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前哨戦だよ!全員集合!!

公園のアスレチック広場。いくつも倒れた空き缶を回収しながら竜宮健斗は言う。


「今日の朝練終わり!後は会場で充電して大会優勝目指すぞ!!」

<ああ!この努力が俺たちの勝利の女神だ!>


朝霧が漂う早朝、竜宮健斗は大会に向けて練習をし続けていた。

誰にも言っていない秘密の特訓、幼馴染の崋山優香すら知らない内緒事だった。





中央エリア遊戯ホール、合同エリア大会当日のメンテナンスルーム。

竜宮健斗は誰よりも早く会場に来たつもりでいた。

しかしそれよりも早く見たことない三人組が、メンテナンスルームである物を見つめていた。

約一名は睨んでいたのほうが正しいが、見ていたのはUSBケーブルに繋がれたフェレットのアンドール。


「え、エル?」

<音声認識。マスター認証。命令を>


流暢な機械音声に、おさげで丸メガネを付けた少女は目を丸くする。

もう一人の黒いファーを付けた白衣コートを着た不良のような少年は、ひたすら睨み続ける。

そして二人より少し幼い色あせたマフラーをつけている少年が苦笑いを浮かべている。


「美鈴、お前の話は本当らしいな。ということは復元されたデータにミスターSは…」

「え、エルがガトみたいに喋った!?え!?すごい!!」

「ほ、本当はこんな都合よくインストールされないんだけど…あれぇ?」


竜宮健斗はセイロンと視線を交わし、すぐに三人に駆け寄る。


「そこの三人、もしかしてアニマルデータ…」

「なんでお前みたいな馬鹿面がそれを知っている!?」


不良がメンチを切るような勢いで睨まれ、竜宮健斗は足を止める。

籠鳥那岐の睨みとは違う、牽制ではなく喧嘩腰の視線には竜宮健斗は慣れていなかった。


「え?と、そのさ、もしかして北エリアか中央エリア?」

「そうだけど、それが?」

「…エリアボスとかまだないからかー。長くなるから座って話そうぜ」


休憩スペースのソファを指さしながら、竜宮健斗は三人を連れて歩いていく。





一通り話を聞き終えた玄武明良は、竜宮健斗に自分なりの見解も話していく。


「セイロンが元人間!?」

「そいつだけじゃなくて、アニマルデータ全部だ。お前以上に詳しい奴はいないのか?」

「え、と……霧乃か那岐かな。二人とも内部事情も知ってるみたいだし」

「後ですぐに紹介しろ!この天才の頭脳を活かしたければな」


天才という単語に竜宮健斗は頭良いのかーと素直に感心する。

その傍らでセイロンはガトと会話している。


<アニマルデータが魂…しかしガトに記憶はないのだな>

<ああ。ワシは主によって起こされる前の記憶はない。しかし知識がある>


それを聞いたセイロンは確かに、とデータ内のメモリを検索する。

アニマルデータが処分されたことや竜宮健斗に説明した内容は、知識ではある。

しかし記憶ではない。なぜならアニマルデータ状態で電子空間にいたことはまるで夢の出来事のようだった。

夢は起きれば忘れていくもの。今では記憶として思い出せない。


だがメモリを検索しているうちに、少しづつ違和感が大きくなっていく。

データであるはずの自分の中にある映像記録。

古代の街並みに石造りの街。そして一つだけとても鮮明な映像。

女王と認識している女性がこちらに背中を向けて街を見下ろす姿。

背中からでもわかる慈愛にあふれたその姿に、セイロンは心奪われていた。


もし自分が元人間であれば、あの女性もどこかにいるのかとセイロンはないはずの心臓が脈打つ気がした。




「でも人間を回路にするとか…できるのか?」

「元々人間の感覚や機能、記憶の整理などほぼ全て脳が管理していた。脳も解体すれば機械みたいなものだ」

「う、なんかグロイ…脳解体とか…」

「ただ今の科学じゃ無理だ…それに魂はある意味科学の領域だけでは説明できない部分も多いからな」


玄武明良が次々とする説明の単語数の多さに、竜宮健斗はオーバーヒートしそうになっていた。

α波やら幽体のエネルギー理論、果ては心霊現象の科学的解明の原理まで話が飛んでいく。

すっかり常人ではついていけない会話になっていき、会場に入る人が増えてきた。

そんな竜宮健斗の会話を聞いた一人が割り込んでくる。

首にゴーグルを下げた、少しベルトの多い服装をした少年だ。


「闇夜の住人によるアンダーグラウンドワールド、墓場の下には何が続くのか!!?だな」

「なんだお前は?」

「早すぎた中二病患者の二つ名を持つ俺の名を知らぬか!?」

「知らん」


玄武明良のそっけない言動も気にせず、少年はポーズを次々に決めながら言葉を続けていく。


「ならば教えよう、我が名は絵心太夫!!機械により現れし我が相棒の名はタイラノ!!」

<心の友と書いて心友>


機械音声で喋るタイラノは鹿のアンドールである。

喋るアンドールに慣れた竜宮健斗たちの反応を見て、決めポーズのまま停止する。


「太夫は北エリア?」

「そうだ!!」

「じゃあ、説明しようか…」


長い説明は嫌だなー、という感じで話し出そうとした瞬間もう一人拍手しながら近づいてくる。


「その決めポーズカッコイーね。そして楽しそうなお話してる予感」

<退屈、嫌>

「こっちはロロ。僕は時永悠真」


ポンチョを着た時永悠真と、肩に乗った機械音声で喋る梟のアンドールのロロ。

ニッコリとほほ笑む時永悠真は、ちなみに僕も北エリアと付け足す。

竜宮健斗は増えた傍聴者に挨拶しながら、話し始める。





「なるほどー。どうりでおかしい予感がしたわけだ」

「電子空間で生まれ出る動物たち!!しかしその正体は古代文明からの来訪者か!?」

「そこの病人は黙れ。煩い上に合理的な言葉選びとは思えん」

「中二病患者は不治なる病。成長すればするほど病の傷跡が暗黒の史実を描き、我が精神を苦しめ……」

「な、なんかカッケー!」

<健斗!その領域には踏み込んではいけない気がするぞ!!>


絵心太夫の言葉遣いを真似しようとした竜宮健斗を、セイロンは慌てて止める。

時永悠真は落ち着いた様子で自動販売機からホットコーヒーを買ってきて飲む。

騒がしい様子を見て、美鈴が楽しそうに笑う。

猪山早紀はその笑顔を見て、安心したように微笑む。


「美鈴くん、楽しい?」

「は、はい。僕ずっと友達いなかったから…」


その言葉に場が一気に静かになる。と思った瞬間絵心太夫が美鈴の肩に手をまわしてポーズを付ける。


「少年よ大志を抱け!!ボーイズビーアンビシャス!!さぁ孤独の海に別れを告げて我らと新しい船出を祝おう!!」

「は、はいぃ!?」

「美鈴、その病人からさっさと離れろ。おら病人は病院行け」

「この病が医者で治るならこのように苦しむことも…」

「もういい。俺がその脳内手術してやる」

「わー嫌な予感」

「明良くん!!こんなところで実験は駄目だよ!!」


ワイワイと騒ぐ玄武明良達を眺めていたら、デバイスの通話機能に崋山優香からの着信が入る。

東エリアの皆が揃ったのと御堂霧乃から新しい通知がある、ということで来てほしいとの連絡である。

竜宮健斗は聞いているのかどうかはわからないが、玄武明良達に別れを告げてその場を後にした。


<セイロン殿。お主とはいい話ができた。また出会えることを願おう>

<大会に出れば嫌でも会うぜ!>


セイロンもガトに別れを告げ、竜宮健斗の肩に乗ってその場を後にした。





「うぃーす、最初は中央エリアの奴は北エリアとまとめようとしたんだけどさー」


疲れた様子でアイドルのような可愛い服装のまま話し始める御堂霧乃。

視線で崋山優香に説明を求めると、開会式用と話してくれた。


「中央エリアの奴ら好き勝手にあっちのエリアに友達いるだのとなんだと…」

「ああ、大変だったんだな」

「少年分かってくれるかー。んで、しかたないから中央エリアの奴らは東西南北好きなとこに入ってもらった」


そして手渡された紙面に目を落とせば、東エリアの面々の名前と共に中央エリアの面子の名前もある。

お腹が空いたのかどこからかお菓子を出して、その中のビーフジャーキーを豪快に齧る御堂霧乃。

小声でなっちゃんからかって遊びて~と呟く始末である。


「んで、前に中央エリアの管理の話しただろ?エリアチームのこと」

「応。四人のボスで統括だろ。なんか変更が?」

「中央エリアはチーム作る予定ないし、ボス四人をメンバーとして中央エリア団員として管理しようと思ったが…」

「エリア団員を作らないのか?」

「ああ、中央エリア団員は東西南北好きなとこに入ってもらい、未確認ユーザーは四エリアローテーションによって炙り出す」

「あぶり?」

「…間違った。探し出す。別に怒っているわけじゃない。ぜんぜーんオコッテナイヨー、ウフ☆」


最後の天使の笑顔のような言葉と笑顔に、竜宮健斗達は全員顔を青ざめた。

人間の殺意というものが目に見えたらああいう感じなのかな、と思ってしまうような笑顔だった。


「それにしても人数多いんよ。これまとめあげる話とかなんよ?」


鞍馬蓮実の言葉に、御堂霧乃はニヤリと笑う。


「いーや。各々全力で戦ってくれればいい。それがチームへと貢献する」


楽しみはルール説明聞けばわかる、と言い残し御堂霧乃は他のエリアチームの説明へと向かう。

そして相川聡史が竜宮健斗に向かって宣言する。


「今回はチーム戦と個人戦一緒って聞いたからな!今回の個人戦でお前に勝つ!!」

「応!!望むところだ!!」


相川聡史と竜宮健斗の間で見えない火花が散る。

鞍馬蓮実も負けないんよーと明るく言い、瀬戸海里も目指すはどちらも一位と言う。


「あら、今回は私も出るから忘れないでよね!」


前回仲間に入れなかった分、崋山優香も楽しそうに仲間入りする。

その光景を各アンドール達が微笑ましく眺めていた。





「つーわけで、北エリアは今回の成績でエリアチーム結成。とりあえず仮リーダー決めるためくじ引き」


説明を終えた御堂霧乃が、筆立てに割り箸をいくつも入れた物を差し出す。

絵心太夫が王を決める遊戯に似ていると言い、まんまそのものだと返答される。

各自好きなのを引いていき、一つだけ先端が赤い割り箸を玄武明良が引き当てる。


「よろしく、リーダー」

「すごいよ明良くん!!」


興味なさそうな御堂霧乃と、心底喜ぶ猪山早紀という真逆な反応に玄武明良は言葉を選べずにいた。


「外れる予感してたんだよなー。残念」

「あ、明良さん頑張ってください!!」

「我らが王の誕生に賛美の拍手を送ろうではないか!!」


絵心太夫が拍手をし始め、周りもよく分からずに拍手をしていく。

玄武明良は無言のまま拳で絵心太夫の頭を殴った。


「ふ、有能なる部下を成長させようとあえて厳しく接するその態度に先導者たる才能が眠りし…」

「ガト、あいつの頭を噛め」

<ロボット3か条に反する。無理だ>




その様子を陰から仁寅律音が眺めていた。

観察しているのは感情。今回は喜びである。

集団による喜び、個人による喜び、それらを会得することで曲に膨らみを持たせることができる筈なのである。


「チーム戦と個人戦が両立するこの大会なら、多くの感情が観察できる」

<怒り、喜び、哀しみ……この三つを会得すれば残りの一つも会得できる観察実験だったか?>

「そう喜怒哀楽。楽しみというのは対比するべき三つの感情の到達点と仮定しての行動だ」

<…哀しみの実験は壮大そうだ。楽しみだ>


白い馬のアンドールであるシラハの言葉に、僕にはまだわからない感情だと仁寅律音は呟く。

そして北エリアチームから離れていく。賑やかな声がいつまでも仁寅律音の耳に響き渡る。

相対的に仁寅律音の周りは驚くほど静かで、一人分の足音だけが響き渡った。






有川有栖は目的の人物を見つけると同時に物理と言葉による同時攻撃を仕掛けた。

短距離走の選手がするようなクラウチングスタートの体勢からダッシュし、竜宮健斗の腰に抱きつく。

崋山優香が傍で目を丸くする中、愛らしい微笑みで挨拶をする。


「健斗さん、おはようございます!今日の大会頑張ってくださいね、応援してます!!」


その後照れたようにキャッ言っちゃった~と顔を赤らめる。

もちろん計算済みの演技なのだが、竜宮健斗は気づかなかった。


「応。有栖も頑張れよ」


普段通りに返事をして、いつも一緒にいるであろう布動俊介と基山葉月の姿を探す。

二人は有栖の後ろで竜宮健斗と目を合わせないようにしながら、苦笑いで挨拶をする。


「どうしたんだ?なんか顔色悪いけど?」

「い、いえ…」

「ふははは……はぁ」


変な奴らだなー、と思いつつ深くは聞かなかった。

布動俊介と基山葉月は知っていた、今の有栖の行動は崋山優香への牽制であり猛烈アタックであることを。

女性の恐ろしさを幼くも片鱗を知ってしまった二人は、男同士って楽だよなと変な形の友情が芽生えていた。

それに気付かない竜宮健斗の傍で、崋山優香は有川有栖の行動に込められた意味を全て理解した。

女の勘がフル動員して解明したその答えは恐ろしいものだった。

しかし崋山優香には大会後に渡す秘密兵器がある上、誰よりも竜宮健斗と長く過ごしてきた自信がある。

そう簡単に勝負を降りることなどありえず、崋山優香と有川有栖の間で見えない火花が散る。


だが敵は一人ではなかった。


「あ、あの……健斗さん」

「ん?三月か?」


南エリアの伊藤三兄妹の末っ子である伊藤三月が、顔を真っ赤にしつつ可愛らしい袋を差し出す。

有川有栖と崋山優香は大いに動揺し、また伊藤三月の先制攻撃にやられたと頭を抱える。

受け取った竜宮健斗は開けていいかと尋ね、伊藤三月が頷く。

リボンを解いて袋の中身を見れば、そこにはココアやプレーンのクッキーが入っていた。


「美味そうだな!いただきます」


早速口に入れた竜宮健斗は数回噛んでから、美味しいと感想を言う。

伊藤三月は嬉しすぎてぼろぼろと涙を零す。

その光景を遠くの方で兄である一哉と二葉、そして錦山善彦が見ていた。


「ほー、三月ちゃんも女の子らしいとこあんなぁ」

「いやあのクッキー作ったの二葉」


錦山善彦は伊藤一哉の言葉にしばし思考を停止させた。

そしていつも怒っている伊藤二葉を見ると、顔を真っ赤にして怒られる。


「わ、悪いかよ!?お菓子作りが趣味で…」

「ラッピングも二葉。三月ははっきり言って家事能力0なんだよ」


錦山善彦は真剣に考え込み、改めて伊藤三月の方を見る。

嬉しすぎて泣いてしまっているその姿を見て、しみじみと言葉を吐き出す。


「………役者やな」


いつも被害にあっている兄二人は、無言のまま同意した。

錦山善彦は後でこの二人にジュースでも奢ってあげようかと、少し寛大な心になった。





そして決定的な爆弾がやってくる。





「健斗くん!これこの間のお礼です!!」


いつものサングラスを外して、美少女な顔を真っ赤にさせた凛道都子。

大きな花束を竜宮健斗の前に差し出している。

あまりの大きさに呆気を取られ、すぐには誰も反応できなかった。

竜宮健斗はなんとか早く反応して、その大きな花束を受け取る。


「応…なんか今日はすごいな。この花束って…」

「た、太郎君の実家がお花屋さんなので、作ってもらいました」


私はドジで不器用なので作れません、と付け足して凛道都子は上目づかいで竜宮健斗を見る。


「そうか、ありがとうな!」

「い、いえ…好きな人に花束送るってロマンチックかなって…」


凛道都子の言葉に、竜宮健斗以外の者達の時が止まったような錯覚が起こる。

しかし全く真意に気付いていない竜宮健斗は、凛道都子に俺も好きだぞと軽い調子で言う。

更に時が止まるような錯覚が広がっていく。


「最初は西エリアの奴らって嫌な奴だなーと思ったけど、こんな風に良いところ知れたしな!」

「え!?あ、そ、そうですか………そっちの好きですか」


少し残念そうな顔をする凛道都子は、そこでいくつもの視線が自分に突き刺さっていることを知る。

一つは有川有栖の敵を認定したような鋭い視線。

二つ目は伊藤三月の同情するような憐れみながら嘲笑する視線。

最後は羨望の眼差しの崋山優香。

崋山優香は凛道都子のすぐに好きと言えた勇気に、羨ましさを抱いた。

それは長いこと竜宮健斗と遊んでいるせいで、絞りにくくなった崋山優香が最も欲するものだ。

崋山優香は純粋に凛道都子のことを凄いと思い、同時に負けられないと思った。

一緒にいた時間も長ければ、好きという感情を抱いていた時間も一番長い。

だから強い他の子の想いに、心に負けたくないと思った。


四人は互いに視線を交わし、そして可燃物が傍にあったら即時に発火しそうな程の火花を散らした。

もちろん竜宮健斗は一切気付かずに、セイロンに呑気な様子でクッキーや花束を見せていた。



セイロンは音声に出さずに、崋山優香に向かって頑張れ超頑張れと応援していた。




「うぃーす。ラブファイアーな気配で登場!」

「あ、霧乃。どうしたんだ?」

「からかいに来た。健斗、今回個人で一位取れたらアタシと一日デートしねぇ?」

「え、嫌だ」


誰かがデートという言葉に反応する前に、竜宮健斗は拒否の意を示した。

しかも簡潔かつ明確に断った。誰もが言葉をなくす。


「だから前にも言った通りデートは健全な男女が結婚前にする…」

「冗談だよ、その長い説明はもういい。それにしても素早い切り返しだな」

「だって霧乃は俺のこと面白いと思ってても、嫌いだろ?」


何気なく呟かれた竜宮健斗の言葉に、御堂霧乃は一瞬無表情になる。

しかしすぐに意地悪そうな顔で笑い、ご明察と返事する。


「ちぇー、せっかく嫌がらせしたのにそこまでばれていたか」

「どうして嫌いかまではわからないけどな」

「…正確に言うと嫌いでも好きでもねぇよ。ただ…」





涼香姉に似てる所が気に食わない、とはっきりとした口調で告げる。






御堂霧乃は少しだけ冷ややかな目をしたが、すぐにいつも通りの調子で言う。


「やっぱからかうなら、なっちゃんだな。じゃあ大会頑張れよ」


そう言って颯爽と去っていく御堂霧乃の背中からは何も読み取れなかった。

竜宮健斗は特に気にした様子も見せず、やっぱりなーと自己完結していた。

火花を散らしていた女子四人は、今の会話を聞いていて背筋に悪寒を走らせた。

嫌い、という感情は好きの感情と裏表であり、恋する乙女の天敵である。

そんな天敵が目の前で暴れまわって、臆病な心が大きく揺れ動いた。

崋山優香以外の女子達は、そろそろ準備のため他の場所に行くと告げてその場から去る。


「どうしたんだ?」

「どうしたんだ?じゃねぇょ!!なんだ今のムカつく羨ましい展開は!!」


完全に傍観者になっていた相川聡史が怒りマークを浮かべながら、言葉のマシンガントークで竜宮健斗に攻撃する。

瀬戸海里や鞍馬蓮実は若いねー、とお茶を飲む老人のように達観していた。

ひたすら言葉の集中砲火にあっている竜宮健斗の傍で、崋山優香は少し迷った。


大会の後、どんな理由でもプレゼントを渡しても…拒否されるかもしれない可能性に怯えた。

しかし雑念を頭の中から追い出し、深呼吸をして決意する。

負けたくない、他の女子にも天敵にも…自分の心にも、と。

長い間枯渇していた勇気が、泉が湧くように溢れる感覚を崋山優香は感じていた。

だからと言って告白は別問題であり、今湧いている勇気はプレゼントを渡すという行動を決行するための物である。

やはり崋山優香は奥手な少女であり、心配事の多い性分なのだった。


そして一番の原因である竜宮健斗は、浴びせられる言葉の数々に脳内がパンクしかけていた。

相川聡史が気が済む頃には、脂汗まみれで意味わからないまま謝るという愚行をしてしまう。

また三分ほど言葉の弾丸が雨のように当たるのは、その愚行のせいであったと竜宮健斗は無意識に気付いたが後の祭りであった。





籠鳥那岐は一人ベンチに座り、瞼を閉じていた。

傍らにはシュモンも同じように瞑想しているのか、瞼を閉じている。


「うぃーす、皆の外見アイドルの登場ー」

「ああ、霧乃か」


いつもとは違う、普通の対応に御堂霧乃は肩透かしを食らう。

てっきり即座に帰れ最大汚点と怒りをぶつけられると思っていたのだ。

それをネタに色々とからかおうとした作戦が瓦解していく。

御堂霧乃のそんな思考に気付きつつ、籠鳥那岐は尋ねる。


「お前、俺に隠し事していないか?」

「なっちゃん、女は秘密の花園を育てるから美しくなるんだぜ?」


いつも通りのからかい気味の口調に、籠鳥那岐はそうかと素っ気ない返事をする。


「どうしたよ、なっちゃん?」

「…いや。今日は調子が悪い。それだけだ」


目頭を押さえる籠鳥那岐に対し、御堂霧乃はそれ以上追及しなかった。

そして準備があるからまた後で、と言葉を残して去っていく。

御堂霧乃の背中を見送りながら、籠鳥那岐は溜息をつく。


「親父のせいで余計な心配が増えた…」

<よいではないが。盲目的な信頼程安いものはない。信じたいから疑う、友情だ>


友情という言葉を強調しながら話すシュモンに対しても、籠鳥那岐は何も言わない。

黒い手袋をしている手を眺め、痛まない火傷に嫌気がさす。


「本当に、今日は調子が狂いっぱなしだ…」


吐き出すように呟かれた言葉に、返事する者はいなかった。





DJ・アイアンこと鉄夫はヘッドフォンマイクを手入れしながら鼻歌を歌う。

実況の仕事をするのが楽しく、また仕事後に予定されているデートに顔がにやけている。

子供の大会だからといって、手を抜く気はなく声が枯れるまで実況しようというプロ意識を目覚めさせている。


「ふんふふーん、明美さんとのデートー!」


しかし傍からどう見ても、浮かれている男子大学生の姿にしか見えなかった。






その光景を偶然見た御堂霧乃は独り言を呟く。


「愛だの恋だの好きだの惚れだの…軽いなぁ……」


崋山優香が悩む様を見た。

竜宮健斗が女子に好かれているのを見た。

DJ・アイアンが浮かれているのを見た。

籠鳥那岐が扇動涼香のために火の中に手を入れたのを見た。

御堂正義が真剣に母を愛し、自分を愛してくれていることを体感していた。

一人の父親が娘のために発狂した声を聴いた。

それら全てをひっくるめて御堂霧乃は言う。





「綺麗事な愛を叫んだって、ハッピーエンドにはならねぇのにな」





笑っていた。歪で嘲笑のような侮蔑のような混沌とした笑顔を御堂霧乃は浮かべていた。







中央エリアの時計台。

閉ざされたはずのその中に、一台のテレビが光を点滅させていた。

映されているのは合同エリア大会の会場、じきに開会式が始まる。

その画面を見つめるのは人形と言うには大きい、人型のロボットで一見すれば西洋人形のようだった。


<………セイロン>


機械音声なのに可憐さを感じるその言葉は、遠い昔に存在した名前を呼んだ。


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