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第十三話 王都

 封建制下において、王権は制限されがちとなる。一般に古代~中世世界では土地=人口=国力であり、国内各地に封建君主が割拠するだけでも国王は力を削がれた形になるからだ。 


 シューリッツア王国の首都……王都はエルミラというが、ここが都と定まっている訳ではなく、情勢によってヒュルゲン、コーツといった都市に宮廷を移すの だという。王権が不安定であり、各地の領民に封建君主より上の存在である王という存在を、アピールする狙いがあるのだろう。


「ここ数十年は大きな内乱もありませんでしたので」


 教授はリンデルの言葉を黒革の手帳に書きとめようと苦心し……馬車のあまりの振動に諦めた。手帳をポケットに戻し、振り落とされないようしがみつきながら周囲の光景を眺めた。


 結局、教授は乗馬ではなく、リンデルと共に馬車に乗る事を選んだ。

 確かに馬には乗れるが、さすがに長距離騎乗はつらかろう、というリンデルの言葉を聞き入れた結果である。……下手に馬を与えたら王都までの道すがら、どこにすっ飛んで行くかわからないから、というリンデルの深謀遠慮でもあった。


 馬車は贔屓目に見て、長距離の移動に耐えられそうにないものだった。

 車輪こそ鉄が補強に使われているが車軸は木のままだし、軸受けも工夫されている様子はなく板バネによるクッションもない。そのため、振動が直接伝わってくるので乗り心地は悪い。幌もないので雨降りや日差しが厳しい時などはフードのついたマントを羽織るのだという。

 

 また道路状態も悪かった。

 地方の間で流通・交易が盛んではないからだろう、道路に金を掛けていないのだ。ちょっと雨が降っただけで泥沼になるような道や、とりあえず砕いた砂利をまいただけの道など、都市間の幹線道路とは思えない悪路の連発であった。

 橋だけはきちんと掛けられていた事が、数少ない救いであった。


 そんな訳で、都市から都市へ移動するのに使った馬車は車屋に預けて整備して貰うのだという。そうでもしないと移動中、いつ壊れるか知れたものではないからだった。


「この森が最後の難所だ。抜ければ王都だ」


 ちゃっかりと馬に乗ったウェルナーシュが檄を飛ばす。

 里から戻った直後は妙に不機嫌で誰彼構わず睨み付けていた彼は、王都への旅路についてから数日で以前のような無表情に戻っていた。

 教授とリンデルは「彼はきっと何か厄介事を押し付けられたに違いない」という見解で一致したが、それが何かまでは、さしもの教授にもわからなかった。


 檄を聞いた教授は恨めしそうにウェルナーシュの馬を眺め、帰りは絶対あやつを馬車に乗せてやる、と誓いを立てた。


                        ●


 王都エルミラ。シューリッツア王国建国当初からあるという歴史ある街で、宮廷が置かれるのも三度目という話だった。オルデンの町にも石畳が敷かれ石造の家々が建っていたが、さすがに規模が違う。

 

 街の入り口近くにある車屋に馬車と馬を預け(幾つかある中で迷わず一軒に立ち寄ったところからして御用達なのだろう)、一行は王都の石畳を踏んだ。

 リンデルが先導し、オルデン子爵が住むという、町の中心方向へ歩き出す。


「そういえば、この石畳はどうしてるんじゃね。どこかの会社が敷いとるのかな」


「王都も多分同じだと思いますが……オルデンでは石工ギルドに依頼を出しますね」


 ギルドに依頼と報酬を出し、ギルドから派遣された石工が工事をするというスタイルらしい。


 石造建築物は木造に比べて寿命が長い。そのぶん仕事の量は制限されるので、そのあたりの割り振りをギルドが調整するのだろう。


「家のほうはどうなんじゃね。あちらは個人でやっとるのかね」


「個人的な依頼でやる人もいるでしょうが、それでもギルドに一報は入れるでしょうね」


 義理を欠くと怖いですから、と小声で囁いた。

 さすがに王都といわれるだけの事はあり、オルデンよりはるかに人通りが多い。聞き耳を立てる暇人がいるかも知れない、と考えてのことだろう。


「ふーむ。では城はどうかね。色々厄介だと思うが」


「それは私も聞いた事がありませんね。設計とかどうしてるんでしょうか」


 リンデルは首を傾げた。何しろここ数十年は内乱もなく、戦争も稀でしたから。

 新しく城を建てるような必要が無かったため、彼女が関わることも無かったようだ。


 教授は通りですれ違う人々を見やった。

 オルデンでもそうだったが、教授はこの「世界」に来て以来、地球の中世期のような食うや食わずといった飢えた人間は見かけた事が無い。不思議な事だった。

 食べ物のカロリーが地球より多いのかと思ったが病的に肥満している人間はいないし、収穫量が多いのかとも考えたが、徴税書類が読めないので棚上げしている状態だった。


 「戦争」における最大の目的は、言うまでもなく「収奪」である。

 それは土地であったり、資源であったり、利権であったり、古代においては人間つまり奴隷であったこともある。それらを奪ったり奪われたりするのが、突き詰めれば「戦争」という行為なのだ。


 逆に言えば、奪う必要がなければ切羽詰った理由での戦争が減る、ということである。

 

(人間が飢えずにいる世界というのは、それだけで平和になるのかも知れんの)


 教授は王都エルミラの整った街並みを歩きながら、そう考えていた。

う・ん・ち・く


封建制下での王権の弱さは、たとえば絶対王政以前のフランスの歴史が参考になると思います。フランク王国時代も同じように各地に宮廷を移し、パリが首都と定まったのはフランク王国からフランス王国に変わって以降の事です(フランク時代にもパリが首都になったことはある)。

ちなみに現代フランス語は首都のあるパリ地方の方言を標準語として定めたもので、このあたり江戸弁を標準語とした日本と似たものがあります。


地球の欧州中世は道路事情で悩むことは少なかったと思います。何故ならば古代の土建屋国家・ローマ帝国がひたすらローマ街道を敷いていたからで、帝国崩壊後もその恩恵を受けていたわけです。中世期どころか現代もローマ街道を使っている地域は多々あります。

逆にローマの支配地域から外れていた場所ロシアなどは、悪路に長らく悩まされています。第二次世界大戦当時、ソ連に侵攻したドイツ軍はソ連の地図の「第一級国道」という表記を信じて散々な目にあっています。ドイツで第一級っていえば高速道路なのに、未舗装の田舎道だったりとか……


築城の際に使われる設計図(古くは縄張りと呼ばれる)は、城にとって最大の機密となります。広い敷地に存在する城を俯瞰的に眺める事が出来(偵察で調べるものより精密)、防御設備の存在が書き込まれ、また予算や地形の都合で設備を作る事が出来なかった場所を看破する事も出来るかも知れません。ある意味で城の設計図というのは重要な「兵器」だったわけです。

故に門外不出とされ、持ち出す事は許されませんでした。この世界ではギルドに築城を任せる事もありますが、その場合設計図はギルドと城主の双方で保管しています。


中世の農民は、一言で言えば「悲惨」でした。通常の収穫ではカツカツ、豊作でやっと暮らしが楽になり……そして不作の年には驚くほどの勢いで死者を出しました。長雨、渇水、遅霜、冷夏と、不作になる条件には事欠かなかったためで、不作の年には餓死や病死が続出しました。中世の農民の平均寿命は25歳前後だったと言われています。

これが改善されるのはフランス発の農業革命が全欧州に広まり、また西暦1000~1300年頃の温暖な気候によって一息つけたからでした。……逆にそれで人口(というより騎士階級)が増えすぎ、十字軍を誘発したという説もありますが。

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