進撃の合同エリア大会
『皆ー!!今日はNYRON全エリアで競う大会、合同エリア大会だぞー!!』
DJ・アイアンが楽しそうにマイクパフォーマンスをし、会場が一気にヒートアップする。
愛らしい営業用アイドルの笑顔で御堂霧乃がサポートをする。
『今回で北エリアのエリアチームも決まるから、張り切って一位目指そうね☆』
本性を知らない者はさらに盛り上がりを見せ、知っている者は遠い目をする。
そんなちぐはぐな二人がルール解説をしていく。
内容は大勢で旗を取り合うフラッグウォーズのメニーフラッグ。
白の旗は一点。
赤の旗は三点。
金の旗は五点。
多くの点数を取ることを目的とした競技である。
しかし今回はエリア成績と個人成績の二つに分かれる。
『個人戦はいつもと同じ大きい点数を取っていけばいい』
『しかーし、エリア成績に影響するのは本数なのだよ、ワトソン君達よ』
新しく加わったルールにざわめきが広がる。
いまいち理解していない竜宮健斗は首をかしげる。
『例えば金の旗三本取った人と白の旗十本取った人がいるとするぞ』
『個人戦では金の旗取った奴の方が上だが、エリア貢献度は白の旗取った奴が上なのさ!』
『今回は点数が同じの場合、取った本数、つまりエリア貢献度も順位に影響するんだ!!』
『まー固く考えるな!とにかく取れ!!勝ち取れ!!ってこと☆』
御堂霧乃の大雑把なまとめを聞いて、竜宮健斗は取ればいいのか、という顔をする。
その様子を見てセイロンはさりげなくフォローをするか、と思考していた。
『ちなみに今回は地元放送局の人たちが撮影してくれてるから、皆盛り上げていこーぜー!!』
DJ・アイアンの言葉に皆で勝鬨のような大声を上げる。
そしてエリアごとに決められたスタート地点へと向かう。
今回は大人数ということもあり会場自体も広いが、何より巨大なのは建設されたアスレチックだった。
真ん中に山を配置しつつ、小さな滝や川に溜池、さらには小さなアンドールしか入れないような穴倉がいくつも作られている。
また山は急こう配ながら高く、それぞれのアンドールの特徴を把握しないと旗を取るのは難しい内容になっている。
『ちなみにこのアスレチック内容は御堂霧乃ちゃんが考えてくれたんだって?』
『あははは。三日三晩の徹夜の末に苦し、ゴホン、楽しんでくれたらいいなーと考えました☆』
最後は取り繕ったものの、誰もが途中の不穏な言葉に気を取られた。
本性を知っている者達は素が出かけたなと気付いていた。
DJ・アイアンもあれおかしいなと思いつつスムーズな司会進行のため、準備はいいかーとマイクパフォーマンスをする。
そして準備ができたと思われた時、御堂霧乃がカウントダウンを始める。
『3、2、1……開戦だ!!』
合図と共に一斉に各方面へ走り出していく子供たち。
その時、御堂霧乃は北エリアのスタート地点から走り出す美鈴を見下ろしていた。
竜宮健斗はセイロンを肩に乗せつつ、真ん中の大きな山を目指した。
セイロンの特徴は翼であり、高い所は競争率が低いためである。
もちろん考えているわけではなく、セイロンの特徴を知っているからこその判断である。
そして山の麓に一番乗りしたと思った瞬間、もう一方の道から籠鳥那岐も山の麓についていた。
「那岐!そうかシュモンは……セイロンいくぞ!!」
<ああ!!>
肩を蹴り飛び上がるセイロンだが、体の構造上ではシュモンの方が飛ぶ性能は上である。
西洋竜というデザインは大きなトカゲに似た体に蝙蝠の翼がついている。
幻想上の動物であるため、人の脚色が大きく影響している。
そのため飛ぶのに効率的な体型をしているわけではない。
あっさりと遅くから飛んだシュモンに上をいかれる。
「…判断誤ったな、健斗」
「お、応!けどそう簡単に負けてやらねぇ!」
冷静に言う籠鳥那岐に対して負けん気を発揮し、竜宮健斗は上を見上げる。
確かに飛ぶ性能はシュモンが上である。
「セイロン旗色を気にせず、持てるだけ持って来い!!」
デバイスの通信機能で伝え、セイロンはそれを聞いて旗色を気にせず掴めるだけ掴む。
帰ってきたシュモンは金の旗を三本、しかしセイロンは赤三本に白四本という結果だった。
シュモンの体は鳥であるため、かぎ爪で持てる分と嘴のみになってしまう。
しかしセイロンは自由に動かせる両手に両足、そして口とついでに尻尾も使える。
お互いのアンドールから旗を受け取り、二人は視線を交わす。
籠鳥那岐が小さく笑う。
「なるほど、悪くない判断だ」
「那岐こそ、序盤から金の旗三本は手強いぜ」
二人して挑発的な笑みを見せあい、すぐに別の場所へと向かう。
時間制限の中、集められる旗の点と本数が勝敗を決める。
人間同士と人間VSアンドールの旗の取り合いは禁じられているが、アンドール同士の旗の取り合いは許可されている。
旗は順次追加されていくが、同じ場所には出ない仕掛けとなっており、金の旗は追加されるたびに本数が減っていく。
最初にどれだけ移動し、旗を取っていくかが鍵となることを二人は経験上知っていた。
エリアボスとして大会に参加していたことは、確実に二人を強くしていたのだ。
しかし二人だけではなく、他の参加者も強くなっている。
相川聡史と黒猫のキッドは尻尾を使うことを覚え、一度に獲得できる本数を増やした。
鞍馬蓮実は熊のベアングの特徴、実は木登りが得意なことを知った。
ただ難航している者もいる。
瀬戸海里は狐のタマモの特徴をつかみ切れておらず苦戦。
崋山優香にいたっては音声操作にしているとはいえ、アニマルデータがないため細かい指示を出し続けていた。
そしてアスレチックの片隅で女の戦いが繰り広げられていた。
有川有栖はハムスターのアルルを小さな穴に潜らせ、旗を探していた。
そこを偶然伊藤三月が通りかかったのだ。
伊藤兄弟は三人ともカピバラであり、伊藤三月のカピバラの名前はサンキという。
「カピバラって、癒し系目指して失敗しちゃった系?」
「土まみれのネズミよりまし」
いつもの泣き顔でなく、真顔のまま対抗する伊藤三月。
年も近く、お互いなんとなく合わないと思っており、更には竜宮健斗争奪戦の敵である。
二人は誰も近寄れないようなオーラを漂わせ、指を突き付けて勝負と叫んだ。
「絶対負かしてギャーギャー泣かしてやる!!この濡れ女!!」
「そっちこそ阿保面かかせてやる…女狐」
そんな恐ろしいやり取りを眺めていた伊藤双葉と一哉、そして布動俊介と基山葉月。
四人は覗いていたところをたまたま鉢合わせ、視線を交わした瞬間全てを理解した。
「うちの妹がすまない…」
「いえ、こちらの有栖も普段は良い奴なんですが…」
伊藤二葉と布動俊介はまるで保護者のような挨拶をし、基山葉月と伊藤一哉は無言のまま肩を組み合う。
その光景を微妙な笑顔で錦山善彦が眺めていた。
ペンギンのギンナンは水中で特徴を活かした高速水泳の末、金色の旗を取って水中から飛び出した。
それは魚を取って陸に上がるようなペンギンそのもので、錦山善彦は受け取ろうと手を伸ばした。
しかし寸前で見えない何かが、ギンナンから旗を奪う。
「なんや!?」
見えている宙に浮かんだ旗を追いかけていくと、その先には袋桐麻耶がいた。
袋桐麻耶が旗を受け取った瞬間、見えなかったアンドールが姿を現す。
それはカメレオンであり、袋桐麻耶はカメルンと呼んだ。
「…ぷっ、お間抜け似非関西弁野郎」
心の底から馬鹿にするように笑い、袋桐麻耶はその場を去っていく。
錦山善彦は普段は空気を読む少年であり、普段だったらそこで待てと叫ぶはずだった。
しかし錦山善彦は笑顔のまま、地の底から響くような声を出す。
「なんやろなー、これ。めっちゃはらたつわーほんま………ほんま空気ぶち壊しよって、ほんま………」
<アカンワー、アカンワー>
ギンナンも空気を読んだかのように音声を発する。
錦山善彦、本気で怒った瞬間である。
仁寅律音は順調に旗を取りつつ、非常に困った状態になっていた。
まず一つは葛西神楽が一定の距離を保ちつつ、後ろからついてくること。
もう一つは何故か絵心太夫が手に持っているヴァイオリンケースを見て、興味津々に話しかけてくるのだ。
「ヴァイオリンといえば魔曲による様々な効果を発する漫画が有名で…」
「はぁ…」
「つまりはその楽器にて人の心を揺さぶらんがために数多くの試練が」
好き勝手にしゃべる絵心太夫を放置しつつ、仁寅律音は白馬のシラハから次々と旗を受け取る。
絵心太夫はその旗を奪うわけでもなく、話しつつ鹿のタイラノに指示を出しつつ旗を受け取っていた。
また後ろからついてくる葛西神楽も同じように監視をしつつ、指示を出して旗を受け取っていた。
「く、苦行体現ぬぎぎ…なんだあの中二病は…」
<挙動不審だぞ。いいじゃないか、別に。それより勝ちに行こうぞ!>
「断固阻止!ぼ、その人とイチャラブするのは俺だー!!」
<恋愛盲目というか……あれ完全にシカトされてるだろうが>
白虎のビャクヤの言葉も聞かず、葛西神楽は走って前に回り込む。
そして絵心太夫に向かって怒鳴る。
「言語道断なその態度、早くその人から離れんかい中二病!!」
「おお!!四つの単語を操りし小さき者が俺に勝負を仕掛けてきた!!これは面白い!!」
「はぁ…」
ああ厄介なのが揃ったなぁ、と思いつつ仁寅律音は関わりあいたくないので無視しようとした。
しかし次の葛西神楽の言葉により、無視することができなくなった。
「恋愛成就のお守りがあるんだ!!俺がこの人とイチャラブするんだー!!!」
「ぬぅ、小さき者よ!それは禁断の薔薇世界と知っての行動か!?」
「待って。本気で待って。イチャラブとか恋愛成就ってどういうこと?」
嫌な予感がする仁寅律音は、葛西神楽に詰め寄る。
葛西神楽は相手してもらえたのが嬉しいのか、大きな爆弾を自ら落とす。
「男女恋愛!!お、俺そ、その貴方みたいな美少女初めてで…」
その瞬間、空気にひびが入るような気配がしたのを感じ取ったのはアンドール達だけである。
絵心太夫は仁寅律音の顔を覗き見た後、数歩後ろに下がる。
「…神楽くん?」
「は、はっいぃ!!」
いつもの四字熟語を忘れて返事する葛西神楽。
ビャクヤはそんな葛西神楽から離れていることに気付いていない。
シラハがその傍に歩み寄り、声をかける。
<止めなくていいのか?>
<自業自得…良い薬だ>
「誰が美少女?」
「あ、貴方です!!」
「そう、イチャラブや恋愛成就とは?」
「俺と貴方の関係せ…いの………あれ?」
話している途中で葛西神楽は異変に気付く。
仁寅律音の作られた笑顔に、怒りの凄味が増していることに。
そして思い出す、仁寅律音は既に怒りの観察を済ましており会得していることに。
笑顔が強張り冷や汗だらけになる葛西神楽に対し、仁寅律音は笑顔のまま怒りを滲ませていく。
「僕は男だよ?」
「い、いや、その顔で言われても…」
「ぼくはおとこだよ?」
「だって華奢で指先とか細くて綺麗……」
「ボクハオトコダヨ?」
繰り返される言葉に涙目になり、葛西神楽は一番近くにいた絵心太夫に助けを求める。
絵心太夫は仕方がないといった顔で仁寅律音に声をかける。
「音楽少年よ!巷では男の娘の需要も上がっていることを知っているか!?」
火事にガソリンを投下するような発言により、葛西神楽の顔色が青を通り越して緑色になり始める。
絵心太夫としては名言を言ったつもりだが、その思考は仁寅律音の真顔により砕かれる。
「だからなに?」
一切の感情をこめてない表情が、新たなる凄みとして絵心太夫に襲い掛かる。
そして二人は仁寅律音の前で、潔く土下座して謝った。
<…律音。良かったな新しい感情の発見じゃないか?>
流石に可哀想だと思ったシラハが助け舟を出す。
すると仁寅律音から凄みが消え、確かにと何かを思案する顔になる。
二人はホッとして立ち上がり、仁寅律音の次の行動に注意する。
「…ありがとう。二人のおかげでいい勉強になったよ」
「至極恐縮!!よ、よかった…」
「音楽少年よ、誰のことを考えていたのだ?今とてもいい感情の顔をしてたぞ?」
絵心太夫が放った言葉に、驚いた顔をする仁寅律音。
自分の顔を触り、そんな顔をしていたかなと確かめる。
「…太夫くんだっけ?鋭いところを突くね」
「もちろん、俺は主人公だからな!」
中二病もここまで来ると清々しいな、と仁寅律音は少しだけ期待した良い場面を諦めた。
自分の感情観察結果が良好なのを実感し、仁寅律音は笑顔を作ることが大変でなくなったことに気付いた。
まだぎこちないが自然な笑顔をした仁寅律音を見て、シラハ少し嬉しいと感じた。
「では俺は革命の勝利、旗の奪還を続けるため、ここでさらば!!」
「はぁ…」
去っていく絵心太夫の背中を見送りつつ、気のない返事をする仁寅律音。
葛西神楽は一大決心をしたように、宣言する。
「四面楚歌になっても、俺は貴方の味方です!!だから友達になってください!!」
「だから僕は…」
「部下上司ではなく、恋愛開始でもない、対等関係に俺はなりたいんです!!」
真剣な眼差しをしたかと思うと、葛西神楽はすぐに、いやでもいまだに男とか信じにくいんですけど、と残念発言をする。
虚を突かれた仁寅律音だったが、すぐに息を吐いて素っ気なく言う。
「…感情観察終わったら、考えとくよ」
「理解了解!じゃあ、俺も旗取りに行きますんで負けませんよ!」
無邪気に嬉しそうに笑い、葛西神楽はビャクヤを連れて走り去っていく。
その後姿を眺めてシラハが仁寅律音に近づき尋ねる。
<喜び…観察できたか?>
「うん。まさかの収穫だよ」
無表情ではなく無感情に呟き、仁寅律音は葛西神楽とは反対の方向へと歩き出す。
利用されたとは思わない葛西神楽に同情し、シラハは憐みの視線を走り去った方に向ける。
裏表のない葛西神楽は、裏を知らない。仁寅律音の裏に気付かない。
シラハは自分だけが理解できるという優越感に、少しだけ心配の感情を混ぜる。
仁寅律音の傍には必ず自分がいると思いつつ、それでは他はという疑問が増え始める。
全ての感情を知った仁寅律音、その先にシラハ以外の存在が傍にいるのかという不安。
思考をまとめようと黙っていた矢先、シラハと仁寅律音の目の前に竜宮健斗が現れる。
「あ、律音!ということは……」
<ここらへんも旗をとられまくっているな>
辺りを見回して言うセイロンの言葉に、遅かったかーと悔しそうに声を上げる竜宮健斗。
あまりの展開に呆けている仁寅律音は、表情も作れず言葉も出せなかった。
「律音!今回も負けないからな!」
「え、はい?」
「律音いつも強いからな!楽しいけど絶対負けたくねぇんだ」
笑顔で言う竜宮健斗はそれだけ言うと次の場所へとすぐに向かってしまう。
去っていく音が消えるまで仁寅律音はその場に立ち尽くし、そして小さく呟く。
「楽しくて………負けたくない?」
喜怒哀楽の感情、喜怒哀の先にある楽の感情。
その片鱗に触れた仁寅律音は、新しい物を見つけた子供のような顔をする。
まるでそれを親に見せて無邪気に笑うような、そんな雰囲気を見せてぎこちない笑顔になる。
<竜宮健斗…最初にあいつを見たときに、答えを知っているかと言っていたが…>
「そうだねシラハ。やはり彼は僕とは違う。そして喜怒哀楽の答えを持っているのかも」
そして仁寅律音は近くにあった旗をシラハに取りに行かせる。
喜びの感情、そして竜宮健斗の感情を観察するための目標ができた。
「この大会、彼に負けられないね」
美鈴は見上げて、御堂霧乃と目が合う。
同時に体の動きを止めて、目が零れ落ちそうなほど見開く。
美鈴の様子に気付いた玄武明良が声をかける。
「おい、どうした?」
「え、あ、その…あんな可愛い子が司会なんだーと思って」
「可愛い?」
美鈴の言葉に怪訝そうな顔をする玄武明良。
ガトも同じようにあんなのが可愛いと言われる時代なのかと、思考を働かせている。
御堂霧乃は遠くの高い司会位置から会場全体を見て、DJアイアンと共に実況し続けている。
「あんな猫被り可愛いかぁ?リーダー決める時のあの適当な態度と対応を思い出せ」
「あ、あははは…」
<しかし、あの尻は…あんざんがっ!!?>
親父臭いことを言おうとしたガトの頭を軽く小突きながら、玄武明良は旗を取ってこいと指示する。
美鈴もそれに倣ってホチに同じく指示を出す。
二匹が走り出した先に向かい、美鈴と玄武明良も行動する。
思いの外玄武明良がやる気を出しており、生来の負けず嫌いからか赤旗と白旗の大量得点を狙っている。
美鈴は玄武明良についていきながら落ちている旗を少しずつ取っている。
まるで玄武明良と離れたくないように、傍から離れない。
<よし、旗があ、ったた!?>
変な声を出すガトの目の前で、ムササビのアンドールが滑空して旗を流れるように取っていく。
向かう先にはゴリラのように大きい姿の筋金太郎がいた。
玄武明良がその姿を確認すると同時に、ガトに向かってきつい目で睨む。
「なにゴリラに取られてんだ。というかあのでかいアンドールは何だ?」
「アンドールじゃないんだなぁ…人間なんだなぁ」
間違われたことに筋金太郎は小さく涙しつつ、先に行くんだなぁと言ってすぐにその場から移動する。
人間をアンドールと間違えたことから、玄武明良がいきなり無表情になる。
この場に猪山早紀がいたらその表情は照れ隠しだと分かるのだが、ガトと美鈴はまだ理解できるほど付き合いが長くなかった。
耳だけを真っ赤にし、ガトに向かい大声で命令する。
「さっさと旗取ってこい、この駄犬がぁあああああああ!!!!」
<ワシ犬じゃなくて狼ぃいいいいい!!!>
もちろんその様子は目敏く発見した御堂霧乃によって実況された。
実況内容を聞いて猪山早紀は苦笑いしながら、旗を探し続ける。
今日アニマルデータを手に入れたばかりの猪山早紀には、アンドールとの付き合い方が見えてなかった。
エルは二本足で立ち上がって周りを見回す。そして旗がある方向へと進んでいく。
その後ろをついていく猪山早紀は曲がり角で誰かとぶつかる。
「きゃっ、ごめんなさい」
「自分こそすいません」
ぶつかったのは崋山優香で、お互い謝りつつ旗を探す。
猪山早紀は足元の兎のアンドールを見て、首を傾げる。
「この子、アンドール?」
「え、ええ。っと、もしかしてアニマルデータのこと?確かに私のラヴィはインストールされてないよ」
エルよりも動物らしく動くラヴィは、鼻をひくつかせながら崋山優香の指示を待つ。
逆にエルは自分の意志で進んでいく。明確な違いがそこにあった。
「でも私はいらないの。仕方ないけど、幼馴染がねインストールして欲しくないってさ」
「自分とは逆だね。こっちは幼馴染にインストールしろって…それでインストールできたのも凄い話だけど」
お互い昔からの付き合いである幼馴染の顔を浮かべて、笑う。
少し似てるようでやはり違いのある二人は、負けないからねと言って別々の道へと走っていく。
二人が去った場所に数拍遅れて凛道都子が迷子になりながらやってくる。
「えっと、ここ…きた、かな?いや、きてない、いや、きた…?」
方向音痴を盛大に発揮しながら、周りを見回す。
そこに大きな足音を立てながらやってくる二つの影。
「どけぇえええ、ツンデレ!!!」
「てめーがどけ、性悪子分!!」
言い争いながら並走している相川聡史と袋桐麻耶。
二人に声をかけようとした凛道都子は一瞬ためらう。
その存在に気付いていない二人は、全速力のままぶつかりそうになる。
すると目の前で大きな羽音を立てた梟が現れて、威嚇し始める。
驚いた二人は急ブレーキかけて失敗、仲良く地面に転がる。
「そーなる予感してたけど、女の子に傷つけたくないから勘弁してよね」
「んっだとおおおお!?危ねぇだろうがぁあああ!!このキザ!!スケコマシ!!ナンパ野郎!!」
梟のロロを呼び戻している時永悠真に、袋桐麻耶はあらん限りの罵詈雑言を吐き捨てる。
相川聡史は鼻を擦りむいたのか、手の甲で擦って様子を確かめてる。
凛道都子はハンカチを差し出し、相川聡史は素直に受け取って礼を言う。
「サンキュ。ったく、この性悪子分に構ってる暇ないってのに」
「どうして?」
「負けたくねぇんだよ、あのバカに!副ボスだからって負け続けなんか嫌だかんな」
バカを指す人物に思い当たりがない凛道都子は誰のことだろうと考える。
すると相川聡史は凛道都子にハンカチを返しつつ、サングラスを勝手に外す。
外された凛道都子は顔を真っ赤にして、慌てて顔を隠す。
おかげで相川聡史の顔も見えない中、言葉だけが耳に入る。
「なんであのバカ好きになったか知らねぇが、可愛いんだからサングラス外した方が有利だろ?」
え、と思っ手顔を上げた瞬間には相川聡史は遠くへと走っていた。
しかしかすかに見えた耳元は真っ赤であり、更にまだその場に残っていた黒猫のキッドがフォローをする。
<男は女と違って不器用だからな。勇気があっても素直な言葉は吐けないんだよ>
そしてキッドも去っていく中、手に残ったハンカチとサングラスを見る。
顔に集まる熱よりも、激しくなっていく鼓動に凛道都子は戸惑っていた。
「おい、ドジ!さっさと旗集めに行くぞ!残り時間も少ないんだからな!」
「は、はぃいいい!!」
いきなりの大声に素っ頓狂な声を上げつつ、凛道都子は時永悠真に頭を下げてお礼を言いつつ袋桐麻耶についていく。
悪口全てを聞き流していた時永悠真は、去る二人の背中に小さく手を振る。
そして肩に乗っているロロに話しかける。
「本当に聞いた通り賑やかで楽しそうだね。これはぜひとも好成績で北エリアに入らなきゃ」
嬉しそうに話す時永悠真もまたその場を後にする。
残り時間も少ない、本当の争奪戦が各地で始まっていた。
その残り時間が少ない中、鞍馬蓮実は筋金太郎と会っていた。
筋金太郎は盛大に落ち込みながら、涙目になっている。
「どうしたんよ?」
「…アンドールに間違われたんだなぁああああああ、おろろろろろろろろろろろろろろろろろろん!!!!」
盛大な男泣きが始まり、鞍馬蓮実は泣き止むまで一緒に付き合うことにした。
それにしても人間をアンドールと間違える人間は、どんだけ視力が悪いのだろうかと考える。
間違えた玄武明良は視力が悪いわけでもなく、悪気があったわけでもなく、純粋に間違えただけなのだ。
だが弁解や謝罪もなかったので、このような大きな誤解が広がっていた。
「オラはゴリラじゃないんだなぁあああああああああ」
「うんうん、オイラもよく熊だの金太郎だの言われるから分かるんよ」
大型動物に間違われやすい系男子二人、意気投合しつつ慰めあう。
竜宮健斗は金色の旗が少し大きめの池の真ん中にある岩の上にあるのを見つける。
そこに向かって走り、辿り着いた時に同じく見つけた三人と顔を合わせる。
籠鳥那岐、仁寅律音、玄武明良、全員が顔を見合わせた後、視線が金の旗へと一斉に注がれる。
「セイロン!!」
「シュモン!」
「シラハ」
「ガト!!」
四人が一斉にアンドール達に指示を出す。
セイロンとシュモンは翼を使い、ガトとシラハ少し助走をつけて飛び出す。
そこで竜宮健斗と籠鳥那岐はシンクロ状態に陥る寸前で、理性を取り戻してシンクロを阻止した。
まだ一回もシンクロ状態になっていない、及びその存在を知らない仁寅律音はシンクロすることはなかった。
しかし負けず嫌いでありシンクロ状態を知らない玄武明良は、ガトと視界が同調したことに戸惑いつつ金の旗を目指した。
動きの良くなったガトの異変に気づき、竜宮健斗と籠鳥那岐は慌てて玄武明良の様子を見る。
その眼は血走り、今にも血管が破れそうなほど顔も真っ赤になっている。
ガトが金の旗を取った瞬間、後ろに控えていた美鈴が叫んだ。
「明良さんっ!?戻って!!!」
その声に我を戻したように、玄武明良は息を止めていたのか大きく荒い息を吐く。
ガトも動きすぎた体の反動についていけず、池の中へと落ちていく。
同時に終了の合図が流れ、玄武明良はその場に倒れる。
ガトも沈んだまま浮かんでこない。竜宮健斗が慌てて池の中に飛び込む。
池の深さは竜宮健斗の腰より少し下の、少し浅い池だった。
籠鳥那岐はデバイスの緊急通信で、医療班を呼ぶ。
美鈴は涙目で玄武明良に近寄り、事態に追いつけていない仁寅律音は唖然としている。
「ガトっ、しっかりしろ!!那岐、明良は?」
「医者じゃないから詳しいことは分からない、とりあえずこのタオルを水に濡らせ!!」
焦っている那岐は池の中でガトを抱えている竜宮健斗の顔にタオルを投げつける。
しかし両手が塞がっている竜宮健斗はどうしようかと迷い、手持無沙汰の仁寅律音が腕まくりしてタオルを拾って水に濡らす。
「っぐぁ、のう、味噌が…沸騰してっ、るみてーだ…」
「喋んな。シンクロ状態で体に過負荷がかかっているんだ」
薄目を開けて細切れに喋る玄武明良に制止をかけ、仁寅律音から受け取った濡れタオルで顔を拭いていく。
あまりの高い体温に濡らしたタオルがすぐ温くなる。
もう一回仁寅律音にタオルを渡し、籠鳥那岐は医療班はまだかと苛つく。
美鈴がデバイスで猪山早紀に連絡を取ると、電話の向こうで慌てた声がいくつも聞こえる。
『あ、明良くんが、あの健康優良児自慢の明良くんが倒れたぁっ!!?』
『なんと、北の地にて自らを封印していた影響がここに!?』
『いや、まー、この場合は体の心配しないと怒られる予感するよー』
「っ、電話向こうのやつ、らっぁ、おぼぇ、げほっ、覚えていやがれ…」
「だから喋んな!!!馬鹿!!」
籠鳥那岐に叱られつつも、本気で全快したら仕返しをしそうな様子に美鈴は苦笑いできるようになった。
なんとか池から上がった竜宮健斗は、ガトの電源が切れてないか心配する。
しかし口にはがっしり金の旗が咥えられ、負けず嫌いの執念が存在していた。
<ガト、おい!?>
<……ばぁさん、や、また一緒に…>
<誰が婆さんか!?>
<……む?ワシは…>
瞼を数回瞬かせて、ガトはゆっくりと身を起こす。
そしてヨタヨタと玄武明良へと近づく。
<主、忘れぬうちに…一つ>
「っは、なんだよ…」
<ワシは伴侶がいた。いつまでも一緒にと誓った。最後まで、最後まであの愛おしい皺だらけの手を握ってはずだ…ワシは、ワシはっgftydkwzxcLsgdhsgayteytgjdfguaytgudfyfgudy>
機械音声が発した言葉は最後まで日本語にならず、まるでショートしたようにガトは大きく口を開いた姿勢で停止する。
動物の停止とは違う、ロボットとしての体の動きの停止。
しかしそれよりも竜宮健斗達、およびセイロン含めたその場にいたアンドール達は衝撃を受けた。
「…ガト?おいっ、ガトっ、この老犬!!」
「暴れんな馬鹿!!健斗、こいつを抑えるのを手伝え!!」
「お、応!!」
二人ががりで玄武明良を抑えてる横で、小さく仁寅律音はシラハに話しかける。
「シラハ、君達はデータなんだろう?過去なんて…」
<あるはずが、ない…あるはずが…あrUikdimsmcyjshjkdjgshfkjhsjghkjsdhbjfhkajifdufoadfoh>
「シラハ?シラハ!?」
シラハまでもが狂ったような言語にならない音声を吐き出し、ショートしたように動きを停止する。
美鈴がまるでこの世の終わりみたいな顔で、悲痛な声で言う。
「あ、ああ、アニ、マルデー、タが…本当に、父さんが言ってた、人間の…」
「美鈴?」
「ひっ、ぼ、僕は知らない!!僕は、知りたくなかったんだぁっ!!!」
心配した竜宮健斗の声さえ振り払うように、金切り声で叫んだ美鈴は体育座りの姿勢で泣き始める。
感染したようにシュモンやセイロンも、ガトの言葉を思い出す。
いた、最後、過去形によって語られたデータのはずのガトの話。
仮定の話で人間の魂がデータとなったとは聞いた、だがこの事態はいったい何を意味するのか。
疑問に思ってしまった瞬間、セイロンとシュモンは自動的にデータ内検索を始めてしまう。
<過去、該当データけんさっkLisnshnmnjxzuatwegjawgysdudsdjwqkwetfgsdghgsa>
「シュモン!?お前まで!?」
「セイロン、検索するな!!頼むから!!」
<けんtOgsgduiqwjhgdsgkfhkduhsduhsgahdgsahgdusfhkhsdhgthlserijodiugyperjey>
竜宮健斗の制止虚しく、セイロンもガトと同じように不明の音声を発して停止する。
現場にたどり着いた医療班は聞いていた以上の事態に戸惑いつつ、それぞれの子供を慰めつつ集計の間は全員医療室にいるように勧める。
竜宮健斗達がいなくなって支障が出ないよう、御堂霧乃とDJ・アイアンがパフォーマンスショーなどで会場を盛り上げた。
おかげで見学していた多くの観客は異常事態に気付くことはなかった。
波打つ金髪が日に浴びて、輝いていた。
まるで人に恵みをもたらす金の稲穂のように。
セイロンはその後姿を知っているはずだった。女王であることも。
名前を呼ぼうとした、でも声が出ない、名前が出ない。
女王が振り向く、その笑顔は年頃の少女のものだと思った瞬間、太陽が逆光になって顔が見えなくなる。
違う。名前が出ないのではなく覚えていない、顔が見えないのではなく思い出せない。
記憶、データが不自然に欠落している違和感。
セイロンはそれを思い知った瞬間、あらん限りの大声で叫んでいた。
<っあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!?っ、あ?>
「セイロン!良かった、本当に良かった!!」
自分を見下ろす竜宮健斗の顔を見て、セイロンは平静を取り戻す。
そしてなんで叫んでいたのかを忘れてしまい、首を傾げる。
周りを見回せば他にもシュモンやガト、シラハも動いているが同じような様子でいる。
おでこに冷えるシートを貼った玄武明良が不満そうな顔で体温計を口にくわえている。
まるでタバコを吸っているヤンキーにも見そうなその姿は、逆に笑いを誘う。
実際に医療室は笑いの嵐が渦巻いていた。
「爆笑必死!!ぎゃははははははは、天才児とか言っておいてヒエピタ体温計コンボ!!」
「ご、ごめ、明良くっ、ぶはっ、あはははははは!!!!」
「いやーほんま芸人やったら笑えんけど、あんさんならおかしゅうてたまらんわ、ひー」
「く、ぅくくく、だ、だめ…我慢するとお腹痛い…」
それぞれのエリアから葛西神楽、猪山早紀、錦山善彦、崋山優香が来ていた。
籠鳥那岐は明後日の方を向いているが肩が震えている。仁寅律音は口元を手で押さえている。
竜宮健斗は皆心配して代表として来てくれたんだよー、と呑気に言い、泣いていた美鈴もお腹を抱えて笑いを我慢している。
玄武明良だけがメンチを切りそうな不機嫌最高潮の顔で、歯で体温計を噛み壊しそうだった。
<主、体温計の水銀は体に毒ゆえ、飲み込まぬように>
「へーへー。わかってるけどよ、って、笑いすぎなんだよてめーら全員っ!!!!」
「医療室では静かにっ!!!」
玄武明良の怒鳴り声の次に、責任者らしき大人が注意する。一斉に声が止まる。
そして籠鳥那岐が静かに説明し始める。
「このことはあまり周りに話すな。シンクロ現象というんだが…」
籠鳥那岐の説明に誰もが口を出さずに聞いた。
特に今回の当事者である玄武明良は食い入るように聞いた。
そして聞き終わった後、葛西神楽が頷きながら小さく言葉を洩らす。
「奇々怪々、シンクロ現象は性格の一致ではなく、思考による同調が必要か…ビャクヤの奴、適当なこと…ん?」
医療室中の視線が葛西神楽の小さい体に集まっていた。
葛西神楽は言い終わった後に気付き、慌てて両手で口を塞ぐ。
「葛西神楽…お前、シンクロ現象について何を知っている?」
「あ、フルネーム呼びや。これ本気で怒ってるなー。はよゲロしたるが楽やで」
「話したくなくても話したくなるような方法を知ってるか?」
「明良くん、どーどー」
竜宮健斗だったらあの二人に囲まれたら話すなという状況の中でも、葛西神楽は何も言わなかった。
「神楽くん、僕も気になるな」
「案件了解、今ビャクヤと一緒に語ろうではないか!!」
<究極阿呆!!こっちまで巻き込んでじゃねーよ>
仁寅律音の一言であっさり承諾し、ビャクヤが大声で怒鳴っている。
なぜ仁寅律音の一言で話す気になったのかは全員気になったが、それよりも葛西神楽から持たされる情報が重要だった。
「過去回想。あれは俺がビャクヤと出会った日から始ま…」
「飛ばせ」
「いらん、要件を言え」
「四字熟語も面倒なのでなしで」
「……ビャクヤがある日、俺に言ったんだ。記憶があるって」
<あまり多くはないがな。無理に思い出そうとするとショートしそうになる>
ビャクヤが合いの手を入れつつ、葛西神楽に先を話すように促す。
「女王とか文明とかよく分からなかったけど、シンクロ現象すると強くなれるって」
「なら弊害も知ってたんじゃないのか?」
<そこまでは知らなかった。ただなぜかその情報データが俺の中で重要項目として位置づけられている>
セイロン達に対しシンクロ現象の項目を調べてみろと指示する。
検索をしてすぐにセイロン達全員が確かに優先項目に入っていると宣言した。
「俺強くなりたいから、シンクロ現象についてビャクヤに聞いたら、お互いの性格や行動が似てるとなりやすいって聞いたから」
「だから四字熟語キャラか」
「四字熟語にもなってねぇ聞き苦しい単語がいくつもあったがな。低脳」
「うう、だって俺国語苦手…」
「あー、俺も算数とか体育以外全般的に苦手だなー」
「ケンは黙ってなさい。脱線するから」
軽く竜宮健斗の耳を引っ張りつつ、崋山優香は続きはと聞く。
葛西神楽は首を振る。そしてビャクヤに視線を向ける。
<まー、あとは俺の予想になるんだけどよ、どうやら俺達アニマルデータは人間の魂みたいなもんで、すでに死んでる人間だと思うわけよ>
「根拠は?」
<神楽とその子分に文明とか色々調べてもらってたんだけどよ、一つだけ少ない記憶に酷似する文明があったのよ>
「文明?それは実存していたものか?伝説上のものか?」
興味を示した籠鳥那岐の顔を見て、ビャクヤは虎の顔で意地悪く笑う。
それはまるで本当に人間の顔らしい表情。
<アトランティスとかに似てるなー。でもそれより古い、本当に眉唾もんの伝説の文明だ>
「…名はあるのか?」
<ない。だから俺はこう呼んでいる………消失文明、ってな>
消失文明。籠鳥那岐の父親が調べている遺跡の文明。
アニマルデータが発見された、彼らが生きていたと仮定される文明は名前すらなかった。
<資料少ないんで学者も他文明とごっちゃ混ぜにしてたり、あまりに古すぎるんで偽物扱いされてんのも多いけどよ>
「ビャクヤはその消失文明で生きていた人間で、女王に仕えてたらしき記憶はあるって言った」
<そんでさ、さっきのセイロン達みたいに思い出そうとして停止するのってさ、死んだ記憶があるからじゃねぇかと俺は思うわけよ>
<死んだ記憶?>
セイロンが会話を更に気切り込む。
夢を見てたはずだ、ロボットなのにおかしい話だが仮定が本当なら思い出していたはずだ。
しかし何も出てこない。ただ知らない女性の、女王の後ろ姿といくつかの風景しか思い出せない。
なぜなのか、セイロンはそれが知りたかった。
<前世…ってわけでもないけどよ、自分が消える瞬間を思って恐怖しない奴はいないと思うぜ?>
<……思い出そうとした。でも、忘れた。思い出せなくなった…関係はあるのか?>
「俺達データの容量、人間の魂容量ってこんな機械に収まるくらい小さいのか?>
はっとして自分の体と傍にいる竜宮健斗の体を見比べる。
西洋の青い竜の姿はぬいぐるみサイズで、子供が腕に抱えきれるくらいの大きさだ。
アンドール全てがそのサイズであるため、特注でない限り内蔵できるCPUの容量にも限界がある。
<死んだ記憶、データ容量限界、それらが俺らのデータ内にあるものを引き出そうとするの邪魔するんだろうな>
<俺は、俺達アニマルデータは……何者なんだ?>
セイロンが呟いた言葉に誰も返事できる者はいなかった。
誰も知らない、消失文明のことも、女王のことも、アニマルデータのことも。
自分の存在不確定さに視界映像が揺れそうになった時、竜宮健斗がその体を抱える。
「セイロンはセイロンだろ?インストールされた時、自分で名乗った、本当の名前」
<健斗?>
「一緒に努力したり、大会出たりした、俺の大切な…相棒だ」
「お前らの存在くらいこの天才が解き明かしてやるよ。だから考え込んでじゃねーよ」
<主……>
「天才の名は伊達じゃないこと証明してやる」
「お節介で口数少ない割に友情だのなんだの余計なことばっかり口うるさい」
<那岐…そう思ってたのか>
「でもそれがお前なんだろ?お節介鳥」
「ヒールぶってるようで実は優しかったりするよね」
<な、律音まで!?>
「でもその優しさには感謝してるよ。こういう空気じゃないとなかなか言えないけどね」
四人それぞれの言葉に四匹は涙が流せたら良かったのにと思う。
でもやっぱり泣くのは少し恥ずかしいから、これで良かったと思う思考の欠片もあった。
そして言い終わった後、竜宮健斗以外の三人がそっぽを向く。
「おー照れとるったたたたたたった!!?」
「明良くん、大人になったねぇ、ってなんで頭小突くの?」
「その、よかったたたたた!!?」
錦山善彦は足を踏まれ、葛西神楽は鼻を摘まれた。
そして玄武明良と籠鳥那岐は視線で全員に忘れろ、と訴える。二人の眼光が揃うと恐ろしいほどの威圧感だった。
仁寅律音は無表情だが、逆にその表情が恐ろしさを増していた。
「うぃーす、名言頂きましたー!そんなわけで会場に戻ってドキワク結果発表のお時間にしようぜぃ」
その空気を破るようにアイドル衣装の御堂霧乃が医療室の扉から声をかける。
思い出すと恥ずかしい言葉をよりにもよって一番聞かれたくない相手に聞かれていた。
特に籠鳥那岐は殺せそうな視線で忘れろと訴えるが、その視線受けてにんまりと御堂霧乃は笑う。
「いやー、なっちゃん青春してんじゃん。甘酸っぱいメモリアル日記に書いとくから安心してね☆」
「いますぐ記憶を抹消しろ!!この人生最大汚点!!」
籠鳥那岐の怒号もどこ吹く風で受け流し、御堂霧乃は一足先に会場へと戻る。
それ続くように次々と医療室から出ていく。
玄武明良も出ようとして、動こうとしない美鈴に目を止める。
「どうした?」
「あの、僕…」
「あー、そういえば父さんどうの、知りたくなかったどうのってやつな」
玄武明良から切り出された言葉に美鈴は肩を震わせる。
顔を俯かせ、腕の中にホチを強く抱きながら言葉を待つ。
「シンクロ状態とかいう馬鹿な症状などのせいで、この天才的な脳味噌が今は容量満タンでな」
「…え?」
「今度でいい。俺が暇な時で、お前が話してもいいと思った時でよ」
そして美鈴に手を伸ばす。さっさと会場に移動しようというジェスチャーだ。
美鈴は泣きそうなくらい顔を歪ませつつ、しっかりとその手を取る。
玄武明良より少し小さいその手は、握りしめた手を離さないよう必死に力強く握りしめた。
すると二人を待っていた猪山早紀は、美鈴のもう片方の手を握る。
ホチが地面に降り立って、自分の足で歩き始める。
「なにやってんだ?」
「えへへ~。家族ごっこ?」
「…会場までだからな」
「お許し出た!やったね、美鈴くん!」
「は、はい!」
二人に挟まれて美鈴は、心の底から嬉しそうに笑う。
三人並んで歩く姿は幼いものの、本当に家族のようだった。
『では集計結果をもとに、個人成績上位五名の結果発表でーす!』
『少しずつなんてもったない、電光掲示板に注目の一斉発表だー!!!』
参加していた子供たち、観客の目が天井近くの大型掲示板に集まる。
まるでスロットのようにいくつもの字が点滅しては消えていき、一定時間の後に結果が表示される。
一位 玄武明良 33点
二位 仁寅律音 31点
三位 籠鳥那岐 29点
四位 竜宮健斗 27点
五位 相川聡史 26点
『優勝は大会初参加!!北エリアの玄武明良選手だぁあああああ!!!』
『決め手は終了間際の金の旗を取ったことによる、大逆転!手に汗握ったよ』
当然という顔をしつつ嬉しそうな顔をする玄武明良の周りに、北エリアの子供達が集まる。
会場内では拍手が沸き起こり、あちこちでクラッカーが鳴る音と紙吹雪が舞う。
負けた者は勝った者に賛辞を送り、発表されていない者は次に現れ始めた順位一覧に胸躍らせた。
『さーて個人成績で優勝した奴、悔しい奴、いっぱいいると思うけど今度はチーム成績&貢献度順位発表だよん』
『こちらも同時発表!心して見てくれよ!!』
個人成績で盛り上がっていた会場が徐々に静まる。
ほぼ音がしなくなった後、また電光掲示板がスロットのように動く。
チーム成績
一位 東エリア 76本
二位 西エリア 69本
三位 南エリア 65本
四位 北エリア 60本
個人貢献度
一位 崋山優香 20本
二位 錦山善彦 15本
三位 美鈴 13本
四位 相川聡史 11本
五位 袋桐麻耶 10本
「あれ?私・・・!?」
崋山優香が驚きのあまり間抜けな声を出した直後、また会場内で拍手と歓声の嵐が巻き起こる。
『いやー面白い結果だね、DJ・アイアン。注目すべきは個人成績上位五名の内一名のみが二冠だ』
『逆に個人成績では芳しくない崋山優香選手、白旗のみでのチーム貢献度上位入賞!これが旗合戦の醍醐味!!』
『チームでは個人上位三人、及び貢献度上位二人いるため東エリアいい成績でーす』
『全体的に言えば北エリアが点数平均点高いんですが、大物狙いすぎて芳しくない結果になりましたね』
『北エリアはまだチームができてないので統率力さえあれば、今後良い結果を出すでしょう』
『では今回の結果をもとに北エリアでのチーム構成がトロフィー授与式の前に発表されます。準備時間の間は選手同士、良い交流時間を過ごしてください!』
DJ・アイアンの言葉を締めに、電光掲示板が順位発表を一定時間流しつつ、端にトロフィー授与式までの待ち時間が表示される。
交流しやすいようにアスレチックは地下に収納され、体育館のような平たい床になる。
和やかな音楽が流れ始め、選手達は思い思いに動き始める。
「優香、やったな!!一位じゃねぇか!!」
「け、ケン!?」
<アニマルデータないというハンデを乗り越えての一位だ。もっと胸を張れ>
「セイロンまで…もう、恥ずかしいなぁ」
両頬を押さえて赤い顔を隠すように崋山優香は、小さく微笑む。
そのすぐ近くでは二人の少女が言い争っている。
「きー!!泣き女に点数で負けた!?」
「猫被りに本数で負けた!?」
有川有栖と伊藤三月がお互いに、ある点で負けたことを悔しがり、その片方でまぁ一つは勝っているかと優越感に浸る。
そんな争いを見ている少年四名は、しみじみと話す。
「ふははは…やっと終わった」
「あの女の戦いに巻き込まれたからパッとしなかったが!!ま、気にすることじゃないよ!わっははは」
「一哉のその能天気さが腹立つなー。少しは悔しがれっつうの」
「はは…でも、また大会開くんじゃないかな?その時挽回すればいいよ」
男の友情に目覚めた四人は、いまだ言い争う少女二人を止めるべく行動する。
そんな少年少女の行動を見ていた仁寅律音は、壁に寄りかかりながらシラハに話しかける。
「負けちゃった…彼には勝ったけど、一位になれなかったよ…」
<悔しいか?そしたら新しい感情だ>
「よく、わかんないや…でも、少しだけ喜の感情はわかった気がする」
そこに絵心太夫が笑顔で近づいてくる。
「喜怒哀楽の感情を楽器にのせし少年よ!二位おめでとう!!」
「…ああ、君か。その喋り方疲れない?」
「ふむ、確かに主人公たるもの簡潔な言葉で物事を伝えるのも重要か。助言ありがとう!」
「…はぁ。主人公と言う割に成績良くないようだけど?」
「大器晩成!とかの少年の口調を真似れば、俺は後でカッコよくなるんだ」
そこに猛スピードで走ってくる葛西神楽が、仁寅律音と絵心太夫の間に入る。
「接近禁止!!少しは遠慮しろ、この面倒野郎!!」
「はっははは。そんなこと言ってたら背が大きくならんぞ、小さき者よ」
「大器晩成!俺は後でこの人より大きくなって姫様抱っこが目標なんだからな!」
「…大器晩成は身長に使う四字熟語ではないし、ま・だ・そんなこと言ってる口はこれかい?」
「は、はひ、ふ、ふひはせん、っててて」
お姫様抱っこのキーワードに怒りの感情が反応し、仁寅律音が葛西神楽の頬を引っ張る。
その様子を快活に笑っていた絵心太夫の横に、涙目の筋金太郎が現れる。
「ぼ、すぅううううううう!!助けてほしいんだなぁああああああ!!!!」
「驚愕事態!?どうした太郎!?」
「だからお前の骨格及び肉付、体格共に年齢的な成長から鑑みて発達の良さに人体生態のメカニズムがあるから調べさせろと…」
「おお!北に封印されし力で勝利をもぎ取りし戦士よ、小難しい言葉を並べてどうした?」
「オイラからも助けてほしいんよ!さっきから明良がオイラ達の体調べたいって…」
「では僭越ながら俺が止めてやろう。なぁ、今回の北の先導者よ」
「あん?今証明実験の下調べに大切な…」
「男性が男性の体をひん剥いて調べるというのは禁断の薔薇園という、ある一部的嗜好趣味の女性が好む場面だがよいのか?」
筋金太郎の服を引っ張っていた玄武明良は、絵心太夫の言葉に青ざめあっさり手放す。
そしてその襟元を掴み、大声で怒鳴り始める。
「誰がこんなゴリラとそんな展開になると思っていやがるんだ、気色悪い!!!俺に謝れぇええええええええ!!!!」
「オラにも謝ってほしいんだなぁ…うぅ…」
<そうだぞ。大体、主にはすでに許嫁がおられるぞ?>
「許嫁発覚!?だからそんな横暴態度でも平然としているのか…」
「なんという衝撃事実なんよ…オイラ達とあまり年変わらなさそうなのに…」
「はははははは。そろそろ頭に、血が回って、三半、規管が、悲鳴を上げ始めたので、止めてくれないか天才なる子供よよよよよよよ!!」
頭を前後に大きく揺さぶられている絵心太夫を見捨て、仁寅律音は静かにその場を去る。
その両手は小さく合掌しており、振り向く様子はなかった。
その少し遠くで袋桐麻耶が瀬戸海里を盾にしながら、錦山善彦から逃げていた。
「ま、麻耶くん、善彦くんとなにがあったの?」
「うっせーうっせー!!いいからお前は俺の盾として犠牲になれっつーの!」
「待たんかい、この性悪小僧!よくも似非関西弁言うてくれたな!!ちょい気にしてることをあっさりとー!!」
<アカンデー、ホンマアカンデー、アカンベー>
「ちょ、自業自得じゃないか!?なんで僕まで巻き込まれてるの!?」
「死なば諸共、旅は道連れ世は情け、渡る世間は鬼ばかりだ!!!」
そうやって走り続けている三人は相川聡史の横を通り過ぎる。
相川聡史はキッドと共に電光掲示板を見上げていた。
「…負けた。また、負けた」
<聡史…貢献度で勝ったからいいじゃないか>
「いや、俺は、俺はあいつに負けてんだ!!ちくしょう、なんであいつはいつも…」
悔しそうに声を上げる相川聡史は、この結果に納得していなかった。
全く努力しているように見えない竜宮健斗が、自分の上にいる。
そう思うとやりきれない気持ちが溢れていた。
「あ、あの聡史くん…」
「ん?あ、サングラス外して…眼鏡?」
「えっと、伊達なんだけど、赤い縁が太くてお気に入りの奴で…これなら顔少し隠せて可愛く見えるかな?」
「あ、ああ…いいんじゃないか」
そう言うと凛道都子は顔を真っ赤にして、俯きながらありがとうと言う。
しかし相川聡史はそれに気付かず、どうせ竜宮健斗にアピールするためだと思うと少し悔しかった。
「じゃあ、私は他の場所行くね!あ、に、二冠おめでとう!!そ、の、たった一人で二つも受賞して、カッコいいと思ったよ!!!」
大声でそう捲し立てると、凛道都子は早足でその場から去る。
その言葉に毒気を抜かれた相川聡史は、キッドに小声で今度の大会でリベンジだと決意表明の言葉を告げる。
キッドが少し安心して、余裕を持った視線で周りを見回すと時永悠真と美鈴、猪山早紀の姿が目に入る。
「いやー残念な予感してたんだよねー」
「自分もあまり上手にエル動かせなかったよ。でも美鈴くん、貢献度上位おめでとう!」
「あ、ありがとうございます…」
「この成績だと明良くんと美鈴くんは北エリアチーム確定かな?僕も何か役職欲しいなー」
「役職貰っても明良くん引き籠りそうだけどね。あー、その様子目に浮かぶなー」
「は、ははは…」
「そろそろ北エリアチーム発表と授与式かな?楽しみだね」
そう呟いた時永悠真が見上げる電光掲示板の時間を見ながら、舞台裏では御堂霧乃が準備に追われていた。
DJ・アイアンと式辞の言葉を打ち合わせつつ、トロフィーと副賞を念入りに確認している。
忙しそうに、それでも楽しそうに動き回る御堂霧乃の姿を籠鳥那岐は物陰からこっそり見ていた。
そしてすぐにその場から去る。肩にいるシュモンに小さく話しかける。
「今回ばかりは親父の勘も外れだな。あいつが…遺跡からアニマルデータ盗む理由はないし、あんなに一生懸命に行動している」
<そうだな、我も同意見だ。やはり濃いのは行方不明の扇動岐路か>
「ああ。なんとしても奴の居場所を突き止め、クラリスを…俺が壊す!」
火傷を隠す黒手袋している手を、強く握りこむ。
そう決意した籠鳥那岐は背中を見ている視線があることに気付いていなかった。
「なーる。なっちゃんが調子悪かったのはアタシを疑ってたからか。なるなるなる…それにしても詰めが甘いぜ」
そう言って御堂霧乃はすぐに打ち合わせの最終段階の確認しに、DJ・アイアンのとこへ向かう。
テレビ中継を見ていたロボットは、テレビを消して立ち上がる。
そして大理石に刻まれたアニマルデータの回路を見て、優しく話しかける。
<あと少し。待ってて……必ず貴方に相応しい体を作るから>
歌うように、安心させるように、母のような暖かみのある言葉が暗い空間に木霊する。
上から定時刻を告げる、時計台の鐘の音が建物全体を揺らすほど大きく響いた。
<時計台の鐘がここまで響くのか?>
「さすが中央エリア。すごい迫力だ」
発表と授与式の合図をするかのような鐘の音に、セイロンと竜宮健斗が小声で話す。
そしてDJ・アイアンと御堂霧乃が少し高い舞台の上に立つ。
『さーお楽しみ発表ターイム☆』
『今回北エリアメンバーは大会結果において決めています。この一回で決めたメンバーはいわゆる仮状態となります』
『反対意見が五つ以上集まったら第一回北エリア大会を行い決め、ない場合はこのメンバーが正式メンバーになる』
『そろそろ聞き飽きてきたかい?なら電光掲示板に注目だー!!』
会場中の視線が電光掲示板に集まる。
写真と名前がスロットのように動き、少しずつ止まっていく。
最終的に表示された五人は、半分予想通りという顔で、もう半分は意外という顔をしていた。
ボス 玄武明良
副ボス 猪山早紀
会計 絵心太夫
書記 時永悠真
マネージャー 美鈴
最初に一番異を唱えたのは玄武明良だった。
「なんでこの阿保が会計なんだっ!!?」
「はははは新たなる首領よ、こう見えて算数は得意だぞ?足算引算割算掛算のみだがな!!!」
「それくらいならあそこにいる馬鹿面にもできるだろうが!!」
「あ、ケンは割算危ないわよ。平均出せないから」
「というか俺は馬鹿だけど馬鹿面じゃないぞ」
もうどこから突っ込めばいいか分からない空気の中で、御堂霧乃だけが冷静に反対意見は書面にしたためてこいと告げる。
副ボスに任命された猪山早紀は頭が真っ白らしく、なにも反応が返ってこない。
美鈴が時永悠真の方を見ると余裕の顔で、面白そうな予感と笑っている。
『とりあえず仮だ。か・り!反対意見が五つ以上なら次の大会で実力見せてメンバー替えだよ』
『ははは…喧嘩するほど仲が良いというし、とりあえず頑張ってくれ』
北エリアメンバーが決まったというのに、いきなりの波瀾万丈な展開に多くの者が不安を抱く。
そんな重い空気を振り払うかのように、御堂霧乃が授与式始めるので上位入賞者は前にと声を響かせる。
上位三人はトロフィー、五位までにはメダルバッジと副賞が授けられた。
副賞はアンドール用のおしゃれキットで、服や帽子といった小物が入っている。
そんな中、御堂霧乃がこっそりと竜宮健斗に小さな紙袋を渡す。
「なんだこれ?」
「嫌がらせ★いらなかったら近くにいる奴に渡せ」
御堂霧乃はアイドル用の顔ではなく、いつもの意地悪を企んでいる笑顔だった。
授与式も終わり、合同エリア大会は終了となった。
竜宮健斗が渡された紙袋の中身を取り出すと、それは女の子用の花飾りがついハンチング帽だった。
意味が分からず眺めていたが、近くに来た崋山優香に目を止めると声をかける。
「優香、プレゼント」
「へ?ええ!?」
投げ渡されたハンチング帽を受け取り、崋山優香は素っ頓狂な声を上げる。
とても鈍感で馬鹿な竜宮健斗が選んだとは思えない可愛いデザインである。
思わず辺りを見回すと、成功したかのようなあくどい笑みを浮かべている御堂霧乃が目に入る。
「や、やられた…」
〈なるほど…良かったな、優香。女子として一番に見られてたぞ〉
セイロンの言葉を全く理解できなかったのは竜宮健斗のみ。
その他は正確に理解し、約三名が大きな衝撃を受ける。
「くっ、幼馴染かぁ…」
「ぐすっ、いいもん。何年経っても私の方が若いし」
「あ、諦めないよ…頑張る、うん」
あんだけ鈍感馬鹿になんで女子は好意を抱くのか分からない少年達。
特に相川聡史はまたマシンガントークで弱らせてやろうかと考える。
しかし何か深刻そうに考えてる竜宮健斗の顔を見て、足が止まる。
「かなりやばい。トイレ行ってくる!!」
「ちくしょう、てめーはそういう馬鹿だったよ!!」
一瞬深刻そうに見えた顔に同情した自分が馬鹿だったと、相川聡史は苛立ちながら叫んだ。
走りながら長くなりそうだから先に帰ってくれと、竜宮健斗が言いながら通路の奥に消えていく。
その言葉を受けて次々と帰り支度している子供達。
「では俺は明美さんとデートのためここで!!お疲れ様!!」
「そっちが一番に帰るんかい!」
誰よりも早くDJ・アイアンこと鉄夫はスキップしながら会場から出ていく。
ちなみに姓名含めた本名は信原鉄夫である。
信原鉄夫はまだ気付いていない。その明美という女性が今日参加していた子供達、誰かと姉弟であること。
思わずツッコミをいれた御堂霧乃だが、すぐに気を取り直してアイドル衣装を豪快に脱ぎ捨てていく。
「おい、霧乃…」
「お、なっちゃんラッキースケベだぜ?どうよ?」
「目が腐る。さっさと服着ろ人生最大汚点」
淡泊すぎる反応の上、タオルを投げつけられた御堂霧乃はぶーたれた顔になる。
やはり籠鳥那岐は男として何か終わっているのではないかと、逆に心配するほどである。
そこへ錦山善彦が籠鳥那岐を探しにやってきて、空気を読んで一瞬固まる。
「えー…いやーん、エッチィーと叫べばいいんやろか?」
「お前が言うのか」
「アタシが言うべきだろそれ」
ならさっさと言って空気を動かしてくれと、錦山善彦は心の底から思った。
ほとんどの子供たちが帰る中、崋山優香は竜宮健斗を待つと言って見送る。
そして崋山優香だけが残った後、男子トイレに続く廊下を進む。
男子トイレ扉の傍で待つ。静かでなければ気づかないくらい小さな声が中から聞こえる。
「………ぅぁ、ぅ………ぐ、やじぃ…………」
おそらく崋山優香だけが気付いていた。
男子トイレに向かう竜宮健斗の少しだけ泣きそうに歪んでいた顔を。
ラヴィと先程のハンチング帽を抱えながら、その声が聞こえなくなるまで待った。
上位入賞だろうと、チーム成績一位だろうと、負ければ悔しいのだ。
勉強できなくても、かけっこや競争といったものには本気だして挑む竜宮健斗。
馬鹿で鈍感で心配ばかりかける幼馴染。負けて悔しいときは急にいなくなって人知れず泣くのである。
「本当、心配ばっかりかけて…馬鹿なケン」
こういう時必ず近くで泣き止むのを待つのも、崋山優香の常であった。
慰めはしない。きっと無理して笑うだろうから。
そして別の場所でまた泣くのが目に見えているから。崋山優香は近くで待つのだ。
少し赤い目でトイレから出てきた竜宮健斗は、扉の傍で待っていた崋山優香に笑顔で言う。
「あ、待っててくれてありがとう」
「本当に長いトイレね。皆帰ったことだし、早く帰りましょう」
立ち上がる崋山優香は、そういえばと思い出して紙袋をカバンから取り出す。
竜宮健斗に渡して開けてみてと言う。
「急にどうしたんだ?」
「そっちこそ急にプレゼントしてきたからおあいこよ。受け取りなさい!」
「お、応…」
ごり押しに圧倒され、竜宮健斗は紙袋から中身を取り出す。
それは赤と黒のデザインされた男の子用の帽子だった。
セイロンが良いデザインだと褒める。
「ボスバッジ失くさないよう、この帽子のつばに付けたら?」
「なるほど!じゃ、早速…」
リュックの中を探して少し時間がかかったが、バッジを取り出してつばに付ける。
金色のバッジが赤と黒の帽子によく映えた。
帽子をかぶった竜宮健斗が崋山優香に似合っているか聞く。
「さすが私の見立てね!」
「お前がお前を褒めんのかよ」
<優香も帽子かぶればどうだ?きっと似合うぞ>
セイロンに促され崋山優香もハンチング帽をかぶる。
ラヴィには薔薇の髪飾りだが、ハンチング帽には六つの花弁を持った桃色の花飾り。
黒い帽子は少し大人びて見えるデザインで、まさに外見に花を添えた。
「今度は逆に、どう?」
「うーん、馬子にも衣装?」
「それが褒め言葉なら一発殴らせてほしいわ」
<難しい言葉使わずに素直に言え>
「えー…と、滅茶苦茶似合ってる!」
その言葉に崋山優香は満足そうに笑う。
セイロンもまともなこと言えるじゃないかと、しきりに頷いている。
「じゃあ帰ろうぜ。遅くなったから早く駅に向かわないと」
「あ、もう!そんなに速く走らないでよ」
新しい帽子をかぶった二人が夕暮れの道を走っていく。
赤く染まった道が明るく、世界を彩っていた。




