前にしては珍しいという。
大体が罵詈雑言で埋め尽くされる袋桐麻耶だが、葛西神楽に関しては良い奴と評価している。
それは竜宮健斗達が初めて聞く、袋桐麻耶の褒め言葉だった。
「あいつは特別なんだよ。俺の口の悪さを正直と言い抜かしたお人好しだかんな…ていうかなんでそこの馬鹿がボスの恋愛を知ってる!?」
「都子に聞いた。確か…真のボスが女の子かもしれなくて、その子に恋してるとか…だったかな?」
<確かそんな感じだったな>
セイロンが竜宮健斗の言葉で頷く後ろで、崋山優香がいつの間にそんなコミュ二ケーションをと驚く。
そして財布の中身を確認して、お守りを買う決意をする。
「まじかよ…俺としては神楽がボスでいい、今更黒幕いらねーよ。しゃしゃりでてくんなっつーの」
「麻耶は神楽のこと好きなんだなー」
「おい馬鹿面!誤解招きそうな言葉を吐くな!!鈍感、馬鹿、思考力0、考え無し!!」
「でも好きなんだろ?」
「…嫌い、ではないが…だから誤解招きそうなんだが…」
舌打ちしつつ袋桐麻耶がしどろもどろに言う。
しかもかなり嫌そうな顔で言うので、本当に好きなのかどうか怪しいものである。
すると鳥居の方から袋桐麻耶を呼ぶ声がする。
見れば葛西神楽と凛道都子が焼き芋を抱えながら来ていた。
凛道都子はもうサングラスではなく、赤いふちの伊達眼鏡をかけていた。
「麻耶くん、差し入れ…健斗くん!?」
「応。二人とも久しぶりー」
「偶然再会!なにしにきたんだ?」
「…お祓いなんよ。ちょっと…あったんよ」
「ぐぁあああ…まじ早くお祓い終わんねーかなぁ」
東エリアメンバーそれぞれの顔を見て、一体会わなかった内に何があったのかと心配になる。
葛西神楽は少し落ち込んだ様子でお守り少し効いた、と首を傾げている。
「なにがあったんだよ?うちのお守りは結構いいものなんだけどよ…」
「少々誤解というかお友達からというか…どう見ても美少女なんだけど…うーん…」
「性格ブスか?どーせ私より身長低い人は~とか抜かす馬鹿女じゃねぇのか?」
「性格問題ではなく…うーん…」
<ビャクヤは何か知らんのか?>
<無言解答したいが、とりあえず口に出すのもおぞましい>
悩む葛西神楽とやる気のないビャクヤ。
こっちはこっちで何があったのだろうかと心配したくなる様子である。
「…恋愛ってわからん」
<健斗…お前が言うと洒落で終わることが終わらないんだが…なぁ>
本気で恋愛感情に理解できていない竜宮健斗の様子を見て、女子二名が落ち込んでいる。
崋山優香と凛道都子、二人で視線を合わせ頷くと、お守り販売所へと仲良く向かう。
そこで桃色が可愛いだの、鈴の形も素敵と女子特有の会話に花を咲かす。
<…女子ってわからん>
ライバル同士なはずなのに変なところで仲良くなる女子の様子を、セイロンはそう呟いた。
戻ってきた女子二人が葛西神楽に出会いの恋バナを求め始める。
最初は話そうか迷っていた葛西神楽だが、女子二人の勢いに負けてぼそりと呟く。
「紙飛行機…」
「紙飛行機って折り紙の?」
「出会いだよね?」
「楽譜の紙飛行機が…目の前に飛んできたんだ」
言いながら葛西神楽は思い出す。
少しだけ昔の思い出、ビャクヤがインストールされる少し前の話。
西エリアには車道電車が残っている。
それに乗って学校から帰る途中、空を眺めていたら白い物が視界を横切った。
気になって途中下車をし、飛んできた方向へ歩いていく。
また一つ紙飛行機が飛んでいく。それを慌てて追いかけて落ちてきた所を手に取る。
折り目を直していき、広げてみれば紙は楽譜だった。
「これは…ピアノじゃないよな?」
気になって空を見たが、その日はもう紙飛行機は飛んでこなかった。
それ以来葛西神楽は紙飛行機が飛んでくるのを見ては、どこから飛んでくるのか見回した。
楽譜は色んな種類があり、どれも鉛筆でメモや直しがされて使い込まれていた。
ある日ヴァイオリンの音が聞こえ、興味を惹かれてそちらへと走っていく。
ヴァイオリンが聞こえなくなった時、空に紙飛行機が飛んでいく。
そしてどこの家から飛んでいくのかを突き止めた。
地元で有名な音楽一家の家で、窓から見えた同い年くらいの子供の姿に目を奪われた。
「それでそれで!?」
「続きを、続きをぉおおお!!」
テンションが上がった女子二人がせがむように続きを促す。
しかし葛西神楽はまた迷うような素振りしつつ、小さく続けていく。
その子供は音楽が上手くいかず、その度に紙飛行機を飛ばしているらしい。
音楽はどう聞いても丁寧で穏やかで上手なのに、子供は納得いかないらしく毎日紙飛行機を飛ばしていた。
ある日勇気をもって話しかけたら、対応はぞんざいだが相手してくれるようになった。
そして話す内に惹かれて、協力したくなった。
昔から困ってる奴を放って置くのは苦手で、どちらかというとガキ大将な性格だったのもある。
なにより繊細な演奏が心を揺さぶる。どこか未完成で切ない音。
完成したらちゃんと相手してくれるのかな、って気になったんだ。
「…セイロン、なんで優香達はあの話で盛り上がるんだ?」
<お前にもいずれ分かる時が…くると願っている>
話の腰を折るなと女子二人に盛大に睨まれ、竜宮健斗はすまんと小さく謝る。
ここまで盛り上がってしまうと後には引けなくなり、葛西神楽も話を続けていく。
そしたらある日ビャクヤがインストールされて、色々なことを教えてくれた。
消失文明、シンクロ現象、アニマルデータのこと。
謎を追いたいと言った。でも人手も調べるための力もないこと。
自由に動けない体が面倒だとビャクヤは言う。
「ボスに…なればどうだろう?」
南でエリアボスを決める大会があると知っていた。
エリアボスには管理委員会の後ろ盾とメンバー構成があるという情報を調べた。
エリアというにはいずれ西でも大会が開かれるだろう。アニマルデータなら誰よりも強くなれるんじゃないかと。
「それで大きなことが出来るようになったら、あの人にも協力できるんじゃ…」
思い立ったが吉日。葛西神楽は急いで子供の家へと向かう。
そして伝えたところ、ある計画を持ち出された。
知りたいことがある、そのための計画だと。そうすれば音楽が完成すると。
大会までの間には同じようにアニマルデータを手に入れた者を探した。
そして計画を話して理解してくれた奴らを集めめていく。
特に協力してくれる三人を側近として、大会当日に言い渡された計画を実行した。
脅す側と怯えて逃げる側、事態がよく分からず逃げる側に巻き込まれる参加者達。
それを見て怒る人が現れる、その怒りを助長させるための挑発行為。
全ては計画だった。
「…え?つまりあれ全部お芝居!!?」
「は、はい…エキストラ交えた自作自演…だよね麻耶くん」
「そーそー。そこの単純がこうして盛り上げて驚かせよーぜと言ってな」
「あ、もちろん事情知らない参加者には、カメラ壊した後にドッキリ大成功看板見せたので大丈夫かと」
「カメラ壊したのはそういう訳かよ…本気で怒って海里に手を上げかけた俺って…」
「といってもそこの単純の人徳なかったら成功しなかったろーけどな」
もちろん後でカメラ壊したことややりすぎだと管理委員会に怒られたと語る。
恋バナからの計画暴露大会への移行。
そして黒幕の正体がはっきりしてきた今、竜宮健斗は葛西神楽に尋ねる。
「暗幕は誰なんだ?そして計画を俺達に教えていいのか?」
<黒幕な。く・ろ・ま・く>
「正体は言えない。男がした約束だ!………計画は、もう終わりだって…」
「終わり?」
「最後は自分でやるって…終わったら、友達から始めてくれるか考えるって」
照れくさそうにお守りを取り出し笑う葛西神楽。
それしか進展してないのかよ、と袋桐麻耶は溜息をつく。
しかし女子の追及はそこで終わらなかった。
「で、その子はどんな子?可愛い系?美人系?」
「音楽家なんだよね?清楚とか体型とかー!!」
「えっと、どっちかと言うと美人で白シャツがよく似合う細腰の指が綺麗な…美少女に見える人」
最後の呟きで葛西神楽は静かに視線を逸らした。
「霧乃ちゃんに近い?」
「いやでも神楽くんは苦手みたいだよ?巻き込まれて鬼を見たとかで…」
女子の推理は見当外れに飛んでいき、葛西神楽はただ苦笑いをしていた。
まずこの推理は当たることはない。女子を前提にしている限り。
そして自分だけの誤解ではなく、周りの誤解を解かなきゃいけないと焦り始める。
しかし男の約束があるため、正体を言うことはできないのだった。
<四字熟語忘れてるぞ神楽>
「うっ!?…まだ続けるのかー…俺国語苦手だって…」
<キャラ立ちにも役立つ>
「そう言いつつビャクヤも忘れてんじゃん>
四字熟語使わずに話す葛西神楽は年相応の普通の少年だった。
お祓いから戻ってきた瀬戸海里は、葛西神楽と凛道都子が増えてることに驚く。
そして事の顛末を聞き、納得してそろそろ帰ったらどうだろうと告げる。
「そういえばお腹空いたんよ…」
「西は遠いからね。帰りも時間かかるだろうし」
「お祓いは完璧だよな!?なっ!?」
「うちの神社は由緒正しいんだよ、生意気ツンデレ!」
「かぁああああっつぅうううううう!!!喝!!喝っ!!!!」
「いてぇ!!くぉのくそじ、いた、ば、バリカン!?」
細長い杓とバリカンを両手装備した祖父から全速力で逃げる袋桐麻耶。
その様子を眺めつつ、竜宮健斗は呑気に頑張れと声援を送る。
「あ、あのまた遊びに来てほしい…なって…その」
「応!また皆で遊びに来るから観光案内してくんね?」
「は、はい…え?皆?」
「うん。優香とも仲良さそうにしてたし」
<鈍感馬鹿…しょーがねぇから俺が応援しといてやんよ、都子>
「ビャクヤ…」
「再開待機!俺も楽しみにしてるぞ!」
「応!今日は楽しかったな!!」
「そうだね。じゃあまたね」
東エリアに帰るメンバーを葛西神楽達は手を振って見送る。
赤い鳥居をくぐり、駅へと向かう。
「そうだ、都子ー!!その眼鏡似合ってるぞー!!」
振り向き様に大声で思い出したことを言う竜宮健斗。
少し落ち込んでいた凛道都子の雰囲気が花咲くように明るくなる。
そして凛道都子も帽子似合ってますよーと出せるだけの大声で返す。
「ありがとー!優香がくれたやつだー!!」
花咲いた雰囲気が石になるように固まる。
それに気付かないまま竜宮健斗は帰る。しょうがないと相川聡史がフォローを入れる。
「こいつ馬鹿だから似合うしか言えないんだー!だから可愛いと言われたと思っとけー!!」
「ふぁ、ふぁ~い…」
相川聡史のフォローに立ち上がりつつ、凛道都子は覇気のない声を出した。
そして直後相川聡史からマシンガントークをくらう竜宮健斗。
その姿が見えなくなる頃、葛西神楽が声をかける。
「…順位結果としては俺は都子の方が可愛いと思うぞ」
「神楽くん…ありがとうぅ~…」
涙目になりつつ凛道都子はお礼を言う。
自分以上に厄介な男だと、葛西神楽は竜宮健斗に対してそんな感想を持つ。
そしていまだ袋桐麻耶は祖父から逃げ続けていた。福桐神社の日常である。
年頃の少年にしては殺風景な部屋。
仁寅律音はシラハに次の計画の話をする。それは哀しみの観察実験。
最後で、自分にとってもデメリットがある最大の計画である。
観察対象は一人、竜宮健斗のみ。
「これで僕は…完成させる。感情を…」
<そうか。俺は最後まで付き合おう>
空中に紙飛行機が飛んでいく。
東エリア大会で貰ったトロフィーはベット下に無造作に転がり埃をかぶっている。
いずれ合同エリア大会のトロフィーも同じようになる。
紙飛行機は時計台の方向へと向かっていき、途中であっけなく落ちる。
「怒りも喜びも哀しみも…全て母さんに捧げよう。大好きな母さんに」
<…お前がそれでいいなら、俺は何も言わない>
シラハは歪な笑いを浮かべる仁寅律音を見上げる。
まだ上手く作れない表情、しかし少しずつ完成している。
母親のために。息子ではなく夫を見る母親のために捧げるために作られた。
シラハは知っている。犠牲なしに得ることはできない。愛も感情も………奇跡すらも。
<俺は何を犠牲にすれば…お前を救えるんだろうな>
仁寅律音に聞こえないくらいの機械音声。自嘲する言葉。
シラハは知っている、自分では仁寅律音を救えないことを。
二つだけ救える可能性があることを…知っている。
御堂霧乃は隠れ家で計画する。
扇動涼香を救うための計画、それに必要な過程のことを。
邪魔されないためには足止めが必要。体の調整に時間がかかっているからその時間を稼ぐための計画。
「RPGだと…四天王とか三幹部が必要だよなー…」
二人は決まっている。扇動岐路と自分。
四天王の方が時間が稼げるだろうから、あと二人必要となる。
御堂霧乃はシガレットチョコを齧り、ニヤリと笑う。
「ちょうどいいのが…いる。アタシがただで司会やってたと思うなよっと」
司会をしていたのは観察するため。全エリアに関係するような役職にいたのもそのため。
全ては扇動涼香を蘇えらせるための計画行動。
「涼姉……世界で一番愛してる。大好き。この愛はもう狂気で凶器さ。想うだけでアタシは殺されそう」
心底嬉しそうに、満足そうに呟く。
まるで神に感謝する聖職者にも似た、神聖さを感じさせる。
しかし内容は禍々しくおぞましい。絶望すら感じるほどの愛情だった。




