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第九話 徴税吏リンデル

 何のことはない。昨日教授が子供達を恐れさせた路地こそ、役場の裏通りだったらしい。

 それならそうと、と愚痴る教授を半ば無視しつつ、ウェルナーシュは役場の入り口へ向かう。


 建物は、見たところ全て石造。建物自体はそれほど大きくないが二階建て。ごてごてとした装飾はないが、地球の教会のようなファサード(正面部分の装飾)がある。

 この役場も、日本の古い銀行のような佇まいを見せていた。

 

 扉は分厚い木の板。四隅を金属で補強したがっしりとしたものだ。ノッカーはなく鍵も掛かっていないようなので、開けて中へ入った。


(こりゃ役所というより砦じゃな)


 恐らく、教授の想像通りなのだろう。

 屋内は狭く、暗かった。まっすぐと廊下が続いてるようだが、明かり取りの窓は狭く、採光性は悪い。開口部が少なければ少なくなるほど守りやすくなる道理だから、反乱なり一揆なりの時、立てこもる事を考えた造りなのだろう。


 精霊の加護を受けるまでもなく教授は元々、視力の低下には悩んでいない。目をすがめ、子供が泣くほどの魁偉な容貌になりながらも廊下の先を見通した。


「あそこか」


 突き当たりに扉がある。ウェルナーシュはあいまいに頷いた。


「徴税吏に会った事はある。顔は分かるが部屋は分からない」


 さきほどの一件があったばかりだ。ウェルナーシュは訥々と呟くように言った。

 二人の靴が石の床を叩き、まるでトンネルのような廊下にこだまする。


「にしても人がおらんの。こんなもんなのか」


 さすがに教授も、日本の役所のように広く明るいフロアで役人が立ち働いているところを想像していたわけではないが、こんな中世の砦のような役所は想像の外だった。


「役人の仕事はそれほど多くない。役人もそれほどいないと思う」


「ふむ……?」


 気にはなったが、廊下の突き当たり、目的地の扉の前で問いただす気はさすがになかった。

 骨ばった手の甲で、音高く扉を叩く。


「……どうぞ」


 部屋の中からの声に頷き、二人は室内へ入った。

 

 室内は……やはり暗い。天井近くに開けられた明かり取りと、執務のためであろう机の上の蝋燭だけでは、暗闇を追い払うことが出来ないようだった。

 部屋の三方は棚が作られ、そこには羊皮紙や木の束が収められている。察するに、納税の資料なのだろう。


「見慣れませんね。何用ですか」


 部屋の様子に見入っていた教授はふと我に返り、部屋の主を見つめた。

 年の頃は三十前というところか、不健康な部屋にふさわしく、不健康な顔色をした……女性。

 金色の髪をまとめて結い、執務用なのか片眼鏡をした理知的な容貌の女性だった。


「おぉ、失礼しました。徴税吏のリンデルという方を探しておりましてな」


「ふむ? 私が、そのリンデルです。アミア・リンデル一等徴税吏。お見知りおきを」


 女性だったのか。先入観を振り払うように首を振った教授は腰を折って挨拶した。


「峰川大学民族学教授、鷲塚宗治じゃ。よろしく頼む」


 堂に入った挨拶に驚いたのか肩書きに驚いたのか、リンデルは目を見張るが……口元を緩めた。

 ウェルナーシュに対してはちらりと見ただけで、顔を覚えていたのか頷いただけだった。


「お客人とは珍しい。休憩にしようと思っていたところです」


 お話をお聞きましょう、とリンデルは執務机の前にある応接用の椅子を勧めた。


「まだ税の季節には早いのですが、この手の書類は何処からでも出てきます」


 応接用の低いテーブルにまで置かれていた羊皮紙を手際よくまとめ、執務机に追いやった彼女も教授の対面に座る。ウェルナーシュは教授の後ろに立った。


「ミネガワ大学の名も民族学という言葉も聞き覚えがありませんが」


 ずばりと切り込んでくる。第一印象の通り、理知的な相手のようだった。


「うむ。ニホンコクという国にあってな。ここからどうやって行くのか知らんが」


 教授は頭上の男を見上げるが……肩をすくめるだけだった。


「民族学というのは、たとえばこの机じゃ」


「は?」


 こつこつと机を叩く教授。リンデルは思いもかけぬ説明にとまどった声を上げた。


「この机は石で出来ておる。

 さて、石は何処からか切り出さねばならぬ。その使える石を見極める経験はどこから来たのじゃろう。石を切るための道具は誰が作り、伝えてきたのじゃろう。石をテーブルにするという考えはいつ生まれ、何処から伝わってきたのじゃろう。

 その文化と技術を研究し、源流を探る学問がワシの民族学じゃよ」


「えぇと、以前考古学という学問がある、と伺ったことがあります」


「考古学と重なる事も多いの。ただあちらは土の中が相手じゃからな」


 からからと笑う教授につられ、リンデルも唇を綻ばせた。


「考古学であれば、この石のテーブルと似たテーブルが古代にないか探すじゃろう。無ければそこでおしまい。似たものがあればその伝播を調べるが、そこで『何故石でテーブルを作ったのか』までは考えんじゃろう。

 古代人は石のテーブルを使っていた、紋様はこれこれ、様式はこれこれ……で終わりじゃろうな」


「……何故だと思いますか?」


 教授はぐるりと部屋を、いや建物を見回した。


「建物に合わせたか、高くつく石材で作る事に意味があるんじゃろ。町では普通に家を木材で作っていたから木が足りないということはないし、裕福そうな家や、町の目立つところにある建物はみな石造りじゃった」 


 まぁ一言で言うなら見栄じゃろ。

 そのあっさりとした答えを聞き、満足そうに頷いたリンデルは教授の目をじっと覗き込んだ。


「鷲塚教授と言いましたか。あなたは、実に面白い」

う・ん・ち・く


日本の石造建築物、特に戦前の銀行などはバロックやルネッサンス建築を模して造られるところが多い。

第一勧業銀行や日本銀行旧小樽支店、元第一銀行横浜支店などが有名。


蝋燭は中世では贅沢品でした。理由は原料の蜜蝋(蜂蜜から作る)、鯨油(クジラから取る)が共に高価だった為で、一般家庭に蝋燭が普及するのは19世紀に入り、石油の精製に成功しパラフィンを原料にした蝋燭が大量生産されるようになってからとなります。

ちなみにここオルデンでは牧畜が盛んな為、羊から取った獣油の蝋燭を使っています。……臭いがひどいそうですが。


考古学うんぬんに関しては、教授の大人気ない対抗心が言わせたもの、ということにしておいて下さいw

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