第十七話 財務担当官ノルテ
午後。エルミラ城に赴いた教授は来意を告げ、城内に入った。内部は中央部の天主(城の内部で一番大きく目立つ建築物。上の方に領主やその家族が住み、下部は兵の生活の場となる)とその他の建物が乱雑に建てられており、見通しは悪い。
(中世の城は不衛生と聞いておったが、想像以上じゃな)
城門から天守へ向かう道こそ石畳が敷かれそこそこ立派なものだが、脇道は泥まみれだったり、その泥に浸かった様々なものが腐敗しているという有様だった。
現代社会のようにヒステリックなまでの分別収集をしろとまでは言わないが、せめて可燃性のゴミは収集して燃やすなりなんなりしなければ、長雨が続く時期だと伝染病が起こる可能性もある。
そんな事を考えながら歩いていた教授は、案内役に連れられて天守に入った。
前回、というか先日ハーツェル大臣と会った会議室(らしき部屋)が天守の二階にあったので、今回もそこに通されるんじゃろうと思いながら後に続く。
天守の中は薄暗く、空気もこもりがちだった。元々開口部が少ない造りであることに加え(城は生活の場ではあるが、まず第一に防御設備なのだから仕方ない)、石造のため湿度が逃げにくい。人間が暮らす場としては、実は城と言うのは向いていない。
それでも夏場はまだましなほうで、これが冬ともなると底冷えのする冷蔵庫の中で暮らすような状態になる。そのためにタペストリーや絨毯、余裕があれば木材などで内張りをするのだが、あくまで対処療法的なものに過ぎないのだ。
領主が快適な居住空間を手に入れるのは、地球の歴史では防御施設としての「城」が火器によって形骸化した後、城から城館へ(キャッスルからハウスへ)移ってからのこととなる。
案内役が連れてきたのは、前回の会議室の隣の部屋らしい。ざわめきが聞こえるところからすると、中には数人の人間がいるようだった。
「ワシヅカ教授をお連れ致しました!」
叫んだ案内役の声を聞き、中から扉が開かれた。
中は……中央の卓に、すでに数人の人間が着席していた。前回の十人も入ったら満席になるような部屋の、ほぼ倍の広さがある。
卓の上座に着いていた白髪の仙人……ハーツェル大臣が席を立った。
「ようこそ、教授。お待ちしておりました」
その様子を見て、卓についていた人間も立ち上がって口々に挨拶をする。それに鷹揚に答えつつ、教授はその人々を観察していた。
卓の一番奥につく白髪の老人、ハーツェル。右隣の中年の男……体格からして武官か。良く見ると頬に刀傷らしきものがある。やはり武官か。そのまた右隣には多少若い男。やはり体格はいい。部下なのかもしれない。
ハーツェルの左隣には質の良さそうな服を来た初老の男。ハーツェルの折れそうな痩身とは違い多少緩んだ体型をしている。するとこちらは文官だろうか。彼の左隣には神経質そうな若い男。
して見るに。左右で文官と武官を分けたものと見える。教授は一見してそう分析した。
「お掛け下さい教授。連日のお呼び立て、誠に申し訳ない」
ハーツェルの言葉に従い、空いていた席(卓を挟んでハーツェルの正面)に座ると、左右の人間の表情をちらりと伺う。
文官武官はみな、驚いたり不思議そうな顔をしていた。大臣、それも宰相格の人間が何処の馬とも知れぬ人間を丁重に扱ってるのに驚いたのだろう。
その彼らの反応をそ知らぬ顔で黙殺したハーツェルは、卓の上で手を組みつつ切り出した。
「さて。本日お呼び立てしたのは、教授の知恵をお借りしたく思いまして」
「ほお?」
教授はちらりと左右に並ぶ男達の顔を伺う。その表情に浮かぶものは……好奇心か。
「わしに分かる事であればなんなりと。で、何を聞きたいんじゃね?」
ハーツェルは左に座る男にちらりと目配せをしたようだった。
ごほんと軽く咳払いをし、たるんだ体型の男か軽く手を上げた。
「財務担当を勤めます、ノルテです。このたびは聡明と聞くワシヅカ教授とお話を出来る事を楽しみに……」
長くなりそうな挨拶だったので、教授は手をひらひらさせながら遮った。
「挨拶は無用じゃ。さてノルテ大臣かの。聞きたいこととは、ずばり何じゃね」
長広舌を遮られたのは特に不快では無かったらしい。おお、と感じ入ったような演技を交えつつノルテは懐から数枚の羊皮紙を取り出した。
「簡単に言えば、当シューリッツア王国の財政状況について、ご助言頂きたいのです」
ふむ、と顎に手をやった教授は羊皮紙を受け取った。ごく単純な範囲ではあるが、王国……というより王領の収入と支出が記されているらしい。
主な収入源は領民からの税金。わずかに木材の輸出くらい。
支出は宮廷費、外交費、軍費、砦や橋の修繕等、多岐に渡る。
そのあたりをざっと読み取った教授は、差し引き収入がわずかに黒字となってるのを見て尋ねた。
「つまり、支出を減らして収入を増やすために知恵を出せ、と」
ノルテはおお、と感嘆の声を上げた。
「さすがお話が早い。何か良い考えはありませんでしょうか」
教授はこの王都エルミラへ来るまでの道のりを思い出し、逆に聞いてみた。
「ちと尋ねるが、この王都からよそへ向かう道じゃが、何本あって何処へ通じておるんじゃね」
ノルテは困惑した表情を浮かべ、きょろきょろと周囲を見回した。すると右側に座っていた若い男がすっと手を挙げ、席を立った。
「よろしいでしょうか。将軍副官ニーニルであります」
彼が説明するには、王都からは5本の街道が延びている。
1つは北のオルデン子爵領へ、1つは北西のユーゼ伯爵領へ、1つは東のクルタナ侯爵領へ、1つは西のマルツァイト子爵領へ、1つは南の王領オルキの街を経て国境のシレジア子爵領へ向かう道となる。
この交通の便の良さから、エルミラに今の宮廷が置かれているのだと説明し、彼は席に着いた。
「街道の具合じゃが、わしは北の街道しか使った事がないんじゃが、みな、あんな悪路かね?」
悪路と聞かれて軽く首を傾げたニーニルは、どれも大差ありませんと答えた。その言葉を聞き、教授は1つアイディアを思いつき、脳内でこね回し始めた。
「南は王領か。東西の貴族領との往来は激しいかね?」
「マルツァイト子爵の領地は森ばかりでしてな。激しい往来などとてもとても……。クルタナ侯爵の街には港がありますので、往来はそこそこあるかと」
自分の答えられる話題が帰ってきて、嬉々として答えるノルテ大臣は周囲に同意を求めた。
「ほう、港。では交易も盛んじゃろうな」
ノルテは肩をすくめた。詳しい数字は入ってきていないものの、港町エルドバと侯爵のお膝元であるクルタナの街は、エルミラを越える繁栄をしている、らしい。
「ならば、そのおこぼれに預かるのが正解じゃろうなぁ」
にやりと悪鬼さながらの笑みを浮かべる教授。
「どうしろと言われるのか……まさか」
「攻めろとか滅ぼせだなどとは言わんよ」
咄嗟に声を上げた武官(らしき男。将軍副官を名乗るニーニルが隣にいるところからして将軍なのかも知れない)の言葉を遮ると、教授はすっと指を上げた。
「王都から、そのクルタナ侯爵領の港町まで道路を敷くんじゃ。それも石畳で舗装された立派なやつを。 それで人と物のやり取りを増やし、税収を上げる」
同時に途中に休憩施設を設けたり、山賊対策のための軍部隊の巡回をし、旅人の安全をはかってやる。そうすれば、
「侯爵領で止まっていた人と物と金の流れが、王都まで届くようになるじゃろ。何しろあの道じゃ、軽々と遠出しようとする人間は少ないじゃろうからな」
侯爵領がどれだけ繁栄しても、それは王国が栄えたことにはならない。何故なら侯爵領の民が払った税は侯爵の下に集まるだけで、王国へはビタ一文入ってこないからだ。王国を運営するための資金は、王の直轄地からの収益だけで回しているのだ。
ならば侯爵領ではなく、王領で金を落とさせる必要がある。そのためには人が王都までやってこれなくては話にならない。そして、商売人が商売をするには街道が5本も集中している王都は魅力的である……
その説明を聞き、ノルテは難しい表情でううむ、ううむと唸っていた。
「ご説明はわかりました。効果も、おそらく出るでしょう。しかし……」
「資金が足りんかの」
お恥ずかしながら、とノルテは先ほどの羊皮紙に目を落とした。
彼が脳内で弾いた試算だと、それだけの街道と付随施設を作るとなると王国一年分の税収を全て当てて何とかなるか、というほど予算を食うと出た。後に税収が増えるのは確実だろうが、無い袖は振れないのが実情だ。
「借金をしようにも、それだけの金を借りるとなるといささか……」
それを聞き、教授はふむと鼻を鳴らした。
「国債を発行してはどうかね?」
「……債とは?」
国債を簡単に説明すれば、「期限付きで国が発行する株券」であろうか。一口いくら、期限何年
で発行される債券は利率が定められており、3年償還期限の国債なら2%、5年償還期限なら3%……というように、預けておくだけで利子が付いて帰ってくる仕掛けだ。
当然、国が投資者に返す時は利子がついているので返還額は大きくなるが、その頃までに税収が上がってさえいれば問題は無い。
……国が潰れてさえいなければ。
「この場合、額が大きいからの。3年・5年・10年満期あたりを混ぜて売るといいじゃろ」
「そ、そんなやり方が……」
債権の利点はもう一つある。
今回のような大きな工事で予算が足りなくなった場合は借金をするわけだが、借金には借りる側だけでなく、当然貸す側が必要だと言うことだ。つまり、大金を持っていてそれを王国に貸す人間が必要になるのだ。
交易が未発達なシューリッツア王国にそれだけ大きな商家があればいいが、無い場合は裕福な貴族に頭を下げる必要がある。そのあたり、王国に仕える大臣としては憚るかもしれない。
だが債権の場合、一口あたりの金額を小さくしていればちょっと懐に余裕のある一般人が、小遣い稼ぎ程度の感覚で購入することも出来るのだ。
「これはどうにも……持ち帰って検討します。良い手ですよ、これは」
大規模工事の際、株式会社が債権を発行する事もあります。
レセップスがパナマ運河掘削の際、予算が足りなくなって「宝くじつき債権」なんてものを売り出して予算を得ようとした事もあります。
レセップスのパナマ運河工事は結局失敗したので(後にアメリカ政府が完成させている)、たとえとしては少々不適当ですが(笑)




