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第十九話 王国顧問官

(何を言っておるやら)


 苦笑した教授は、左右に居並ぶ列席者を見回した。

 将軍アルドレフトは不快に思っている様子はないようだった。自分を納得させられるだけの知識があるなら教鞭も取れるに違いない、とでも考えているのだろう。

 その隣、副官ニーニルは先ほどからの紅潮した表情のまま、期待するような視線を向けている。軍事教育など聞いたことしかない(教授は御歳68歳。物心ついた頃には戦争は終わっている)人間に、軍事を教えられる訳が無いのだが……


 救いを求めるように視線を左に移すと、財務担当官ノルテがにやにや笑っていた。懐が痛む話でもないので娯楽を見ている気分なのだろう。今に見ていろ。

 その隣に座る神経質そうな男は、いささか神妙な顔もちで座っていた。

 おや、と思った教授は今更ながらその男の名前を聞いていないことに気がついた。


「何かありますかな、ノルテ殿の隣の……」


「書記官のレッセンです。普段はハーツェル大臣の補佐を務めております」


 ほお、と教授は頷いた。ハーツェル大臣の補佐ということは、財政のノルテ、軍務のアルドレフトとは違った目線で物を見ているに違いない。彼は先を促した。


「今回の事、国内の貴族の反発が大きいのではありませんか? 王国軍を強化することで、相対的に貴族の私兵の価値が減じます。その事から恐怖なり不審なりを抱いた貴族が乱を起こすこともありえるのではないでしょうか」


 なるほど政治面か。ちらりとハーツェルの様子を伺うと、仙人のような能面で目を閉じていた。寝ているということはないから、今のところ発言する気は無いのだろう。


「最終的に国を強くしたいのであれば……」


(言ってしまうべきか。……ええい、毒を喰らわばなんとやらじゃ)


「貴族というのは、その障害になる。貴族を弱体化せねば、国は強くなれんのじゃ」


 軽いどよめきが会議室に満ちた。驚きと不安、不審の声。


「貴族は王の藩屏である。その貴族を廃して国が立ち行くのか?」


「貴族を廃するとなれば、地方の隅々まで国が面倒を見ることになります。それだけの資金も人員もありはしませんよ!」


「ま、全ていきなり貴族を廃するなどとは言っておらんよ。段階を踏むんじゃ」


 封建社会における貴族の元々の役割とは、王から土地の支配権(徴税権込み。ただし防衛の義務もある)を貰い、王の危機には兵を集めて馳せ参じるというものだ。日本だと、鎌倉幕府がやった「いざ鎌倉」の制度が近い。

 ただ、国の領地があっちは王領こっちは貴族領と分断されていると発展がしにくく、国として力が集中しにくい。何か大きな政策を実行するには国力を傾ける必要があり、国力を束ねるには勝手気ままに徴税を行い、それが国の手元に回ってこない貴族領というのはジャマな存在なのだ。

 何でもそうだが、「力」というものは集中すると効率が上がるものなのだ。


 ゆえに。貴族の力を暴発させない程度にじわじわ削いでいく。

 最初は義務の強化。南部からの脅威を理由に私兵を国に差し出させ、国の軍隊として作り変える。訓練と待遇の強化を通じて私兵達の忠誠の方向を貴族から王に変えてしまうのだ。そうすることで貴族の力は削げ、国の軍隊も強化されて一石二鳥。

 次にその力を後ろ盾として納税を行わせる。最初は「預かっている私兵達の給与を補填するため」とでもしておけばいい。一度始めてしまえばこっちのものだ。じわじわ項目を増やして増税する。

 最終的には貴族の領土を国が吸収する。貴族制度自体は残っててもいいが、一般領民と同じように納税の義務は課す……。


「最終的に土地に税金がかかるようになれば、広い土地を持っている方が不利じゃ。嫌でも土地は手放さざるを得なくなる。当然不満を持つ貴族は出るじゃろうが、私兵をこっちで抑えておれば反乱は出来ないし、兵を雇って反乱したとしても錬度は低い。連携して大規模な反乱でも起こらなければこちらのほうが有利じゃ。

 なにより、王国の領民は貴族より王国軍の味方をするじゃろうしな」


「……しますか?」


「貴族達が生活を維持するための資金は当然、領民からの徴税じゃ。さてその貴族の懐から王国が徴税するとして、生活費が足りなくなった貴族はどうすると思う?

 さらに領民から税金をふんだくるしかないんじゃよ。増税にあえぐ領民は、大喜びで王国軍の味方をするじゃろうなぁ」


 書記官レッセンは言いかけた言葉をぐっと飲み込んだ。汚いとか卑怯とか言いたかったのだろう。教授も自分の言っている事の非情さには気がついている。要は、領民を貴族と戦う為の道具にしようというのだ。


 だが、地球の歴史を紐解けば封建制度から中央集権制度への移行はどうしても時間がかかるものだし、その移行作業にはたびたび戦争が関わる。日本で言えば江戸幕府(封建社会)が崩壊し、戊辰戦争を経て明治新政府(中央集権社会)に移るまで。どれだけの有為な人命が失われた事か。


 その時間と人命の浪費を出来るだけ短縮する意味でも、ある程度の汚名は仕方なかろう……と教授は考えていた。なにより、うまく成功してしまえば汚名は残らないかもしれない。勝てば官軍という素敵な言葉もあることであるし。


「……また貴族の弱体化と並んで官吏を育成し、各地に派遣する。さっきノルテ殿に進言した道路の計画を各地に広げ、王領を中心に経済を活性化させていけば税収は上がる。その収入で人を育てていくんじゃ。

 まぁ、その合間に特産品として売れる物も探して行きたいところじゃな」


「なるほど……」


 呟いたのはレッセンではなく、ハーツェルだった。彼は何度か頷くと、納得したようにレッセンになにやら身振りで指示を出した。


「は、畏まりました。……ただいまお連れ致します」


 レッセンは立ち上がると案外きびきびした足取りで扉に向かい、廊下にいた警備兵に一言二言耳打ちした。言い含めてあったのだろう、それだけで警備兵は頷いた。


「皆様、御起立願います」


 言いながらハーツェルは立ち上がり、扉の方へ向けてこうべを垂れた。

 それだけで部屋にいる人間は何が起こるか察したらしい。慌てて立ち上がるとハーツェルに倣う。


(はて、なんであろうか)


 教授も不思議に思いつつ、何が起こるかわくわくしながら席を立ち、頭を下げた。


「シューリッツア王国第六代国王、ラインバルト二世陛下のおなりにございます」


 外にいる警備兵らしき声を聞き、さすがの教授も驚いた。驚いたが、王国なんだから国王がいるのは当たり前じゃし、ここは国王の居城なんだかおかしくはないか、と考えを改めた。


(ま、日本で陛下から勲章を貰えなかったのは残念じゃが)


 同僚だった某氏は春の園遊会でお声を掛けて頂いてたのう、などと取り留めの事を考えていると、先程までハーツェルの座っていた椅子に腰掛ける音が聞こえた。


「皆、頭を上げよ。あと席につけ。話しづらい」


 太い男の声だった。許しが出たのを幸い、教授は即頭を上げて声の主を見た。

 年の頃は40代だろうか。野性的な雰囲気の赤毛の偉丈夫だった。ハーツェルはその好奇心全開の教授の顔を見て何か言いたげではあったが、男が手を軽く振ると軽く頭を垂れて引き下がった。


 臣下が席につくのを見届けてから、男、ラインバルト二世は教授に話しかけた。


「あなたがワシヅカ教授だな。話はハーツェルから聞き及んでおる。賢者であるそうだな」


「うむ、わしが鷲塚宗治じゃ。賢人であるかどうかは、判断にお任せする」


 ハーツェルはああ、と天を仰いだ。そう言えばこの老学者、宰相たる自分にもこんな口調であった……ならば王族でも変わりはしないか。


「ふむ、ならば余が自分の目で見て判断するしかないな。レッセン!」


「は。……これに」


 レッセンは数枚の羊皮紙を差し出した。どうやら今回の会議についての走り書きらしい。


「ほう、経済……軍事……政治、か。教授、確かにあなたの知恵は得がたいもののようだ」


 頷いたラインバルトはにやりと笑った。


「これだけの知恵を出してもらったのだ。こちらからも報酬を出さなければならぬ」


 笑いをさらに大きくしながら王は教授の顔を見た。


「だが教授。あなたは単なる報酬で良しとする人でもなさそうだ。……よって」


 分厚いマントの下から一本の丸めた羊皮紙を取り出すと、卓の反対側にいる教授へ放った。


「あなたに王国顧問官の地位を授ける。王国の何処にでも顔を出し、何処にでも口を出せる役職である事を、余の名において保障しよう。当然、給金も出す」


「なんと……」


 確かに。あらゆる文物に首を突っ込む性格の教授にとっては垂涎の価値がある役職といえた。何しろ首を突っ込む事が王から「法的に」保障されるのだ。


 だがこれは……


(ハーツェルが一枚噛んでおるな)


 昨日、オルデン子爵と共に参内してハーツェルと話した時。あの時から考えていたのかもしれない。教授のふんだんな知識を王国のために、王国のためだけに活かす方策を。

 今日のノルテやアルドレフトとの話し合いも、教授の知識が本当に使えるものか試すためだったのだろう。そして突然の国王の訪問もまた。

 つまりこの王国顧問官への就任は、最初から定められていたのだ!


 やられた……内心ほぞを噛むが、不快感は無い。むしろ、それを見抜けずに知識をひけらかした自分の迂闊さに腹が立つだけだった。


「王国顧問官、お受けしよう」


 教授の内心の葛藤を知るか知らずか、その言葉を聞いたラインバルトはにこやかに笑って立ち上がった。

 

「これで我が王国千年の基が出来よう。期待しておるぞ、教授」


 期待、期待か。

 教授は上機嫌で部屋から歩み去る王の姿を見送った。


 騙まし討ちされたようで気分は悪いが、やる事は今までと変わらない。そう、王からのお墨付きがついたとはいえ、教授のする事といえば知る事と教える事だ。

 

 だが。

 教授は自由だった自分の首に、首輪を巻かれたような息苦しさを味わっていた。


                    ●


「これで、よかったのか」


 私室にもどったラインバルトは、影のようについてきたハーツェルへ呟くように問いかけた。


「教授の目、あれを見たか。あれは反骨が過ぎる。ずっと飼えるものではないぞ」


「御意。おそらく、早々に王国を飛び出し、世界へ向けて歩み出すかと」


 ならばなぜ、と目顔で尋ねる国王に、ハーツェルは答えた。


「それまでの間、王国のために役立たせるのも一興かと。また貴族に手を貸されても事です」


「捨て扶持で飼い殺すよりは得策か……」


「御意にございます。王国千年の基のために」


 ハーツェルは深く、頭を垂れた。

これにて第一章終わり。次からは教授が王国各地に首を突っ込んで回る第二章になります。


本日は休日でしたので一気に書き上げて投下しましたが、もう年内は休み無しなので、本年の投下はこれで終了となります。


皆様良いお年を。いい夢(初夢)見ろよ!

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