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第一話 挑戦状

恥ずかしながら帰ってまいりました!

第二部の開幕になります。よろしければ御笑読下さいませ。

 馬車の旅は快適とは程遠い。

 硬い座席、揺れる車体、振動は身体に痺れを起こさせるほど強く、石や窪みで激しく揺れた時には天井に頭をぶつける事もたびたびだ。いや、だった。


 男は憮然とした表情で車窓の光景を見遣っていた。太った中年の男で、なるほど乗馬より馬車のほうが似合いそうな風体の男である。車窓の外は冬、寒さを増しつつある王都近郊の光景を映し出していた。


「そろそろ王都に入ります」


 対面に座る初老の男の言葉を聞き、中年の男は憮然としたまま頷いた。

 彼の表情が冴えないのにはいくつか理由がある。一つは彼が極端な出不精であることだった。


 中年の男……クルタナ侯爵クルトは外に出ることを好まなかった。狩猟や馬術を毛嫌いし、屋内で読書や盤上遊戯、美食を好む男だった。故に体型もそれに相応しい肥満体型になっていき、また屋外に出ることを嫌う。ある意味悪循環だった。


 それをわざわざ特別製の馬車を仕立て、領地の暖かな本邸を出てこれから冬本番という王都へ向かう。それが不機嫌な理由のその一であった。

 もう一つは……彼が不快だろうと思っていた馬車の旅が、実は結構快適だったという自分の予想が外れた事への腹立たしさからだった。


「王国顧問官と言ったか」


 唐突なクルトの声を聞き、壮年の男はすらすらと答えた。


「夏頃に就任したとされる人物です。年齢出生共に不明。貴族ではないらしく、他国出の平民で学者上がりと囁かれております」


「その学者崩れのおかげで、僕はこんなところまで旅をする羽目になったわけだ」


 クルタナ侯爵クルトの快適な旅は、その顧問官のしわざであった。

 切り出した石や煉瓦を漆喰で固めた道路は車体の揺れや振動を押さえ、出不精で馬車を嫌っていた彼が拍子抜けするほど旅が楽に済んでしまったのだった。というより、これまでの道路状況が悪すぎたのだ。


 まるで詐欺のような手法で瞬く間に資金を集め、石工ギルドとの間の折衝の片手間に測量を行い、王都とクルタナ侯爵領の間に立派な街道を敷設してしまった。その立役者こそ……


「ワシヅカと言ったか。ふん、確かにこの国では聞かぬ名だな」


 馬車が止められ、御者と護衛の騎士が王都入り口の門で役人相手に話しているのを聞きながらクルトは毒づいた。

 彼のクルタナ侯爵領はエルドバという港町を擁しており、他国との貿易も盛んだ。だが……そんな他国の要人の名には、そんな名前は無かったような気がする。


「だいたいなんだ、その王国顧問官というのは。僕が侯爵になってから一度も聞いた事が無いぞ」


「噂ですが、宰相が国王陛下にはかってでっち上げたものと」


 初老の男の言葉を聞き、クルトは鼻で笑った。


「なんだそれは。他国の流れ者に好き勝手やらせるために役を作っただと?」


 役職、ポストというものはそう簡単に作られるものではない。他の役職との上下関係やしがらみによって簡単に廃止出来なくなってしまうし、一度作られてしまえばその役職は「利権」として、後継者に受け継がれていく事になる。


 今の国王、ラインバルト二世が危険なほど王権の集中を狙っている人物だという事は、この国の貴族なら誰でも知っている事だ。それをわざわざ、役職を作り権限を与えてまで引き止めるほどの人物だということになるのだが……


「ん? おい、なんだあれは?」


 王都の中、一路クルタナ侯爵の私邸へ向かう馬車の中からクルトは外を指差す。

 喧騒、ひときわ人だかりのある一角だった。初老の男はああと得心したような声をあげた。


「あれもその、顧問官の肝入りで出来た店でして。株屋と言いましたか」


 教授が発案し、財務担当官ノルテが大喜びで売り出した債権だが、その後ちょっとした問題が持ち上がった。債券を買った商家が短期的な赤字穴埋めの為、王国政府に償還期限前の債権の引取りを求めてきたのだ。


 その時は満期ではないため幾らか値引きした上で買い取ったが、これからもこんな事を個別に対応しているようでは本来すべき国の財務管理業務が滞ってしまう……そう考えたノルテは、部下の中から希望者を募り、「株屋」と名づけた店を立ち上げたのだった。


 株屋、つまり国が売り出した債権や、それを見て真似をし始めた商家が売り出した株券の売買を専門に行う店が営業を始めると、王都はちょっとした金融ブームに襲われる事になった。

 特に商家の売り出した株券は(教授の耳打ちもあって)店の優待券として使えるものや、持っていると年に数度配当金が貰える物などもあり、優良な株券を発行する事や持つ事がステータスとなりそうな勢いになっていた。


 蛇足だが、株屋店主となったノルテの部下だった男(商家の三男だった)は、その後も株屋を発展させていき、預貯金業務や保険の取り扱い、ついには王国の債券どころか通貨の発行すら行う国営の中央銀行のようなものへ発展させていく事になる。

 閑話休題。


 その説明を聞き、クルトは呆然と呟いた。


「それか。それでエンデルホフはこっちに移ったんだな……近いほうがやりやすい」


 エンデルホフ商会は港町エルドバ随一と呼ばれた交易商だったが、つい二ヶ月ほど前から業務の軸足を王都へ移していた。元々、先物取引のうまさから勢力を伸ばしていった店だけあって、この金融ブームにうまみを感じ取ったものらしかった。


「他にも数軒、中小の商家が移ってきているようです。街道が整って人や物の行き来がしやすくなりましたし、何より今の王都には……」


「カネが集まっているからな。くそっ、甘く見たか……」


 経済を活性化させるためには、まず大量の資金が必要になる。そしてその金が動かなくなくてはならない。留まっていてはいけないのだ。

 王都は債権の発行ということで国中から大量の資金を集め、それを街道敷設などで即座に還元していた。その金目当てに商人や商家が集まり、彼らが株券を売り出すことでまた金が動く……ひたすら金が動き続けているのだ。


 王都エルミラは、ひょっとすると王国開闢以来の好景気に沸いているのかも知れなかった。そしてその割りを食うのは……他でもない、クルタナ侯爵領となる。

 これまで侯爵領へ税を納めていた大商家が……またそこと取引していた中小の商家が王都へ移る事によって、単純な税収だけでなく働き口の減少にも繋がりかねない。


 クルタナ侯爵クルトは無能ではない。ただ今までの経験から鑑みて、ここまで派手に金や商家が動くというのは想定の外だった。そしてその原因を作ったのは他でもない、自分自身。

 彼が、自分自身で顧問官から回ってきた街道敷設に関する書類にサインをしたのだから!


 甘く見た、というのは間違いだ。何しろ、彼は相手の事を知らなかった。軽んじたというべきだろう……初老の男がそう考えていると、馬車が静かに止まった。侯爵家私邸に到着したのだ。


 よっこらしょと掛け声をあげ、クルトが座席にはまり込んでいた身体を起こして馬車から降りるとき、ぼそりと……彼にしか聞こえない程度の声で呟きを漏らした。


「調べろ。次は負けん」


 それは、王国第一の権勢を誇る貴族が叩き付けた、教授への挑戦状であった。

ちょっと短いですが第二章開始です。


そんな簡単に経済が動くかよ、というツッコミは無しでお願いします。

これってバブルになるだけだから余計に実経済に悪い影響が出るんじゃないの、というツッコミは(ry


状況的には「南海泡沫事件」の時のイギリスのようだなぁと……

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