呼ばれて飛び出ておろろろん
ゴリラのような少年が一人、筋金太郎は東エリアにある公園のベンチで一人泣いていた。
手にはしおれた花が一輪。ついさっき子供に踏まれてしまった花だ。
「おろ、おろろろろーん!!なんて可哀想なんだなぁー!!」
大声を出して泣き始めた筋金太郎、彼は外見により誤解されやすいが心優しい少年だった。
「うっせーぞ、筋肉ゴリラ!!オメーの声は響くんだよ!!」
逆にフードをかぶった少年の袋桐麻耶は、苛立ちで地団駄踏んで花を踏み潰す。
そのことに筋金太郎がさらに涙する結果になり、悪循環に陥っていた。
そんな場面にエリアを見回りしていた瀬戸海里と鞍馬蓮実は出くわしてしまった。
今日は相川聡史と竜宮健斗はメンテナンス機械の見張りをしている。
「どうしたんよ?西エリアの奴らだよな?」
「おろろろ……?ん、誰なんだなぁ?」
「あったまわりぃーな!東エリアの影薄いやつと熊野郎じゃねぇか!」
「か、影薄………」
少し気にしていたことを指摘されて、瀬戸海里は笑顔を強張らせる。
逆に鞍馬蓮実は的を得てるなー、と快活に笑いあげる。
「あの、花なら生け直せば少し綺麗な姿に出来るよ?」
「海里は華道もやってるんよ!どうする?」
「おろ、ありがとうなんだなぁ…でも花は地面から咲くから綺麗なんだなぁ」
「へっ、こんなの雑草じゃねーか!!」
踏んだ花を蹴り散らして、袋桐麻耶は鼻で笑う。
その姿に筋金太郎は涙目になる。体の大きさに反比例した上下関係だ。
「麻耶くん。あまり花を踏み散らしてると罰が当たるよ?」
「へっ、そんなの怖くもなんとも…」
言った瞬間に袋桐麻耶の頭の上に鳥のフンが落ちてくる。
まさか言ったことが当たるとは思わず、瀬戸海里が目を丸くする。
鳥のフンを拭こうと暴れる袋桐麻耶のパーカーから、次々と占いアイテムが出てくる。
水晶玉に手相を見るための虫眼鏡、星占いの本にパワーストーンの数珠。
「麻耶くん……占い好き?」
「み、見てんじゃねーよ!!馬鹿!!影薄!!」
落ちた占いアイテムを集めながら罵倒する袋桐麻耶。
しかし水晶玉にはひびが入って、今にも壊れそうだった。
「あの、良かったら小袋使う?僕も母からパワーストーンを渡されているから」
ポケットから紫水晶を入れた小袋を取り出して、紫水晶だけをポケットに戻す。
袋桐麻耶は奪い取るように小袋を手にし、急いで割れそうな水晶を入れる。
「へっ、恩売ったつもりでいるんじゃねーぞ!影薄!!」
「麻耶…お礼言わなきゃ駄目なんだなぁ」
泣き止んだ筋金太郎が大きな手の平で袋桐麻耶の頭を掴み、無理矢理お辞儀させる。
袋桐麻耶は暴れるが少しずつお辞儀していき、最終的にはこの借りはぜってー返すと叫ぶ。
「素直じゃなくてごめんなんだなぁ」
「いいんよ!オイラ達の所にも似たようなのいるんよ」
「ええ。後々盛大なデレが見れれば憎さ余って可愛さ百倍になるから」
「誰かツンデレかぁっ!?そっちの生意気そうなのと一緒にすんなー!!」
メンテナンス機械を見張っていた相川聡史が盛大なクシャミをする。
竜宮健斗が風邪流行ってるよなー、と呟きながらテイッシュを渡す。
しかし原因が風邪ではない気がする、と相川聡史は薄々気付いていた。
「しかし太郎達はどうして東エリアにいるんよ?」
「ボスの命令なんだなぁ。実は……」
「ゴリラァッ!?余計なこと言うんじゃねぇ!!」
東エリアに来た目的を話そうとした筋金太郎の膝裏を蹴る袋桐麻耶。
膝が曲がることによって体勢を保てず、筋金太郎が転びそうになる。
鞍馬蓮実が慌てて筋金太郎の体を支える。間一髪で地面に倒れることはなかった。
「ありがとうなんだなぁ。蓮実は力もちなんだなぁ」
「そうなんよ!しかし危ないんよ、麻耶」
「へっ、うっせーうっせー!ほらさっさと行くぞゴリラ!」
筋金太郎の服を掴んで袋桐麻耶は、別の場所に移動していく。
瀬戸海里と鞍馬蓮実はお互いに顔を見合わせて、二人の後を追うことにした。
筋金太郎と袋桐麻耶が向かったのは、病院だった。
病院の中庭からヴァイオリンの音が聞こえ、二人はそちらへと向かっていく。
多くの入院患者が仁寅律音の演奏を聴いていた。完璧な演奏だった。
しかし綺麗な音だが心には響かない、不思議な演奏だった。
演奏が終わるとまばらな拍手が、仁寅律音に送られた。
「すごいわ、すごいわ奏さん。やっぱり死んだなんて嘘だったのね」
一人の女性が仁寅律音を奏さんと呼ぶ。入院着の名札には仁寅菫子と書かれている。
仁寅律音は作った笑顔で、ありがとう菫子さんと言う。
「さぁ菫子さん。風が冷たくなってきたので部屋に戻りましょう」
「ええ。優しいわね奏さん」
仁寅菫子の手を取って、部屋へと付き添っていく仁寅律音。
二人はその後姿を見送った後、場所を移動する。
向かった先は図書館。そこで古代文明に関する本を手当たり次第に手に取ってはコピーしていく。
「何してると思うんよ?」
「うーん。問題起こす気ないなら放っていても問題なさそう」
瀬戸海里と鞍馬蓮実は二人の行動が分からず、エリア見回りを再開するため図書館から去る。
二人は気付いていなかった、散りばめられた謎を解く鍵に。
「ボス、コピーなんだなぁ」
「律音の野郎、まだ母親に父親と間違えられてるぜ?」
「た、大変ですね律音くん…」
「快諾承知。さすが俺の部下!出来る奴等だぜ!」
部下の言葉を聞いた葛西神楽は笑う。
実験がまだ続くことに嬉しくなり、少しずつアニマルデータの謎が解けていく快感。
このNYRONで一番謎を解いているのは、葛西神楽だった。
譜面で作られた紙飛行機が夜空を飛んでいく。
仁寅律音は写真の中で笑っている父親の顔を見る。自分に似ていて笑っている男性。
作った笑顔はこの父親の顔を真似ている。自分の笑顔は見たことがない。
どういう感情を知れば自分の笑顔を作れるのか、仁寅律音は頼んでいた計画を見直す。
怒りの感情は観察した、次は喜びの感情だ。
御堂霧乃は楽しそうにお菓子を食べながら、新しいポスター製作をしていた。
それは三エリア合同による、フラッグウォーズ開催の告知ポスターだった。
「これは楽しいことになるな。リスリズ」
<イエッサー>
機械アナウンスのようにリスのアンドールが言葉を発する。
御堂霧乃はユーザーだったのだ。




