婚約者に浮気されたので海に来ました
視界いっぱいに広がる一面の海。燦々と降り注ぐ太陽の光。風が髪を撫で、鼻を潮の香りが掠める。
「海、最高ーーー!!!」
バルコニーから叫ぶ私を誰も叱らない。なんていい環境なんだろう、ずっとここにいたい。いちゃえばいいか。帰ったっていいことないし。
私、ジュリアス・メモフィールは数ヶ月前に婚約者に浮気をされた。学園の中庭で多数の生徒の目がある中、堂々といちゃついて、愛を囁いて、しまいにはキス。生徒たちの中では噂で陰口を叩かれ、親には少しの遊びぐらい許してあげる寛容さを持ちなさいなんて意味のわからないことを言われた。
寛容さを持てるほど大人でもなく、でも婚約者のことは好きだったから毎晩部屋で泣いていた。祖母にそのことを手紙で伝えたら、学園の夏休みに遊びに来たらと誘いを受けたためここにやってきた。やってきて数日だけど、あっちにいた頃よりかなり気持ちが楽になった。
「お嬢さん、今日もノルマ達成したんだ?」
バルコニーに置かれている椅子に座って海を眺めていたら、バルコニーの柵からひょいっと顔を覗かせて中に侵入してくる怪しげな男。こっちにきて街を祖母と歩いていたら、祖母と顔馴染みのようで話しかけてきた。私もその流れで話をし、その場を別れたら次の日今日みたいに現れて思わず叫んだ。祖母がやってきて、「まあだめじゃない」と言っただけで帰っていったので目を白黒させた。どうやらこの男はこうやってたまに家に来るらしい。ここ三階だけど。祖母が警戒していないので私も警戒していない。そのせいか、連日やって来る。
「叫ぶと気持ちいいのよ」
「俺も叫ぼうかな」
「ここからじゃなくて下で叫べばいいじゃない」
「お嬢さんの叫びっぷりがいいから真似したくなった」
もじゃもじゃの頭で目が見えないが、口が笑っている。たまに髪と髪の間から目が見えるけど、多分この人顔は整ってる。わざと容姿を崩してるだけ。整ってるかもと気づいた時にちょっとドキッとしたら、それを見抜いた態度を分かりにくいけど取られたためカチンときた。冷めた目や態度を取られたのが私の気に触ったんだと思う。あの時はまだ精神的に荒れてたし。冷めた目を向け返したら、態度は戻って毎日バルコニーまで上って遊びに来るようになった。安全だと理解したんだろう。
「そう。なら叫んでさっさと帰ったら?」
「えー。なんでそんな冷たいこと言うんだい?」
「毎日毎日来て鬱陶しいからよ! 見ればわかるでしょ! バルコニーはそこまで広さないのに毎日やってきて! 私の癒しのスペースが減ってるの!」
「ははっ、今日も怒ってる怒ってる」
この人、私を怒らせて遊んでる。おもちゃだと思ってないかしら。本気で怒ってるわけじゃないけど、バルコニーは肩と肩を寄せ合って三人までしか入れるスペースしかないため、二人いると窮屈になる。私が座ってるとバルコニーの床に座って見上げる形で話をしてくる。立ってたら椅子に座ってくる。だから先に座ってないといけない。あとから言ってもどいてくれなかったから。
「今日は夜お祭りをやるんだ。それに行こうよ」
「なんで貴方と一緒に行くのよ」
「え? お嬢さん友達出来たの?」
「出来てないわよ。だから何?」
浮気された女の友達なんて、慰めるふりして馬鹿にして来る人しかいなかった。本当に私のことを心配してくれる人がいなかった。その時に私は友達でさえうまく作れないんだと知った。それも相まって余計心にきた。だけど、ここに来て私の問題と言うよりそう言う環境だったんだから仕方ないと区切りをつけた。祖母に話を聞いてもらってスッキリしたのもある。
「じゃあ俺と行くしかないね」
「だからなんでよ」
「夜、一人で出歩くなんて危ないこと許してくれるわけないでしょ? でも俺となら許可してもらえる」
……それは一理ある
お祭りと聞いて行ってみたいと思ったけど、一人で行くことを祖母は認めてくれないだろう。誰か連れてけと言われて護衛の騎士が来るとなるとちょっと息苦しくなる。ただ、何故か祖母に信頼されているこの男と行けば、護衛の騎士を連れて行かなくても済む。
「じゃあ、夜よろしく」
「うん、任せてよ。いっぱい食べよう」
「貴方のおすすめ大体見た目変だから怖いのよ……」
――
大きな道の両脇に多くの屋台が並び、提灯で道が照らされている。夜なのに人がたくさんいるため、夜のように思えない。この場にいるだけでワクワクして来る。
「お嬢さん、何か食べたいものある?」
「まずはあそこ、次に隣の店、その次は三つ飛ばした店」
「そんなに食べられる?」
愉快そうに笑いながら聞いて来る。
「もちろん。私こう見えてめちゃくちゃ食べるのよ」
「そんなに細いのに?」
「細いのは運動してるから。私の努力の賜物よ! 行くわよ!」
おーほほほと笑いながら走り出せば、転ばないようにねと親のような声掛けをしてついてくる。転ぶわけないでしょ、今日は低めの靴を履いてきたんだから。いっぱい歩いていっぱい食べるのに足元に気をつかってる暇なんてない。
まずは食事系、次に甘いもの、次には食事系を食べた。
「本当に全部食べた……」
ちょっと引くのやめて。こういう反応をされるのが恥ずかしいから普段は人前でやらない。ちょっと休憩で広場のベンチに座る。甘酸っぱい飲み物が喉を潤してくれる。
広場では音楽が流れて地元の住民が踊っている。男女、男と男、女と女などいろんな組み合わせで楽しそうに。踊っている人の頭には未完成の花冠が乗っている。
「ねえ、あの被せ物は何?」
「ああ、あそこで針金の輪が売っているの見える?」
「ええ」
広場の露店で花冠の大きさぐらいの針金が売っている。そして、同時に花も。それを年齢問わず色んな人が買っている。
「あれを買って、広場で踊って、踊った後に相手から花をもらうんだ。そしてそれを針金に組み込む。を繰り返して、花冠を完成させる。するとその人は踊り上手だって周りにはわかるし、自分にとっても今日のお祭りの思い出になるんだ」
なるほど。
「楽しそうね、面白いし」
「うん。お嬢さんもやる?」
「私はいいわ、いっぱい食べたいから」
「はは、踊りより食い意地の方が勝ってるんだ」
そうよ、悪い?
「……お嬢さん、浮気の痛みは癒えた?」
「何よいきなり」
「ここには嫌なことあったから来たんでしょ?」
「そうよ。まあ、癒えたと言うよりは頭が冷静になったと言えるわ」
「へえ。どんな風に?」
「休みに入る前はなんで浮気したのか、私に魅力がなかったのか、どうしたら浮気をやめてくれるのか。色々考えてたけど、学園から離れて、祖母と話して、貴方と話して、私の問題もあったかもしれないけど、大部分は相手の問題だと整理できた。そして相手と話さないと分からないって。ちゃんと話そうって思えた」
私の婚約は家同士の政略的なものではない。相性良さそうだしの婚約。家は兄が継ぐし、私は良い家に行けたらいいけど、良い家は婚約者がもう決まってるから、だったら相性良い子なら良いね。で何回か会って、相性が良さそうとのことで婚約が決まった。だから、婚約がなくなったところで家としては特に打撃はない。だから、話し合いをしてどうなろうと家族は「そうか」ぐらいだろう。
「そっか。お嬢さんは強いね」
「それで? なんでそんなこといきなり聞いて来たの?」
「……俺、お嬢さんに黙ってたんだけど、俺もお嬢さんが通ってる学園の生徒なんだよ」
「そう」
何か耐えるように言った後、私の返事を聞いて顔を上げてこちらを見る。何よ、もう飲み物もなくなりかけでちょっと大きな音立てて飲んではしたないって言いたいわけ? 恥ずかしいと思ってるから見ないでよ。
「怒らないの?」
「なんで?」
「なんでって……気分転換でここに来たんだろう?」
「そうね」
「だけど、俺は学園の生徒なんだよ? お嬢さんにとって学園は現実で、ここは夢みたいなもので冷静になれてきたのに、目の前に現実がずっといたんだよ?」
「だから何よ。別にそんなことで怒らないし責めないわよ。ただ世界って狭いんだって思ったけど」
どこに行こうと、全員自分を知らない人なんてことはない。それを彼が教えてくれた。ここに来たてだったらめちゃくちゃ言ってた気もするけど、今は冷静になれてるからそう。ぐらいで済む。
「……そっか、じゃあもう一個いい?」
「どうぞ?」
実は女とか? 何が来てもお腹が満足してる私なら優雅に対応してみせる。
「俺、お嬢さんの婚約者の浮気相手の婚約者なんだ」
「? ……、な、なるほど……」
の、がいっぱいあって何言ってるのかすぐには理解できなかった。理解した瞬間、流れの不穏さを感じた。もしかして私に抗議……ですか? それはあの、私の婚約者にしていただきたいと言うか。私はちょっと苦しいと言うか……。
なぜ少し焦っているかと言うと、浮気相手がうちと私の婚約者より格が高い家と婚約してるから。だから浮気を知った時、なんて相手に手出してるのよ、となんで格が下の家と浮気すんのよと言う気持ちがせめぎ合った。浮気相手の婚約者の名前は知ってたけど、顔は知らなかった。
でも、それを言いたかったのもあるけどその先に何か言いたそうな顔をしている。一旦話を全て聞いてみよう。
「婚約者の浮気を聞いてすごく憎かった。だから、同じことして苦しめてやろうって、後悔してほしいって」
同じこと?
「お嬢さん、俺はお嬢さんに近づいたのは、俺もお嬢さんと浮気して俺の婚約者を苦しめて泣きついて来る顔が見たかったからなんだ」
風が髪を撫で、広場の音楽が遠くに聞こえる。広場には色んな人がいて、等間隔で設置されているベンチに人が座ってるのは見えるのに、目の前の彼しか目に入らない。何か一雫彼の中で何か降り注いだら決壊しそうな、そんな顔をしている。
「そう。でも貴方はやらなかった。どうして?」
「バルコニーから俺が来て最初は驚いて怒ってたくせに、次から怒るだけで何もしないし。それに遊ぼうって言ったら遊んでくれるし。なんて警戒心のない子なんだって」
私のこと馬鹿って言ってるでしょ、これ。
「そんな子、誘えないじゃない。俺と浮気しようって」
「……貴方、馬鹿じゃない?」
「……うん」
「声に出して思わないの? 浮気しようって。誰がそんな誘いに乗るのよ。貴方まで下に落ちる必要はないわ。でも、貴方がそんな誘いをしなかったのは下に落ちなかったからね。でも貴方がそんな風に思うぐらい、相手のこと愛しているのは伝わった」
それで馬鹿な婚約者が本当にすみません。私が話し合いした後は好きに煮たり焼いたりしてくれたらいいんで。
「私に休息が必要だったように、貴方も休息がきっと必要ね。だから貴方に罰を与えるわ。私を変なことに巻き込もうとした罰。お駄賃あげるから、広場で花冠完成させてきなさい」
まずは立たせて、お金を握らせる。
「さ、行ってきなさい! 下向いてるから変なこと考えるのよ、踊ってる時は相手の顔を見て上を見なさい」
でかい背中のくせに今はなんだか小さく見える。馬鹿な人、でも愛情深いとも言えるか。さ、私はまだまだ気になっている屋台あるからそれを買いに行こうかな。
「お嬢さん! 俺が踊ってる間、どっか行ったらおばあさんに言うからね!」
……よく分かったわね
仕方ないとベンチに座り直し、広場で踊っている彼を眺める。最初はぎこちない踊りだったのに、だんだん慣れてきたのか楽しそうに踊っている。あっという間に花冠を作り上げて帰ってきた。
「踊りはいいね、お嬢さんはいいの?」
「私はいいわ」
「ここの花冠、女性に人気だよ?」
「じゃあ寄越しなさいよ、それ」
「えっ」
何よその反応。なんでそんなちょっと乙女みたいな顔してるのよ。私変なこと言った?
「嘘よ。さ、屋台に戻って食べるわよ!」
「まだ食べるの?」
「お腹いっぱいまで食べるの!」
あれだけでお腹いっぱいになる私じゃないわ!
――
休みも終わり、学園に通う日々に戻った。休みの半分はあっちにいたけど、お祭りが終わった次の日から彼は現れなくなった。祖母に聞いたら自分の家に帰ったらしい。領地は隣らしく、昔から付き合いのある家でたまに来ていたらしい。全く、浮気の片棒担がせることが出来なかったからって、すぐに帰るなんてなんて薄情なやつ。なんていうのは嘘で、彼も彼なりに動き始めたんだろう。
私は休みの後半にこっちに帰って来て、まずは婚約者と会った。そこで話をしたところ、浮気した理由は魔が差したそうだ。まあ浮気相手可愛いし、性格も合ったんだろう。じゃあ別れるってことで良い?と聞けば、君が決めていいと自分の意思では決めないことを言うから、なんで好きだったのかわからなくなった。相性良くないわこれ、とどこか冷めた自分がいて、別れますと言って婚約は終わった。
休み明け、コソコソ言う人はいなかった。噂なんてなかったみたいに。別れたことが広まっていたのか、それとも興味がなくなったのか。どちらにしろ、こんなことで悩んでいた自分にも馬鹿らしく思えた。
「お嬢さん」
「……なんでしょうか? アルル様」
変わったことと言えば、授業が終わった後友達を待っている時に図書室の雑談可スペースでで本を読んでいると、浮気の片棒を担がせてこようとした相手が話しかけて来るようになったことか。
もじゃもじゃの頭から、さっぱりした髪になっている。やっぱりあれは顔を隠していたんだ。
「いつもだったら怒るのに、どうしたんだい?」
煽らないで、口を塞いで怒りの言葉が出ないように気をつけているだけだから。何かの拍子で開いたら、出ちゃうから。
「お嬢さん別れたんだって? 俺も別れたんだ。相手のことが好きなんだって」
「そうですか」
でもあの時のような顔はせず、むしろ清々しい顔をしている。彼の中で何かが吹っ切れたんだろう。
「だから」
だから?
何か不穏な流れを感じる。
「お嬢さんからの求愛、受けようって」
「……はぁ!?」
思わず大きな声が出てしまい、周りを見渡したが人がいなかったため事なきを得た。肩の力を抜いて、相手の話をよく聞く体勢に入った。
「求愛って何よ!」
「お祭りの日に、俺の花冠ちょうだいって言ったでしょ?」
言ったかも? 踊って完成させるの面倒だったし。
「あれって、『私に貴方の情熱をください』って意味で、あの地域では告白の意味なんだよ」
だからあの時あんな顔してたのか!
「ちょっと待って。私、婚約者がいるのに男性に告白しちゃったの……!?」
「そうだね。まあその前から婚約者いるのに部屋に男性入れてたけどね」
それは従者みたいな気持ちで接してたから……! でも言い訳はできない。
「お嬢さんに言われて考えてみたんだけど、俺が誘う前からお嬢さんが俺に対して不純な行動してたから、俺はただ誑かされただけなんだって」
ま、まあ……そうなのかも?
異性を部屋に入れるべきじゃなかったし、異性と二人でお祭りに行くべきじゃないったし、婚約者がいながら知らなかったとは言え告白してたわけだし。
「だから、俺はお嬢さんの誘いに乗るために整えてきたんだ」
「え……?」
「お嬢さん、いや、ジュリアス嬢。どうか俺に貴方を口説く機会を与えてくれませんか?」
……馬鹿な人。そんなこと言いたいだけなら、こんな周りくどい言い方しなくてもいいのに。
「ええ。でもどうやら私は不純な女性のようだから、元婚約者に浮気されて変なこと考える人に扱えるかしら?」
彼――アルルが差し出してきた手に重ねる。貴方みたいに愛情深い人なら、私も存分に愛情を向けることができそう。
「安心して。俺のことだって知らなかったけど、敬語使わなかったお嬢さんに何か罰を与えるような人じゃないよ」
「この憎たらしい口はどうやったら塞がるのかしら?」
両頬をつねって広げれば、ごめんごめんと正しい発音ではない声で謝って来る。でも、嫌な気持ちにはならないからきっとそう言う相手の不安とかを読み取って茶化して安心させてくれる人。きっと私はそう遠くない未来で、目の前のこの人を好きになるだろう。でも、まずはお互いに知って、よく話し合っていこう。まだ私たちは出会ったばかりなんだから。




