表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/8

1.図書館

初めまして!

訪問有り難う御座います。

つたない文ですが、楽しんでいただければ幸いです。

揃える以外で切ったことのない、長い黒髪が、風に煽られて視界を覆った。

「付き合ってもらえない?」

それは桜舞い散る、ある日の出来事――


☆★ ★☆


放課後の廊下は、いつも部活へと急ぐ生徒で溢れかえる。なぜこうも、皆が皆いっぺんに外へと向かうのかは謎だが、男子も女子も我先に外へ出ようとする。

体躯のいい女子ならともかく、細っこい文化系の女子は必ずもみくちゃにされるだろう。

だから水面は、いつも人が減ってから廊下に出ていた。

「和歌は部活、早く行かなくていいの?」

「ん?だってゆっくり行った方が、部活さぼれるじゃん。あたしとしては、何であんなに急ぐのか理解できないね」

「そんなこと言って...先輩に怒られない?」

「あぁ、あたし顧問に気に入られてるから。期待の新人、みたいな?だから少々のことでは怒られないの」

確かに、親友の和歌は水面とは対象的に、明るく、活発で、顧問だけでなく同級や先輩にも気に入られている。いつもこう言って水面に合わせて教室を出ているが、文句を言われている姿は見たことがない。きっとそれは、朝早く来て準備をするなどの努力をしているということもあるのだろう。

「自分で言う?普通」

「あたしは いいの」話しているうちに、部活へと急ぐ生徒の姿は廊下から消え、水面のような少女にも普通に歩けるようになっていた。

「いつも有り難う」

「だから、あたしが好きで遅れているわけであって――」

「私、別に私に付き合って教室に居残ってくれてることを言ってるわけじゃないんだけど」

「うっ…」

「ふふっ」

本当に不器用で優しい友人だ。別に数分の我慢だ。一人で教室に残ることぐらい出来るのに。

「今日も部活遅いの?」

「あ、そうそう、言い忘れてた。もうすぐ大会だしね。本当に、ごめん。水面は今日も図書館寄って帰るの?」

「うん」

鞄を肩に掛けながら、そわそわと和歌の視線が泳ぐ。

「ねぇ、やっぱり、部活終わるの待っててくれない?一緒に帰ろうよ」

「そんな事してたら、電車なくなっちゃうよ。心配してくれて、有り難う。大丈夫だから」

本当に和歌は過保護だ。一体夕方の帰り道にどんな危険があるというのだ。そうそう危険な目にあっていたのでは、たまらない。

「…それじゃあ、気をつけて帰るんだよ」

「和歌も頑張ってね」

ひらりと手を振ると、和歌はテニスコートの方へと走っていった。遠くでボールの跳ねる音がする。

和歌が角を曲がったのを見送ると、水面は和歌が向かった方とは真逆の図書館の方へと足を進めた。

誠華学園には校舎とは別に図書館がある。石造りのそれは、新しくしたばかりの校舎と比べると古びていたが、歴史を感じさせる立派なものだ。水面はその雰囲気も含め、沢山の本を置いているそこが大好きだった。


☆★ ★☆


「み…み…緑の…」

一週間前から探し始めた《緑の華》は、今はもう発売されていない本で、出版数も少なかったものだ。だから、図書館(ここ)にあると噂で聞いたとき、飛び跳ねた。情報源も確かだし、図書館のどこかにあるのは確実だ。しかし、ここに置いてある本の冊数が多いため、探し始めて一週間経った今も、まだ目当ての本は見つかっていない。

背表紙は深緑で、金文字。ここが最後の棚だ。見つからないということは、どこかで見落としてしまったのだろうか。

今まで確認してきた本棚の数を見て、水面は大きくため息を吐いた。

「嫌…もう一度確認なんてしたくない」

この最後の棚にかけるしかない。

「緑…緑…みど…緑の華!!」

慌てて口を押さえる。大きな声を出してしまったが、幸い近くに人はいなかった。

「よかった〜…」

感激のあまり、涙が出てきた。ずっと探していた本。ようやくこの手に、読むことが出来る。

眼を潤ませながら棚の上にある本へと手を伸ばす。と、その時、水面はある重大なことに気が付いた。

「え、ちょっと待って…」

手が届かない。

つい先程は、人がいなくてよかったと安堵したばかりだが、今は周りに人がいないことが最悪だ。

古い図書館ということもあって、利用者が少なく、踏み台は一つしか置かれていない。更に踏み台は、利用者が様々なところへ移動させるため、探し出すのにもまた時間がかかる。

本棚には印がないのだ。踏み台を探している間に見失ってしまう可能性も出てくる。

「あ!本を持って踏み台を探せば…って、その本を取るために、踏み台がいるのにぃ〜」

ぐるぐると考えているうちに、目的まで見失う始末。

「どうしよ〜…」

取り敢えず、人が来るまで待ってみるのもいいが、テスト期間は終わったばかりで、ただでさえ少ない利用者はいないに等しいだろう。大きな声を出す勇気など、持っているはずがない。

今度は、悲しみの涙を浮かべながら、水面はその場にしゃがみ込んだ。

和歌を待ってみようか。いや、部活が終わるのは確か6時だ。それまでここで独り、待てるわけがない。純粋に、怖い。

「なぁ…なぁって!」

「ふぇ!?」

気が付けば、目の前に足が見えた。人がいることに、全く気が付かなかった。

腕を捕まれ、立たされる。顔を上げると、相手と眼があった。

ツンツン頭の短髪に、ピアスを沢山つけた耳、口、鎖骨下。それは、背の高い男子校生だった。水面が最も苦手とする、《怖い》男子生徒だ。

その手の中には、先程まで一生懸命取ろうとしていた本があった。

「あっ」

「あぁ、これで合ってたんだ」

緑のカバーに金文字の本。《緑の華》

「ん」

「…え?」

「あぁ?」

低い声に、びくりと肩を震わす。

恐る恐る差し出される本と、生徒の顔を交互に見ていると、押しつけられるように本を渡された。

「取れなかったんだろ?」

「あっ有り難う御座います!」

慌てて頭を下げる。

わざわざ取ってくれた人に、何て失礼な態度をとってしまったのだろう。怖いことに変わりはないが、別に酷いことをされたわけではない。

「なぁ、これって面白いの?」

「え?」

「あ、いや…本…好きなんだけど…その、数多いじゃん?探すの大変で…何かお勧めとかあったら、教えてほしいとか思ったり」

頬をかきながら、生徒の視線が空へと向く。

「えっと…私も…これはまだ読んだことがなくて…。あ、でも」

今日返そうと思い、持ってきていた少し薄目の本を鞄から取り出す。

「冒険もの…なんですけど…読まれますか?面白かったと…私は思います」

恐る恐る差し出してみると、意外にも受け取り、興味を持ってくれたようだった。ぱらぱらとめくる音が頭上からする。

「ありがと。読んでみる」

嬉しい――

水面は顔中に笑みを広げ、深々とお辞儀をすると、本を借りるために急いでカウンターに駆けていった。

ああいう人も、優しかったりするんだ。図書館にも来るんだ。

小さな発見に驚きながらも、喜びを隠せずウキウキと貸し出しカードを誰もいないカウンターのカード入れに入れる。

目当ての本は見つかったが、時計を見ると、電車の時間までまだ少しあった。

「もう一冊ぐらい探しとこうかな…」


図書館を出ると、外は少し茜色になっていた。

館内と違って明るい光が眼を射す。視界が一瞬真っ暗になったが、少しずつ白くなり、目の前に人のいるのが見えた。

「ぁ…」

壁にもたれ掛かっている生徒。それは、先刻《緑の華》を取ってくれたあの男子生徒だった。

「…」

悪い印象は少し無くなったが、それでも怖い物は怖い。

声をかけられたら、どうしよう。

声をかけられないことを祈りながら、出来る限り音を立てないようにして歩く。

男子生徒の視界には入っているのだし、そんなことをするのは無意味でしかないのだが、気持ちの問題だ。

目を瞑りながら、ゆっくり、息を殺して、足音を忍ばせて――

「きゃっ!」

痛む鼻を押さえながら、自分がぶつかった物を見ると、それは自分が今し方逃げようとしていた、あの生徒だった。

「す、すみません!さ、さような――」

「付き合ってもらえないかな」

「…え?」

声をかけられたらすぐに賭だそうと思っていた。しかし、思わぬ言葉に足を止め、ぽかりと間抜けな顔を浮かべてしまった。


有り難う御座いました!

亀な更新ですが、どうぞおつきあい下さい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ