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第四話 デクセン村

 目が覚めると、また暗闇だった。


(昨日から何度気を失っておるやら……)


 自嘲しつつ周囲を見回すが、今度は森の中ではない。

 質素ではあるが木造の……といっても日本家屋ではなくログハウス風の部屋であるらしい。

 微かに人の声も聞こえ、そっちに目をやると扉があるらしく、光が漏れていた。


「やれやれ……どっこいしょっと」


 古びているが手触りのよいシーツが使われたベットから降りると、揃えておいてあった革靴を履いて扉へ向かう。

 ……取っ手は、どこでも変わらないらしい。

 苦笑しながら取っ手を回し扉を開けると、大きな部屋に出た。


(リビングというところか……おっと)


 壁に寄りかかって立っていたエルフの男、ウェルナーシュが教授に気づき、歩み寄ってきた。


「大丈夫か。申し訳ない、身体は平気と見えたのだが」


「また心配をかけたようじゃ。大丈夫、もう大丈夫じゃ」


 笑ってみせるが、まだ心配が抜けない様子だった。もう一言言ってやろうと口を開くが機先を制された。


「おぉ、大事無くて何よりです、お客人」


 ソファから立ち上がった男がにこやかに笑い、両手を広げた。癖のある短い黒髪といい、大柄な体格といい、まるで熊のような男だった。


「私はこの村の長、デクセンです。まぁゆっくり身体を休めてください」


「これはご丁寧に……あぁ、幾つかお聞きしたい事があるのですが、よろしいか」


 村長は教授に椅子を勧め、ウェルナーシュにも勧めたが彼は椅子を拒み、さきほどと同じように壁に寄りかかった。

 椅子に腰掛けた教授はさてと顎を揉んだ。


(何から聞いたものか……月はいつから二つあるのですか、か? 馬鹿馬鹿しい)


「そうですな……まずこの村の事からお聞きしましょうか」


「はは、この村ですか。ここはつい三年ほど前に拓いた村でしてね……」


 デクセンの話はこうだった。

 隣国で村と町がいくつも焼かれる大きな戦争があり、そこから逃れた難民たちが戦争の手の及んでいないこの国にたどり着いたものの、耕作地が無いため新たに開拓村を開くことになったのだと。


「ただ、ここの土地は痩せてましてね。耕作にあまり適しているとは……いままで荒地だった理由がわかりますね」


 それは苦笑というには苦すぎるものだった。


(すでに赤子の死者も出ておるんじゃろう……)


 教授は察した。かつて旅をした中央アジア、その山がちで水の乏しい村々で見たものが脳裏によぎる。

 今、自分が何処にいるのかわからない不安はある。

 だがそれ以上に、鷲塚教授を鷲塚教授たらしめてきた好奇心と義侠心がむらむらとたちのぼる。


「畑を見せてもらっていいかね? あぁ村を全部見て回ったほうが早いじゃろう」


 言われたデクセン村長はきょとんとした顔で、ウェルナーシュと顔を見合わせた。

 

 さっそく二人を連れ、教授は村長宅を出た。周囲を見渡しながらゆったりと歩く。

 さてそうして見るに、村長の家は格別に立派なものであったらしい。

 

(おそらく村の集会所を兼ねていたり、ワシのような旅人を泊める事を考えての作りじゃろうが)


 寒村、デクセン村はVの字型の急な渓谷の両側に、張り付くようにして作られた村だった。

 ざっと見て村の家は二十程度。一戸に五人住んでいたとして百人。そしてその家々は貧弱な木材と薄い木の皮を張り合わせた壁や屋根で作られているものがほとんどだ。

 岩くずを積み上げて家々の土地の仕切りや、段々畑を作る。かつては教授が歩いた中央アジアだけではなく、日本の山村でもよく見られた光景だ。


 そんな郷愁をそそる村を見ながら、教授はウェルナーシュとデクセンを引きつれ、村の一番低いところ……Vの字の底へ歩いていく。

 たまにすれ違う村人、家々に繋がれた家畜、みな痩せていた。それ自体は教授はおかしいとは思わない。

 むしろ、世界的に見て栄養が満ち足りた地域の方が少ないのだと言う事を身に染みて知っているからだ。


 渓谷の底には川が流れていた。清流といえる。水量はそれほど多くはないが、流れは速かった。水を汲み上げるためだろう、川辺まで降りられるよう岩壁に階段が掘られていた。


「よい水ですよ。そのまま飲めます」


 村長は恰幅のいい身体を揺らして笑った。以前住んでいた村では、沸かさないと飲めませんでしたから。

 教授はデクセンに頷き返しながら、周囲の渓谷を見上げた。


(この地形……)


 教授にとって、幾度も見たことのある地形だった。だが、確証は無い。


「あぁ村長。ここの上流はどうなっておりますかな。……大きな氷などはありませんか」


「氷ですか?」


 村長は首をひねった。


「冬場、川が凍ることはありますが……今は夏の入りですからね。さすがに氷は見ませんなぁ」


「ふむ……少し、上流まで登ってみるか。上流に村はありますかな」


「いえ、ここが一番高い村です。これ以上行くと麦が育ちませんし、開けた土地もありませんでね」


(わしの勘が正しければ、そこまで登らずとも「確証」は得られるはずじゃからな)


「なに、すぐに……そう昼までには戻りますよ」


 鷲塚教授はそう言ってデクセンに笑いかけた……相変わらず、邪悪に見える笑みだったが。

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