錦山善彦のΨ難
錦山善彦は空気を読む少年である。
ペンギンのアンドールであるギンナンも、不完全なデータでありながら空気を読む。
「そんでなー、ウチのオトン言うには俺は河童らしいで?」
<ナンデヤネーン>
片言ながらギンナンは錦山善彦のボケにヒレを使って、裏手ツッコミをいれる。
しかし錦山善彦のボケに赤い鳥のアンドールであるシュモンは、乾いた笑いを漏らすだけである。
籠鳥那岐にいたってはシカトを決め込んでいる。少しも反応しない。
南エリアには二人しか事務所にはいない。錦山善彦は少しでも楽しくしようと努力する。
だが滑ったことを理解した錦山善彦は仕事ダーイスキと言って、パソコンへと向かう。
ギンナンも空気を読んで床に寝転がり、ペンギンらしい仕草を始める。
そこへ控えめにドアをノックする音が聞こえた。錦山善彦が立ち上がり、ドアを開ける。
いたのは南エリア団員の中でも有名な三つ子の伊藤兄妹だった。
三人とも顔がソックリだが、性格が大分違うので見分けがつきやすい。
長男の伊藤一哉はいつも笑っている明るい少年。
次男の伊藤二葉はいつも怒っている無愛想な少年。
長女の伊藤三月はいつも泣いている大人しい少女。
三人とも手に手紙を持って、大きな声で言う。
『今日からよろしくお願いします!』
「……こちらこそ?」
訳が分からないまま三人の揃った声に圧倒されて、錦山善彦は返事を返す。
その背中に籠鳥那岐の鋭い視線が刺さり、慌ててどういうことかと尋ねる。
「あはは!きーてねーのかよー?」
「ムカツクなぁ、こちとらちゃんと仕事してやろうと思ってんのに!」
「う、ぐすっ、役立たず……」
「ちょ、三月ちゃんの一言がさり気に一番酷い!?」
錦山善彦じゃきりがないと感じた籠鳥那岐が、三人に手紙を寄越せと言う。
三人は素直に従って、手紙を渡す。
それは御堂霧乃から渡された手紙らしく、パソコンフォントの丸文字で書かれていた。
うぃーす。
南エリア二人のままだとこれから大変そうだから、こっちで適当に選んでおいた。
適当に役割分担させて、適当に負担減らせばいいんじゃね?
あ、感謝ならいらないけど今度来た時新商品のお菓子食べたいから用意しといてくれない?
頼むよ、なっちゃん☆
ほんじゃー、がんばれー。
皆の外見美少女の御堂霧乃より。
読み終わってすぐに籠鳥那岐は手紙を握りつぶし、屑篭へと放り投げる。
そして錦山善彦に新商品お菓子は買ってくんなよ、と勢いよく睨みつける。
「えー、どないするん?今更帰れっちゅーのは…」
「…お前が教育係をやれ。俺は知らん」
そう言って籠鳥那岐はソファに戻って、新しく出た小説を読み始める。
錦山善彦は確かに教育とか子供の相手苦手そうやもんなー、と思い三人に事務所に入るように言う。
三人はお邪魔しますと言って、錦山善彦に案内されるままパソコン作業する場所に歩いていく。
「ほんじゃー、役割分担やー。字上手い子は誰や?」
「ぐすっ、アタシがまだマシ…」
「じゃあ、次は計算得意な子ー」
「あははー。俺算数得意だよー」
「最後はマネージャーなんやけど、二葉くんで問題あらへん?」
「ムカツクけど、問題ない」
「ほんじゃあ分からないことあったら俺に聞くんやで?んでユーザー探しは…」
テキパキと年下の調子に合わせながら、錦山善彦は役割を決めていく。
籠鳥那岐と伊藤兄妹で日にち交代制で、エリア見回りとメンテナンス機械見張りをすること。
錦山善彦はあえて自分を事務所に残し、緊急時に備えておくことなどを決めていく。
伊藤兄妹からはどうして籠鳥那岐が一人だけで行動できるのかと怒られる。
それにも静かに対応していく錦山善彦。
籠鳥那岐は一番のインストーラー経験者であり実力者であること。
伊藤兄妹はまだ幼いから三人一緒に行動した方が安全なこと。
ちゃんとした理由を説明し、三人を納得させる手腕は見事なものだった。
「まぁ、ボスは強いから一人でも平気やねん。尊敬しぃーや」
『はぁーい』
一通りの説明が終わったところで、壁に掛けていた時計が夕方の五時を知らせる。
「遅くなってしもうたし、今日はここまで。明日から頼むで!」
『はい!』
元気よく返事をして伊藤兄弟はまた明日と帰っていく。
籠鳥那岐は読んでた小説にしおりを挟み、立ち上がる。
「お?那岐も帰るん?」
「ああ……やはり教育はお前に任せるに限る」
「な、那岐…?」
珍しく褒められたにもかかわらず、錦山善彦は嫌な予感を覚える。
そして籠鳥那岐は勝ち誇ったような笑みで、言葉を続ける。
「これからも任せるぞ?」
「………ですよねー」
空気を読める少年、錦山善彦はそれ以上の追求をしなかった。
ただギンナンだけが片言の言葉でナンデヤネーンと呟いた。
かくして南エリアも五人活動することが可能になった。




