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ボーイミーツアンドール

五つのエリアに分けられた街NYRON。

時計台を中心とした街で、子供達は元気に外を走り回る。

そして全身全霊全力で遊ぶ。



ANDOLL*ACTTION



NYRON東エリア。

そこに住む少年、竜宮健斗はリュックを背負って走っていた。

腕の中にはぬいぐるみのような青い西洋竜が、もっと早く走れないのかと竜宮健斗の顔を見上げる。

向かう先は東エリアの遊戯ドームと言われる室内公園施設だった。

ドーム内に入れば竜宮健斗と同じように、ぬいぐるみのような生き物を抱えている子供達で溢れかえっていた。

熱気溢れる空気に頬を上気させている竜宮健斗に、一人の少女が近付く。


「ケン。貴方も試合に出るの?」

「応!!なんせ今日の大会はエリア代表、ボスを決める重要な大会だからな!!」


近付いてきた少女、崋山優香にテンションを高めながら答える。

少女の腕の中にも薔薇の飾りをつけた白兎が鼻を動かしている。

落ち着いた様子で崋山優香は笑顔のまま、竜宮健斗のテンションを急降下させる言葉を放つ。




「アンドールを手に入れて一週間しか経ってないのに?」

「うぐぅっ!!?」




アンドールとは竜宮健斗が持っているぬいぐるみのようなロボットのことである。

動物人形を英語化して商品として親しみやすい名前にした、子供達の玩具である。

本当の動物のように動く人形であり、硬質な綿を筋肉としてケーブルを神経と見立てたロボットである。

頭か胸のどちらかに制御する為の機械が入っており、動物の動きを再現している。

その人形で子供達はママゴトやバトル、レースといった遊戯を楽しむのである。


「きょ、今日のために頑張って操作の仕方とか学んだし…」

「ちなみに今日の大会種目は操作技術やプログラムメンテナンスが問われる障害物レースよ」

「ぷ、プロペラ?」


機械に疎い竜宮健斗は冷や汗だらけの顔で、崋山優香に聞き返す。

崋山優香は呆れた顔で溜め息をつき、ついて来なさいと手招きする。


言われるままついて行った竜宮健斗は、タッチパネルの画面が付いた椅子の前まで案内された。

座席の部分にはUSBコードが繋がれて置かれている。

背もたれのタッチパネルではメンテナンスとボタンが表示されている。


「このUSBをアンドールに繋ぐの。その様子だと登録も済んでないでしょ?」

「登録とかあんのか!?」

「…もういいから私の言うとおりにして。まずUSBを繋げて」


少し苛立ち始めた崋山優香に言われたとおり、竜宮健斗はUSBコードの端子を青い竜の口の中にある接続部分に繋ぐ。

するとパチッと小さな音がしたと思うと、タッチパネルの画面が真っ暗になる。


「あら、故障?ちょっと私係員の人呼んでくるわね」

「応!頼む」


小走りで遠ざかる崋山優香の背中を見つつ、自分はどうすればいいのかと迷う竜宮健斗。

とりあえずUSBコードを抜くかと手を伸ばした先に、青い竜が勝手にコードを外して欠伸をしていた。


「…え?」

<ふあぁぁあ……電子アニマルデータインストール完了。俺の名前はセイロン>


喋るはずのないアンドールが流暢な言葉を発したことで思考が停止する。

アンドールはあくまで動物の人形であり、喋る機能などは用意されてない。

そんな機能をつけるには、体内の小型コンピュータを更に大きなサイズにしなくて不可能だ。


<ついでに登録も完了。よろしくな健斗>


話しかけられた竜宮健斗は、自分で自分の頬を抓る。

痛みがあったがとても現実として直視できない状況だった。

すると係員を連れて崋山優香が戻ってきた。


「ケン、連れてきた……って、あら?」

「これは…画面戻ってますね。登録も完了されてますし一時的なものかもしれませんね」


タッチパネルを操作しながら係員の男性は、不具合がないか見ていく。

そしていつも通り動くところを見て、また何かありましたら報告してくださいと礼儀正しく去っていく。

少し怒ったような顔で崋山優香は竜宮健斗を見る。


「直った上に登録済ませていたなら、大丈夫とか一言言ってもよくない?」

「…優香。アンドールって喋るっけ?」

「馬鹿言わないで、さっさと大会用にプログラミングを…」

<そんなことしなくても俺自身でできる>

「貴方がそんなに機械に詳しかったら私は苦労しない……って、あら?」


聞いたことない声に言葉途中ながらも、崋山優香は竜宮健斗の方を見る。

健斗は青い顔をしてセイロンを指差す。指差されたセイロンは礼儀悪いぞと言う。

その光景を見て、崋山優香も自分自身の頬を抓り、次に健斗の頬も抓る。


「痛いわ…」

「俺は二度目だけど…痛いよな?」


呆ける二人に対してセイロンは暇そうに翼を動かし、尻尾を上下させていた。




セイロンが喋る事に動揺した崋山優香は、自分のアンドールである白兎のラヴィを見つめ続けている。

しかしラヴィは一向に喋る気配を見せずに、腕の中でうとうとし始めた。

竜宮健斗は試しにセイロンに説明できるかと尋ねてみる。


<アンドールのバグシステムであるアニマルデータがインストールされてなければ喋れないだろうよ>

「バグシステムって、故障じゃねぇか」

<違う。初期プログラムとしてアンドールは喋れるよう設定されてたんだよ>

「………俺機械に疎いから分かるように話してくれ」


セイロンは明らかに呆れた様子でうなだれ、長くなるぞと前置きする。




アンドール開発初期段階では子供達が交流を持てるように、会話プログラムがコンピュータ内に設定されていた。

会話プログラムはアニマルデータとして、圧縮された状態でメンテナンス機械に保存されていた。

アニマルデータは会話だけでなく人格や性格、名前といった細かく作り上げられていった。

まるで本当の生物が傍にいて、会話できるように。

しかし開発が進むと同時に容量問題が深刻化し、アニマルデータ開発は凍結。

無数のアニマルデータはメンテナンス機械を統括するマザーコンピュータ内で消去された。

だがデータの欠片がバグシステムとして発生。極稀にアンドールをメンテナンス機械に繋ぐとインストールされるようになった。

そのためインストールされたアンドールは人格を持ち喋れるようになる。

代わりに容量問題を解決する為、外部からの操作を受け付けるシステムを自動消去してしまうようになった。





話を聞き終えた竜宮健斗は、オーバーヒートしそうな頭で一言だけ紡ぐ。


「つまり?」

<メンテナンス機械や操作デバイスはほぼ意味が無い。俺は俺自身の意志で動く>


その言葉を聞いて竜宮健斗は絶望的な気持ちになった。

エリア代表を決める大会のために操作方法や、慣れないデバイス操作をしてきた。

しかし全ての努力がたった一つのデータで泡のように消え、更にはセイロンが言うことを聞かない可能性も出てきた。

泣きたい気持ちになってきた健斗の頭の上に、セイロンは翼を動かして飛び乗る。


<だから健斗。大会優勝してエリアボスになろうぜ>

「…え?」

<俺は俺自身の意志でお前の言葉で動く。頑張ってきたんだろう、コンピュータ内の操作履歴で分かる>


撫でるようなセイロンの手の動きに、出かけていた涙が引っ込む。

セイロンのアニマルデータは、機械に疎い自分にとってありがたいものだった。

デバイスは操作以外でも稼働時間や電池残量の表示など様々だ。いまだに使いきれてない機能も多い。

セイロンは意志を持って動けるなら、自分が操作しなくとも障害物を瞬時に判断し動けるはず。

しかしそれは本当に自分の勝利なのだろうか。罪悪感が胸の中をよぎる。


<それに……参加者の中には俺のようにアニマルデータがインストールされている奴がいる>

「え、まじか!?」

<ああ。気配だけだか…そこでお前はこのデバイス機能を使え>


セイロンが手に持っていたデバイスの前まで飛んでいき、画面通話機能システムを開く。

そこにはセイロンから見る俺の顔が映し出され、俺が声を出すとセイロンからも同じ声が流れる。


<音声入力プログラムのフリで、外部の状況や俺の視界を見ながら音声指示を出すんだ>

「操作機能は受け付けないんじゃ?」

<こういうのは基本機能といって、消去してないんだ。おそらく他の奴等もこういう機能を使っているはずだ>


そう言ってセイロンは鋭い目つきで周りを見回す。

すると何人かと目が合い、その内生意気そうな少年が健斗の顔を見て不敵な笑みをみせる。

腕の中には黒猫のアンドールが表情豊かに笑う。小さくククッと笑い声を漏らした。

その声はセイロンのように会話しているかのようだった。




ドーム内の音声アナウンスが入り、大会参加者は中央に集まるように指示された。

優香はセイロンの事で疲れたらしく、応援してあげるから頑張りなさいよ、と健斗の背中を強く叩く。

参加者には番号札が配られ、八人で一グループの八グループに分けられて、上位一名が決勝に進める仕組みになっていた。

健斗が手にしたのは一のグループで、先程の生意気そうな少年は挑発するように三の数字を見せてきた。


「俺は竜宮健斗。お前は?」

「相川聡史。こっちはキッド」

<アニマルデータ同士、潰しあおうぜ>


キッドと呼ばれた黒猫のアンドールが流暢に喋り、健斗は確信すると同時に絶対に決勝に上がろうと意気込む。

優勝はできなくてもセイロンと共に、どこまで戦えるか試してみたかった。

そしてアニマルデータをインストールしたアンドール同士の戦いにも興味が湧いていた。

竜宮健斗はセイロンを腕に抱き、障害物レース用に組み立てられた遊戯場へと向かう。


下にはマットを敷かれた、平均台や跳び箱、網などの運動会で見るような物が揃えられていた。

セイロンを他の参加者と同じように所定の位置に置き、画面通話機能システムを開く。

アンドールとして使っていけない機能として、飛ぶことなどの注意事項を受ける。

俺はそのことを通話機能でセイロンに伝える。セイロンには翼があるため飛ぶことは出来ない。

セイロンから了解という音声を受け取り、スタート合図を待つ。


観戦席の最前列で崋山優香は、大丈夫かなぁと心配した気持ちで竜宮健斗を見つめる。

機械オンチな上に馬鹿で向こう見ずな幼馴染が、変なデータをインストールしてしまった。

もはや心配の固まりである。腕の中にいるラヴィを強く抱いてスタート音に肩が震えてしまった。


そんな優香の心配を余所に、セイロンは四足走行で他のアンドールと明確な差をつけて独走する。

動きも軽やかで、的確な状況判断、多くの観客の子供達が歓声を送る。

健斗以外の同じレース参加者は必死にデバイス操作をする。

音声入力のフリで健斗はセイロンに次の障害内容を伝えたり、後ろとどれくらい距離があるかなどの情報を伝える。

セイロンはその情報を正確に処理して、更にスピードを上げてゴールへと向かっていく。

見事一位を勝ち取って決勝へと駒を進めた。


他グループの様子を見ようと健斗は優香の隣席に座る。


「ハラハラしたわ。でも凄かったわよ、セイロンが」

「応!この調子なら…」

<健斗。なんか腹減った……>


意気揚々としていた健斗にグッタリとした声でセイロンが呟く。

どう見ても調子悪そうなセイロンの様子に、優香は慌てて健斗のデバイス画面を見る。

そこには稼働時間の割には大きく減っている電池残量が表示されていた。


「ケン、充電池!」

「お、応!!」


リュックからアンドール用の充電池を取り出し、USBコードをセイロンの口の中にある接続部分に繋げる。

まるで充電池から延びたストローでセイロンが電気を吸っているような光景だった。

優香と健斗はお互いに顔を見合わせる。


「もしかして…アニマルデータって電池喰う?」

「あの動きは消費量激しいだろうし、画面通話機能はデバイスとの通信量も多いから……」

<会話自体はいいんだが、自己判断処理と通信だな。駄目だ………腹一杯にならねぇ>


自分からUSBコードを外し、空になった充電池を健斗に渡すセイロン。

優香はラヴィ用の充電池を健斗に渡し、少しでも足しにしてと言う。


「決勝大丈夫なの?」

<多分………ただ>


セイロンの言葉の途中で大きな歓声がドーム内を震わせた。

見れば三グループのレースが始まっており、相川聡史と名乗った少年のアンドールが無駄のない動きでトップを走っている。

黒猫のキッドは後続と大きな距離はとらずに、軽い妨害を行いながら走っている。

レースでの妨害は反則ではない上に、誰もが行うことのためレースの醍醐味にもなっていた。

とても自然な動きに誰もが魅了され、声援を送る。


<ただ…あいつ等がどうでるかだ、な>

「応。なぁ、さっき自己判断に電池消費するって言ったよな?」


健斗は何かを思いついたように、真剣な顔でセイロンと優香に作戦を話し始めた。



八グループのレースが終わり、決勝用のレースが設置されていく。

その準備時間の間、決勝参加者は会場の端で紹介しあってた。

竜宮健斗、相川聡史以外に二人もアニマルデータをインストールしていたのだ。


「オイラ達は前から知り合いだったんよ。オイラは鞍馬蓮実」

<アニマルデータ、タイプ熊。ベアング>

「よろしく。蓮実のはなんか機械ぽいな」


鞍馬蓮実が腕に抱えている熊のアンドールが喋るのを聞いて、健斗は純粋に疑問を持つ。

他のアニマルデータもセイロンやキッドのように流暢に喋ると思っていたからだ。


「んー。むしろ健斗達の方が珍しいんよ」

「そうそう。僕は瀬戸海里でこっちは狐のタマモなんだけど…」

<天気良好。気温…>


機械音声のように喋るタマモに苦い笑みを見せる瀬戸海里。

鞍馬蓮実、瀬戸海里は相川聡史や健斗より少し年上らしく落ち着いている。

瀬戸海里は狐目ながらも愛想がよく、鞍馬蓮実は少し体が大きく童話の金太郎みたいだった。


「だから僕達は二人のアンドール見てビックリしたよ。でも操作方法は変わらないみたいだけど」

「そうなんよ!何でこんなに差があるんだろうな?」

<それは俺等が消去されたはずのデータだからだろう。多くのアニマルデータは君達のと変わらない>

<コイツや俺様みたいにデータがほぼ残っているのは奇跡さ。な、聡史>

「俺に言うな。俺は機械関係が苦手……」


言いかけて慌てて口を押さえる相川聡史だったが、健斗たちは聞き逃さなかった。

健斗は嬉しそうに聡史の両手を掴んで振り回し、俺も同じなんだよーと言う。

蓮実は愛い奴めーと頭を撫で回し、海里は微笑ましい笑顔でアニマルデータあってよかったねと言う。

顔を真っ赤にして聡史は健斗と蓮実の手を振り払い、息を荒げながら言う。


「い、今仲良くして油断させようとしても無駄だからな!!優勝は俺が貰う!!エリアボスは俺がなる!!」

「あったりまえよ!決勝は真剣勝負!!手は抜かないんよ!」

「もちろん。僕だって優勝して代表になる気満々だし」

「応!!絶対誰にも負けねぇ!!」


火花を散らしあう四人を観客席から見ていた優香は、楽しそうだなーと少し寂しい気持ちになっていた。




決勝ステージは平均台が八つ用意されており、その上には野球でボールを投げるような機械がゴール手前に置かれていた。


『この決勝ステージでは飛んでくる球を避けていき、一番最初にゴールした人が優勝です!!』


見本として一つの平均台でどの様にボールが飛んでくるか見せられた。

豪速球からカーブやスローボールなど様々で、また休みなく投げられてくる。

アニマルデータを持っていない四人だけでなく、健斗達も冷や汗をかく。

過酷な内容のため、今回は妨害を反則としたルール変更がなされた。

しかし飛ぶことが禁止なのは変わらず、セイロンの翼は封じられた。

八人はそれぞれ目の前の平均台の上にアンドールを置き、ボールが届かない場所へと移動する。

横から見るとボール発射台にはどのボールが飛んでくるか画面表示されていた。


『それではカウント!3、2、1……スタート!!』


司会の声と同時にボールが次々と発射される。

進むだけでなく避けることも困難で、セイロン達四匹以外は早々にボールが当たり平均台から落下してしまう。


「タマモ、とりあえず進んでみて!!」

「ベアング!!気合いと根性なんよ!!」

「キッド、ボールを払い落とせ」


三人は音声を届けてそれぞれアニマルデータによる自己判断で避けながら進ませている。

しかし健斗は発射台のボールの種類を見ながら、画面上のセイロンの視界を見ながら指示している。

決勝前の作戦で、竜宮健斗はセイロンに自己判断ではなく自分の指示通りに動けと言った。

少しでも電池の消費を抑えるため、判断は全て健斗が決める。

細かい動きの指示と状況判断に、視界を次々と動かすということを休むことなく繰り返す。

そのおかげがセイロンは少しずつ三匹より前に進めたが、発射台が近くなってボールが飛んでくる間隔が短くなっていく。


普段使わない頭脳をフル活動させている内に、健斗は変な感覚に囚われる。

まるで自分がセイロンと一心同体になり、セイロンのことも自分のことも全て伝わってくる感覚。

自分が見たことはセイロンにすぐに伝わり、動かしたい方にセイロンが動く。

不思議な感覚は治まらず、セイロンの動きが少しずつ洗練されていく。

そして飛んでくるボールの間隔が短くなっても、焦る様子もなくセイロンは避けて進んでいく。

気付いたら発射台を跳び越えてゴールテープを切った衝撃を健斗は感じた。




『ゆ、優勝は竜宮健斗&セイロンだー!!東エリアボス誕生だぁっ!!!』




大きな歓声と司会の声に我に返った健斗は、一瞬何のことが分からなかった。

観客席から走ってきた優香が笑顔で抱きつこうとして、手を広げた姿勢で固まったのを見て更に分からなくなった。


「ケン……鼻血出てるわよ…」


若干ひいてる優香の顔を見て、鼻の下あたりを手で拭ったら確かに血がついていた。

すると大量に血が垂れ落ちていき、周りの声が遠いなと思ったら世界が回った。

セイロンが近寄ろうとして電池切れで倒れると同時に、竜宮健斗も倒れた。

係員が慌てて担架を持ってきて、付き添いとして優香が共に医療室へと向かう。

鞍馬蓮実、瀬戸海里、相川聡史も何事かと後を追いかける。

その慌しい様子を観客席の一番後ろで見ていた少年が、デバイスの電話機能を開く。


「籠鳥那岐だ。東エリアボスが決まった」

『ああ。こちらも中継で見ていたが……あの症状はシンクロ現象だな』

「南エリアに帰る。詳しいことはまた後で…会長」


そう言って通話を切った少年は振り向かずに、ドームから去っていった。

肩には赤い鳥が流暢に馬鹿な奴、と呟いた。





鼻血が治まらない竜宮健斗は表彰式に出られず、医療室でトロフィーと東エリアボスの証である青い紋章バッチを受け取った。

健斗は鼻紙を穴に詰めて血が出ないようにしながら、服の胸辺りにバッチをつける。


「エリアボスかー。セイロンの充電が終わったら教えてやろう!」

「その前に鼻血を止めなさいよ。いつまで出すつもり?」


嫌そうな顔で血だらけになった鼻紙が捨ててあるゴミ箱を見て、うんざりした調子で崋山優香は呟く。

その腕には薔薇飾りをつけた白兎のラヴィが寝息をたてていた。

セイロンはコンセントから伸びたUSBコードから、停止状態のまま充電をしている。


「いやー楽しかったんよ!なー?」

「そうだね。負けたのはちょっと悔しいけど、納得できる負けだし」

「俺は納得してねぇよ……ちぇっ」


表彰式を終えた鞍馬蓮実、瀬戸海里、相川聡史はそれぞれの入賞トロフィーを持って医療室にやってきた。

結果として相川聡史が二位を勝ち取り、鞍馬蓮実と瀬戸海里は同着三位という成績を残した。

三人とも表彰式に出れなかった健斗の様子を見に来たのだ。ただし相川聡史は二人に連れてこられたというのが正しい。


<しかし途中こいつの様子が変だったが……何かあったのか?>


黒猫のアンドールであるキッドがいまだ充電しているセイロンの傍に来て言う。

健斗は少し考えた後、適切であろう言葉を出す。


「なんか………俺がセイロンになってた」

<…馬鹿がいるぞ。聡史>

「俺に言うなよ!いや確かに馬鹿だけど!!」

「確かにケンは馬鹿だけど嘘はつかないわよ?不器用だからね」


フォローになっていない優香の言葉に、健斗は確かに嘘つかないなーとか呑気なことを言う。

しかし嘘をついてないと言われても、今の言葉を素直に信じられる者はいない。

キッド自体も要領を得ないらしく、アニマルデータにそんな機能はなかったはずと記録データを探っている。

そうやって全員で悩んでいるところに、医療室にお菓子を食べながら入ってくる少女が一人。

頭の上にはリスのアンドールが乗っかっている。


「うぃーす。東ボスってそこの馬鹿面?」

「な、俺は馬鹿だけど馬鹿面じゃないぞ!?」


そこを否定するのかと優香以外が心の中で突っ込む中、少女は特に気にせずお菓子を食べ続けながら言う。


「NYRONエリア管轄委員会よりのお知らせ。明日、東エリア事務所に来て」


小さな紙片一枚を指で弾き飛ばし、竜宮健斗の目の前に落とした少女は早々と部屋を出て行く。

静かな嵐のように去っていった少女に呆気を取られた健斗達は、紙片がお菓子の油まみれで読めないことに気付くのは少し後だった。



その後、セイロンが起動後に全員でパソコン検索して事務所の場所を突き止めた。

翌日の放課後また全員で集まり、事務所へと向かう。

エリアボスの本当の役割を知る前の、竜宮健斗とセイロン、仲間達との出会いの始まりだった。



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