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第十一話 鍛冶屋ジェンギン

「……それは本当に可能なんですか」


 説明を聞いたリンデルは呆然と呟いた。まるで魔法の言葉のようだったからだ。


「出来る。まぁ麦の種類にもよるだろうし、色々調べないとわからんが」


 教授は席を立ち、扉へ向かった。


「どちらへ?」


「ちと鍛冶屋へ……あるかね、鍛冶屋。そちらを確認してくる」


 リンデルの視線を受けてウェルナーシュは頷いた。場所はわかるらしい。


「では、また会おう」


 一礼をして部屋を辞する二人を見て、リンデルは呆然とした表情のまま執務机に戻った。

 ありえない。羊の放牧を続けた上で百人の農民を受け入れ、さらに穀物の生産量を増やす?

 説明は受けたが、本当に出来るのだろうか。もし出来るなら……


 リンデルはじっと、手元の羊皮紙に視線を落とした。寒村、デクセン村の徴税台帳だった。

 あの老人はデクセン村どころか、この王国の救世主になるかも知れない。


                        ●


 牢獄のような部屋を辞し、洞窟のような廊下を抜けると、屋外は別世界だった。

 初夏のからっとした陽気を浴び、教授は大きく伸びをした。


「うーむ、久々に講義らしい事をした気がするわい」


(そういや今日は大学の講義じゃが……ま、誰も聞いとらん講義じゃしな)


 苦笑しつつ教授はきょろきょろと視線を走らせた。


「鍛冶屋ならこっちだ」


 ウェルナーシュが歩き出す。その後を教授が、身体のあちこちを回して凝りをほぐしながら付いて歩く。


「さっきの話だが」


「うん? あぁ麦の話かね」


 ウェルナーシュも半信半疑なのだろう。顔を見るまでもなく、声音でわかった教授は答えた。


「出来るよ。地球ではやっとったからな。まぁやるのに色々条件がある訳じゃが」


「その一つが鍛冶屋か。……ここだ」


 聞くまでも無かった。店の外にすきくわと言った農具や鍋釜と言った台所用品、果ては甲冑まで並べてある店は鍛冶屋以外にはそうそうあるまい。

 また店の前に馬を繋ぐための鉄輪があったり、飼い葉桶が置かれているところからすると蹄鉄も作っているのかも知れない。


「済まないが、私はここで待つ」


「おや、付いてこないのかね」


 ウェルナーシュは憮然として、店の周囲を顎でしゃくって見せた。


「鉄は苦手だ。一人で行ってくれ」


 その様子……特に今まで「顎でものを指す」などという仕草をしたことのなかった男の様子を見て、教授は内心で苦笑した。


「分かった。待っててくれ」


 ウェルナーシュが渋い顔で頷くのを見て、教授は店内へと入った。

 ……その店の第一印象は、「雑然」だった。第二印象があるとすれば「乱雑」だろうか。


 ありとあらゆる金属製品が壁に掛けられ、山積みされ、床に置かれていた。

 教授も研究室の汚さのトップを競うほどの逸材ではあったが(ここ数年トップタイ)、ここまではひどくないはず……と内心で思った。誰しも、心の棚の容量には余裕があるものである。


「客か。勝手に見な」


 その金属製品の山脈の奥まった一角に、ひげ面の男が座っていた。

 全体的に丸っこい体型だが太い指を精緻に動かし、何かを作っているようだった。


「ほうほう、リングを編んでおるのか。……チェインメイルというやつかの」


 速攻で手元を覗き込みにきた教授に、男……店主は呆れたような声を上げた。


「見ろとは言ったが、こっちかよ……あぁそうだ。城の衛兵の注文でね。修理品だ」


 ふむ、教授は休まず動き続ける手元に惹かれながら、店の中を見回した。


「農具について聞きたいんじゃが。鋤や鍬も作っとるかね」


「店の前に積んであったろ。ありゃ俺っちが作ったもんだ」


「ほうほう。製鉄もここでやっとるのか?」


 男はぷっと吹き出した。


「そんなことしたら、俺っちは町から追い出されちまうよ! 出来た鉄を買ってるだけさ」


「うーむ、製鉄は別か。残念じゃ」


 見たかったのう、と残念がる教授を、男は奇異の目で見つめた。


「珍しいものを見たがる爺さんだな。おっと、俺っちはこの店の店主、ジェンギンだ」


「鷲沢宗治じゃ。製鉄所は近いのかね」


 ジェンギンは残念ながら、と首を振った。


「鉱脈はあるのかも知れんがね、森のエルフどもが掘らせてくれん。ドワーフを嫌っとるからな、あいつらは」


 ほ、と教授はジェンギンを見直した。髭面、丸っこい体型、鍛冶屋……ひょっとして。


「おぉ、お主ドワーフだったのか。なるほど道理で」


 トールキン教授の小説よろしく、こちらでもエルフとドワーフの仲は悪いのだろう。

 ウェルナーシュはきっと鉄が嫌いなのではなく、ドワーフと顔を会わせたくなかったに違いない、と教授は考えた。


「おかげで鉄はよその国から来る商人から買うか、隣の国にいる知り合いに送ってもらっとるよ」


 高くついて仕方ない、と愚痴るジェンギン。それだけ喋っても手元が止まらないのは大したもんだと感心する。


「農具でも何でも、作ってるところも見たかったんじゃが」


 ジェンギンはほう、と教授を見上げた。少し首を傾げると、大声で店のさらに奥へ叫んだ。


「カール! 店番変われ!」


「はい親方!」


 奥からすっ飛んできたのは、まだ幼さの残る少年だった。

 察するにいわゆる丁稚奉公なのだろう。徒弟制度はあるらしいの、と教授は口の中で呟いた。


「客人に鍛冶場案内してくる。座ってろ」


「はい親方!」


 よっこらしょと立ち上がり、ジェンギンは教授を店の裏手に建てられた鍛冶場に案内した。熱気はなく槌の音も聞こえないところから察するに、今日は炉に火を入れてないようだ。

 日が悪かったなあ、とジェンギンは髭面を歪ませて笑った。


「鉄床……槌か。鋳造はやっとらんのかね?」


「農具は鋳造だよ。ほれ、あれが金型だ」


 金型に鉄を流し込んで作る鋳造法は数が作れるが硬さがなく、鉄を叩いて作る鍛鉄法は硬さがあるが数が作れない。

 よって数を必要とする農具は鋳造、武器や防具など硬さを必要とするものは鍛鉄と造り分けているようだった。


 教授はきょろきょろと鍛冶場の中を見回す。それを見て満足げに笑うジェンキン。

 

「鉄はどんなものを使ってるのかね。まだ鋼はないか」


「鋼ときたか。作ってるところはあるが、うちは買えないねえ。単なる鉄だよ」


 おや、と教授は思った。ならば少し耳打ちするだけで、性能のいい農具は作れそうだ。


「ジェンギンだったの。ちと面白い話があるんじゃが……」


 鋼、つまり鋼鉄というのは、実のところ鉄の一種に過ぎない。


 歴史の教科書で「幕末の日本が大砲を作る為に反射炉を……」と習ったのを覚えておいでだろうか。反射炉は構造材の煉瓦によって炭素を酸素結合させて取り 除き、融点の高い鉄(だいたい千五百度以上)を作るのが目的なのだ。火薬を使って弾を打ち出す大砲は、熱で簡単に曲がったり膨張して割れてしまっては困るからだ。

 また炭素が残ったままなら融点は下がるものの(八百度から千二百度程度)、靭性つまり粘り強さを得ることが出来る。

 簡単に言えば、炭素の割合によって耐熱性を取るか硬さを取るかが決まる、というわけだ。


 それを耳打ちするとジェンギンはほう、とうめいて顎をさすった。


「つまりあれか。うちで使ってる鉄の……たんそ? その量を変える方法があるってのか」


「ま、うまくいけばじゃな。分量は体得して貰うしかないがの」


 教授は炉の周りに落ちている灰を手に取り、指でこすった。


「木炭か。この灰に炭素が入っておる。それを使えばええ」


「灰でいいのか? 簡単だな……」


「かんかんに熱した灰がいいかも知れんの。少しでもリンを飛ばした方がええはずじゃ。

 逆に炭素を減らしたい時は川砂を使って煉瓦を造り、炉を組むんじゃ。それで炭素が減る。 

 炭素を多く入れると硬くなるが粘りが無くなって折れやすくなる。炭素が少なければ硬さは落ちるが粘りが強くなる。

 この店で使ってる鉄はどうなのかわからんから、そこは試行錯誤して貰うほかないがの」


「面白れえ……。鉄を溶かして型に入れ、だけじゃつまらねえとは思ってたんだ」


 やってみよう。ジェンギンは力強く請け負った。

う・ん・ち・く

※8/2、後半部分の「鉄」についてのくだりを修正しました。

いやあ、製鉄は強敵でしたね。


製鉄は、まず採鉱の時点で山を崩し、製鉄の際には大量の木材を必要とする。エルフからすればドワーフは侵略者としか見えないのではなかろうか。

また燃料を燃やす際に煙が出るので、確かに町中でやったら追い出されてしまうかも知れない。


何で鉄に炭素が加わると融点が下がるのか、については「融点降下」で調べてみると色々面白いことが分かると思います。

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